2005年8月後半の日記
by tom tanabe マグパイへ戻る
2005年8月31日
本日が冬日最後の日、明日9月1日はオーストラリアでは立春。
何だかとても暖かくて、今朝の散歩も薄着で出かけたのに、汗をかいてしまいました。
今年の冬は格別温暖だったとかで、シドニーのロイヤル・ボタニック・ガーデン(王立植物園)のハイビスカスの花が例年なら4月から5月に頃には終わってしまうのだが、そのまま咲き続け越冬してしまったらしい。
このまま春に入り、いっそうの美しさで咲き乱れるだろうとの事。
つまり今年はそれだけ過ごしやすい冬だったわけです。
これで水(上水資源)が足りていれば文句無いんですけどね〜。
さて、昨日の日記で書いたニュー・サウス・ウエールズ州民主党の党首「John
Brodgen」の辞任の話、昨晩彼は自殺を図ったらしい。
またまた酒を呑んで(薬物もとの報道もある)の行動らしいが、体の傷はたいしたことは無いらしい。
日曜日に新聞でスキャンダルが報じられて、月曜日には辞任をし、昨晩は自殺未遂って、何だかやる事が超特急だな〜って思っていたら、じつは他にもセクハラ・スキャンダルが明るみに出そうな状況だったらしい。
女性レポーター、それも二人が被害に遭っていたという記事が、出る予定だったとか。 それに追い詰められたのか。
マスコミの報道というのはこういうもので、一旦「落とされたら」次から次へと今まで「隠されていた」または「抑えられていた」ものが出て来ちゃうんですよね。
それにしてもこの若干36歳の若きリーダー、当分浮かび上がれないでしょうな。
さて、読者の方から頂いたメールにちょっと考えさせられたので書いてみます。
そのメールにはオーストラリアに旅行に来た時に、オーストラリア人がやたら「Sorry」を使うので戸惑ってしまったというような内容が書かれていたのです。
それを読んで僕はオーストラリア人がイギリスや米国人と比較して「Sorry」という単語を多く使うのだろうかと興味が湧いてきた。
で、まず最初に書かなければならないのは、日本では「外国人は自分が間違っていてもすぐには絶対に認めない。 Sorryなんて即言おうものなら後々非常に不利になるから」って思われているようです。
これが事実かどうかについては後で書くとして、そもそも日本人の多くがこの「Sorry」って単語を大いに誤解しているのではないかと。
つまりあまりにも広範囲に使われるという事実をご存知無いのではないかと。
「Sorry」イコール「謝る」ってだけじゃないって事なんですけど、どうもその広い意味を理解されていないというか。
例えば僕が友人に「父が亡くなりまして、、、、」と言った場合、その友人からは「I
am sorry to hear,,,」って返ってくるのが一般的。
これを日本人の中には「え?何で謝ってくれなきゃいけないの?」なんて驚いてしまう人もいる。
そう、「I am sorry」が「ご愁傷様です」という意味になるのです。
また、話掛けられたが、「良く聞いていなかった」、または「聞こえなかった」場合、日本語では「え?」ってな感じで「Sorry?」ってしばしば使われる。
またちゃんと聞いていても相手が不条理な話を持ち出したような場合でも「Sorry?!!!」って使って「ハァ?(何言ってんの?という雰囲気で)」という意味にもなる。
また相手の要求に対して、全く無視する場合に「Sorry〜」で会話を一挙に終わらせてしまう事もある。(こういう場合の「Sorry」と言う時のイントネーションがうまく表現できないが)
この場合なんか「謝っている」よりもむしろ突き放してる感覚で、「Sorry」って使うわけ。
そう、同じ「sorry」でもイントネーション次第で随分と変わってくる。
僕がここで英語講座を始めてしまうほど英語が得意なわけではないが、あまりにも「Sorry →謝る」ってのしか考えていないようなのであえて書いてみた次第。
さて、本題に戻ってそれにしてもオーストラリア人は「Sorry」を多用するのかという点。
女房に意見を聞くと「う〜ん」と考え込んでしまった。
確かに自分の非を認め謝る「Sorry」はエルトンジョンの唄にも
「Sorry seems to be the hardest word」なんてのがあるくらいで、簡単には使わない場合があるのは確か。
しかしこれってべつに欧米だけでなくとも世界共通だと思う。
夫婦喧嘩して、「うちの亭主(女房)は自分が悪かったのは明白なのに絶対に謝らないんだから!」ってよく聞きますよね。
「海外では運転中に他車と接触事故を起こし、例え自分が悪くても車を降りるなり「Sorry」と言ったら後々の補償問題で大いに不利になるから、絶対に言ってはいけない」って僕はまだ日本に住んでいる頃に聞いた事があったが、しかし完全に自分が悪い場合(追突なんかの場合)はちゃんと「I
