2006年6月前半の日記
by tom tanabe マグパイへ戻る
2006年6月15日
携帯電話の話を。
今回の旅にはオーストラリアで借りた「日本で使用できる携帯」を持参しました。 重宝はしたのですが、色々不具合も出てました。
この「携帯電話」、シドニーを発つ前に受け渡しがあるので、事前に日本での必要な連絡先等を登録しておける、だから成田到着して「即」使用できる便利さは有る。
しかし使用料は、月極めのレンタル料以外にも通話料が極端に高い。「i-モード」も使えるこのドコモのは通話料は1分当たり1ドル(85円)、メールも送信だけでなく受信共に一通につき1ドル。
ですから必要な時以外はなるべく使わないようにしようと思っていたのだが、今や日本は携帯の発達で公衆電話も減っているし、ホテルへの予約確認等、随分必要だったし実際に役に立った。
まあそれだけ重宝していたのですが、日本到着2日目に「i-モード」を立ち上げたら、全く僕が申し込んだわけでもない「ヤマダ電機」のネット配信(いわゆる宣伝メール)というのが山のように受信されて来た。
「i-モード」なんか使った事が無い僕は最初「???」って状況が判らなかった。
つまり僕がシドニーで借りたこの携帯をその前に借りた人がヤマダ電機などの「ネット配信」を申し込んでいたのでしょう。
ひょっとしたら僕の前に借りた人は、量販店関係に仕事をしていた人かもしれない。 ですから「i-モード」以外にも、何件かの間違い電話も掛かって来た。
ちなみにその携帯電話のメモリーには前の人が撮影した写真まで残っていた。 レンタル会社はその辺(プライバシー)の管理が随分とずさんだと驚きました。
で、電話を受ける分には料金がかからないのだが、メールの場合は僕宛で無くとも課金されるらしい。
それより今回一番困ったのが、日本では(いや東京ではかな)、電車内で携帯電話を使えないって事。
僕のように「旅行者」で毎日のように電車(地下鉄)を駆使して、観光したり買い物行ったりしてた人間には、車内で電話を受けた率が物凄く高かったが、それに答えられないんですよね。
即それに対しメール打つなんてのも不慣れだし、しょうがないから駅についてホームから「先ほど電話いただいたようですが」って必ずこちらからかける羽目になる。
一回の受信で済む用件が、必ずこちらから「かけなおす」事になり、その分料金がかさむ。
確かに電車内で大きな声で携帯電話で話すと言うのは不愉快であるのは判る。
僕もあまり快く感じない。 しかしこれも程度問題だと思うんですよね。
日本の場合はもう何が何でも「駄目」って感じでホント、今回あれだけ電車を利用していたが携帯を使った人を見かけたのは2〜3回だった。
それもビジネスマンで取引先から大事な連絡でも有ったのか「今向っておりますからXX分後には」なんて本当に小さな声で短く話して切った。
電車内で女子高生とかが数人でワイワイと嬌声を上げながら「お喋り」してるのよりはうるさくも感じなかった。
車内でのお喋りが良くて携帯がいけないってのも、これはひょっとすると電話会社の陰謀ではないかと。
つまり用が有って携帯に掛ける。 繋がらないからメールを送ったりする。
電話を受けた人は出られないので掛けなおすかまたはメールで返信する。
ということはそれだけ使用量が増加するわけでしょ。
あまりにも皆生真面目に車内での携帯使用を控えているので僕は日本の友人に「日本は凄いね〜、赤信号でも皆無視しないしね〜」と言ったら「いや大阪の方はけっこう電車内で携帯使ってる人多いよ」と。
そう言えば大阪の方ではロンドンやシドニーみたいに、けっこう赤信号を無視して渡るって話を聞いた事が有ります。
う〜ん、文化の違いなのか。
ちなみにシドニーでもロンドンでも公共の乗り物の中で携帯使ってる人は多かったです。
特に今回のロンドンへの旅では公共の交通機関(特にバス)に乗る事が非常に多かったのですが、必ず一人や二人は携帯で話していました。 あまりにも静かな日本の地下鉄を経験した直後だったので最初はちょっとした違和感を感じたが、そのうち慣れてしまった。
つまり乗客同士がお喋りしてると思えば、同じじゃないかと。 シドニーもロンドンも公共の乗り物の中に「携帯電話の使用はお控えください」なんてステッカー見なかったような。 どっちが良いんでしょうかね?
そういえばロンドンではメール打ってる人は少なかったというか、ほとんど見かけなかったですね。
さて、シドニーに戻って借りた携帯を返却したのですが、その時に日本で新たにいただいた電話番号や少々撮影したデジ写真をバックアップするのを忘れてました。
これが自分の携帯だったなら、次に日本に行った時にそのまま使用できるから、便利なんですけどレンタルならそうはいかない。
やっぱり日本でプリペイド式の携帯でも購入しておけば良かったと思います。
プリペイドは使用料金が高いらしいが、しかし今回のレンタルよりは安いはずです。
じつは秋葉原に行った時にプリペイド買おうと思って頼んだら、今はあまりにも犯罪に使われる事が多いので、「身元照会」というのか購入者の確認で、「2〜3時間お待ちいただかなければなりません」なんて言われた。
ちょうど夕方でそのまま友人と食事の約束をしていたので、2〜3時間も待つ事が出来ず結局買わなかった。
買っとけば良かったかも知れません。
忙しくて旅行中の写真の整理も途中で止まったままなのですが、本日はロンドンから西へ140Km程の所にある「バース(Bath)」の町でのスナップの一枚。
英語で風呂はBath(バス)、その風呂(ローマン風呂)が町の名前になった。 西暦1世紀頃にローマ帝国の支配で保養地として発達した。
その地名が英語の風呂(Bath)の語源になったというのは「俗説」らしいですが。 何しろ今から1900年も前にできた街です。
で、ローマが撤退後、「さびれていた」のを18世紀に(ジョージ3世の頃)上流階級の保養地として再開発された。
下に付けた写真はそのジョージアン建築の代表の一つ、「クレセント」のものです。 僕が撮影した何枚かを繋いでみたのですが思ったほどうまくいきません。 道を隔てて隣接する建物など全てを入れたらその壮大さが判るのですが、写真ではあまり良く判らないです残念ながら。
イギリスに旅する機会があったら是非ストーンヘンジを経由してバースの町にも行って下さい、お勧めです。
カーナビ付きのレンタカーで行くのが一番良いかな。
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上の写真をクリックすると大きくなります。
「クレセント(三日月)」のように湾曲した建物です。
じつは僕らがロンドンに住んでいた当時、このBATHの街には何度となく行っていたのですが、仕事(アンティーク)のためだったので日帰りばっかりだった。
今回初めて「旅行者」としてゆっくりBBに泊まり、ローマ風呂はじめ多くの歴史を感じさせる街を堪能しました。
2006年6月14日
本日の日記は弓の稽古のためお休みします。
2006年6月13日
昨日の日記はお休みしました。
昨日シドニーは「バンクホリデー(休日)」で、前の晩に録画した「F-1イギリスGP」と「テニスの全仏男子決勝」が重なって、全て観てたら日記の更新をコロッと忘れてしまいました。
その上、昨晩はW杯のオーストラリア対日本。
で、このワールドカップの日本対オーストラリアの試合。
