2006年2月前半の日記

by tom tanabe                                             マグパイへ戻る


2006年2月15日

タスマニア旅行の事は一時お休みしてマイカーについて書きます。

まずSLKが調子を崩して、半日入院しました。
旅行に出掛けていたりして、購入以来ほとんど乗っていないのですが、先週末リバプールにあるアーチェリークラブに出掛けた時に引っ張り出した。
快適に片道約45キロのドライブで到着、クラブで今度購入する弓のテストなどをしたので、半日外に駐車しておいた。
屋外の駐車だったがそれほど気温も高くなく、もちろん室内の温度が上がり過ぎないようにサイドウインドウを少々開けておくことも忘れなかった。
さて用事が済んで帰ろうとエンジンをかけた時に何となく変な感じというか一瞬躊躇するようなかかり方だった。
このSLKはAMGチューンということで、排気音も結構威勢が良い音、特にエンジンを始動する時には一瞬即発って感じで図太い音を立てるのですが、何か変だった。
べつになかなかエンジンが掛からなかったというわけでは有りません。

さて、アーチェリー場を出て1キロも走ればハイウエイがあるので、そのまま走り始めたら、メーターの上についている液晶表示で「ESPが機能しないトラブルが発生しました、すぐに最寄のサービス工場に車を持ち込むように」とメッセージが点滅始めたんですよね。
全く間が悪いというか、その時になって初めて携帯電話を家に置いてきた事を知った。
万が一ハイウエイで止まったら、ハイウエイ沿いに設置してある非常用電話しか連絡の方法が無い。
最近はめったに携帯電話は忘れないのですが、こういう時に限ってと、しらけてしまった。

しかし車は何事も無いように走り続けているので、帰る途中に僕がこの車を購入したメルセデス・ディラーが有るので持ち込もうと考えたのだが、これも運悪く土曜日の午後なのでサービスも閉まっている。

で、そのまま何事も無く家までたどり着いた。
帰宅してすぐにオーナーズマニュアルを調べてみると、ESPとは車の安定走行を助けるプログラミングなんですよね。
そのプログラミングの中には急ブレーキ時や急発進時、また高速でのコーナーリング時に、車の傾斜度や各車輪の回転状況、ハンドルの切り角などを常にモニタリングしながら車を最適な走行状態に保つ役割などがある。

どの部分がおかしくなっているのかは判らないのだが、点滅しているウォーニング(注意警報)にはこのESP以外に「タイヤの空気圧センサーが正常に作動していませんと出ているんですよね。
この車には各タイヤの空気圧が正常値を下回ると警告が出る装置がついている。
で、僕は最初アーチェリークラブで駐車した時に釘でも踏んでスローパンクチャーが起きているのかと一瞬考えたが、しかしそういう場合はタイヤの空気圧が落ちていますという警報のはずなのでどうも違う。
タイヤを見ても全て正常。

結局理由が判らないのでガレージに入れて翌日(日曜日)車が完全に冷え切った状態でもう一度エンジンをかけてみたが、やはり同じ警告が点燈しっぱなし。
で、月曜日にメルセデスに電話を入れて状況を説明したら「あ、ESPですね、では予約を入れてください」なんて言うので、平常の点検整備(サービス)ならともかく、すぐにサービス工場に持ち込め的な警告が出ているのにすぐに見てもらえないのかと言うと、では明日お持ち下さいと言う。
「週末から調子がおかしいし、今日今からすぐはダメなの?」と言うも、「今お持ちになっても混雑していますからすぐに検査をするわけには行きません。 明日ならすぐにその場で処置が出来ます。」 との事だったのでしぶしぶ翌日(火曜日)まで待って朝持って行った。

するとサービスの係員が「ではカギをお預かりします、出来上がりましたらご連絡します」って言うんですよね。
じつは火曜日は女房も朝から出かけていて一緒に来る事は出来なかったし、それより火曜日なら待っている間にすぐに取り掛かれるって言ったのだからそれほど時間が掛かるなんて聞いてないと言うと「1時間半ほど掛かりますがお待ちになりますか」と。

何時間も待つのは嫌だから代車出してと言うと予約を入れましたか何て言われてしまった。
「すぐできるような話だったから代車の予約なんて入れてない」と、僕は多少カリカリ来始めていたんですよね。

そんなやり取りをしていたら僕に車を販売したセールスマン氏が僕を見つけて飛んで来て「どうしました」というので事情を説明すると、「では大至急代車を捜してみましょう、ちょっとコーヒーでも飲んでお待ち下さい」ってコーヒーやケーキを持って来た。
そうそうこのディーラー、お客のために毎朝ケーキやペイストリー系を用意してるんですよね。
で、コーヒー飲みながら待っていたら代車用意しましたって件のセールスマン氏戻って来て、行ってみたら「SL350」だった。
今ガソリン満タンにしますから、修理が出来上がるまでお乗りになってて下さいと言うので、ちょうどその日はシドニー北側のCastle Hill という所に弓を購入しに行きたかったので、こりゃ〜「SLクラス」のテストドライブにはもってこいだと出かけました。

結局、その日の走行距離は軽く100キロ以上、市内を入れると4時間以上運転してたんですけど、いや〜この350のSLってゼ〜ンゼン良くないんでビックリしちゃいました。
まずトロイ。 多分SLKよりうんと車重もあるはずなのに、3500ccのエンジンが思いっきり「フツ〜」のメリハリも無いやつで、僕のが5500ccでAMGチューンのだから比べるのが可哀相なんだけど。

その上、フレームと言うかシャシーの基本構造がもう数年前のものだからか剛性感がSLKより無い。
段差をゆっくり斜めに乗り越えるような場合、つまりシャシーをねじるような力が掛かった時には、かなりミシリと来るんですよね。

