2004年7月前半の日記
by tom tanabe マグパイへ戻る
2004年7月1日
とうとう今年も後半に入ってしまいました。
日本は参院選が始まっているようです。 僕の所にも「在シドニー日本国総領事館」から、「第20回参議院議員通常選挙のご案内」という手紙が来ました。
で、よく見ると「投票期間 6月25日〜7月6日」とあり、投票するには在外選挙人証が必要であると書いてある。
で、その手紙の中にはもう一枚「日本の未来へ、あなたの一票をシドニーから!」というタイトルのチラシが入っていて、その中に「在外選挙に必要な在外選挙人名簿への登録は、お済ですか?」とあり、「在外選挙人証の取得には申請から交付まで2〜3ヶ月かかります」と。
そう、在外選挙人証をまだ取得していない僕は、もう完全に間に合わないわけです。
だいたいこの在外選挙人証を取得する手続き自体が半端でなく面倒。
日本政府は最近になってやっと、海外在住の人間に投票権を与えるのに「しぶしぶ」同意したけれど、簡単には投票できないような仕組みにしてあります。
また今回も投票をのがしてしまいました。
国民の投票が義務付けられているオーストラリアなら、こんな事は絶対に起きないでしょうな。
何しろ投票をしなければ罰せられる国ですから、投票したくないと逃げても投票用紙は送られてくるのではないかと。
面倒くさい手続きを乗り越えてやっと投票用紙を入手しなければならない国とは大いに違うのではと。
日本の場合は在外選挙人証を申請するための書類を、最寄の領事館に出向いて入手する所から始めなければならず、いやホントに面倒くさい。
政府というか自民党は、僕のような無党派層が投票しなければ安泰であるいという永年の経験から、投票方法をできる限り複雑にして無党派層の投票をブロックしているように感じるのは僕だけでしょうか。
さて、アメリカでは最近になって(やっとと言うか)世論調査で「イラク戦争」は間違いであるという意見が「戦争肯定」を上回ったそうである。
つまりずっとアメリカではイラク戦争肯定派がマジョリティーだったのですが、それが最近になって逆転したわけで、否定派が54%になっているらしい。
これは非常に大きな意味を持つと思っています。
こういう時こそ、日本の将来が選挙の結果に大きく反映されるはずで、僕も投票したかったですな。
さて、物事の「ほどほど」というのをわきまえない僕は、アーチェリーをやり過ぎてとうとう肩(それも両方)を痛めてしまったようです。
カートの時と違って、庭に出れば簡単に練習が出来てしまうという事情も手伝って、とにかくちょっとでも時間が出来ると矢を射っていたら、突然右肩の筋肉に力が入らなくなり、痛みが出始めた。
射り過ぎで筋肉が「こった」り、痛みが出たりは何度も経験しているのですが、今までは一晩寝れば翌日にはほとんど回復しているので、全く気にもしなかったのですが、なんかいつもと違う。
最近風邪気味で、白血球の値が落ちていて、よけい回復が遅れていたのか。
最初は的に全然当たらなくなってきて、痛みに鈍感な僕はまさか自分の肩だとは思わず、弓が壊れてヒビでも入ってしまったのではないかと、焦って弓道具を全て一旦分解してまた組み立てたりしてたのですが、結局僕の肩(特に押し手といわれる右側)が慢性疲労で全然弓を固定できていなかったのが原因らしい。
僕の弓の先生「トニー」に痛みがなくなるまで当分休養するように言われてしまった。 実はおかしくなった時に、トニーに相談したら彼はマッサージ師のように僕を椅子に座らせて肩のあたりを色々押したり引っ張ったり、揉んだりして様子を見ていたのですが、やはり肩の筋肉がかなり弱っているというのです。
彼は子供の時に小児麻痺にかかり左足が不自由なのですが、彼の話によると、実は左足だけでなく左肩や左腕などは右側に比べて25%ほど筋力が劣っているとの事。
で、子供の時から「フィジオセラピスト(日本語は整体師か)」等の専門医にかかっていたのでかなり詳しい。
彼は僕の事を心配して、椅子に座った僕にマッサージなどを施し始めた。
考えてみると僕と同年代の身障者(左足の障害のために彼はサポート器具無しでは立つ事も不可能)のトニーにマッサージさせているってのもなんか非常に恐縮してしまいました。
いや〜、皆親切でしょ。
という事でとりあえず本日から痛みが引くまでアーチェリーはお休みという事なのですが、何しろアーチェリー中毒気味で気が付いたら庭に出て射っていたなんて事が起きかねないので、女房に言って道具を隠してもらおうかと。
一つの事に凝りだしたら止まらなくなってしまう悪い性格なもので。
2004年7月2日
先日、渋谷駅で駅員がピストルで撃たれるという事件があった次の日に、田園調布の駅で韓国人の集団スリを捕らえようとした駅員や警察官が襲われるという事件がありました。
田園調布出身の僕にとっては気になるニュースではあります。
だいぶ日本も物騒になってきているようです。 集団スリ事件などというのは、新宿などの繁華街ならしょっちゅう起きているでしょうから、それほど話題にもならないと思うのですが、やはり田園調布という場所柄か。
渋谷の事件にしても、最近はネットなどを通してヤクザ関係でなくとも簡単にピストルを入手しているらしい。