僕のこのホームページをご覧になっている方はお気づきかも知れませんが、元々僕はサッカーにはあまり興味が無い。
イギリスに住んでいた頃も試合観戦に出かけるどころかテレビでの中継もほとんど観た事は無かった。
ロンドンに6年も住んでいたのだから、その間ワールドカップも行われたはずですが全然おぼえていない、テレビで観た記憶が無い。
サッカーと言えば、サッカークジは買っていたんですけど、まるでティームの内容など知らずにほぼ宝くじ感覚でした。
そんなわけでW杯ドイツ大会もあまり興味は無い。
興味は無いが、昨晩の試合は「観ないわけには行かなかった」です。
で、試合が始まる前、僕はどちらを応援しようか迷っていた。
日本人だから日本を応援したいのか、はたまた人生の大半を過ごしているここオーストラリアを応援するべきか自分でも良く判らなかった。
女房はオーストラリア人なので当然オーストラリアを応援って事なんですけど、自分はどうしようかなんて、かなり醒めた感じだった。
ところが試合が始まったら僕は「自然」というか「意識」しないうちに日本の得点を喜んでおりました。(そう、あの前半の一点です)
試合の前半で日本が微妙な形で得点を挙げたのですが、オーストラリアの放送では日本の選手(名前知りません)による豪ゴールキーパーへのファールであると、それを良く見ていなかったレフリーへの非難「ごうごう」でした。
その場面のスローモーを何度も流しておりましたし、激高したオーストラリアのヒディング監督が日本のチーム関係者を小突いたりする場面も映っておりました。
このまま日本が1-0で勝ったりしたら、レフリーへの批判だけでなく日本にも風当たり強くなるんじゃないかなんて観てたんですけど、終了前10分を切ってからの3得点って、いやはやあまりに不甲斐無い日本にあきれ果てておりました。
もし僕がサッカーフリークだったら悔しくて寝られなかったでしょうが、「日本ティーム何やってんだか?」って感じで寝ちゃいました。
今朝早く起きなければならない女房は昨晩は前半が終わった時点で寝たのですが、僕が起きたらもう「大ニコニコ顔」で「やった〜、信じられない〜!」なんてはしゃいでおりました。
オーストラリア32年ぶりW杯出場、初めての勝利どころかW杯で初めて挙げた得点だとか。
僕としては世界ランキング18位(だったか)の日本を破った世界ランキング42位のオーストラリアにはこれからも頑張って是非一時リーグを突破してもらいたいと。
日本の友人から「祝、豪州勝利」なんてメールいただいちゃいましたけど、ずっとオーストラリアに住んでいる僕はオーストラリアを応援しているもんだと思われているのかも知れません。
まあ、どっちでも良いんですけど。
という事で、サッカーの話題は終り。
さて、
2週間ほど前だったか、寝ようと思ったのだが寝つかれずふとNHK(海外向け放送)つけたら何か「フォーク」の番組がちょうど始まってて、その日の出演は「遠藤賢ニ」さんって、いきなり懐かしい顔のオジサンが歌い出したのでビックリ。
いや〜ホント驚いた。
何しろ三十年以上も前に、僕が生まれて初めてロンドンに出掛けた時、飛行機(エアロフロート)の中で偶然知り合った、髪の毛の長い同年代のちょっと汚らしいオニーチャンとパリを皮切りにロンドン旅行まで一緒したのですが、その彼が遠藤賢ニなのです。
当時彼が有名でなかった(?)ためか、または僕がそれ程日本の歌を聴かなかったためか、彼が歌手だってのも最初は知らなかった。
小太りの、髪の毛がやたら長い、同年代のオニーチャンって感じでした。
まあ彼も僕のこと見て汚いニーチャンと思っていたかもしれませんが。 とにかくその飛行機の中では我々は浮いた存在だったかも知れない。 ほとんどの乗客が小奇麗な服というかスーツとかネクタイしてるのもけっこういた。 その飛行機は羽田発パリ行きだったのですが当時の日本人にとっては「花の都パリ(いまだこんな表現あるのか)」に行くには、そういう格好がふさわしいと思ってたんでしょうね。
似たもの同士というのか、お互い何となく話すようになった。
そして一緒の部屋に泊まって旅を続けるうちに彼がフォーク歌手で、テレビなんかにも出ているってのを知った。
そういえば僕は当時わざとテレビも家に置かない生活をしていましたな〜。 テレビなんてダサいって思ってたから。
家に居る時はほとんど音楽聴いていたが持っていたレコードも100%洋盤だった。
とにかくその後(日本帰国後)彼とも付き合うようになり、彼のアパートや当時彼のガールフレンドがやっていた渋谷のカフェレストランなんかにも何度か遊びに行ったものです。
遠藤君のアルバムを、その頃(1973年)僕の六本木のアパートにニューヨークから訪ねて来た「アルバート・グロスマン」に是非渡してと頼まれた事も有った。
(「アルバート・グロスマン」はボブ・ディラン、PPM(ピーター・ポール・アンドマリー)、ジャニス・ジョプリンなどのマネージャー。)
その後僕はロンドンに住み始め、彼との交流が途絶えてしまったのだが、以来海外在住のためかメディアなどでも彼の名前をほとんど聞かなかったので、てっきり歌手は廃業でもしてどこかでひっそりと暮らしているのではないかと思っていた。
そういう道を辿った元ミュージシャンってけっこう多いでしょ。
ロッドスチュアートと一緒にやっていたフェイセスのベース・ギタリスト「山内テツ」なんて今頃どうしてるんだろうって、たまに思ったりします。
ところが何と彼はず〜と「遠藤賢二」で頑張っていたみたいですね〜。
いや〜そのNHKの1時間(もっとだったか)にも及ぶ彼の独演会というか、ライブ演奏見ていて、昔の思い出が色々蘇ってまいりました。
今も彼はあの彼女と一緒なんだろうかとか。
そうだ今度日本に行った時には彼に会ってみよう。
さてどうやって連絡を取ったものやら。
2006年6月9日
何だかシドニーはずっと天気が悪いです。
何年にも渡って水不足に苦しんできたので、雨が降ると嬉しかったりしてたんですけど、こう嫌な天気が続くと青空が恋しくなります。
特に冬に入ったオーストラリアでは、太陽が出ていないと「体感温度」が極端に下がるような気がします。
さて、本日は女房に付き合って耳鼻科の医者に行ってきました。
じつは彼女の聴力が落ちている事が判って、補聴器を購入に。
彼女の「耳が遠く」なってきているのではと僕は1年ほど前から感じてた。
例えば彼女一人でテレビを見ている時などかなり音量を上げている。
最初はミニホームシアターを楽しむように割と音量を上げて、7チャンネルサラウンドサウンドを楽しむためかと思っていた。
それにしてもいつもかなりの音量で、ニュースなど特に大きくしなくとも良い番組まで。
で、僕が音が大き過ぎると言うと、テレビコマーシャルの時が特に音量が大きくなるので仕方が無いみたいな言い訳を言っていた。
(確かにオーストラリアではコマーシャルになるとボリュームが何段も高くうるさくなります)
そのうち彼女は自分の携帯電話が鳴っているのになかなか気が付かないという症状が頻発するようになってきた
すぐに携帯を取らないので、メッセージバンクに切り替わってしまうという事がしばしば起きていた。
そのことを指摘すると、携帯はショルダーバッグに入れていていつも底の方に埋もれてしまうので、なかなか聞き難いとか何とかこれまた言い訳じみたことを言っていた。
やっぱり耳が遠くなるなんていかにも「年寄り」を証明しているみたいだから認めたくないんでしょう。
