2008年6月の日記

by tom tanabe                                                  マグパイへ戻る


2008年6月15日

予想通り日記の更新が滞っております。
6月4日に妹夫婦がエアーズロックを周ってシドニー入りをし、6月5日に僧侶をお願いして父の7回忌の法事を無事済ませることが出来ました。

妹夫婦は「さすが日本人観光客」って感じで結局シドニーは二泊しかせずに日本に戻ったのですが、その後も2007年〜2008年度の税務申告やら、(オーストラリアの税務年度末は6月30日)、僕のパスポート更新に伴いオーストラリアの永住ヴィザ更新のため入国管理事務所に出向いたり、はたまた少なくとも一ヶ月以上は滞在すると言っている母の「お守り」で、彼女の友人宅への送り迎え、そして先週の週末は弓のニュー・サウス・ウエールズ州大会への出場に会わせて弓の稽古と、隠居生活を送る僕には珍しくバタバタしておりました。

AMG のツアーに出かけていて5月の第一週以来全く弓を持つ事が無かったのでオーストラリアに帰国早々すぐにでも全州大会に向けて練習をと思っていたのですが、帰国以来毎日のように雨模様の天候が続き、ホント晴れの日が有れば慌てて短時間でも練習に出かけるといった状態だったのですが、お蔭様で今年も優勝する事が出来ました。

先週の土曜日は雨こそ降らなかったけどかなりの強風で、その上日中でも摂氏12度くらいでしか上がらない、まさに寒風吹きさらすシドニーオリンピックアーチェリー場で朝から6時間ほどの試合に出ていたら体の芯から冷えてしまった。
アーチェリーというのは風によって得点が大いに左右される競技で、こないだのアテネ大会でもかなりの強風でどこの国の選手だったか矢が的に当たらないなんて事も有りました。

土曜日の大会でも試合開始前に主催者から強風のため的が倒れる可能性が有るので、競技中(それぞれ射る距離が変わるので的の移動がある)的を乗せている台はしっかり固定する確認をするようにと注意が有ったほど。
このような強風の日はたまに的が台ごと倒れて、協議中なら的に刺さっている矢が全て折れてしまうなんてことが有る。
競技会で使う矢は高いものだと12本セットで4〜6万円(付属品含む)はするので大変な被害だけでなく全て折れたら予備を持たない限り棄権を余儀なくされてしまうのです。

今回の全州大会はわがクラブであるシドニーオリンピックパーク内であったので、(結構風が良く吹いているので有名なところ)そこをホームグラウンドとしている僕にとっては多少のアドバンテージが有ったのか、第一ラウンドを終わった時点で僕のクラス(そうヂヂイのクラスね)の競争相手よりブッチ切りの得点差をつけてしまい、かなり気楽に競技が出来ました。 
途中から僕が勝つ事が確実になったので、張り詰めた気持ちが無くなってしまいかえってスコアーを落としてしまったほどですがそれでも終わってみたら42点もの差が出ていた。
優勝と言う事で表彰式でお立ち台の真ん中に立たされたりって、なんかこの歳になると妙に恥ずかしい。

話が長くなってしまったがそんなわけで書こうと思っているAMGモナコGPツアー、全然書けないまま。
で、今これを書き始めて忘れずに書いておかなければという事を思い出した。
まあ今回のツアーにも関係するのですが、オーストラリアと言うより海外に住んでいる人にはちょっと大事な事なので書いておきます。

実は上述のように先日僕はオーストラリアのヴィザを更新したのだが、それは僕の(日本の)パスポートが(10年有効旅券ね)切れかかったので、モナコに行く前に新しくした。
で、その更新する前のパスポートには当然オーストラリアのパーマネントヴィザのステッカーが貼ってある。
で、そのオーストラリアのヴィザの有効期限を見たら6月の終わりになっていた。
そこでシドニーの入管に電話をかけて5月の初めから約3週間ほどヨーロッパに行くが、その前に日本のパスポートを更新したがオーストラリアのヴィザはまだ残っているのでオーストラリアに戻ってくる時に古いパスポートと新しいのを両方所持していればオーストラリア入国時に問題が無いかどうか問い合わせた。