洗面道具しか入っていない紙袋を盗られそうになって、揉み合いになり、ピストルで撃たれたらしいが、それほど命がけで守ろうとする物でもないと思うのですが、やはり日本人は平和ボケというのか、ピストル見ても本物だと思わなかったのか、危機感が無かったのか。
田園調布の事件は、最初に高齢の女性が財布をすられて駅員に通報したらしいが、駅員もまたそれに協力しようとした男性もスプレーや包丁で襲われたようです。
やはり日本では、スリが凶器を持っているというイメージが無いのかもしれません。
考えてみると我が母や僕も、もう随分長くオーストラリアに住んでいるけれど、街中でピストルの発射音なんて聞いたことが無い。
母などしょっちゅう一人で中華街などへ出かけていくが、ヒッタクリにさえ一度も遭った事が無い。
オーストラリアはアメリカほどではないにしても、日本よりよっぽどピストルの入手が容易な国なのですが、まあ運が良いのか我々は一度もそういう事件に巻き込まれた事が無い。
僕の友人で日記にも度々登場する(例の彼女の前の持ち主)元レーサーのウォリックもピストルを持っています。
彼の場合はチャーターフライトのパイロットなので、防犯上というかハイジャック対応のため、簡単にライセンスが下りたらしい。
そんな国なのですが僕や、我が母だけでなく、オーストラリア生まれの女房でさえ街中でピストルの音は聞いたことがないという。
これはピストルを使った犯罪が少ないのではなく、やられる方もピストルを出されたら無駄な抵抗をしないからではないかと思います。
オーストラリアでは銀行やガソリンスタンドにピストル強盗なんて頻繁に耳にする事ですから。
で、今回の日本での事件を考えると、韓国や中国から、出稼ぎというのか犯罪のために日本へ「出張」してきていることが判ります。
オーストラリアと比べて地理的にも日本は簡単に密入国できるし、また日本人が「現金」を持ち歩く習慣があるでしょ。
日本のニュースを見ていると、空き巣や強盗にかかわらず、とにかくビックリするような額の金額が被害に遭うことがよくありますよね。
先日もニュースで「家に有った現金7000万円が盗まれた」とか聞くと何でそんなに大量の現金を家に置いておくのか本当に不思議でしょうがない。
母に言ったら日本じゃ銀行に預けておいても利子なんてちっともつかないから、逆に預けている銀行が倒産したらなんて考えて家に現金を置いてる人は多いのではないかと。
オーストラリアで7000万円も有ったら利子が5%(350万円)以上付く国では考えられないですよね。
そんな金額を家に置いてる人はまず麻薬のディーラーと思われるでしょうな。
ですから泥棒にとってはそういう国を選んで出か稼ぎに行くというのも、当たり前の事で、その上地理的にも近い。
格好の標的になっているわけで、これは海外に出かける日本人の旅行者が標的になるのと同じ事ですよね。
これだけクレジットカードなどオンラインで決済できる時代になっても大量の現金を家に置いてたり持ち歩くって、これも「超」日本らしいんですね。いい加減そういう習慣を捨てる時代だと思うんですけどね。
日本ではATM(現金自動引き卸し機)で100万円(場所によってはそれ以上)の現金が引き下ろせてしまうって、オーストラリアではまず考えられない。
一昨年に、父の「偲ぶ会」に出るため、日本で母に頼まれてキャッシュカードで現金をひき下ろした僕は、場所によっては確か200万円まで下ろせてしまうと知ってビックリしたものです。
現在オーストラリアのATM、引き下ろせる最高額は500ドル(4万円以下)なのですが、もし日本のような高額の現金が引き下ろせたとしても、皆怖がってまずそんな額はATMでは下ろさないでしょうな。
オーストラリア人の友人にこの話をしたら、普通の生活していてなぜに10万円以上の現金が必要なのかと、なんかもう全然考えられないんですよね。
まあ欧米では個人用の小切手が一般的だったというのも有るが、しかし今はキャッシュカードの時代でしょ。
う〜ん、何で日本だけ「現ナマ」信仰が強いのか。
これからの日本、くれぐれも大量の現金を「保管しない」、「持ち歩かない」、そして万が一の時には、「無駄な抵抗などしない」、これですね。
2004年7月5日
本日の日記は「テニスのページ」に掲載されています。
2004年7月6日
昨日の日記にウインブルドン女子決勝の事を書きました。
じつは男子決勝は録画で見たので、日記をアップするまで結果を知らなかったので、今日は男子の決勝について書きます。
今年のウインブルドン、オーストラリアの期待はフィリプーシスと、元ウインブルドンチャンピオンにも輝いたレイトン・ヒューイットに集まっていたけれど、残念ながら準決勝までにも残れなかったですな。
特にヒューイットにとっては、この芝のコートでチャンピオンに輝くってのはもう無理でしょうね。
よっぽど彼自身、というより彼の周り、特に最近はもう「異常」とさえ感じてしまう両親達の考え方が変わらない限り。
なぜなら、レイトンだっていい歳をした大人なのに、試合どころか練習時にさえ両親お揃いでしっかりコートの脇に座って監視してるでしょ。
彼らがテニスコーチならわかるのだが、しかしコーチ選びなどにはかなり口を出すらしい。
で、最初のコーチだった「ダレン・ケイヒル」を首にしたあたりからどうやら道を踏み外し始めたと僕は思っています。
それにしても王者フェデラーの強いことといったら。