しかし最近はお芝居に行っても俳優の喋るセリフが聞き難いと感じる事があってとうとう自分でも「おかしい」と考えるようになった。
そこで聴力の検査を数週間前にやったのだが、医者は補聴器をすぐ必要とするほどではないと言っていた。
彼女の場合低音域と高音域両方で多少落ち込んでいて、その中間は全く問題無いといわれたらしい。
しかし僕としては必要以上に大きな音でテレビを観ていられるのはたまらないので、観劇に行った時なども含めて必要な時だけでも良いから補聴器を作ったらと言っておいた。
でも彼女は僕の母が使っているような耳の中に入れるタイプの補聴器はいくら小さくとも非常に異物感と言うか圧迫感が出るはずだから嫌だと言う。
で、彼女いわく、見掛けは悪くとも耳に掛けるようなタイプなら考えてみても良い、だいたいそのようなタイプは価格的にもけっこう安いはずだし、必要な時だけ(片方だけでも)掛ければ良いんだからと言う事になった。
で、本日セントヴィンセント病院の中にあるスペシャリストに行ってきた。
本日の担当は先日耳の検査をした女性ではなく、補聴器のスペシャリストのようで、事情を話すと「そういったニーズにはピッタリのがオランダから最近輸入されるようになり、耳の中の圧迫感もなく大変評判が良いです」と、言いながら「Oticon」というメーカーの補聴器を出してきた。
それは耳の後ろに「本体部分」を引っ掛けて、そこから小さな透明なパイプ(管)が耳の中に延びてくるタイプで、耳の穴に嵌め込むタイプとは違って、全く圧迫感が無い。
耳の中に延びてきているパイプの先がスピーカーになっているらしいのだが、パイプの径はたった1mmくらいの細さなので、耳の中に入っているという感じが無いとか。
耳の後ろの本体も僕が想像していた以上に小さくて耳たぶの後ろに隠れてほとんど見えないんですね。
まあ女房の場合は髪の毛のスタイルで元々耳は完全に隠れてるんですけどね。
で、これなら違和感なく使えそうだし、使用する人の耳の穴の型を取って製作するという手間もなく今から即使用始められますというので、御いくらですかと聞いたら「4000ドル」ですと言う。
スイス製の世界でも超小型の耳の中に入れるタイプでも6000ドルだったから、多少高いなとは思ったがまあそれならしょうがないかと思ってたら何と!「片方だけで4000ドル両方で8000ドルです」なんて平然と言われてしまった。(母のは両耳で6000ドルだったのでそれよりずっと高い!)
しかしその医者いわく、「奥さんの耳の場合片方が特に悪いので、悪い方だけで十分、つまり2個買う必要はありません」との事。
結局悪い方(左)の分を今日は購入したわけですが、今の補聴器って皆こんなに高いんだろうか。
このタイプもやはりコンピュータに接続して、聞き難くなっている音域だけをプログラミングで補正してやるというタイプです。
そのプログラミング作業を見ていたのですが、「僕もそのソフト入手できますか」と聞いたらやっぱり「一般には出していません」と言われてしまった。
しかし将来一般の人達がIT文化にもっと馴染めば、ユーザーのレベルも向上するだろうから、家庭でも自分のPCに補聴器を繋いで(この場合PC側はUSB接続でしょうな)、ファームウエアーをアップしたり、補正音域レベルを変えたりとか出来るような時代が来ると思います。
さて、女房はさっそく今晩から使い始めたのですが、今までとは思いっきり小さな音量でテレビを観ているのに、僕は思わず吹き出してしまった。
こんなにも違う物かと。
さて話は変わって、プリウス君、全く問題もなく快調に働いております。
先日初めての燃料補給をしたのですが、ずっと天気が悪い事も有って余り距離も伸びず、やっとトータル650Kmほど走行しました。
満タンにしてから約280Kmほど、燃料系の減り方を見ていると、満タンで800Kmから900Kmは軽く行くようです。
スーパーマーケットでくれるガソリン割引つきのレシートが余ってしょうがないです。
最近は燃費を良くする走り方にも大分馴染んでしまって、SLKに乗っていてもその癖が出てしまうのには自分でも可笑しいです。
SLKは全然タイプの(用途のと言った方が良いかな)違う車なのに、何かいつの間にかSLKの瞬間燃費のグラフを見て走ってたりしてます。
ところが驚いた事に、このSLK、排気量が5500ccもあってその上AMGチューンなんて絶対に燃費の事などは二の次って車なのに、高速道路では想像以上に燃費が良いんですよね。
週一回のリバプールへの弓の練習にはSLKで出かけるのですが、交通渋滞が無い場合には我が家からキングスクロストンネルを抜けてすぐにイースタンデストリビューターという高速に乗れる。
そのままM5(高速道路)に乗る。 リバプールにある練習場はM5の出口から1キロも無いほど近い。
道路が空いていると、法定速度遵守で時速80KmからM5の110Kmで走るわけだが、この車は7段ギアーなのでトップギアー(7速)のギアー比の関係からか回転も上がらずガソリン消費も何と1リットル当たり10Kmを超えるんですよね。
これって今まで乗っていた2200ccのスバル・リバティー(レガシー)のワゴンの高速道路走行の燃費とほぼ同じ!。
排気量は2.5倍も有るのに!。
スバルに乗っていた当時、メルボルン行きで何度も測ったが高速道路だけの燃費で1リットル当たり10.5Kmを超える事はまず無かったです。
オーストラリアでの燃費は100Km走るのに何リットルが必要かという表示の仕方なので(これはオーストラリアで販売されているプリウスのオンボードコンピュータにもそう表示される。)
「9.7L/100km」ってのが現在までで一番低いです。
100を9.7で割ると10.3ですから1リットル当たり10.3キロ走るということになる。
ところが吹かして乗ったり、街中ではもう目を覆いたくなるほど燃費は悪化して1リットル当たり5Kmを切る事は当たり前。
それと対照的なのはプリウスで街中の方が高速よりも燃費が良いらしい。 というのも高速道路をずっと飛ばしていると、ほとんどガソリンエンジンに頼りきりになるが、街中ではかなりの部分を電気で走るから。
そうそう電気で走るといえば、昨日友人のところでプリウスの話をしたら「ところでプリウスは毎日充電する必要があるの」なんて聞かれてしまった。
それ程メカに疎いご主人ではないのだが、どうやらプリウスと言うのはロンドンの牛乳配送車のように電池だけで走り、その電池は毎日ガレージか何かで充電しておくものだと思っていらっしゃる。
う〜ん、やはり一般の方のハイブリッド車への理解度というのはこのくらいのレベルなのかも知れませんな。
ちなみにその時の会話で「いえ、プリウスの走行用電池は充電するためのソケットさえついていません。」と言ったら「じゃあどうやって充電するの?」って話になった。
「プリウスの充電システムはブレーキをかけた時に車の転がる力が発電機を回して充電される。 それ以外にも充電量が低くなってきたら、ガソリンエンジンが駆動力だけでなく充電も行うんです」と大変大雑把に判りやすく説明したのだが、あまり理解されなかったようです。
僕にとってはハイブリッド走行のためのプログラミングの複雑さが面白くてたまらないわけで、コンソール真中に刻々と表示される走行(駆動)状態を見ながら走るのはホント飽きないですな。
まるでマイレッジマラソンに出ているような心境になることがあります。