入国管理事務所は大変親切で、「まだ2ヶ月(その電話をかけた時点で)以上残っているなら今更新するのはもったいないし、新旧両方のパスポートを所持していれば全く問題は無い、そしてオーストラリアに帰国した後で入国管理事務所にヴィザの更新をしに来るように」と言ってくれた。
そして何と今はそのヴィザ更新は電話でアポイントメントが取れるからと6月13日の朝10時に来るようにという手配までやってくれた。

僕はすっかり安心して欧州に旅立ったのだがオーストラリア出国時は新しいのと古い旅券を見せたが、欧州(ベルギー、ドイツ、イギリス、フランス、モナコ)を周る時には日本人はヴィザを必要としないので新しいパスポートだけを使ってた。

ところが、、、、。
さあいよいよ帰国という事でAMGのツアーの人にニースの空港まで送ってもらい、BAのカウンターでヒースロー(トランジット)経由のシドニー行きのチェックインをしたら何と僕のパスポートではボーディングカードが出ないのです。
チェックインのBA職員が「あれ???」と言いつつ何度も僕のパスポートの番号を打ち込む(というか今はチップが埋め込まれているのでそれを読み取らせるのだが)、「無効」と言うようにボーディングカードが出せないと言う。

ご存知の方は大体お分かりになると思いますが、オーストラリアはヴィザが必要なので各航空会社のチェックインのコンピュータとオーストラリアの出入国管理が繋がっていて、オーストラリア行きのビンのチェックイン時には、オーストラリア入国に有効なヴィザを保持しているものでない場合はその場でボーディングカードを出さず、間違って有効なヴィザも無いままオーストラリアの空港に到着しそこからまた追い返すと言うような事態を未然に防いでいるんですね。

特に最近のチップ入りのパスポートは全てオンラインで繋がっているのでチップを読み取らせたらその乗客がオーストラリアに入国できる人かどうかがすぐに判り、そこで自動的に機械がボーディング・カードを印刷すると言う事なんですね。

もちろん僕はそこで古いほうのパスポートも見せながら、オーストラリアの永住権を持っている事、そのヴィザもまだ有効である事、今回オーストラリアを発つ前にすでに問い合わせて確認している事等を説明したが、しかしそのチェックインをやっているカウンターではどうしようもないらしい。
で、僕だけ事務所に連れて行かれた。
で、そこで職員が僕の新旧のパスポートを何度も見ながら、どこかから厚いマニュアルのようなものを読んだり思いっきり時間をかけて調べている。
しかし機械が自動的に印刷しないので特別に僕にボーディングカードを出すにはオーストラリア政府の許可が必要だなんて言い出した!!!。

で、何とニースから(夕方の5時頃だったか)オーストラリアのキャンベラ(オーストラリア政府のあるところ)に電話をかけ始めた。
え〜〜〜!!!今の時間だったら時差の関係でオーストラリアは夜中の2時くらいで電話をかけても出るはず無いのにと、僕は凄く焦りだした。
何しろそこで埒が明かなければ僕はオーストラリア行きの飛行機に乗せてもらえない、つまり少なくとも調査の結果が出るまでニースで足止めになる!!!。

考えてみると確かに使い始めた新しいパスポートにはオーストラリアのヴィザは貼ってない。
で、ボーディングカードを出してもらうために機械に読み取らせるパスポートはチップの入った新しいのしか有効でない。
古い方は無効だと言う事になっている。
機械は融通が利かないから、人間のように新旧両方のパスポートを見れば僕がオーストラリアに入国できると言う事は明らかなのだが頑としてボーディング・カードを出さないんですね。