当分彼の天下(特に芝のコートでは)が続くでしょう。
で、そのフェデラーとレイトン、二人にとってまことに対照的なのがその両親。
試合中のプレイヤーズボックスに必ずいるのがレイトンの親なら、フェデラーの親なんて僕は一度も見た事が無い。
親どころか、今フェデラーにはコーチさえいないのです。
最近はフェデラーに元テニス選手のガールフレンドができたらしく、彼女が応援席にいるのは見るが、男子プロの世界ではレイトンのように世界中親が付いて回ってるって非常に特殊です。
そういえばイギリスの期待の星、「ティム・ヘンマン」も今年は準決勝に残れなかったけれど、彼の両親もウインブルドンには必ずいますな。
まあ、地元の試合だからで、他の試合には来ているのは見た事無いですが。
それにしても世界中まさに365日、24時間常に両親がぴったり付き添うっていうのって、何なんでしょうね。
まあそれはさておき今日書こうと思ったのはそのことではなく、イギリス人の事。
イギリス人の行列好きについて。
僕は1999年に真冬のウインブルドンを訪れたのですが、それはちょうどテニス会場の大改修が始まる前の事だった。
旧態依然とした施設を見ながら、これではウインブルドン名物の「長〜いQUEUE(キュウ 行列)」も致し方ない、大改修後にはもっと便利になってそのキュウも解消されるものだと思っていた。
ところがこれが今年もテニスの中継を見ていると、一向に解消されていないのですよね。
僕もテニスは好きでシドニーで行われるアディダスインターナショナルや、メルボルンの全豪にも何度も行っているけれど、あそこまで酷い長い列などありえないです。
もし僕がウインブルドンのような行列に加わらなければ観戦できないとしたら、絶対に行かないでしょうな。
全豪でも当日券をぎりぎりになって買う客の列が長くなる事は有るけれど、しかしそのような長い列に並びたくなければ、自分の家の近くにある「ティケテック」というスポーツだけでなくコンサートなども扱う切符販売所で購入して行けば良い訳です。
ウインブルドンを見ていると、まったくちゃんと金を払って来るお客を馬鹿にしているとしか考えられない。
しかしイギリス人というのはまるで羊のごとくおとなしく黙ってあの異常に長い列で待ちつづけるってのが当たり前と思っているのか。
ウインブルドンの大改修でなぜ長い列を解消するようなデザインにしなかったのか。
つまり「民衆」にじっと我慢させても全く構わないという階級制度的考え方そのものでしょ。
お偉い方々は招待券や、永久座席権を持っていて、ショーファー付きのリムジンでさっと会場に乗り付ける。
かたや一般人は黙々と何時間も列に加わる。
イギリスではこのウインブルドンだけでなく、そういうことが普段の生活でも起きているので、「列に加わる」、「列を作る」、ってのが一般民衆の文化習慣になってしまってるのですね。
イギリス人は一人でも列を作ろうとするというジョークや、街を歩いていた主婦が、ふと長い列が出来ているので、それが何のための列なんて判らないが、思わずその列に加わってしまった、なんて話があるほどの国ですから。
昔の共産国では物資不足のため、食べるパンを購入するのにも何時間も行列に加わらなければならないという事はしょっちゅうでしたが、この現代の先進国家で、このような長い列に不満も感ぜず、黙々と入場を待っている人達を見るというのは、僕には考えられないですな。
2004年7月7日
昨晩夕食に来た娘が、映画に一緒に行こうと言う。
珍しく僕を誘うのでいったい何かと思ったら、日本のアニメだと言う。
子供の頃にディズニーのアニメを観た記憶はあるけれど、以来全くアニメというものを観た記憶が無い。
映画館へ観に行きたいと思った事も無く、テレビでも観た事が無い。
しかし昨晩のアニメは作者の名前に聞き覚えが有ったので興味を示したら、我が母も含めて全員で行こうと誘う。
場所はパディントン・タウンホールの中にある映画館「CHAUVEL」、で映画のタイトルは「風の谷のナウシカ」。
今この映画館では「宮崎 駿」作品群を毎晩放映しているらしい。
夜9時15分開演で、我が母は途中で寝てしまうという危惧は有ったが、日本語の映画だというので一緒について来ました。
で、開演前に話していたら何と、母にとってオーストラリアで映画を見るのは初めての経験である事に気がついた。
英語は全く出来ない母が、オーストラリアで映画を見るチャンスは確かに無いわけだが、母にとっては開演前の映画館内を見て回ったり、見に集まった他の客に大いに興味が有った模様。
それにしても平日の火曜日の夜9時開演のアニメに結構人が集まるもので、ちょっと驚きました。
娘の話では日本のアニメはオーストラリアでは人気が有り、特に宮崎作品は話題になるそうです。
この映画は今からちょうど20年前の1984年作品とのことですが、気に入ってしまいました。
確かにちょっぴり古く感じる部分もあったが、しかし20年前の映画としては大いに堪能しました。
主人公以外に、出てくる沢山の虫たちがこれまた非常に良い。
それにしても、今の作品なら絶対にあの巨大な虫の名前に「オーム」とはつけないでしょうな。
僕らの席の後ろにいたオーストラリア人のカップルも映画が終わって劇場から出る時に、同じような事を言っていたが、やはり良い作品というのは、賞味期限は無いのかもしれません。