ですから今までだったら交通渋滞に巻き込まれ信号何回待ちなんて時にはいつも「カリカリ」来ていたのが、いまやその表示画面を切り替えて、その日の走行を始めてからその時までの時間ごとの走行状態(燃費や発電量表示)のグラフ表示を見たり、「あれもう信号変わってしまった」なんて心境になっております。
このグラフ表示は、まるでウインドウズのタスクマネージャーでCPUの使用状況をグラフで見てるのと似てます。
それ以外にもこのオンボードコンピュータにはスケジュール管理のような機能も有るし、また6枚ものCDに焼いたMP3音楽のファイルを検索したりと、いくらでも信号待ちの時間が潰せますな。
これで上に書いた補聴器の話ではないが、ユーザーがプリウスの走行プログラムを自分好みで書き換えられたり、またPCのクロック・アップのような遊びが出来たら最高なんですけどね。
では皆様良い週末を。
2006年6月8日
昨日は例によって弓の稽古で日記をお休みしました。
弓の稽古を夕方終えて、帰宅早々、友人宅にディナーに呼ばれていたので出かけてました。
昨晩は女房の友人宅だった。
「友人」と書いたが、僕らの場合趣味やスポーツを通して知り合いになると、年齢的にもかなり幅が有ります。
昨晩の友人は女房の「観劇」仲間で、年齢的には我々より一回り以上の歳の差が有るかな。
我が女房とそこの奥さん二人で毎月「舞台観賞」に出かけているわけですが、大変仲が良い。
まるで同級生のように、一緒に観た舞台の話で大いに盛り上がっている。
そこのご主人は医者で、とても真面目そうな堅物って感じです。
僕はご主人には何度か他のパーティーなどでお会いした事は有るのだがゆっくり話すのは初めてでした。
女房達がシェイクスピアーがどうのとやっている時に、彼と僕はシドニー・シティ・トンネルにまつわる政治家の「バカさ加減」って話で盛り上がっておりました。
どうも彼も僕同様、お芝居はあまり興味が無いのかもしれません。
僕もこの日記のどこかで、シドニー・シティ・トンネルについて大いに批判的なことを書いたことが有る。
このような内容のプロジェクトにした州政府の政治家はまさに「国賊」と書いたと思います。
昨晩の彼の意見でも、入札制度でこのトンネルプロジェクトは香港系の会社がやったわけだが、最初に州政府に払った「9千6百万ドル」もの納付金はまさに「賄賂」であると、大いに憤慨されてました。
彼の怒りを聞いていて、僕は嬉しかったですな。
というのも、僕から見ると「完全に狂っている」としかいえないあのプロジェクトについて、彼のような強い批判的な意見を言う方が僕の周りにはあまりいなかった。
やっぱりオーストラリア人はノンビリしていると言うか、寛容と言うのか鈍感と言うのかと僕はずっと心配していたのだが、まず僕らがボンダイジャンクションに住んでいた時のお隣さん、いまや「グリーン党」を代表する政治家になった「リー・リアナン女史」がこのトンネル問題に火をつけた。
いまや毎日のように新聞でも扱われ、今後の州議会での与野党逆転さえも予想される事態になっているわけですが、しかし実際に僕が接するオーストラリア人達は、そのトンネルを使わない人が多いせいか、ほとんど批判的な話で盛り上がる事は無かった。
自分で使う使わないの問題ではなく、この工事の契約内容と、その後の「トンネルを無理やり使わせる」ために「他の道路の封鎖などの処置」をちゃんと把握をしていたら、すぐにこれは政治家の背任行為だって判るはずなんですけどね。
その上最近になって批判が巻き起こってきたら次の選挙を控えて危機感を持った与党は、何とそのトンネルプロジェクトの契約を無視して道路封鎖を止めると言い出した。
当然このプロジェクトをやった会社にとっては通行料金収入に響く大問題で、契約違反だというので「裁判」が始まるわけですが、僕から見ると州政府が負けて大変な額の違約金を払わされる事になると。
バカ政治家の尻拭いはまた国民にって構図です。
昨晩は奥さんの美味しい手料理に舌鼓を打ちながら、そのトンネル問題から始まって多くの話題に花が咲きました。
やっぱり年代を超えた付き合いってのも色々な意見が聞けて貴重ですな。
例えば日本の「村上ファンド」の話を僕が持ち出したら、昨年自殺した「レネー・リブキン」との類似性に話が及びました。
「レネー・リブキン」についてはやはり僕の日記の中で何度も登場した人物で、マスコミへの登場(パブリシティー)を大いに活用して大儲けしていた投資顧問(元は株屋です)でした。
同じようにインサイダー取引で捕まって実刑まで食らってしまったが、しかしその「インサイダー取引」の内容を考えるとまるで「見せしめ」のような判決でした。
今回の村上氏の逮捕の内容は詳しくはいまだ良く判らないが、ファンドマネージャーや投資顧問といわれる人達は皆インサイダー取引なんてやっているわけで、「占い師」じゃないんだから、大なり小なり「情報」というものを持って動いてる。
その情報の量で「有能」かどうかが決まってくる職業なわけで、村上氏にしても今までの彼の経歴を考えたら物凄い量の「アンテナ」を持ってやっていたはずだし、オーストラリアでも「やり手」って呼ばれる人は大同小異。
村上氏にしてもあの記者会見で全て真実を語っているとは到底思えないが、しかし「ニッポン放送株」にまつわる話だけに絞っても、これが本当に「インサイダー取引」に当たるのかと考えさせられてしまいます。
法律上では「抵触」するってロジックは判るんですけどね。
自分の持っている銘柄の株を値上がりを期待して他の人にも勧めるってのは当然の行為だし、勧めた相手が5%以上取得したからって「量の問題」なんでしょうかね。
ちなみにどこの国でも「派手にマスコミに登場」ってタイプは、必ず標的にされ「見せしめ」になるって事ですが、それで金持ちを快く思わない国民の一部の溜飲を下げさせるってことで「一件落着」で良いのだろうか。
村上氏の「聞いちゃった」ってのがまた新しい「流行語」になりそうですが、あの記者会見を見ていて僕は「バート・ドフ氏」のことを思い出した。
彼は僕が住んでいたヴィクトリアロードの家を扱った不動産屋です。
そのバートも上記の「レネー・リブキン」インサイダー取引のときに連座で逮捕され、結局不動産取引ライセンスを失ってしまった。
そもそもこの時の「インサイダー取引」ですが、いまだに僕には不思議な事が多いのでちょっと書いて見ます。
事の発端はオーストラリアの弱小航空会社がカンタスに身売りする事になった。 その弱小航空会社の役員の一人が旧知のレネー・リブキンに
「やっと身売りの交渉が決まったよ」と話した。
そこでリブキンはそれならカンタスの株も値上がりするのではと、カンタスの株を買った。(量は大した事は無い)
しかし大した値上がりもなく株の量も少なかったので、僕の記憶ではせいぜい数千ドル(数十万円)の儲けしか出なかった。
で、その不動産屋のバートもリブキンの家の売却の話し合いでリブキンの家にいて偶然電話で話す内容を「聞いちゃった」。
彼もそれならとカンタスの株を買ったがしかし儲けは「約2000ドル(二十万円)」ほどだった。
しかしバートもリブキンと同じように「セレブ」だったのでインサイダー取引で逮捕されちゃった。
有罪になって罰金刑だったがしかし同時に本業の不動産取引ライセンスも失う。
僕は考えるのだが、この場合カンタスが値上がりしていなくて損を出していたら「捕まらない」のでしょうか?