乗り心地もボワーンとしていてタイト感無いし、どういう人が20万ドル以上も出してこの車買うんだろうか。
とにかくメルセデスで「SL」ならすごいなんて思っちゃうんだろうか?
このぶんじゃSL500でもけっこうトロイんじゃないかって、オーストラリア仕様のスペックを調べたら
SL350   エンジン出力245馬力  車重1755キロ
SL500   エンジン出力306馬力  車重1845キロ
で、
SLK55AMGは      360馬力  車重1540キロ
ってもう全然比較にならないんですよね。
SLKと比べると、
SL350じゃ115馬力も少ない上に215キロも重い。
SL500でも54馬力の差はたいした事無いけど、重量が何と300キログラム以上って、何と大人5人分多く乗せて走っているようなものでしょ。
軽快感などあるはずがない。
それなのにSL500なんて諸経費込みだと軽く30万ドル以上(2500万円以上オーストラリア価格)って、SL買わなくて良かった、SLK55AMGを選んで良かったってつくづく感じましたね〜。

もっとも外観から僕は勘違いしてたのかも知れないけど、メルセデスとしたら「SL」って車種は、じつはスポーツ性などは全然最初から考えていないのかも知れませんな。
金持ちのオヂさんオバさん達がゆっくりノンビリ走るために有るのかも知れないってつくづく再認識させられました。
SLでスポーツ性追求したいのならやはりAMG仕様しかないのかも知れません。

なんて考えながら、SL350を散々乗り回していたらセールスマン氏から電話が入り「車の修理が出来ました」と。
引取りに行ったらサービスの係員いわく「ステアリング・アングル・センサーの不調と判明、交換しました」と。
「えっ?でも警告にはタイヤ空気圧のセンサー不良と言うような警告だったんだけど」と言うと「あれ〜そうですか?」って戸惑っている様子。
まあESPの警告などが出なくなってるのなら「今日は良し」としましょうと、引き取って帰ってきたのですが、う〜んこれから先がどうなる事やら、さすが電気系統の弱いメルセデスの「面目躍如?」といったところです。

じつは昔の日記にも書いたかもしれませんが、昔買ったメルセデスのSクラス「420SEL」ってのが、納車のたった一ヵ月後に電気系統の問題からサービス工場へ嫌っていうほど何度も持ち込まなければならなかった。
そんな経験から、今回のような問題はもう慣れっこになってしまっているというか、たいして驚きもしません。
そう、まだ走行距離1000キロなんですけどね、このSLKも。
セールスマン氏には僕の昔の経験は話してあるので、SLKの購入を決めた時、彼は「今のメルセデスはそんな事は有りませんから」と胸を張って僕に言った手前、「代車としてSLの用意」とかしたのかもしれませんな。
ふつう代車というのは結構価格の安い車種がほとんどですから。

そういう意味では日本の車はこのような経験は少ないはずだと考えていたら、そうだ!昨年に注文したプリウスまだ連絡が無いって思い出しました。
どうなっているのやら。 プリウスはトヨタ製だから故障は少ないのではと期待していますが、それにしてもずいぶん時間が掛かるもんですな。
すごく売れていて生産が追いつかないのだろうか。


2006年2月13日

本日は母の誕生日だと思い出して、電話を入れる。
耳の遠い母だがSkype のお陰で大変楽に話せる。(Skype はPCからかけるので電話と違って音量を調節できるから。 その上メチャ安だし。 ランドラインを使う気が全く起きませんな)
「今日は誕生日なので、友人達とお食事に出かけるのよ。 だから昨日は美容院にも行って来た」なんてウキウキとした元気そうな声で話しておりました。
満83歳、ますます元気なようです。 母は長女で下に3人弟妹がいるんですが、すぐ下の長男と次女は癌で他界し、母と一番下の次男が残っている。
思うに80歳を過ぎてもピンピンしている人間というのは癌も見放しているのか、軽く90歳以上生きていく「コース」にいるのではないかと。
特に女性の場合、我が親戚を見ても97歳とか98歳まで生きていて、最後はほぼ老衰状態で亡くなっている。
この分では、母は僕よりも長く生きるような気がします。

さて、先週も書いていたタスマニア旅行の事、一気に書き終わらないとダラダラしてしまって、記憶も感激もどんどん薄れていって、書くのが億劫になってしまいそうです。
で、タスマニアの道路事情を書いておきます。(同じように車で周りたいと考えている方もいると思うので)
さて、タスマニアの道路は想像していた以上に路面のコンディションが良く、下手するとシドニーよりも良いところが多いかもしれません。 
ただしほとんどが片側一車線で2車線道路は限られている。 
ところが制限速度はほとんどが時速100キロで、幹線道路になると110キロ。 
センター分離帯も無い片側一車線でも110キロの所があって、皆さん飛ばすんですよね〜。 

メルボルンからタスマニアに着いていきなり走り始めた時は、その速度に戸惑いました。 
モーター・レースもちょっとかじった事のある僕なので、スピード自体には怖さは無いのだが、時速110キロから120キロで走るのに中央分離帯の無い片側一車線てのは、考えてみると、運悪く対向車が飛び出して正面衝突なら、まさに一瞬で「お陀仏」の速度なわけで、やっぱり気を使いましたね。 ある意味レース場より危ないかも知れない。
最初は緊張していたのですが、それもすぐに慣れてしまった。
実際にはこの慣れが危険なんですけどね。 常に最悪の状況を考えて走っていないと。

例えば対向車だけでなく、メチャクチャ動物の死骸が道路上に転がっているのを見ても、カンガルーなどの大きな動物が飛び出してくる可能性は非常に高いわけで、多分僕の車(スバル・リバティー)などかなりなダメージを受けるのは必至。 
路上の死骸はワラビー(カンガルーの一種)やタスマニアン・デビルが多かったですが100キロ前後で衝突したらまず運転不能に陥るだろうし、山の中だったりしたら、車の通行も少ないし携帯電話は電波が届かないのでかなり面倒な事態になるんでしょうな。 