僕はこの宮崎 駿の他の作品も見たくなりました。
特に「千と千尋の神隠し」は見てみたいですな。
見たい映画といえば、「華氏911」。
非常に気になる映画なのですが、いまだオーストラリアでは公開されていません。 そろそろだったと思うけど。
このドキュメンタリ映画のタイトルはSF作家レイ・ブラッドベリの「華氏451度」をもじった物ですが、マイケル・ムーア監督が製作した映画に「華氏911」とタイトルをつけたことに対して、事前に何の挨拶も無かったとえらく「怒ってる」との事。
僕は大昔にフランソワ・トリュフォー監督の映画「華氏451度」は見たけれど、ほとんど記憶に無いです。
それにしてもえらく了見の狭い事言ってるなと。
さて、話は変わって先週の水曜日(だったか?)の日記に、娘が飼いたがっているペット「Shingle Back」の事を書きました。
「Shingle
」と言うのは、日本語発音だと「シングル」ですが、同じシングルでもSingleではありません。
「Shingle」には多くの意味があるのですが、このトカゲの場合は皮膚が屋根などに用いる(木製の瓦のような)「こけら板」に似ているからでしょう。
で、2004年1月前半の日記に書いた我が女房の「帯状疱疹」も同じスペル(最後にsが付いて、Shingles
になるが)なんですよね。
「雅子様」もこのShingles
に患っていられるらしいが、精神的なストレスなどを受けると出てくるそうです。
元々は、子供の時にかかった水疱瘡の菌が脊髄に住み着いて、成人してから何かのきっかけでこの帯状の疱疹を引き起こすらしい。
という事は、我が女房も精神的なストレスを受けているのだろうか。
昨年の暮に先生業を引退し、今は好きなテニス三昧の生活をしているのに。
雅子様ではないが、我が家の宮内庁は我が母に当たるのだろうか。
いや、ひょっとして僕がその存在なのかと。
で、一昨日頃からまたまた背中が痒いというので見たら、4〜5箇所虫に刺されたように赤くぷつんと腫れている。
帯状疱疹の時とは違ってそれほど痛みは無いし、痒さが強くまた疲労感などは無いが、どうもおかしいというので医者に行ったら、帯状疱疹の後遺症だといわれたそうです。
出る人と出ない人がいるらしいが。
それにしても厄介ですなこの水疱瘡というのは。 人によっては一生ついて回るのかもしれません。
子供の時に水疱瘡に患った経験のある方はご注意を。
2004年7月8日
昨晩食事に出かけようとしたら、雨が降っていてビックリ。
あまりにも久し振りで「懐かしく」さえ感じてしまった。 いえ、これは誇張ではありません。 それほどシドニーでは雨が降らないのです。
公園の芝はすっかり枯れて茶色だし、我が家の庭にあるツツジなども何本か枯れてしまっております。
せっかく降り出した雨も、あっという間に上がってしまいました。
このまま水不足が解消されなかったら、シドニーはいったいどうなってしまうのやら。
さて、近鉄バッファローズが身売りされるというニュースは、すっかり野球には関心がなくなってしまっている僕にとっても、非常に気になる事ではあります。
僕も少年時代は野球大好き少年でした。 仲間と野球をやるだけではなく、我が家から近くの多摩川に有った読売巨人軍の練習場には しょっちゅう見物に出かけていました。
当時の記憶はいまだ鮮明で、水原監督やまだ現役だった川上哲治、そしてその後入団してきた長島や王など、いつも間近で眺めていたものです。
他にもジャイアンツ馬場選手なんてのもいました。
いや待てよ、ジャイアンツ馬場というのはプロレス転向後の名前で当時は確か馬場正平とか言ったような。(字が違ったかな)
しかし高校を卒業する頃にはすっかり野球は見なくなってしまった。
いやもう少し正確に書くと、大学に入った頃からは全くテレビを見なくなってしまった。 テレビより楽しい事が山のようにあったのがその理由かもしれません。
実家を出てからロンドンに住みに行くまで、テレビは持っていなかったです。 ですからテレビでナイターを見るなんて事も全くなくなってしまっていた。 だいたいテレビを見る習慣が無くなってしまった。
しかし今回の合併劇が気になるのは、2リーグ制が無くなってしまうような大きな変動が起きつつあると感じるから。
つまり関心は無くなってしまったとは言え、野球は自分(日本人としての)のアイデンティティーの一つかもしれない。
とにかく今回の報道を見ていると、巨人以外どこも球団経営は皆赤字らしい。
確かにJリーグなどにかなり取られたというのも有るのかもしれないが、大衆スポーツといえば「野球」しかなかった時代から「変わらない体質」が現在の問題に繋がっているのではないか。
巨人阪神以外は皆赤字らしいが、テレビ放映権などにしてもアメリカとは大分システムが違うらしい。
ナベツネって球界のボスらしいが今回の「ライブドアー」が近鉄を買いたいって申し入れても、「けんもほろろ」らしい。
日本にいない僕は今回のニュースを見るまで「ライブドアー」ってのが何だかさえ知らなかった。
さっそくネットで調べてみると、現在31歳の社長が東大在学中に興したネット関係のビジネスらしい。
役員達も皆若く、いかにもIT関係のベンチャー企業といった感じ。
で、そのどこが悪いんでしょうか?