am sorry」って謝ります。 少なくともイギリスやオーストラリアでの自分の経験から言ってですが。
追突などの被害に遭った経験は豊富です。
イギリスで1回、オーストラリアで(女房の運転中を含めて)5回、合計6回も追突された事を今これを書きながら思い出してしまった。
これって多すぎるような気もしますね。(オーストラリアは追突事故が多いのだろうか)
つまりこの「Sorry」って使うTPOで随分と違ってくるものなのです。
とりあえず、オーストラリア人が多目に使うかは今後調査してみます。
感じとして、アメリカ人のほうが使う頻度は少ないという気はしないでもないですが。
2005年8月30日
シドニーのあるニュー・サウス・ウエールズ州の政治家、自由党(リベラル)のリーダー(州の党首)「John Brogden」が酒に酔っての失態を犯してしまったというニュースは、昨日の新聞で大きく報道されていました。
まあどこの国にもアホな政治家はいるのですが、彼の場合はこの州で大いに期待されていた政治家なのです。
ニュー・サウス・ウエールズ州では労働党が現在与党で、自由党は野党(オーストラリア国政府は逆に自由党が与党)なのですが、その野党のリーダーがパーティーで酒に酔い、居合わせた女性新聞記者の「尻を触った」だけでなく、与党労働党のリーダー「ボブ・カー(Bob Carr)」の奥さんの事を「Mail order bride」なんて形容してしまったんですね。
本人はジョークだと言い張っていたらしいが、政治家生命にかかわる、かなりシリアスな話なのです。
この「メイル・オーダー・ブライド」ってのを解説すると、じつは「ボブ・カー」の奥さんはマレーシア出身なのです。
で、オーストラリアでは東南アジア人の女性を奥さんにするというのがけっこう多いらしい。
僕の昔の日記でも書いたことが有ると思いますが、昔僕らがケアンズにホリデーに行った時に、チャーターしたゲームフィッシングの船長(60代)とその助手(50代)も最初のオーストラリア人の奥さんと離婚後、フィリピンから自分の娘ほどの年齢差のある女性を後妻にしていた。
僕に「従順だし、よく働くし、最高だよ」なんて僕に自慢していたのを思い出します。
話ではそういう結婚斡旋所のようなところが有って、貧困から逃れるためにオーストラリアで裕福に暮らせるならと、自分の父親ほどの年齢のオーストラリア男性とろくに付き合う時間も無いまま結婚してしまうというケースが多いらしいのですが、これらの女性に対し「Mail Order Bride」なんて失礼な形容があるのです。
しかしまさか自由党の党首が公の場で口にしてしまうようなものではない。
酔って「舌が滑ってしまった」のでしょうが、何の言い訳も出来ないような話なのです。
ちなみに与党リーダーのボブ・カーの奥さんは同年代の女性で(確か大学の同窓生で大変聡明な女性)、決して結婚斡旋所で知り合ったわけでは有りません。
このシドニーのあるニューサウスウエールズ州では人口の4分の1が外国生まれ(移民)なわけで、その州の政治を担う人間、それも党首が口にするようなジョークでは決してないはず。
それほど人種差別をはっきり感じさせるジョークなのです。
既に彼の党首辞任を求める動きが出ているようですが、酒に酔うことによって彼の「本性(His real Colour)」が見えちゃったわけですな。
長く続いたこの州の労働党天下もそろそろ自由党に渡す頃かなと考えていた人も少なくなかったはずですが、彼の失態で次の選挙の結果はだいぶ変わってしまうかもしれませんな。
日本でも今度の総選挙で、六本木で女性に抱きついて強制ワイセツで捕まった政治家が再び立候補するらしいです。
まあ再び当選する事は無いと思いますが、立候補するってだけでもいかに「厚顔無恥」かって証明しているようなもんだと思っています。
って書いてるうちに「John
Brogden」は辞任してしまいました。
まあ当然だと思いますが、早い決断ですね。
2005年8月29日
本日も素晴らしい天気。 朝起きて庭に出ると春がそろそろやって来るという独特な「香」が。
この「香」どう形容したら良いのか。 朝だけの独特なもので、その上カラッと晴れている日に感じます。
湿度やオゾンの量、木々の多さ、海が近いなど色々な要素が組み合わされて、この「香」になるんでしょうな。
さて、僕のアーチェリーの先生、イタリア系オーストラリア人の「トニー」が黒澤明の「七人の侍」のDVDを貸してくれました。
先々週の水曜日、僕の肩は、まだ良くならないのだが、皆が練習しているのを見たくなって出かけたら、トニーが僕のためにDVDを持って来たわけ。
随分昔にこの映画は見たのだが、もう一度見たいなと思っていたので喜んで借りた。