ところが! 何とそんな真夜中に何とキャンベラの旅券課は電話に出たんですね〜。
僕は本当に驚いて、この職員オーストラリアに電話をかけなければならナインって言って僕の目の前で受話器を取ってどこやらかけ始めたが本当にオーストラリアと話しているのかしらと疑ってしまうほど。
ところがその職員が(ニースなので)凄いフレンチ訛りの英語で喋っているのを相手側(つまりキャンベラ)も非常に聞き取りづらそうにしているようで何度も何度も同じ事を繰り返している。

で、結局僕が有効なヴィザを持っている事が確認されなんか特別な番号?かなにかでボーディングカードが機械から印刷されて出てきた。
いや〜ホントに焦りました。
運良くニース発ヒースロー行きが遅れに遅れたから間に合ったけど、もし通常通り飛んでいたら僕だけ乗れなかった。
と言う事は乗り継ぎも含めてオーストラリアに帰るのが数日延びていた可能性もあった。

で、その経験を今回入国管理事務所で話したら僕のヴィザを発行してくれたオネーちゃん「へ〜そうですか〜」なんてまるで他人事のように聞いているだけで、言うだけエネルギーと時間の無駄って感じだったので、オーストラリア出国前にわざわざ問い合わせたのに等と問い詰める気もなくなってしまった。

オーストラリアに住んでいる日本人の皆さん、もし新しく日本のパスポートを更新したらいくらオーストラリアのヴィザが残っていようが、オーストラリアの入国管理事務所の話など絶対に信用せずに、必ず同時にヴィザの発給を受けた方が良いです。
後で判ったのだが、どうやらキャンベラは24時間体制でこのような問題処理に当たっているわけではないらしい。

というのも何と先日の日記にも書いたように、結局ニース発のBA便が遅れたために結局ロンドンに丸24時間足止めになり翌日にまたシドニー行きのチェックインをしなければならない事態になったのですが、またまた同じトラブルが発生してしまったんですね。
わざわざニースからキャンベラに電話をして(そして真夜中なのに運良く係員が出て)発券して貰ったボーディングカードは前日のものだから本日はもう有効でない、だから今からまたキャンベラに電話をかけるとそのヒースローのBA職員が言い出した時には悪夢でも見ているような気がした。
それで無くともBAのいい加減さで前日の真夜中まで大変な目に遭っていたのに、またまたボーディングカードが出ないという。

で、ニースの経験から僕はキャンベラが電話に出るものと安心してたら何とず〜っと呼び出しているのに誰も出ないんですね。
で、祖のBAの職員どこかに相談に行ったら、まだロンドンのオーストラリア領事館は開いているかも知れないからそこへ書けるようにと言われたといって戻って来た。
まあ最終的には(夕方5時ギリギリだったが)そこで何とかなったのだが、もしその時にロンドンも閉まっている時間で、キャンベラも出なかったら確実に僕はその日もオーストラリア行きの便に乗れないところでした。

皆さん要注意ですよ。
パスポートにチップ埋め込み無しの時代ならチェックインカウンターではマニュアルでオーストラリアのヴィザを確認するだけで良かったのですから。
と、またまたAMGツアーの日記は先に延びそうです。

 


2008年6月3日

モナコから帰国して最初の日記が、ブリティッシュエアウエイズ(BA)に対する愚痴ばかりのになってしまいましたが、今日からは楽しかった旅の思い出を。

今回の旅の圧巻はシュトッツガルトから始まったメルセデスAMGクラブのツアーだったわけですが、その前にロンドンから娘を連れて出かけたベルギーはブルージュへの旅について本日は書きます。

なるべく早めにヨーロッパに入って時差ボケ調整に勤めようとシドニーを発ったのは5月9日の事。
18日から始まったツアーには10日近くの余裕が有ったので、ずっとロンドンにいても面白くないと言うので、ユーロスターを使って最初はパリへ行こうという話もあったのですが、パリは何度も出かけているので僕らはまだ行ったことの無いベルギーはブルージュという事になった。