弱小航空会社を引き取るのがカンタスにとって好材料かどうかは市場の判断に任せられるわけでしょ。
逆に値下がりの可能性もあるのを、儲けが出た時だけ「逮捕」って事なんでしょうか。
不思議ですね。
2006年6月6日
今日の日記を書こうと上記の日付を入れたら今日は「6」並びだった。
って、どうでも良いんですけど。
それにしても天気悪いです。 昨日も本日もほぼ一日中降ってます。
これだけ雨が降るならさぞかしダムの水位も上がって水不足解消に少しは繋がるかと思ったら、その地域はたった2mmしか降っていないらしい。
誰がそんなところに貯水地を決めたのか、確かに我々が住むような海岸線に近い地域は雨が多いのだが、それにしても「差が有り過ぎ」ますな。
朝からずっと雨なので憂鬱になりそうという事で、本日は火曜日半額デーという事もあり、お昼に映画に行ってきました。
タイトルは「Candy」、オーストラリアの映画です。
若いジャンキー(麻薬中毒)のカップルのお話なんですけど、僕には何だか憂鬱になってしまうというか、この映画(のストーリー)からは何も「得る」ものが無いというか。
この手の映画は、麻薬に興味を持ち始めるような若い人達に見せたら宜しいのではないかと。
というのもロンドンに暮らしていた頃は、僕のお仕事だったファッション関係やまた付き合いのあったロック音楽関係で、この映画に出てくるようなジャンキーがウヨウヨいたわけ。
その頃の友人知人達を思い出してみると、だいたい同じように「ヤク」やって、そのままハマって破滅的な人生まっしぐらってのと、若気の至りだったと早めに足を洗って、他の人生の楽しみ方を見つけるタイプって、どこで分かれるのか今だ僕には判りません。
けっこう純情で、繊細な性格の子が完全に「狂っちゃったり」と、当時日本からロンドンに来ていた若い友人達の中にも、色々でしたね〜。
薬中にしてもアル中にしても、ハマりやすいつまり中毒になりやすいってのは「遺伝子」にもかなり関係しているという医学的証明もあるらしいけど。
この映画は確かに「良く出来ている」し、主演のキース・レッジャー(ブロークバックマウンテン)はけっこう好きな俳優、その上この映画のプロデューサーは女房の教え子(高等学校)なので気にはなっていたんですけどね。
何か「もう一ひねり」じゃないかなって思うのですが、まあ小説の映画化だからあまり変えられないのかも知れません。
さて、昨日の日記にロンドンでの「食」について書きました。
旅行の写真を整理していたら出てきた料理を撮影したのも有るので、今日はそれを載せます。
旅行中はデジカメで随分撮影したのでまだまだ整理がついていませんので今後ももっと載せる予定です。
まずは上の写真。 これはロンドンで滞在していたウイークリー・アパート(フラット)で毎朝食べていた朝食。 ほぼ毎日こんな感じでした。
左上に、大家さんが用意してくれるグレープフルーツ(真っ赤なルビーってやつですな)と、真中が僕の好きな「マーマイト(MARMITE)」そして右側が僕の朝食の定番「マーマレード」。
同じ「マーマイト」でもオーストラリアで食べているのとはかなり味が違うので良く見たら同名なのに生産している会社が全く違う。
オーストラリアではこの「マーマイト」と「ベジマイト」両方その日の気分によって変えて食べているんですけど、どっちかって言ったらオーストラリア製のより英国製のマーマイトのほうが僕の口には合いますな。
「マーマレード」も僕の大好物で、旅行などすると必ず土地の物を買い求めてくる。 タスマニアに行った時にも何種類か持ち帰ったのですが、今回も「バース(BATH)」に旅行した時に泊まったBBでそこの奥さんが作る自家製のがえらく美味しくて、一瓶ねだってしまった(販売品ではないので)。
上記の写真のマーマレードは「Frank Cooper's」ので、これはオーストラリアでも買えます。 泊まっていた所が用意してくれていたので、それを食べていたがこれもなかなかいけます。
コーヒーを飲むとトイレに近くなる僕は毎日観光で出歩くので、朝は「カモンミール茶」でした(右側)。
トーストはホールミールのブラウンブレッドが多かったですが、かなり美味でした。

↑これと↓の写真は僕が特に気に入って2度も食べに行ってしまったメキシコ料理の店から。
左のは「ザクロ」のフレッシュジュース。 ちょっと不思議な味というか、甘過ぎず凄く気に入ってしまった。 シドニーに戻ったら自分でも作ってみようかなと思うほど。
真中は定番の「タコス」、そして右は「エンチラーダ」です。
メニュー見ると
「Red Enchiladas」 corn tortillas dipped in ancho and guajillo chile sauce,
folded with shredded chicken, crema, cheese, and onion
とあります。 メチャうまでした。 シドニーでもこんな店有れば良いのにと

↑が店の入り口で、メキシコといえばマスクのプロレスラー。
壁にそのマスクが飾った有りました。
店の生がどうしても思い出せない。
↑は(左)がスペインの「タパス・バー」、そして右は「ウエストボーングローブ」に有るちょっと気取った「ティー・パレス」。
「タパス」ってそれぞれの量が少ないので、好きな料理を何種類も取って楽しめるから好きです。 頼んだ皿の種類が多ければ一つくらいハズレの味でもがっかりしない。 でもこの店全て大満足でした。
右の写真は典型的な英国の紅茶って感じの、紅茶専門店。
かなり気取っていて、その上値段もかなりの物で、しかし僕はそれ程お茶の味はわからないので、それ程の金額を払った価値が有ったのやらと。
↑はロンドン最後の晩に娘と三人で行った、「マイケル・モーア(Michael
Moore)」の店。
確かに美味しかったのでしょうけど、その時には叔母が亡くなったというニュースが日本から届いたばかりで、「翌日日本に着いたらやらなければならない事が」なんて頭に有って余りリラックスできず味わった印象が薄いです、残念ながら。
左が僕が食べたサーモンとヒラメ2種類の魚を使った料理。左から2番目が女房の頼んだ「ラム」、次は娘の「ロブスター」、右はデザートの中の一品。 上記のメインコース以外にもそれぞれ前菜も頼んだのですが、頭の中は日本の事で一杯で、写真撮るの忘れていた。
レストランに行ったら食べ始める前に写真を撮るって習慣なかなか身に付かずいつも忘れて食べ始めてしまう。
食べ終わってから「いや〜美味しかったな〜この料理、」なんて考え始める頃に写真の事を思い出すってパターンでした。
右のデザート「4種類のチョコレート」は絶品でした。
2006年6月5日
このところシドニーはずっと天気が悪いです。
昨晩から降り始めた雨は朝になっても止まず、一日中降ってました。
久し振りにプールの水が満杯になったので、バックウォッシュを。
太陽が出ないと、体感温度もぐっと下がってしまい、一応日中は摂氏10度は越えているらしいが、とても寒く感じます。
朝夕は摂氏8〜9度くらいでしょうか。 毎年6月ってこんなに寒かっただろうか、それとも今度の家が前と比べてガラスのドアーがかなり使われているので、冷えやすいのか。
ただし前の家はでか過ぎてセントラルヒーティングの効きが悪い部屋(というか玄関のホールなど)などが有ったが、今度のところは設計が新しい分まだ「まし」です。