また、ボートを牽引している車やキャンピングカーなどはスピードが出ないのでこれに引っかかってしまうと片側一車線しかないので、なかなか追い越し出来ず、延々と後ろに「長だの列」状態になってしまう。
で、無理をして追い越してくる車もいる訳で、注意していないと僕のいる対抗車線に入って来るので正面衝突の危険性があるわけです。

まあ車の数というか交通量自体が少ないので、そういう遅い車にしょっちゅう引っかかってしまうわけではないです。 

給油に関してはせいぜい40〜50キロも走れば小さな村が現れるので、ガス欠の心配は無かったです。
ガソリンの値段は山の中の方が高いはずなのに、場所によっては安かったり、いまいち良く判りません。 
ホバートなどの都市部ではほぼシドニー並みの値段でしたが、平均的にはやはり多少高いようです。

タスマニア最後の日だけだったんですけど(1月30日)は朝から雨でBichenoからDevonport まで約250キロ走ったわけですが、途中激しく降っている所もあり、予定より時間がかかるのではないかと心配しましたが、何と2時間半後には着いてしまった。 どうも飛ばしすぎたようです。
250キロを2時間半後というのは平均速度が100キロなわけですから。
場所によっては路面にかなり水が溜まりアクアプレーニングを起こしているところもありました。
そんな状況でもタスマニアナンバーの車は平気で時速110キロをキープしてました。

じつはシドニーを発つ前に車の点検はしたのですが、すっかりスペアタイヤの事を忘れていました。
タスマニア旅行も最後の方になって、ずっと事故無しで走って来て良かったと考えながら宿泊先で荷物を降ろしていた。
で、ふと、もしパンクをしたらスペアタイヤに換え、最寄のサービスセンターかスタンドで修理を受けるにもタスマニアはかなりの距離を走らなければならないな〜なんて考えていた。
と考えていた時に、僕はこの車を購入してから満4年が過ぎたがスペアタイヤの空気圧を一度もチェックした事が無いことを思い出したのです。
そう、タイヤの空気圧は4年間も経つと自然に抜けてかなり落ちてしまうものですが、シドニーを出る前にチェックをするのをすっかり忘れていたんですね。

で、翌日さっそく最寄のスタンドでチェックをすると物の見事に空気圧は平常時の半分まで落ちていました。
いや〜気がついて良かったです。 タスマニアの山の中でパンクしてスペアに換えたものの、そんな空気圧で50キロ以上も走るのなんてかなり危険ですから。

今回の旅行で感じるのは車で周ったのでとても良かったとは思うのですが、キャンピングカーなどではやはり僕の性分に合わないだろうということ。 何度かハイウエイでキャンピングカーの後ろにつく羽目になって、そのノロさにイライラしたので。
やはり今回のようにキッチン付きのサービスド・アパートメント形式のホテルを使い、持参のエスキー(クーラーボックスの事です かなり大型)にパン、バターやインスタントコーヒーなど朝食に必要な物を詰め込み、ホテルで作り、昼夜は外食ってのが便利だと。

そんなわけで車でのタスマニア旅行、大いにお勧めです。
特にシドニーに住んでいる方はフェリーでタスマニアまで往復ってのが楽で良いです。

少々タスマニア旅行の写真を増やしました。

 


2006年2月9日

一昨日(2月7日)の日記にタスマニアの道路事情を書こうとしたら、女房に誘われて映画「ミュンヘン」を観に出かけてしまったのですが、このスピルバーグの大作、期待した通り良かったです。
本当は「期待した通り”素晴らしかった”」と書きたいのですが、あまりにもメディアで素晴らしいと聞いていたので、僕の期待度が上がり過ぎていて、観終わった直後の率直な感想は「良かった」程度でした。

もう少しゲリラ側の心理等が詳細に描かれているのかなと思っていたのですが、それらのシーンが期待したほど含まれていなかったというか。

しかし160分、そう2時間40分もの映画なのですが、あっという間に終わってしまった感じで、それほど「引き込まれていた」のは確か。
だいたいヘルニア症の僕は、2時間も映画館の椅子に座っていると、痛みが出て集中できなくなるんですけど、いや〜まさに「あっという間」でしたね。 

帰りの車の中でも女房とこの映画について色々話してました。
観る前に読んだ批評ほどパレスティニア人に対しシンパセティックでもないと思うのですが、アカデミー賞の結果でアメリカのユダヤ人たちがどう受け取ったのかが判るでしょう。 
特にハリウッド映画関係者にはユダヤ人が多いから。
もちろん監督のスピルバーグもユダヤ人なのでよけい興味深い所です。
僕の回りに座っていた観客にも初老のユダヤ人が多かったですな。

さて、話題をタスマニアに戻して道路事情を書く前にまずメルボルンからフェリーでタスマニアに渡った日の日記が有るのでそれを書きます。
これはメルボルンからタスマニアに渡るフェリー「Spirit of Tasmania」の船上で書いた物です。

メルボルンに住む義姉の家を5時に出て、埠頭に着いたのは5時半、まず最初に車のチェックがあった。 
ボンネットとトランクを開けさせられた時に、爆発物や火器、また果物等を所持しているかと質問を受けた。 
一瞬バナナとネクタリンをエスキーに入れているのを思い出したが面倒なので「無い」と答えたのだが、すぐに見つけられてしまった。
係官は「今果物などを所持しているか聞いた時に無いと答えましたよね。 無いと申告したのに何ですかこれは」と、ムっとしている。

で、てっきり取り上げられるのかと思ったら、船で食べるのなら構わないが、もしタスマニアに到着後再度の検疫で「無い」と答えて見つかった場合は160ドルだかの罰金ですよ注意を受けてしまった。 
同じオーストラリア国内を移動するだけなのになんとも厳しいというか。
これは「フルーツ・フライ」という果物に産卵するハエがタスマニアに入るのを防ぐためらしい。
タスマニア旅行をお考えの方はご注意の程を。 