ナベツネ氏は「金さえ持ってればいいってわけではない」と、完全に門前払いをしているらしいが、こういうのを見ると、上述の球界の古い体質が良く現れてるでしょ。
少なくとも会って話を聞く、交渉のテーブルにはつくべきで、その過程でもし球界が危惧するような問題がライブドアーが新オーナーになる事によって生じる可能性が有るのなら、付帯条件など契約をしっかり付ければ良い訳で、会って話もしないって態度は、結局将来的には自分の首を締めることになるでしょうな。
だいたい球団を持つのは儲かっている一流企業、大会社の道楽って時代ではないでしょ。
しかし今回この「ライブドアー」が買収出来なくとも知名度は随分とアップしたでしょうな。
全く野球に関心の無い我が母までNHKのニュースを見て「ライブドアー」という名前は知っていた。
今回この会社は買収額を30億円とか言ってるらしいが、我が母のレベルで名前をおぼえているって事は、凄い知名度アップ。
普通の広告でこれだけの効果を得ようとしたら、何十億円じゃきかないでしょ。
ちなみに僕は「ライブドアー」関連の事をGOOGLEで検索したら、知名度が急速にアップしているせいか、この会社の株価が連日急騰、ストップ高になってるんですよね。
ニュースの写真見てても社長の堀江貴文氏が黒いT−シャツで記者会見してたり、なかなか楽しそうな会社ではないですか。
多分そういうところがナベツネ氏気に入らないのかな。
それとも本当に球団などは持たせられないような、非常に胡散臭い会社なんでしょうか。
リクルートも確か江副氏が東大在学中に興した会社だったと記憶してますが、別に東証一部上場の大企業でも胡散臭い(特に経営体質)のは山のようにあるんですけどね。
今の三菱自動車の「隠蔽体質」なんて良い例でしょ。
だから球界を牛耳る一部のヂヂイどもが日本の野球の将来を決めるってのは危険ではないのかと。
どうなんでしょ。
2004年7月9日
本日は朝から雨がシトシト、嬉しいです。 といっても貯水池の水量が増えそうなほどの降りではなく、我が家の芝生が少々潤う程度ですが、まあ降らないよりはましです。
さて、
日本のニュースを見ているとこれはもう「ジョーク」としか思えないようなのが有ります。
その最たるものが、電車の中での痴漢行為や、最近は携帯等のカメラ機能を使って、女性のスカートの中を撮影するというもの。
日本人男性(あ、僕のその一人ではありますが)の性嗜好(性癖か)というのは、僕のように海外に永く住んで「浦島太郎状態」になってしまった人間にとっては、本当に不思議に感じる事が多いです。
先日も農水省の係長がJR山手線の電車内でスカート内を盗撮したとして逮捕されたらしい。
同じ日の新聞には機動捜査隊長がセクハラで停職処分を受けている記事も出てます。
今年の確か4月(?)には経済評論家の植草某というのが、やはりスカート内を盗撮して現行犯で逮捕されたが、無実を主張しているらしい。
記者会見まで開いて逮捕の不当性を主張しているのに、逮捕された時に押収された彼のカメラにはスカート内が写っているだけでなく、家宅捜査でも同類の写真やビデオ類が出てきて押収されているらしい。
しかしその「彼のコレクション」に関しては、プライバシーの問題としてその記者会見では答えていないのだそうである。
自分の人生をパーにしてしてしまうようなリスクを負ってまで行うような事なんでしょうか。
女性のパンツの写真がそんなに魅力的なんでしょうか?
日本では女性のパンツ信仰が異常に強いのだろうか。
前の僕の日記(2004年1月26日)にも書いたように、使用済みの下着自動販売機なんてのも有る日本、いや〜もう笑っちゃうでしょ。
まあ人の好みは十人十色とは言うけれど、僕には本当に理解不可能です。
なんかすっごく「地味で暗い」よね、そんな行為に萌えちゃうって事自体。いや〜不思議ですよね。
オーストラリアでは、そういう行為で逮捕される人間なんていないでしょうな〜。
いえいえ、オーストラリア人が品行方正だとは決して言ってはいません。ストーカーも確実にいるし、セクハラはしょっちゅうだと思います。
先日もオーストラリアの有名な水泳のコーチが、教え子にマッサージを施すと称して永年にわたって猥褻行為を働いていたというニュースをやっておりました。
しかしオーストラリアで、ワザワザ、スカートの中を盗撮するために駅の構内などでウロウロしてるって、無いんじゃないかな〜。
じつは我が女房は電車の中の痴漢行為というのは、日本に留学して初めて経験したそうです。(そう、すっかりオバサンの我が女房も、当時は20歳を越えたばかりだったのです)
女房にとっては、そういう行為自体の存在が頭に無かったから、ビックリしたそうです。
それも早朝の通勤電車の中、非常に混雑してたから、腰のあたりに伸びる手がわざとだとは思わなかったそうです。
しかし、しつこく繰り返すので頭に来てその男の足を思いっきり蹴っ飛ばしたらしい。
終電近くに酔っ払いが悪さをしようとしたというなら、まあオーストラリアでも起きる可能性は有るでしょうが、早朝の「今から一日仕事が待ってる」なんて状況で、満員電車の中で一生懸命に女性の腰をまさぐるのにエネルギー使ってるって、なんか可哀想でもあります。
パンツの盗撮に命を掛けてる人間がオーストラリアに観光で来て、ボンダイビーチあたりに案内され、ビーチにズラーッと胸を出して日光浴をしている女性達を見たりしたら、どう感じるんですかね。
いやもう少し話を飛躍させて、そういう人間をワトソンズ・ベイのはずれ(キャンプコーブの向こうだったか)にあるヌーディストビーチに連れて行ったら、そこでは皆パンツ穿いてないから逆にガッカリしてしまうのかもしれませんねひょっとすると。 ウ〜ン判らん。
それにしても携帯にデジカメ機能が付いたので、この手の犯罪、日本では増えるんでしょうね。 歪んでますな〜。
2004年7月12日