実は娘がこのブルージュ行きを提案するまで、いったいどこにあるのかさえ知らなかった。
早速ネットで調べてみるとこのブルージュ、北のベニスと呼ばれているとかでなかなか良さそう。
で、オーストラリアからユーロスターのウエブページにアクセスして「ユーロスターパッケージツアー」を申し込んだ。
5月11日の昼前我々は地下鉄で「セント・パンクラス駅」からユーロスターに乗ってベルギーはブラッセルへ。

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↑セント・パンクラス(St Pancras)駅構内
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↑上にエスカレーターで上がるともうホームで、まことに手軽。

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↑ユーロスターの乗務員の制服もなかなかしゃれているでしょフランス製ではないかと。

昔はユーロスターってのはヴィクトリア駅から出ていたと思うのですが今はセントパンクラスからも出ているのか、ブラッセルまで飛行機と比べるととても手軽なたった2時間の旅。
先日の日記にも書きましたがロンドンはヒースロー空港のあの悪夢のようなテロ対策のための検査の混雑と比べるとまことに快適。
ヒースローのように長い列に並んで靴まで脱がされ、機内持ち込みの荷物の厳しい検査のために早めのチェックインを要求されるのに対して、ユーロスターならギリギリまで構内に有る美味しいレストランで遅い朝食を取りながら出発を待つことが出来た。
このレストランかなり味が良いので、家内は早速その店特製の瓶入りジャムを購入。


さてあっという間にベルギーはブラッセルに到着。
ブラッセルでブルージュ行きの電車に乗るホームを探すのだが、これが良く判らないというか全くインフォメーションが出ていない。
駅構内をうろうろしても駅員らしき人も見えないし英語のインフォメーションも無いし、結局駅構内の看板を架け替える工事をしている人に聞くとすぐには判らずどこかへ聞きに行ってくれた。
やっとホームの番号が判りそちらに向かうと、程なく電車が到着。
しかし最初に入って来た電車はどうやらブルージュには行かない事がわかり慌てて乗るのを取りやめる。

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↑これがベルギー駅からブルージュに向かう電車が出るはずのプラットフォーム。 何だか片田舎の駅って感じでしょ。 で、入って来た電車を見ると凄く醜いデザインで近寄ってみたら周りが全てゴムなんですね。
まるでタイヤの浮き輪をつけてるみたいで、これは衝突時のショックを和らげるアイデアなのか、それにしても無骨です。
↓車内案内も何だか良く判らない。 日本の電車だって英語が出るのに全くそういう観光客向けサービスは無し。

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ブルージュってのはマイナーな観光地なのかインフォメーションも無いし、外国人向けの(英語など)看板も無いし、日本人で外国語に不自由な場合はよっぽど観光本などで事前に調べていかないと苦労するのではと。
電車を待つこと30分いよいよ、ブルージュ方面にいける電車が来たので乗り込んだのだがもうほぼ満員で我々はかろうじて空いてる席に別々に座る事になった。
次の駅でも沢山乗り込んで来て通路に立っている人もぎっしり。
後で知ったのだがたまたまこの翌日がキリスト教のなんかの祭日で3連休に当たったために、ベルギーやフランスなどから多くの観光客が押し寄せていたんですね。

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↑ブルージュ駅、街中の混雑から比較すると駅前はわりと閑散として見えるのは、鉄道よりもバスやマイカーで(フランスなどから)訪れる人が多いのか。