さて埠頭でのチェックを受けて搭乗券を受け取った後、車の船への積み込み開始がなかなか始まらない。 
何と1時間も待たされて結局搭乗が始まったのが7時近く、あんまり早く埠頭に到着しても意味が無いんですね。 
その上、車の積み込み順序というかオーガナイズがメチャクチャで後にタスマニアで下船する時には僕らの番は最後の方になってしまった。
早く来た車順に下船の順番を与えるのが当然だと思うのですが、全く無頓着なんですね。

さて搭乗後僕らのキャビンに入る。 部屋は割と狭いがとても清潔できれい。(注:これは後に同じSpirit of Tasmania 号でも1号から4号まで有って、船によってかなり程度が違うと判明) 
トイレやシャワーなどが完備で日本のビジネスホテルを思い出してしまった。 僕らはリクエスト通りツインベッドのキャビンでした。 
こんな船旅、何年ぶりだろう。 僕が高校生の時に新島に夜行のフェリーで渡った当時を思い出して何だか妙にワクワクしてしまった。
何だか修学旅行のような子供の頃に戻った感じ。

さて、キャビンに入るもすでに7時半近かったので早速レストランに。 
レストランはアラカルトのとスモーガスボード(バイキング)のが有り、結構腹が減っていたのですぐに食べられるバイキングを選んだ。
この選択は後で考えたら正解で、バイキングの方は外の景色を見ながら食事ができたがアラカルトのレストランは全て壁に囲まれている部屋でした。
セルフサービスなので好きな物を取って、ウインドウサイドのテーブルで食べ始める。 
味はまあまあ、たった一人16ドル50セントなので文句は言えません。 
食べ始めた途端にキャプテンから「搭乗手続きが完了したので早めに出航」のアナウンス。 
腕時計を見るとまだ8時10分前。 出航時間は8時だったのに10分も早く出てしまうって事もあるんですね。
って事は搭乗手続き指定時間通りに埠頭に来ないと、まだ出港時間前でもゲート閉めちゃうんでしょうな。
2〜30分は平気で遅れるオーストラリアのペースで考えていたら、乗り遅れちゃうかも知れません。
帰りはタスマニアからシドニーまでフェリーを使うのですが、その日はBicheno という東海岸にある町から250キロ以上を走って出発港(Devonport)に向うので、余裕を持って出かけなければと。

食事の後船上のテレビ室で全豪テニスの試合を見ておりました。

1月21日Devonport着。 
何と朝5時に船内放送があり、そろそろ到着との事。 昨晩の出航が定時より15分は早かったからか、入港も随分早い。 
船が止まってから、車を停めた場所(デッキ)の番号順に下船が始まる。これが何と乗船順番とは全く関係なくメチャクチャな上に非常に時間がかかる。
タスマニアに到着したら想像していた以上に検疫がうるさくて、結局船上で食べきれなかったバナナを一房没収されてしまった。 
検疫でも結構時間がかかったが早く到着したおかげで、すべての手続きを終えハイウェーに出たのはまだ6時過ぎ。
最初の宿泊先「ポーター家(後述)」へ行くのは午後で良いので早速女房の希望の「Marakoopa」鍾乳洞見学のため一路南へ。

すごい霧。 それでもハイウェーはガラガラなので到着したのはまだ朝8時前。 看板を見ると最初のツアーは何と10時からと。 
周りには何も無く、やることが無い。 車の中で寝て待とうかとも考えたのだが船でたっぷり寝たし、朝食はまだなので腹が減りそうなので、ガイドブックで早朝からやっているカフェーを探す。 

ラズベリーファームのやっているカフェーというのに決めて、来た道を一路引き返す。 
考えてみると今はラズベリーの最盛期、偶然早朝からやっていたカフェーがこれまたラズベリーで有名な店だったようで、大変美味な朝食にありつきました。 
その店の自家製ラズベリージャムは当然作り立てなので、その目にも眩しいほどの「紅色」に人口着色料でも使っているのではないかと錯覚してしまうほど。 
後で聞くとラズベリージャムは古くなるほど色が暗濃くなるとの事。 
つまりいかにそのジャムが新鮮かということ。

本日はここまで。
このラズベリーファームでの朝食がタスマニア島内では最初で最後の美味しい食事でした。 食事といっても、朝食なのでコーヒーにトーストにこの店の自家製ラズベリージャムってだけでしたが。

 


2006年2月7日

本日はタスマニアのIT事情について書いてみます。
まず携帯電話ですが、山奥のような僻地での通信は最初から諦めていたのですが、村や町の場合これほどプロバイダーによって通信事情に違いが出るとは予想していませんでした。

具体的に書くと、僕はヴォーダフォン、女房はテルストラ(オーストラリア最大で日本のNTTのような会社)なのですが、少数の都市部を除くとヴォーダフォン「全滅」でした。
ここまで使えないなんて予想だにしていなかったので、仕事関係で支障をきたしました。
17日間も二人揃ってシドニーを空けていると、当然何度かビジネス上の連絡が必要になるのですが、銀行関係にはほとんど僕の携帯番号が教えてあるので、連絡が付かず不自由な場面が幾度かありました。

特に銀行からの連絡の場合、金利などはその日その日でレートが変わるので前の日に売買を決めておくわけにも行かないしで。
考えてみると二人揃って家を空けたのは何十年ぶりになるわけで、それまでは少なくとも僕の両親なりが留守番をしていたのでまだ何とかなったのですが、こりゃ〜将来外国などに長期でかける場合には解決しなければならない課題ですな。

ある程度はインターネット(電子メール)などを活用して業務連絡を取れるようにしておけるとは思うのですが。
やはりアルバイトの若い人でも雇って留守番してもらうとかが一番安心なんだろうか。
留守番がいれば女房の盆栽にもちゃんと水をやれるし。 じつはでかける前に僕は蛇口につけるタイマーを購入、女房の盆栽などを始め鉢物に毎日一定時間散水できるように配管までして行ったのです。
まあ90%の植物は元気に育っていたのですが、10%ほどはなぜか枯れかけたり弱っていたり葉がかなり落ちていたりしてました。
どうしても人間がジョウロで水をやるのとは違って、ちゃんと当たっていない部分が出ているのかもしれません。