先週の事です。
陶芸教室に通う母を乗せて出かけたら、案の定、交通渋滞。
シドニーシティーの下を抜けるバイパス(トンネル)工事のお陰で、キングスクロスのトンネルは常時渋滞、そこをやっと抜けても、今度はウイリアムストリートを右折して、ハーバートンネル手前までは最近特に酷くなっております。
空港からハーバーブリッジに抜ける道は有料なので、無料で抜ける事のできるルートをわざと渋滞になりやすくし、なるべく多くのドライバーに有料道路を使わせようという州政府の魂胆なのか。
しかし、僕のようにダブルベイ方面からハーバートンネルを抜けて、北側に行きたい人間にとってはその有料を使うと、とても大回りだし、その度に4ドルも徴収される。
僕だって空港方面から直接シドニーの北に抜けなければならない場合は、この有料道路を使うのだが、わざわざ遠回りしてその上金まで払って使う気は全く無い。
しかし、中には空港方面(サウスダーリングストリート方面からという意味です)から来ているのに、その4ドルを払いたくないために迂回してくる車がいるのか、僕らのようなイースタンサバーブから「北」に行きたい人間にとっては大迷惑です。
さて、そんな渋滞に巻き込まれてカリカリ来ていたら、母が突然笑い出した。
何で笑ってるのか母の指差す方を見ると、隣の車線で僕の車に並んでやはりのろのろと動いている車のドライバーなんです。
歳の頃は30ちょっと過ぎ、黒い四駆車を運転するその女性がオレンジ色の太いパイプのような物をくわえている。
葉巻をくわえるように。
よく見るとそれは太い人参なのです。 そう人参丸かじりをしている。
腹が減ったのか、朝食を食べそこなって車に人参を持ち込んだのか、車が動き出すと女性はハンドルを握るたびにその太い人参をほおばったまま。
それを見て母は腹を抱えて笑っている。
「日本じゃ絶対に見ることの出来ない光景ね」と母。 僕は「でも最近日本では結構生の人参食べるのでは?」と聞くと、「サラダか何かで生の人参を食べる事は有っても、あんな丸ごと食べないわよ、馬じゃあるまいし。だいたい、あんな食べ方、日本じゃ男だってしないわよ、全くお行儀の悪い」とあきれ果てています。
浦島太郎の僕は最近の日本ってのを知らないのだが、まあ僕が子供の時には生の人参丸かじりってのは誰もやっていなかった。
人参を生のまま食べる事は少なかったかも。
しかし80歳を過ぎた我が母にとっては生のまま人参一本食いしてるという驚き、そして「女性なのにお行儀が悪い」ってのが一番気になるようです。
確かに僕の女房が人参の一本食いをしてるのは見たことは無い。
しかし我が娘ならやりかねない、と言うか多分やってるかも。
でも僕は全然気にならないんですよね。
女だからそういう事をやってはいけないなんていう考え方は持っていない。
こんな事を書いていたら生の人参の美味さを思い出して、久し振りにジューサーを引っ張り出し、人参とリンゴのジュースを作ってしまった。
ジューサーって買った当初は何度か使うが、すぐに押し入れの中の備品となって忘れてしまうってパターンが多いでしょ。
我が家には「Breville」と言うメーカーの
Juice Fountainという超高速で回転するモーターにより、果汁とカスとを分離させるジューサーを使っております。
このHPの写真で見える右側にジュース、左側にカスが排出する構造になっています。
かなりお勧めの商品で、同じタイプのプロ用も売っているようですが、かなり高額で毎日のようにジュースを作らない限り必要ないと思います。
なんだか「人参丸かじり」の話が飛んでしまいましたな。
人参とリンゴのジュースはメチャクチャ美味いです。
そう言えば、その昔ロンドンに行ったとき、イギリス人の友人がケーキを焼いてくれた。
で、何のケーキと聞いたら「キャロットケーキ」と言う。
キャロットと言えば人参、「えっ!人参がケーキになるのか!」と驚いた事が。 当時の僕にとって人参ってのは煮物などの材料には登場するけど、「まさかケーキの材料に」って驚き、そしてその美味さにもっと驚いたものです。
まあ、今なら日本でも皆「キャロットケーキ」は知っているとは思いますが。
2004年7月13日
昨晩も娘にさそわれて、宮崎アニメを見に行ってきました。
タイトルは「紅の豚」。 1992年度作品なのだそうです。
何度も書くように僕は「宮崎駿」という名前以外に全く彼についても彼の作品にも予備知識が無い。
そこで出かける前に彼について検索したら、彼の実家は戦前に飛行機設計の会社を経営していたようです。
ですから昨晩の映画「紅の豚」でも飛行機設計におけるテクニカルな内容が出てきていました。
しかし僕が宮崎監督の事をネットで検索した内容を女房にも娘にも言ってなかったので、女房たちはこの作品非常に「不思議」に感じていたようです。
作品自体は彼らも大いに楽しんだわけで、女房などは先週見た「風の谷のナウシカ」よりも好きかもしれないと。
で、女房が不思議だと感じるのは先週の作品「風の谷のナウシカ」を見た後に、今度は「第一次大戦後のアドリア海が舞台で主人公は豚のパイロット」って、いったいこの監督どんな想像力(創造力)を持っているのかと。
その上、日本人の作るストーリーなのに(当然昨晩の上演もセリフは日本語で英語の字幕付き)舞台が「アドリア海」って、わが女房は戸惑いさえ覚えるようでした。
僕はこの作品よりも「風の谷の、、、、」ほうが好きですが、しかしほのぼのとしていて、気に入ってしまいました。
何か今頃になって(まあ日本を離れて30年も経つので致し方ないが)宮崎作品にはまってしまいそうです。
「隣のトトロ」とか「千と千尋の神隠し」も是非観なければと。
女房は「風の谷のナウシカ」をどうしても最近見た「指輪物語」と比較してしまうようですが、制作年代も全然違う。(特にCGのテクノロジーなど比較するのが可哀想)