さて先週の日記にも書いた旅行中の「食」について。
今回の旅行で一番驚いたのはロンドンで(いやロンドンだけでなく僕らが周った地方も含めて)食のレベルが大変上がっていた事。
1999年にやはり娘と三人で訪れた時には、事前に「ロンドンの食事は美味しくなったよ」と聞いて出かけたのだが、それ程ではなくがっかりした記憶があるのでが今回は違いました。
「食」と言っても幅が広いわけですが、エスニック系だけでなく、パブで出すいわゆる典型的な「パブ・ミール(パブでの食事)」にしても、そのメニューの内容がかなり洗練されてました。
昔はパブ・ミールなんて思いっきり不味かった。 夕方パブで酒を飲んでいて、どこかちゃんとしたレストランに移動するのも面倒だからって感じで大して美味くも無いありきたりのメニューのパブミールって感じだった。
だから酒を飲まない僕は夕食を取るためにわざわざパブに出かけるなんてことはまずしなかった。
しかし今回の旅行ではこのパブ・ミールが予想外に美味かった。
まあパブ・ミールと言ってもかなり幅が有るわけで、元はパブだがレストランの部分に大いに力を入れてそれで売っている所もあるわけですが。
しかし平均的なパブで、例えば食事をするテーブルの予約を取らないようなとこでも、「メニューの豊富さ」や「味」またその「盛り付け方」など、イギリスも随分変わったものだと、嬉しい驚きでした。
パブでさえそうなので、全く期待せずに入った「レストラン」で予想外のメニューに舌鼓を打ったりって事も何度かありました。
例えばある日バスを乗り継いで昔女房がやっていたお店(服飾)のあったキングスロードに出かけた。
トイレの近い僕は、朝お茶を飲み過ぎたのかトイレを探したのですが、これがもう全然無い。 公衆トイレの数なんて日本と比べたら比較にならないほど少ないロンドンは、僕のように「トイレに近い人間」には大変なんですけど、道で公衆トイレの場所を尋ねたら、ハビタット(Hbitat)の中には有るのではないかと聞いて入った。
するとそこは公衆トイレというよりも、2階にあるレストラン「Munch」の一部のような感じで、ただ通りすがりに入って用を足すってのも何だかと思いながら使わせてもらった。
で、出てきて「そうだちょうど昼時だしここで何か軽く食べていこうか」と言う事になった。
店の雰囲気は特に特徴があるわけでもなく、インテリアにしても凝った造りでもなくちょっとくたびれている感じ。
既に居る客を見ると地元の年寄り風と、イタリア系の親子3人だけ。
何だか日本の人気の無い古い百貨店の食堂みたいな、少々うらぶれた感じさえある。
まったく美味しい物が出てくるって雰囲気が無いので全然期待してなかった。
で、壁に書いてある「本日のメニュー」ってのから僕はパスタ(ペネ)、女房はイカのグリルってのを頼んだ。
これが予想外に美味かったんですよね。
特に女房のイカのグリルなんて、イカの下に敷いてあるのが「カミン」で味付けされた「チックピー(豆)」と「ザクロ(果物)」が混ぜた物。
それにオレンジが主体のドレッシングがかかっていて、ロケット等の野菜が乗っている。
こんなふつ〜のイギリスのレストランで「イカ」を使った料理が出て来るってだけでも、30年以上も前にロンドンに住んでいた僕にとっては感慨深いもんです。
何しろ当時の英国人はイカやタコなんて食べなかった。
当時全く無かったわけではなく、探せばイタリアレストランのサイドメニューの中にイカ入りのサラダなんてのは有ったが、絶対メイン・コースにはなりえなかった。
ましてや英国風レストラン(パブも含めて)では皆無でした。
こんなレストランでイカのメインディッシュを出すなんて、英国も随分変わったものだと思いながら、それでもどうせ大した事無い料理が出てくるのだろうと思っていたらこれがビックリ。
運ばれて来た皿を見てまず驚いた。
盛り付けがまるでフランス料理のよう。 味も洗練されていて、大当たりの味なんですよね。
まあ期待しないで入った店、ましてやトイレを借りるついでにちょっと何か食べて行こうかなんて感じで入ったから、よけい感激してしまったのかもしれないが。
僕が注文したパスタの一品も、使われている食材「ウッドファイヤーで乾燥させたエッグペッパー(赤ピーマンよりちょっと長め)、ズッキニー、サンドライドトマト、紫タマネギ、など等」のバランスも良くて、バジルの「ペスト」で味付けられたそれは、久し振りに美味い「ペネ」を食べたって感じでした。
今回の英国への旅ではこの店のように全く予備知識なし、たまたま飛び込んだ店で予想外の美味しさを満喫する経験を何度もしました。
僕が思うにこのレベル向上の原因は「ネイキッドシェフ」、ジェイミー・オリバーに負うところが大いに有ると思います。
彼のお陰、つまり料理人が「セレブ」になる(なれる)という風潮が、料理人を目指す若い人たちに大いに影響を与え、いやがうえにも全体のレベルが上がったと感じます。
それにしても今回のロンドン、味は満足でしたがしかし値段は「高い」ですね〜。
1970年代にロンドンに住みに行った頃は、物価の高い東京から引越しだったので何でも安く感じてたんですけど、今回は確実に東京よりも食事の値段は高いし、まして安いシドニーと比べたら、ほぼ倍って感じがしました。
シドニーで一人2000円払うのなら東京が3000円ロンドンが4000円って感じかな。
食事だけでなくロンドンの物価ってどうしちゃったの?って考えさせられるほど何でも高かったですな。
ホテルなどの宿泊設備、劇場等の入場料、地下鉄(バスは比較的安い)など、僕らのような旅行者はホテルに泊まって外食し、毎日見て歩く生活だから、その物価の高さを思いっきり経験させられるもんです。
街を歩いている時に不動産屋なんかも見て回ったのですが、そこに提示されている不動産価格ってのはにわかには信じられないほど高かったですな。 不動産価格といえば東京、ロンドン、シドニーの中では今や東京が一番安いかもしれません。
最近は大分上がってきてしまってはいるけど。
シドニーもミニバブルが続いていたし、安くないですけど、ロンドンの高さには舌を巻きました。
昔僕が持っていたホランド・パークのフラットにしてもビックリするような値段が付いていました。(住所は19
Holland Park その大きな建物を10件のアパートに分けて販売されたのを1977年に購入した)
ロンドンを離れる事に決めた後、僕らはそこを売ってシドニーに移り、ボンダイジャンクションに家を購入したわけだが、ほぼ同じ価格でした。
しかし今ではロンドンの方が50%ほどシドニーの値段より上がっているようです。
そんなわけでロンドンに住むイギリス人の友人達も、彼らの子供達がマイホームを購入する年齢になっているのだが、不動産の価格高騰で本当に厳しく、成人してもなかなか独立できず、英国では珍しく親と同居ってのも増えているとか。
この日記を書いていたら昨日の新聞に出ていた記事を思い出した。
ヴァージンの社長「リチャード・ブランソン」が彼の家を売りに出したという記事です。
じつはその家は上記のHolland Park
のたしか3軒隣、建物はサイズも外観も全く同じです。 僕のは上でも書いたようにその建物を10等分してアパートにして有ったのだが、彼は建物ごと購入し中を直して一軒丸ごと自宅としていた。
で、一体今回いくらで売りに出したと思いますか?