話が携帯からそれてしまった。
とりあえずオーストラリア在住の方でタスマニアに旅行をと考えている方は、プロバイダーの接続環境をチェックされる事をお勧めします。
うちの場合ヴォーダフォンとテルストラでしたが、オプタス等他社はどうなんだか。
さて次にネット環境。
じつは今回DELLのノートも持参したのですが、インターネットは全く使えませんでした。
正確に言うとごく一部通信可能な場所(ホテル)も有ったのですが、メチャクチャ料金が高かったりで、まあ僕にとっては「モニターの前に座らない」ってのが「ホリデー気分を盛り上げる」って面もあったので、わざわざ無理して繋がなかったとも言えるのですが。

ホバートのホテルはヨットハーバーの横、埠頭の上に建てられている眺め最高の「Somerset on the pier」でした。
↑のリンクなぜかSomerset on the pier へのURLが付かないので、上のページ内の右側「Somerset on the pier」をクリック後、Click to view  Virtual Tour をクリックで観えるはずです。 
かなりモダンなつくりで各部屋にはネット接続用ケーブルが敷かれていましたし、また無線接続も可能になっていました。

で、繋ごうと思って調べたら何と1分69セントなんですね。 69セントというのは一瞬高くないように思えるが、僕の場合繋いだら1時間でも2時間でも使っちゃう方で10分で6ドル90セント、2時間繋いだら82ドル80セントって事なのかとあまりの馬鹿馬鹿しさに繋ぎませんでした。
外出先でネットに繋ぐってのはこんなもんなんでしょうか?
日本でも高いのだろうか。 
もちろん安いネットカフェなどは沢山有るのでしょうが、何せ「日本語フォント」の問題で文字化けとかしちゃうはずで、自分のPCを使わない限り意味無いんですよね。

一番残念だったのはフェリー内で使えなかった事。 特にタスマニアからシドニーまでの22時間の航海では、時間もたっぷり有ったのでネットが使えていたら大いに重宝したと思うのですが、船内にそうのような施設が無かった。
船はタスマニア出港後シドニーに向けて北上、常に左手にオーストラリア大陸が見えているわけで、かなりの至近距離(場合によっては建物が見える)を航行しているのだから簡単に船内無線LANのサービスは出来るはずなんですけどね。

船内ロビーなどでもノートを広げて仕事をしている人を何人か見かけたので需要もあると思うのですが、オーストラリアはまだまだIT不毛なのかも知れません。 相変わらずシドニーのブロードバンドでも料金は高いし遅いし。

ただ上でも書きましたが完全にネット環境から離れていたというのは確かに気分転換にはなりました。 
今回はネットでの業務連絡は無かったのでそういう状況でも構わなかったのですが、これが一月を超えたらやはり支障は出るでしょうな。

次にタスマニアの道路事情を書こうと思ったのですが女房がスピルバーグの「ミュンヘン」を観に行こうと言い出したのでまた後ほどに。

本日は時間が無いので「タスマニアの写真」はウォンバットの写真のみ増やしました。


2006年2月6日

先週の日記にタスマニアでの食事の不味さを書きました。
しかし誤解の無いように言うと、美味い物は無いわけではない。
魚介類にしても野菜果物にしても、素晴らしい食材は一杯有る。
それら上手に使いこなしてないと言うか、僕らが訪れたレストランだけの経験ですが、印象に残るのは無かったです。

しかし今朝も朝食のトーストにホバートはサラマンカマーケットで買って来た、「ジャム」や「蜂蜜」を食べていると、つくづくこんなに美味しい物があるのにもったいないと感じますね。
ちなみにジャムはラズベリー、アプリコット、そしてマーマレード(2種)。
ラズベリーは最盛期でめちゃ美味いし、マーマレードも僕が探し続けていた「苦味の強い」のを見つける事ができて大変幸せであります。

ホバートと言えば、それまであまりにもタスマニアで食事にガッカリしていたので、日本食レストランなら海産物の扱いを心得ているので、新鮮な海の幸をいただけるのではないかと考え、宿泊先のホテルに聞いてみた。
すぐに2軒ほど日本レストランが有る事が判ったので、さっそく街を探索するついでに探してみた。
最初に行った「M」というレストラン、外に掲げてあるメニューを見ると、テリヤキなんてのの次が「ブルゴギ」なんて書いてある。
まあオーストラリアでは日本+韓国料理なんてのは珍しくは無いが、確実にいえることは、その手の店では「本格的な和食」はまず期待できないと言うこと。
ほぼ間違いなく日本人経営ではないはずだし。
誤解の無いように言うと、オーストラリアにある和食屋さんでは日本人ではない「板前さん」が働いているところは結構多いです。
スキルもそれなりに有って、美味しい和食を出しているところもある。
ただしそれは経営者の姿勢というか、マネジャーの腕次第だと思っているわけです。

何しろホバートで夕食を取れるのは一晩だけ(2泊したのだが二日目は友人宅を訪ねた)である上、その日(つまりホバート)を逃すと後タスマニア内では和食屋さんは無いはず。
ロンセストンには有る可能性も有るのだが、宿泊予定ないし立ち寄れるかどうかも未定の状況。
別にわざわざタスマニアで和食屋さんを探す理由も無いのだが、何しろ新鮮な地元で獲れる魚介類を食べてみたいという欲求を満たすには、刺身などのある和食屋が一番ではないかと考えたから。

で、サラマンカマーケットを歩いていたら「日本人観光センター(正式名失念)」のような看板を発見。
入っていって中にいた中年の日本人女性に尋ねるとやはり「Mレストラン」は中国人の経営で味はイマイチとの事。
それより「シドニーに住んでいらっしゃるのならもっと美味しい和食屋さんが一杯有るじゃありませんか」と言われてしまった。
いやどうしてもタスマニアにいる間に新鮮な物を食べてみたいからと説明。
しかし話の様子だと、どうやらタスマニアでは多くを望めないようです。
一応もう一軒の「O」というレストランは日本人の人がやっていると教えてもらったのでその晩はそこに決めた。