50分ほどでブラッセルからブルージュ駅に到着、タクシーでホテルにとりあえずチェックインに向かおうにも駅前にタクシーが一台も無い。
だいたいタクシー乗り場も決まっていないのか、我々の乗った電車から降りて来た客が勝手に荷物を持って駅前に立っているとやっと1台のタクシーが来て立っていた乗客を乗せて行ったので、我々もそこへ並ぶ。
すると今度別のタクシーが到着、何と別のところに立っていた客を乗せて行ってしまった。
その客は我々よりもうんと後から来て勝手に別のところに立っていたのだがなぜかタクシーはその人たちを乗せて行ってしまった。

タクシー乗り場用の看板も無いしどこに並べば良いのかも決まっていないという凄さ。
まあそれだけ田舎で観光客が常時押し寄せるというわけでもないからそんな状態なのか。
結局30分以上待たされて何とかタクシーに乗りホテルにチェック・イン。
後で知ったのだがブルージュの町を歩いていて見かけるタクシー、何度も同じ運転手を見かけたところをみるとやはり数が極端に少ないようでした。
ただしブルージュの町(観光客が見て周る地域)ってのはとても狭く、歩いて全て見えてしまうのでタクシーはほとんど商売にならないのではとも。

チェックインしたホテルはパッケージ旅行のものなので大して期待していなかったのですがかなり良かったです。
一応我々夫婦のためにツインルームと、娘のためにシングルを予約したのだが娘の部屋はダブルベッドでしかし我々の部屋よりは多少狭かった。
この事はこの後のモナコの旅でも感じたのだが、二人用の部屋を取る場合ダブルベッドよりもツインベッドにしたほうが部屋の大きさが広い傾向にあると思います。
欧米ではシングルルームと言うのは(日本のビジネスホテルのようなのは)少ないので二人用のダブルベッドの部屋もシングルで泊まる人に割り当てるので、ダブルの部屋は狭い可能性が大なのかも。

さてチェックイン後に早速3人で町に繰り出したのですが、僕が想像していた「ベルギーの古い田舎町で静かでノンビリという雰囲気」は溢れかえる観光客で完全に崩れてしまった。
まあそれだけ人気があるのかもしれないがしかし、上記のごとくたまたま3連休だったために、歩道を歩くのも方がぶつかるような状態で、少々しらけましたがしかしオーストラリアでは見られない古いヨーロッパの町並みには大いに魅せられました。

僕らは日、月曜日の2泊3日の旅だったのですが月曜日の夕方から観光客は減り始め、快適になっていきました。
最後の日、火曜日も我々がロンドンに戻るのは夜7時だったのでブルージュそしてブラッセルも周れたのですが、混雑は解消されていました。

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↑僕らの泊まったホテルと部屋から町の屋根を。

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チェック・イン後にさっそく町へ出てみた。 さすが古い町、シドニーでは絶対に無い建物ばかり。 ↑右端の写真でもわかるようにかなり観光客でごった返していました。

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↑左は町の一角に有る「Bell Tower」と観光客の来ない町の外側に向かって歩いていたら出くわした大きな風車。

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↑と↓ 北のヴェニスと言われるだけあって町には運河があってボートでの町巡りは観光客にはお勧めです。 ボートの運転手権ガイドは何ヶ国語も操って僕らは英語の解説を聞いていたのですが、残念ながら日本語が出来るのはいないみたいです。

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↑一番右の写真の運河沿いの古〜い家は何と民宿のような「B・B(ベッドアンドブレックファースト」なんですよね。 なんかとても泊ってみたくなった。

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↑は聖ワルブルガ教会。 イエスズ会という男子修道会の礼拝堂。 イエスズ会創立百周年を記念して1642年に献堂と書いてありました。 右上の教会内の写真でお分かりになるかもしれませんが、広く美しい教会内はほとんど人がおらず、静けさの中にたたずんでいると心が洗われるような感じが。