何と17.7ミリオンポンド(1ポンド200円としても)約35億円以上なんですよね! 本当にその価格で買い手が付くとしたらロンドンの不動産価格って完全に「狂っている」って感じますね。
実際にそこに住んでいた僕が言うのだから間違いないです。
確かに建物の風格とか悪くは無いし内装にもメチャクチャ金をかけたのだろうけど、見晴らしも無いし確かガレージも無いはずだし、諸外国と比べても35億円って、1980年代の日本のバブルを思い出させられました。
この「ロンドンの物価」にも絶対に調整期が来ると思います。
って、何だか「食」について書いてるつもりが「不動産」に話になってしまいました。
2006年6月2日
シドニーは6月1日から「冬の入り」ってことで、天気の悪い日は日中でもかなり寒く感じます、って書こうと思ったのですが、今週から始まったテニスの全仏見てたら、何だかシドニーより寒いみたいでビックリ。
昨日もセンターコートで観戦している人たちは真冬の格好のような厚着で、気温も摂氏10度ほどとか。
何だかこれから夏に向うパリの方が冬入りのシドニーより寒いんですね。
ロンドンに住む娘に電話をかけたら、やっぱりかなり寒いとの事。
僕らがいた5月初旬のほうが暖かったのかもしれません。
さて今日はそのロンドンでの「食」について書いてみます。
多分また話題が脱線してしまうかもしれませんが。
僕らが泊まっていたのは「ウイークリーマンション」とベッド・アンド・ブレックファーストいわゆる「BB」を足して2で割ったようなところでした。
ハマースミス駅に近いその家には大家夫婦が一緒に住んでいるのだが、我々が泊まっていた部屋はベースメントというか半地下だったので、出入り口も別で、部屋にはキッチンや風呂トイレがついていました。
ナベ、ヤカンや食器などから調味料まで一通りの物は揃っていて長期そこに住めるほどなのですが、なぜか大家さんが毎朝パンやクロワッサン、またミルクやジュースとグレープフルーツ(ちゃんと切ってある)まで届けてくる。
シーツを換えたり、ゴミを出したりというのも僕らが出掛けている時にやってくれていました。
そういったサービスはBBの雰囲気で非常に快適でした。
ただしバスタブが無くシャワーだけ、それもイギリス特有の全く圧力の無いシャワーだったという点を除けばですが。
特に僕らのような旅行者にとっては毎日ロンドン中を見て回っていたので、ハマースミス駅に歩いて3〜4分ほどの場所を選んだってのは「大正解」でした。
ハマースミスって駅は地下鉄だけでなく、上が大きなバスのターミナルになっているので、我々の行きたかった目的地は乗り継ぎ無しでほぼ99%カバーしていました。
また今回は「オイスターパス」という、バスや地下鉄用のパスを申し込んだのですが、便利なうえに料金も格安(特にバスは割安)で大いに重宝しました。
さてそんなところに泊まっていたのですが、朝食はそのフラットで食べ、昼と夜はたった一日を除いて全て外食でした。
せっかく料理道具も全て揃っていたのですが、旅行中にスーパーとかに行って食事の用意に時間を取られるってのもいやなので。
物価の高いロンドンで2週間毎日昼夜外食、それも女房と二人だけでなく娘が参加したり友人を招待したりだったので、けっこうな出費だったのです。
その上、ロンドンに到着後たった二日目にスリに遭ってしまい、日本で購入予定だったカメラのレンズ代の日本円やオーストラリアドルと米ドルをすっかり盗られてしまい、その上その財布の中に入っていたクレジットカードも全てキャンセルしなければならなかったので、苦労しました。 幸い娘がロンドンに住んでいたので彼女からキャッシュを借り、また女房のカードは使えたのでそれでやりくりしていたのです。
そうだこの機会にこのスリについて書いてみます。
僕自身はこの手の被害には絶対に遭わないと自信が有った。
スリ、置き引き、引ったくりなどの犯罪は常に用心していれば防げるって思っていたんですね。
ロンドンに着いて二日目、女房と娘3人で「ビクトリア・アルバート・ミュージアム(博物館)」に出かけた日の事です。
メインの催し物を見終えて、他の展示部屋で観て回っていたのですが、そこはあまり混雑しておらず、僕の周りにも最初誰もいなかった。
ある場所で立ち止まって見学していたら、誰かが軽くぶつかった。
横を見ると周りはガラガラなのになぜか僕の周りには5人の韓国人(男性3人女性二人)がいる。
変だなと思ったのですが、その時僕が肩から下げているバッグの口が開いているのに気がつくまで一瞬の間があった。
それは30秒も経っていないかも知れません。
で、何となくカバンが軽くなったような気がしてふと目をやったらジッパーが開いている。
ごくたまに閉め忘れる事が有るのだが、その時は即座におかしいとカバンの中に手を入れたらもう既に財布は抜かれていました。
5メートルほど離れている所にいた女房と娘に大声で「やられた!」って叫んだのですが、その時即座にその韓国人のグループだとは考えなかった。
もうまさに真っ青って感じで即座に階段を駆け上がって博物館入り口にいる警備員の所へ走った。
とにかく即座にクレジットカードなどを止めなければと。
で、事情を話しそこの電話を借りて各カード会社に盗難届を出し終えてから警備員に連れられて地下の警備室に行き、事故報告書のようなものを書かされた。
それと同時にその警備室は最寄のロンドン警察に手配をし、盗難届けを出していました。
事故報告書作成の時に財布の中に入っていた物を、全て言ってくれといわれ、一つずつ思い出し始めたら、けっこうな額の現金だけでなくクレジットカード(3社)やオーストラリアの免許証から始まって、再発行の手続きを考えると嫌になっちゃうほど色々入っていたのがどんどん現実の物になってくるというか。
いや〜その日はさすがに落ち込みました。
日本との時差でスリに遭った時にはかなりボ〜ッとしていたのは確かですが、しかしぶつかってきた時に何ですぐに気がつかなかったのかって、やっぱり歳を感じてしまいました。
全ての手続きを終えてアパートに戻ったのが既に夕方の6時を回っていました。 娘と女房が今晩は何を食べに行こうかなんて話し合っていても全然食欲がわいてこない。
しぶしぶアパートの近くにあるスペイン料理に向っている時に携帯が鳴って出てみるとなんとその警備室からで、閉館後掃除人が捨ててある財布を見つけたと。
僕はらは即座にまた地下鉄に乗って博物館へ。
警備室直通の裏口から入って行くと、担当の警備員が僕らを待っていた。
で、ふと彼の机の上を見ると何と僕の財布を含め4つもの財布がまさに山積みになっているんですよね。
その警備員の話では何とその4つの財布は全て同じ所に捨てられていて、そこは僕が韓国人のグループに取り囲まれた場所から至近距離のところだったらしい。
プロのスリ集団でしょうとの事で、なんとほぼ同じ場所で僕を含めて4人もが被害に遭っていたんですよね。
中にはアメリカ人の女性でその日の夕方アメリカに帰るというのに財布ごとパスポートまで盗まれてしまい、パニックになった人も含まれていたとか。
で、僕の財布を確かめると、現金だけが抜かれ中に入っていたカード類を初め運転免許証など全てそのままの状態でした。
そういう意味ではホッとしましたが、しかしカード類は全て止めてしまったので、もうロンドンにいる間は使い物にならなかったんですけどね。
そうそう、その財布の中には僕の母方の祖父のカタミで「プラチナ」の指輪が入っていましたがそれも無事でした。
その指輪僕の指のサイズには合わなくて、しかし大変僕の事を可愛がってくれた祖父のカタミなのでお守り代わりにいつも財布の中に入れておいたのです。
結局財布は戻り、シドニーに戻ってから保険会社に報告したら全額に近い額の現金も補償され、僕にとってはほとんど損害は無かったのですが「スラれた」ってのがなんともいまだに悔しくて悔しくて忘れられませんな。