さてその晩は全豪テニスをテレビで観戦したいので早めに出かけたのですがもうほぼ満員、「リザベーションはしていない」と言うと空きはほとんど無い様子で、危うく追い返されるところでした。
どうにか最後の二人がけのテーブルをもらってメニューを見ると、どうやら寿司専門のよう。
これは期待できるかなと僕は「ブリのカマの煮付け」に「握り寿司」のメインコース、女房は「牡蠣フライ」でメインは「チラシ寿司」を注文した。
で、注文にして待っている間に色々観察してみた。

まずこのレストラン、ウエートレスは全員中国系、日本語のできるウエートレスは一人もいない。
英語での注文はべつに構わないのだが、中国人ウエートレスによくある「ぶっきらぼう」というか愛想の無さ、笑顔皆無ってやつなんですな全員が(3人)。
もっとも客も僕らと、偶然隣にいた新婚らしきカップル以外全てオーストラリア人で、ほとんどが地元の人のようだから、タスマニアでも寿司や刺身は相当浸透しているのかも知れない。
ですから下手に英語の出来ない日本人のオネーチャンをウエートレスで雇う方が混乱するかも知れない。
しかしカウンター内で働いている若い板さんは僕と目が合ったらニコニコと笑顔で「イラッシャ!」というので日本人である事を確認。

で、どうやらこの若い板さんがチーフ(あるいはオーナー?)のようで彼が寿司を握りながら、他のやはり若い料理人達に指示を出している。
そう、全員が20代といったところで、このチーフの寿司の「握り方」見てたら余り経験無いのが良く判る。
こりゃ〜あまり期待できないなと、もうその時点で悟ってしまった。

本当は「本日のスペシャル」と壁に掲げてあった中の、生ウニってのを注文したのだが、もう売り切れとウエートレスが言う。
夜6時半頃に入って、店内で一人もウニ食べていないのに、「もう売り切れ」ってのも何だか妙な話だと思いながら料理が出てくるのを持っていた。(最初から無いのなら消しておけば良いのにと)

まず最初に出てきた「カマの煮付け」、まあ前菜だからしょうがないのかも知れないが、すごく小さいですよね。
ほとんど身なんてついていない状態で、その割に14ドルってちっとも安くない。 牡蠣のフライは可もなく不可もない、日本なら街道沿いの安食堂で出てくるものとほぼ同じ程度。
その割に安くない。
さて、メインの寿司。 僕の「握り寿司」にしても、女房の「チラシ」にしても切り身の何と小さい事か。
その上、種類も少なくマグロの赤身一切れ以外にサーモンとオーシャントラウト、タコ、タマゴ、等他のは忘れてしまうほど印象薄かったです。
白身の魚無し、イカ無し、海老無し。
シャリも良くないし、う〜ん予想通りガッカリでした。
「チラシ寿司」を注文した女房も女房も大いに不満の様子。
ちなみに値段は「握り」も「チラシ」も17ドル50セント。
値段はシドニー並で、クオリティーは数段下。
そう、地元で獲れる新鮮な材料が安く手に入るはずなのに。

はっきり言ってシドニーで一番不味い回転寿司とほぼ同レベルってとこかな。
工夫すればもっと美味しい寿司が出せるはずなのに残念ですな。
例えば地元で獲れるホタテを握ったり(最近の流行のようにちょっと火で炙ってタレをつけたり)、やはり地元で取れるはずのウニやイクラを取り入れたり。

ひょっとするとそれらの良い食材は皆「本土(つまりメルボルンやシドニー)」に行ってしまうのだろうか。

そんなわけでタスマニアでは「食」には大いに期待外れでした。
シドニーの和食屋さんで技術(創造力かな)を持っている人が行ってお店始めたら大当たりすると思いますよ。
何しろ家賃なんて絶対にシドニーほど高くないのに、メニューの値段見るとシドニー並だし、その上、地元オージーの客であれだけ繁盛しているのですから。

さてガッカリしてホテルに帰ってテニスを観戦している間にふと地元ホバートのガイドブックを見ていたら「歌舞伎レストラン」というのが出ている。ロッジも経営しているとも書いてある。
で、さっそく調べたらなんと「あのキングスクロス近くに有った歌舞伎レストラン」なんですね!。
僕は1978年に最初の歌舞伎1(ワン)から知っている。 いや懐かしい。

で、女房にあの歌舞伎レストランと同じ経営者だったら絶対に美味しい筈だと言ったら、「でもホバートじゃないわよ、Swansea よ」と。
よくよく調べてみたらホバートから何と車で200キロは離れたところなんですよね。
ところが明後日次の宿泊地「Bicheno」 に向う途中に有る事を発見。
しかしホバートから最初に向うのは「ポート・アーサー」なのでどう考えても昼飯の時間にも間に合わない。

まあ途中で有ったら見てみよう程度だったのですが、当日(日曜日)走っていたら看板を発見。 
もう周りには全く何にも無い、右手に海岸線が続くところにぽつんと有りました。
シドニーのキングスクロスなんて、日本で言う歌舞伎町のような所からこれほど違う環境の所に移ったとは。

で、看板にはティータイムもやっていると出ているので、ちょうどアフターヌーン・ティーの時間なので、見学がてらお茶でもと入っていったら、、、、ガーン!なんと「日曜日お休み」って札が掛かってました。
いや〜ついていないというか、間が悪いというか。
結局外側の写真を撮るのみでした。(下の写真)
このレストランの横にはロッジ形式の小屋が何個か並んでいるので多分そこに宿泊するのでしょう。
でもこんな所に宿泊しても見る所なんて全く無いと思うんですけどね。
有名な「コールス・ベイ」にしてもまだかなりの距離だし。
このような辺鄙な所に移って来た理由ってのを是非聞いてみたかったですな。
確か経営者は日本人(名前忘れてしまった)とパートナーのオージーのカップルだったはず。