また、女房にとって「指輪物語」は子供の頃に読んだ本の思い出がある。
しかし僕ははっきり言って「指輪物語」のあの「延々と繰り返される」バトルのシーンに「ヘキヘキ」していたので、20年の歳月を考慮に入れて「風の谷」へ軍配を上げたい。
残念ながらこの映画館で上映中の宮崎アニメ週間には「千と千尋、、、」は含まれていないようなので、DVDのレンタル屋を当たってみるつもりです。
ひょっとするとボンダイジャンクションに出来た「本だらけ」という中古本屋さんに有るかも。
じつはこの本屋さんが「BASIC(ベイシック)」というお店の後に出来たのが半年も前と言うのを全く知らなかった。 地元に住みながら。
ベイシックの経営者「Hさん」も知らない仲ではないので、ビックリして昨日はじめてその中古本屋さんを見に行った。
ここは本当にシドニーのボンダイジャンクションかと思うほど大量の日本書籍が置いてある。 その数10万冊とか。
日本の株式会社「ドリーム」というのが経営しているらしく、日本でも全国30店舗以上の「古本販売店」「リサイクル・ブティック」を展開しているらしい。
それにしても、あの広さの店舗なら家賃もかなりな物のはず、ここが日本ならまだしも、日本人の数など知れているシドニーでいったい商売になるのか、ちゃんと利益が上がるのか心配になってしまいますな。
さて昨日の日記に書こうと思っていた日本の参院選の結果。
やっと日本も新しい政治の流れの始まりを感じさせる結果でしたが、即日本の状況が激変するほどの結果ではなかったようです。
なんたって参院選だし。
まあ今度の動きが今後2〜3年後に繋がって行くのか、期待はしているんですけどね。
僕の場合は「小泉純一郎」という政治家、嫌いじゃないです。
はっきり言って今の自民党の中では、「小泉」しかいないといった感じ。
でも、自民党という政党の中に「汚い」のが多すぎる。
小泉首相が掲げる改革の中には、確実に日本にとって必要な物があるけど、それを骨抜きにしていっているのが、なぜか野党ではなく同じ自民の中の「汚い」部分ってのがもうどうにも我慢が出来ないですね。
今度の選挙の結果を見ると、小泉は嫌いじゃないけど、自民党がもうどうにもならないって感じるのは僕だけじゃないと思うけど、しかし2大政党化が実現してもはたして民主党が自民党よりもマシな事をやるのか、いや〜、僕には良く見えません。
自民の「まともな部分」と、民主の「マシな部分」がそれぞれ党を割って新しい政党を作ればいいのにとさえ思ってしまいます。
2004年7月14日
一昨日に我が母の事を書きましたが、最近ボケが急加速しているようでかなり焦っております。
2週間ほど前に母を連れて主治医の「池亀先生」のところへ定期診断に行った折、血圧が高くなっている(200以上)事が発覚。
理由は明白で、降血圧剤を毎日ちゃんと飲んでいないから。
本人は当然のごとく「毎日ちゃんと飲んでる」と言い張る(本人も間違いなく飲んでると思っている)。
で、先生と相談して僕が毎日飲んでいるか確認する事にした。
やはりと言うか、一週間もしないうちに2度も飲み忘れ、つまり7日で2日は飲み忘れてるんですね。
僕がチェックしているから,たった2日だけの忘れで済んでいたのかもしれない。
で、毎日ちゃんと服用させるようにしたら今度はしっかり血圧が下がったために非常におとなしく口数も少なく、何かしゃきっとしていない。
憂鬱そうで常に疲れているような様子。
実はこれもいつもの事で、あまりにも永年高血圧で生きてきてしまったから、正常の血圧時は母にとっては非常に「だるく」感じるようです。
で、同時に脳の動きも非常にスローになるようで、ボケが加速していく様で怖いです。 医学的にどうなのか知らないけど、母の場合は確実に血圧を正常値に下げると脳の動きも悪くなります。 脳に充分な血液が流れないのか。
先週も母が夕食の時に「さっきテレビを見ていたら俳優の時任三郎が交通事故を起こして死んでしまった」と言う。
で、僕は「自分で運転してたのぶつけられたの?」と聞くと、自転車にぶつかって死んだと言う。
「えっ?自転車にぶつかって何で車を運転してた人間が死ぬわけ? 車が自転車と衝突してもまず車の運転手は死ぬほどの事は起きないでしょ。 ぶつけられた自転車の方は死ぬかもしれないけど。」と僕が言うと「だってそうNHKニュースでいっていたのだから、しょうがないじゃない」といささかむくれる。
まあ毎度の事で、それ以上はその話題に触れず、僕もその俳優は良く知らないのでそのままになっていた。
翌日ネットのニュースを見ていたら「根津甚八、車で自転車はね過失致死」って出てるではないですか。
まったく、どこで根津甚八が時任三郎になり、自転車ではなく運転してた俳優が死んでしまった、となるのか。
ニュースを見て5分後くらいの時点で、それほどまで「あやふや」になってしまうんですよね。 もうおかしくなってしまうほど。
先日も母が「XXさんが離婚するらしい」という。
XXさんはオーストラリア人と結婚されている日本人の女性です。
で、その原因が亭主(オーストラリア人)の浮気が原因だと。
そして浮気の相手が自分の娘で、その娘は中国人だという。
その旦那と言うのは僕も知っているのだが、オーストラリア人(白人)で、娘が中国人のわけが無い。
で、中国人の娘がいるはずが無いのに、「その実の娘と浮気したから離婚騒動になった」なんてもう「メチャクチャ」でしょ。 「近親相姦の浮気」なんて。まったく支離滅裂で話にならないでしょ。
それを聞いてて僕はあまりにも馬鹿馬鹿しく、笑い出してしまいました。
だってまともな頭なら自分の言っている事に「つじつま」が会ってないと判るから、そういう話にならないわけで。
いや〜心配です。 血圧が下がる→脳に血が充分回らなくなる→ボケが進行するってような図式が成立するとしたら、僕は多少血圧が上がったとしてもボケを防ぎたいですな。