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ブルージュといえばお決まりの馬車での町巡り。

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その馬車の通り道に僕らが最後の日にお昼ご飯を食べに行ったレストラン「Den Gouden Harynck」が。 右上の写真の右側に魚の看板のあるところ。(ミシュラン1つ星)
もしブルージュに行かれるチャンスが有ったら是非↓のURLで調べてお出かけください。
ウエーターやソムリエたちのサービスも文句なしでした。
http://www.goudenharynck.be/
↑今確認のために上記のURL開こうとしたら開きません。 更新中かも
ベルギーにいるときにアクセスしたらレストランとは思えない気取ったウエブページが出てきたのですが。

 

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↑出た料理を順番に撮影したつもりだったのに肝心のデザートの写真を取るのを忘れておりました。 
というのもデザートはイチゴ+バジル+アイスクリーム風の一品だったのですがとても美味しかったから、写真を撮るのも忘れて食べてしまったのです(後の祭り)。
↑の写真の下段の一番左はイベリコポークの一品なのですが、これが一番気に入った皿、そして上段一番右のタルボット(魚)がデザートと競うくらい気に入った皿でした。

はっきり言って一つ星以上のレベルで、食後にオーナー・シェフが挨拶に見えたので料理の話になった。
彼いわく今は一つ星だが二つ星を獲得していたとか。
僕らがオーストラリアから旅に来ている事などを話してたら、シドニーの「テツヤズ(日本人がオーナーシェフの世界有数のレストラン)」の事を彼の方から切り出してきた。

↑の写真の上段の右から2番目の一品はかなり日本の影響が強く出ている皿。(左側はジョンドリのサシミにガリをミジン切りにした物などを使ったソースが載っている)
その和食の影響について話をしている時に、このオーナーシェフにとっても「テツヤズは世界で気になるレストランの一つ」という話でした。

話は飛びますが、僕らが住んでいた頃のイギリス(ロンドン)は「食」には不毛の地だったが、なぜか凄いグルメ志向が強くなって、テレビをつければ必ず料理番組が流れていた。 
そしてその料理番組の中に日本の「料理の鉄人」からアイデアをパクったようなのがあって、決勝の審査員にはテツヤズの「ミスター・ワクダ テツヤも」なんて流れていた。 凄いですね彼の名声。 アルティモスという小さなレストランをほぼ一人で切り盛りしていた頃から知っている僕には大変感慨深いです。

またまた話は飛んでそのロンドンのレストランで世界ランキング第2位を獲得ってレストランが「ファット・ダック(Fat Duck)」。
今回娘が我々のために予約を入れようと頑張ったのですが何しろ直前になってから動いたので残念ながら無理でした。(キャンセル待ちにも望みをかけたのだが)
世界ランキング第5位(今年は9位に落ちたとか?)のシドニーのテツヤズ(上述のお店です)でさえブッキングは2〜3ヶ月先らしいので、ファットダックに直前になってからでは無理な話だったのでしょう。 
またの機会にと言う事で。 ちなみに世界ランキング第一位はスペインの「El Bulli (英語読みエル・ブリ スペイン語ではエル・ブジ)」だそうです。
http://www.yomiuri.co.jp/gourmet/drink/wnews/20080502gr06.htm

さて↓はブルージュを後にして夜ロンドンに発つユーロスターの時間が有ったのでブラッセルの街へ。

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↑左の店「Don Doy」ではお決まりのワッフルを。 期待しすぎたのかそれほど美味しいとは思わなかった。 ひょっとしたら日本のほうがよっぽどワッフルを美味しく食べさせる店が多いのではないかと。
しかし日本と違うのはそのワッフル屋で食べながら目の前の建物を見たら(下段右側の写真)もう思いっきり凄い装飾の建物がごく当たり前に並んでいたり。

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さて最後に「お決まり」の「小便小僧」。
想像していた以上に小さくてその上街角の一角にひっそりって感じで、なぜにあれほど有名になったのか?。
オリジナルの坊やは昔盗まれて、今は2代目らしいです。

さて次の日記はドイツからのAMG旅行について書きます。
母のお守りで書く時間がなかなか取れないのでいつになるやら。

 


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