KabukiRest_edit_01.jpg (57996 バイト) KabukiRestSea_edit_01.jpg (32000 バイト)

↑これがその歌舞伎レストラン。 向こう側に広がっている海が右側の写真。 このレストランで食事をする時にはこの海が一望なのでしょう。
この下はビーチにはなっていません。 ここの宿泊客はどこで海水浴をするのやら。
書き終わってから歌舞伎のホームページを見つけました。
ここです。「kabuki by the sea
メニューを見るとあまり期待できないような気も。

 


2006年2月3日

タスマニアから帰宅して以来、思いっきり忙しいです。
まあ、16日間も家を空けていたのですから致し方ないと、ある程度予期はしていたのですが、ちょうど貸しオフィスの売却と重なってしまい、忙しさに拍車がかかってしまった。

帰宅してみたらプールは落ち葉だらけでスキマー・ボックスの中は詰まっているし、芝生は伸び放題で即手入れをしなければならない状態。
前の家と違って(区役所が違うので)庭のゴミなどはすぐに取りに来てくれないので、今週を逃すと次に取りに来るのは2週間も待たなければならないというので、ソリシター(弁護士)の事務所で売買契約書に署名をしに行く前に、慌てて朝から芝刈り機を引っ張り出して汗だくになっておりました。
昨日はかなり暑かったです。

って言うか、タスマニアから戻った日に船から下りたら「む〜ん」とした物凄い湿気。
湿気の少なかったタスマニアにいたからよけいにジメジメとした暑さを感じてしまったわけです。
シドニーからサーファーズ・パラダイスなどへ出かけると同じような経験をするんですけど、この国は北へ向うほど暑くなるわけで、そう言えば帰りの船の中で「このまま南へ2000海里ほど下がると南極だ」と言っておりました。
やっぱり南極に近いだけタスマニアは涼しいです。

芝刈りを終えて、汗だくのままではまともな服も着れないので慌ててシャワーに入り、気が付いたらソリシターのシティーにある事務所でのアポの時間までに15分しかない。
最初はエッジクリフ駅まで車で行って、電車に乗り換えてと思っていたのだが間に合わない。
そのまま車でシティーに出かけたのですが、やはりというか大変な混雑、予定より10分近く遅れて近くまでたどり着いた。

僕の車はワゴンなのでローディング(荷物積み下ろし)ゾーンに駐車できるわけで、これだけ混雑していてもわりとすぐ見つけられたのだが(ローディングゾーン)は15分しか停められない。
事務所で書類などをチェックしていたら15分などあっという間に経ってしまうので、女房を100メートルほど先のソリシター事務所へ先に行かせ、契約書内容を全てチェックしてもらい、用意が整った段階で携帯に電話を入れてもらって僕が事務所に出向き署名をという段取りにした。

で、待っている間にちょうど駐車した真ん前がかなり大きな自転車屋で、色々展示してあるので中に入って見たりしてたら一台欲しくなってしまった。 現在持っている安物の自転車2台を売り払って(または下取りにして)ちょっと高級なのを1台にしようかななんて考えながら見ていたら、女房とソリシターが僕の車の前に立っている。
ソリシター氏は僕を事務所に呼ぶよりも、散歩がてらにと契約書の山を抱えて女房と外に出てきたわけで、何と路上で契約書にサイン。
いつもは法律関係の書籍などに囲まれた重厚な雰囲気の弁護士事務所でのサインが、人通りの多い路上で、まるで何かの「署名運動」にサインをしているが如く、おもわず笑っちゃいました。

その後すぐ帰宅し、タスマニアで買ってきた土産を持ってPC屋のジョンの店へ行った後、僕のご贔屓である「ハート・オブ・ヨーロッパ」でシュニツル・サンドイッチ(チキンシュニッツル+トーストしたライブレッド)をいただいた。 
いや〜相変わらず美味しいです。 特にタスマニアで美味い食にありつけなったので格別です(後述)。

その後、今度はエッジクリフにある不動産屋の事務所に「エイジェンシー・アグリーメント(販売契約)」に署名をしに。
ついでに夜の食事の材料も仕込んで帰宅、荷物を置いてまたすぐ友人宅へカギを取りに。
留守中万が一に備えてカギ等を預けた友人宅へ土産を持って出かけ、ついでに我が家の墓参り。
友人宅からすぐの場所に我が家の墓はあるので、旅行中の無事のお礼を。

帰宅後、庭の木の枝がプールの上にかなりかかっていることに気が付いて、はしごを出して枝の選定などを。
何しろ、庭のゴミは今日中に出さないとということなので。
とにかく昨日はえらく湿気のある日でその上35度近くになっていたようで、暑い中で作業をするものだからぐったりしてしまいました。

さて、タスマニア旅行について何から書こうか迷っています。
風景の美しさなどは文章の下手な僕が書くより、写真を載せた方が「百聞は一見にしかず」ってなワケなので、おいおい写真を選定して少しずつ載せていきます。
ということで「タスマニアの写真のページ」は別に作りました。
本日はたった数枚載せただけですが、時間が取れ次第増やしていきます。

で、本日はまずは「タスマニアの食」について。
僕のイメージの中で「タスマニア」はシーフードや美味い果物の宝庫ってのが有ったのだが、じつは今回の旅行で「大いにガッカリ」させられちゃったんですよね。
旅行自体は大いに楽しんだのですが、食い物がもっと良かったら(まともだったら)もっと楽しめたのにまことに残念です。
タスマニアに着いて最初に食べたランチから最後の晩の夕食までとうとう「美味い」食事にありつけなかったです。
どうしてか。 それは僕が考えるにタスマニアはオーストラリアの中でも特に古い英国の文化習慣が強く残っているところだからだろうと。

ブラジルあたりに渡った日本人の移民が、いまだ日本の古い習慣、文化にしがみついていて、もはや本国ではほとんど見る事の出来ないような事が残っている(居間に天皇皇后両陛下の写真をでかでかと飾ってあるとか)のと似ているかも知れません。