ボケて長生きするよりも、しっかりした頭脳で毎日の生活をエンジョウイする方が大事だと思っています。
旅行をしたり、友人達と絵や陶芸教室で新しい趣味にチャレンジしたり大いにシドニーの生活を楽しんでいる母ですが、もしこのままボケが進行してもっと酷くなってしまったら、まるでゾンビーのようにただ生きてるだけという状態になってしまうわけで、生きている意味は無いと思う。
もしこれが自分の命だったら確実に生活をエンジョウイできる方を選びますな。
命と言えば、オーストラリアでは自転車に乗る時にはヘルメット着用が義務付けられていますが、日本ではまだのはずです。
僕も自転車愛用者で、あの不恰好なヘルメットの着用には随分と抵抗があったけれど、この根津甚八の事故を見ていると、やはり被害者は頭部強打で6時間後に死亡とあるように、ヘルメットを被っていたら死亡にまでは至らなかったのではと想像します。
都内では暴走行為でもしていない限り、車はそれほどスピードが出ていないはずで、ヘルメットを被っていればかなりの確率で、怪我はしても命は助かると思います。
日本でもヘルメット着用は義務化すべきだと思っています。
長年日本では50ccまでのバイクはヘルメット着用が義務付けられていなかったほどの国ですから、自転車の場合は当分先になるでしょうな。
この「ヘルメット着用義務」というのは、その国の文化レベルを反映していると僕は常々思っています。
東南アジア諸国ではオートバイ運転時にヘルメットなんか被ってない映像よく見るでしょ。
2004年7月15日
日本は豪雨でかなりの被害が出ているようです。
異常気象、地球温暖化のためとか言われているらしいが、いや〜複雑な気持ちになってしまいますね。
何しろ赤道を挟んで南側のシドニーでは地球温暖化のために雨が降らないというし、北側では豪雨の被害って。
日本もオーストラリアも経度は非常に近いでしょ。
時差だってシドニーなら1時間(夏時間は2時間)しかない国ですから。
干ばつのシドニーですが、珍しく先週週末のシドニーは雨で少々ほっとしていたのですが、また快晴の日が続いております。
それにしても日本で降る雨の少しでもオーストラリアに持って来れれば、シドニーの悩みは即解決なんですけどね。
それにしても、地球温暖化はもう取り返しのつかないところまで来てしまっているのではないか。
つまりオゾン層の破壊は確実に拡大していて、何年も前からこのオゾン層の破壊で、気象的影響が最も強く出るのはオーストラリアだと言われてきた。
しかしこの日本の豪雨の原因もやはり地球温暖化に繋がるのなら、もうこれは異常気象とは呼ばない方が良いのではないか。
これからも何度もこのような被害は起こるのではないかと思いますね。
破壊されたオゾン層というのは、元に戻す事ができるもんなのでしょうかね。
豪雨以外にも日本の暑さで人が倒れるなんてニュースを見ていると、地球環境問題って各国がより真剣に取り組むべきなのに、京都プロトコールにおいては、オーストラリアもアメリカも全く何を考えているのやらと。
そうそうシドニー週末の雨って言えば、いつもは弓の練習日だったのですが、肩の調子がいまいちなので、日曜日に母のリクエストでシドニーにあるお寺にお盆の供養に行ってきました。
だいたいシドニーにお寺があって、お盆の供養ができるというのも不思議な感じでしょ。
僕は信心など全く無縁で、無宗教主義であると宣言しているのに、母はどうしてもお盆なのでお寺に行きたいから、車で連れて行けと言う。
偶然シドニーの我が田邉家の宗派(らしい)浄土真宗のお寺と言うか、シドニー出張所がもう10年以上も前からあって、活動をしている。
そして、これまた偶然に一昨年に他界した父方も、また嫁いで来た母方も同じ浄土真宗だったようで、シドニーにその宗派のお寺が出来たのを幸いに、お盆などには出かけていたようである。
しかし、我が両親にしてもそれほど信心深くなく、しょっちゅう出かけていたわけではない。
しかし、母は父が亡くなってから随分仏壇に手を合わせたり、墓参りに行ったり、またお寺にも彼岸だお盆だと言っては、出かける機会が増えてきている。
ところが僕は新人のほうはさっぱりで、たまに母に付き合って行くのだが、一番苦手なのが「歌を一緒に歌う」んですよねこれが。
僕が子供の頃に両親に連れられて、お寺に行った記憶はあるけれど、皆一緒になんか良く判らない歌を合唱していたなんて記憶は全く無い。
いったいいつからこういう事が始まったのか、良く判らないがこれは西欧風宗教の影響なのではないか。
つまり教会で信者が集まって合唱しているような雰囲気。
とにかく僕は歌詞の内容も何だか良く判らないままいきなり本を渡されて、テープで伴奏が始まってカラオケのごと皆で歌うって、すごく窮屈です。
だいたい僕はカラオケが大の苦手。
で、日曜日も説教の後、皆が焼香していたら冬で窓などを締め切っているせいか、えらく煙く咳が出てしまうので外に一人で出た。
久し振りに雨が降るのを軒下で眺めていたら、この線香の匂いと雨の匂いがミックスされて、いきなり「日本」へタイムスリップしてしまった。
つまり突然僕が子供の頃に、お寺の軒下で雨が降るのを眺めているというシーンにワープしてしまったのです。
なぜだろうと考えたら、そう本当に珍しく降った雨のお陰でその湿度と、土や木々の匂い等が一体となって、日本の4月か5月頃の雨の日とまさに同じ香りが。
妙に懐かしかったです。
さて、そのお盆の供養ではオーストラリア人の熱心な信者というよりもう出家(?)してるみたいな方が、英語でスピーチ(説法と言うような内容ではない)してました。
なぜかオーストラリアにはかなり熱心な方が何人かいるようです。
僕のような無宗教主義者には、日本人の集まる(と言ってもたいした数ではないのですが)浄土真宗のお寺で英語の「説教」を聴くって、非常に不思議な光景でした。