それにしても彼らのテクニックを考えるとやはり現金や大事な物は腹に巻くタイプしか防ぎようが無いかも知れませんな。
そうじゃないといつも腕でカバンを抱えているような状況で、ちっともリラックスして観光どころじゃないでしょ。
と、今日もまたロンドンでの「食」を書こうと思ったのに話が飛んでしまいました。
この日記書いていたら、友人が来て一緒に今から夕食に出かけるって事に。
また来週に書きます。
2006年6月1日
ホリデーから帰ってきて久し振りに家の掃除をしていたら、まだ引っ越してから半年ちょっとしか経っていないのに、金属製のドアーの取っ手が結構変色しているというか腐蝕の初期状態になっている。
家の中の物には問題無いのですが、家の外側というか、例えば玄関とかガレージに通じる裏口のドアーの取っ手とかかなり変色している。
じつはこの家に引っ越してからこれほど潮風の影響があるなんて全く考えていなかった。
我が家の位置は後ろは外洋、前はシドニー湾に囲まれているのですが、それほど海面には近くは無い。
近い方の外洋でも少なくとも500メートルはあるはずだし、高い絶壁から我が家の方に下がって来ていて、陰になっているはず。
我が家からは外洋は見える位置ではない。
シドニー湾は眼下に広がっているのだが、しかし少なくとも1キロはあるはず。
こりゃ〜かなり安物の取っ手が使ってあるからではないかと、専門店に現物を持って行ってみせたら、その店のオーナーも我が家から比較的近い「ボークルーズ」に住んでいるとかで、この地域に住む宿命みたいな物で、例えステンレス製でも変色はしてしまうと。
彼に「その分を補って有り余る素晴らしい景色のところなんだから」なんて言われてしまった。
前の家でも2階から湾内が見える距離だったのだがこれほど腐食が酷く進行した事は無かった。
しかし確かに外洋に近い所に家を持つのは初めてではある。
そのオーナーいわく、高価だけど「チタニウム・コーティング」のなら20年保証がつくから、彼自身はそれにしているとの事。
取っ手の数はかなり有るので一応見積をもらって帰ってきました。
全部取り替えるとなると半端な金額ではないですな。(チタニウムコーティングのは今のついている取っ手と同じデザインではないので、腐食が進んでいる所だけ変えたらバラバラになってしまい、みっともない)
それにしても我が家の場合位置から言っても、外洋側から風が吹いているって事はほとんど無いのですが、「潮風」ってこれほど強力なのか。
そう言えば今年に入って長期家を空ける機会が増えて、今年始めのタスマニア旅行と今回で2回目、半年で3分の一以上は出かけるために家を締め切って行くわけですが、誰も住まない「締めっぱなし」ってのは、想像以上に家が傷むのではないかと思います。
家の中の二階に上がる階段にはステンレス製の手すりがついているのですが、その一部も結構変色しています。(ステンレスなので磨けば元には戻るけど)
電化製品にしても、やはり定期的に使ってやった方が「持ちが良い」ようです。
車も今はしょっちゅう使うプリウスは車庫のドアーをいちいち上げたりするのが面倒なので、中に停めず表のたたきに出しっ放しなのですが、旅行に行く場合はしまって行った方が良いと実感してます。
そのプリウスですが、本日で納車以来450キロ程走りました。
「滑空」状態にするアクセルワークも身について、これから燃費はもっと延びそうです。
しかし燃費が良い事で知られるプリウスの中にも、燃料を多く食う、つまり燃費が悪いのがいるらしい。
それを極道プリウス略して「極プリ」と呼んでいるそうな。
ところがプリウスにはオンボードでコンピュータが載まれているので、ご主人様(つまりドライバー)の教育(運転の仕方)次第で「学習効果」により「優等生プリウス」に変身する事があるとの事。
どうやら、コンピューターのワープロで漢字変換などを自分好みに「学習」させられるように、この車載コンピューターにも教え込む事が出来るらしい。
イヤハヤ興味は尽きないです。
さて、今回の旅行での「食」について書いてみます。
まずは「コーヒー」から。
コーヒーに限らず今回の旅で一番驚いたのは「ロンドンの物価の高さ」でした。
何でこんなにロンドンは何でも高くなってしまっているのか。
確かに今の為替レートにもよるのかもしれないが、しかしロンドンで働き収入を得ている人間にとっても、物価高は随分と厳しいようです。
我が娘などもシドニーで働いている時にも月給はかなり低かったが、それでも忙しくて自炊が出来ない時には、比較的値段が手ごろなタイ料理などのテイクアウェーはしょっちゅうだったし、週末にはレストランで楽しむ生活をしていた。
ところが彼女の場合ロンドンでもけっこう下町の方に住んでいるのだが、その地元のエスニック系のレストランでも高くて、いつも財布とにらめっこらしい。
で、コーヒーの値段もオーストラリアとは比較にならないほど高い。
じつはコーヒーの値段は昔は日本がダントツで高かった。
今から20年以上も前から一杯500円から場所によっては800円なんてコーヒーがふつ〜に有った。
ところが今回日本を周ってみると、ずっと続いた不況や、「価格破壊ブーム」、またスターバックスや他のアメリカ系コーヒーショップの進出のお陰で、日本の値段とロンドンの値段がかなり近づいているんですね。
相変わらず日本ではホテルなどの一部で、法外とも思えるほどの値段を取っているところも有るが、しかしやっとまともな値段になりつつあると感じました。
ところが味についてはちっとも良くなっていないんですよね。
何であんなに日本のコーヒーって不味いんだろうと。
まず、薄い店が多い。 アメリカンを頼んでいるわけではないのに薄くて不味い。
いや正確にいうと薄い店ばかりではなかったのだが、濃いと今度は妙にきつくて不味い濃さ。 薄くて不味いのはオーストラリアでも結構有る事は確かだけど。 良い例がシドニー空港のセルフサービスのレストランのコーヒー。
ちなみに東京にあるスタバでカフェラテを飲んだら思いっきり薄くて不味い。 じつは僕はシドニーでスタバには行った事が無かった。
アメリカからやってきたコーヒーのチェーンショップでは期待は出来ないだろうと、わざわざ車の駐車しづらいシティーのスタバまで行く気は無かった。
しかし東京では僕らも旅行者、歩き疲れてちょっと簡単にコーヒーを何て時に目の前に有ったから思わず入ってしまった。
で、飲んだ時に「やっぱり想像通りの味だ」と感じたのですが、ふと壁に書かれているメニューを見ていたら、割増料金を払えばもっと濃いコーヒーもリクエストできるのを知った。
で、またロンドンから東京に戻ってきた時にたまたま六本木で入ったので割増料金を払って「濃い目」を頼んだらやっと「ふつ〜の濃さの」ラテが出てきた。
でも割増料金払うとちっとも安くなくなっちゃうんですよね。
何かスタバに入る意味がなくなってしまうというか。
で、街のコーヒー専門店ですが相変わらずドリップ式で入れる店って多いですよね。
今回の日本滞在中にある店で、ドリップ式が相変わらず日本では多い理由を聞いたら、昔日本では「名人」という人が「木綿製」のフィルターを使用したドリップ方式で、凄く美味いコーヒーを入れて以来、美味いコーヒーをいれるイコールドリップ式みたいな構図が出来上がった。
その上日本のコーヒーの値段は高いので、いちいちお客さんが入ってから時間がかかるドリップで手間隙かけている、つまり日本の茶道に通じるような所作を行う事で、納得させるという意図が有るのではと言われてしまった。
そのご主人いわく、「今流行りのカプチーノやカフェラテなんてぜ〜んぜんドリップでいれる意義が無いんですけどね」とも。
僕は医者からコーヒーをなるべく飲まないようにと注意されているので、せいぜい数日に一杯程度なんですけど、先日出かけたライカード(イタリア人街)で久し振りに飲んだ極上のラテ(値段は日本の約半分)を味わいながら、今回の旅行の事を色々思い出しておりました。