多分現代のイギリスのほうがよっぽどましになっていると想像しますが、いまだタスマニアでは地元で獲れる新鮮な海の幸を料理するのに全然創作力ゼロなんですよね。
料理(味)に無頓着な英国気質がいまだ根強く生きているんでしょう。

タスマニアに着いて最初に入った「Stanley」というバス海峡に面した漁港の町のシーフードレストラン。 
生簀にはロブスターや魚が泳いでいるので、大いに期待してメニューを見たら「フィッシュアンドチップス」というのがほとんどで、ロブスターは既に茹でてあるやつ。 
牡蠣も生牡蠣しかメニューにない。
もちろん牡蠣は新鮮なら生牡蠣が一番なのでしょうが、しかしメニューに全然バリエーションが無いんですよね。
例えば牡蠣なら「モネ」とか「キルパトリック」とか。
で、女房はシーフードの盛り合わせ(ほとんどが揚げ物のホットプレート)で僕は茹でた半身のロブスターを注文。

出てきた女房の料理を見たら、「イカ」のリング揚げも乗っているのでつまんだら、「あれ?」 イカの味がしない。
まるで食感が違う。 僕はそんなものが存在するのさえ知らなかったのだが何とカニカマボコのようにイカもすり身にしてまたリング状にしてそれを揚げてある!
こんな海の真ん前の漁港のシーフード専門店で、プロセスフードを出すってのがもう完全に「イギリス的考え」なんですよね。

思わず30年程前イギリスの田舎町、ボーンマスだったか港のある町で魚料理を頼んだらスーパーで売っているような冷凍のフィッシュフィンガー(魚の切り身にパン粉までが既について冷凍してある)が出てきて、ビックリ、ガッカリ、大いに頭に来たのを思い出してしまった。
もうこれと全く同じ「料理に対する考え方」でしょ。

この最初のレストランで「あ、もうこれからタスマニアでの残る旅行では食は期待できないな」とすっぱり諦めましたけどね。
しかも値段が「異常」なまでに高いところが多い。
このStanleyのレストランも安くなかったけど、タスマニア最後の日に泊まったBicheno(タスマニア西海岸)というやはり海岸の町での食事には呆れてしまった。
HOBARTからPORT ARTHUR(ポートアーサー。 有名な囚人受刑所。 また1996年4月28日に起きた観光客大量殺人事件でも有名)やColes Bay 等を周ってBichenoのモーテルに入った。
小さなモーテルでレストランは無く、地元に3軒しかないというレストランの一つを紹介された。
行ってみると安物のドライブインといった風情で、やはりシーフードが専門と書いてある。(もちろんステーキなども有るが)

で、メニューを見ると珍しくオイスターモネやまたロブスターもモネまたはグリルができると書いてある。
「やっと茹でロブスター以外のが食える」と嬉しくなって「時価」と有るので聞いたら、「今日は小さなサイズのロブスターしかないですが宜しいでしょうか?」と言う。
で、値段は「小さいのは茹でた半身(半分)で37ドル、モネなどの料理はそれに5ドルプラスで42ドルになります」と言われて驚いてしまった。

こんなうらぶれたドライブインみたいなレストランで、小さな半身のロブスターが42ドルって、そりゃ〜シドニーより高いじゃないかって。
まったくどうなっているんでしょうか。
観光客が多く押し寄せるような土地でもなく、何でこんな料金なんでしょうか。 
タスマニアの平均所得なども本土より低いはずだし、不動産や賃金なども絶対に低いはずで、だいたい走っている車を見れば見当がつくのですがかなり古いか、韓国製が非常に多い。
それなのにレストランの値段がこれほどって、いや〜不思議ですよね。

で、あまりにも馬鹿馬鹿しいからそれは注文せず女房と二人で牡蠣の前菜(モネ)と僕はホタテ、女房は魚の料理を注文したのですが味はひどいものでお勘定を見たら二人で94ドル。
全くふざけてるでしょ。 どうなっているか。

タスマニアが観光産業で発展していきたいなら料理の内容だけでなく、料金も観光客ボッタクリ的にも思える値段は考え直した方が宜しいでしょうな。
ロブスター、サーモン、ホタテなどなど新鮮な魚介類が豊富に獲れるタスマニアなのですから。

何だか文句ばかりの文になってしまったけど、この食事についてはまた何度か書きます。

 


2006年2月1日

昨日31日無事シドニーに戻って来ました。
タスマニア一周の旅は、天候にも恵まれ大いに楽しむ事ができました。
シドニー港に到着し、下船する時に車の積算計を見たらちょうど45000キロを超えていました。
シドニーを出た時が42200キロでしたから約2800キロを走行した事になります。
シドニーからメルボルンまでの走行距離が約920キロ、帰りはタスマニアのDevonportという港からフェリーでシドニーに戻ったので、1900キロ近くをタスマニアだけで走った事になります。
17日間に渡り宿泊先9箇所(船内泊も含む)、ほとんど僕が運転したわけですが、想像以上に楽でした。(でもちょっと疲れたかな。)

昨日帰宅したら1時間もしないうちにソリシターや、不動産屋から電話がガンガンかかってきて、ホリデームードから一気に現実に引き戻されました。
貸しオフィスの売却など、片付けなければならない事が山積みなので、来週あたりからタスマニア旅行について書いてみたいと思います。

とりあえず下に今回の旅のハイライトの一つ「Cradle Mountain」でのスナップを載せておきます。
美しかったですよ〜。

CRADLE_edit_01.jpg (155054 バイト)

上の写真をクリックすると大きくなります。
この写真「キャノン」のピクチャーブリッジで繋いだのですが、なぜかあまりうまくいかなかった。
まあ、雰囲気だけでも味わっていただけるかと。
真中の遠くに見える山の間が「揺りカゴ(Cradle)」のように見えるスロープなので、この名前が付いたのでしょう。

 


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