イタリア系オーストラリア人のアーチェリーの先生が日本人の僕に黒澤の古〜い「邦画」を貸してくれるというところが良いでしょ。
じつは今日書きたいことは、いかに黒澤が海外で人気が有って評価が高いかという点。 そんな事誰でも知っているでしょうが。
というのも偶然なのだがトニーに借りた「七人の侍」を観終わったら、偶然ヘラルドから(契約で毎月DVDが送られてくる)「Kurosawa:
A Documentary」というタイトルのDVD が届いていて、それも連続で観たのです。
このDVDは黒沢明の「バイオグラフィー」で、彼が生まれた頃の日本の大変貴重な映像(フィルム)が出てくる。
関東大震災の被災状況など、今まで僕は観た事も無い悲惨な状況を今に伝えるフィルムが残っていたのを知っただけでも驚きでした。
死体の山は、アウシュビッツ収容所の悲劇を思い出してしまうほどでした。
黒澤が幼少時に震災でこのような光景を見た経験も、彼の後の映画製作に大きな影響を与えていたようである。
また彼には兄がいて「映画の弁士」をやっていたのだが、その様な職業に就いていた事に対する家族や親戚からの風当たり、そしてその兄が若くして心中を遂げたという事実など、黒沢明の映画製作に強い影響を与えただけでなく、実際に彼自身も後年風呂場で手首を切って自殺を図ったというのにも繋がっているようである。
彼が自殺を図った理由が、制作活動が思うように行かず、経済的にも窮地に立たされていたとこのドキュメンタリーの中では語られているが、実際日本では制作費を調達するのは困難だったようである。
で、後に彼を慕うアメリカの監督達、今や大監督とも言えるジョージ・ルーカスやフランシス・コッポラ等が援助をし「影武者」の撮影現場(北海道)にもこの二人は訪れている。
「影武者」の海外版製作はこの両監督が資金を出した。
黒澤がスピルバーグにも大きな影響を与えた事は有名だが、このドキュメンタリー映画の中ではクリント・イーストウッドが黒澤について語っている。
彼は友人に連れられて「用心棒」を観に出かけた。
彼にとってはそれまで黒澤の作品にそれほどのなじみは無く「七人の侍」を見たことがあった程度。
で、映画(用心棒)を観始めたとたんに彼は「この作品(用心棒)はそのまま面白いウエスタン映画になる」と確信し、後にクリント・イーストウッドの代表作となる「マカロニ・ウエスタン」ができるきっかけになったと、イーストウッド自身の口から語られる。
これほど世界に影響を与えた大監督だったが、彼の映画製作に対する強い信念が、しばしば製作予算や期間オーバーを招き、映画会社とも衝突したために作品数も減り、経済的にも苦しかったようである。
黒澤が自殺を図ったのもこの頃の事のようだ。
日本では彼に作品を作らせる予算を調達できるところが限られていたようで、はたまたハリウッド方式の合理性にも馴染めなかったようである。(トラトラトラの監督を途中で降りてしまった件など)
この「クロサワ・ドキュメンタリー」を観終わって、全く日本に興味が有るわけでない、日本食なんて一度も食べた事なんか無いってタイプの「トニー」でさえ、彼の映画のコレクションの中に「クロサワ作品」が含まれているってのも何ら不思議は無い事を確認した次第です。
残念なのはそれほどの監督を日本の文化が財政的に支えられなかった事ではないかと思います。
つまりオーストラリアなの場合、オーストラリアの映画界を育て保護するために、特別税制や映画に対する特別投資控除などの優遇税法が有り、国家としての取り組みが行われていたのですが、日本国は文化には冷たいですからね〜。
「羅生門」など黒澤作品をDVDを借りてまた観たくなってしまいました。
ちなみに「羅生門」と言えば公開当時には日本国内評価が低く、海外で大賞を獲得してから評価が変わったようです。
やはり当時から海外の方が見る目が有ったということなんでしょうね。
2005年8月26日
朝7時15分に胃の専門医に先週の胃カメラ検査の結果を聞きに。
これだけ朝が早いと、交通は空いているし、路上駐車もガラガラな上に、駐車メーターも朝8時半までは無料と、まさに「早起きは三文の得」。
で、結果は今回の検査では前癌細胞が見つからなかったとの事。
しかし相変わらず炎症は確認したらしい。 いつ検査しても炎症が見つかるので「慢性胃炎」というやつでしょうな。
今回は前癌細胞が出なかったので、いつもは9ヶ月毎の検査だったのですが、次は1年後でよろしいと。
さて、娘の家の片づけが終わったら、今度は我が家の整理が「再開」しました。
で、色々と処分している中にアンティークの物もかなり有るので、それらを分類してそれぞれ得意なオークショニアー(オークションで販売してくれる業者)を選び別けております。
何体か持っているアンティーク・ドールの一部も売却を決め、昨日ダブルベイにある業者へ。
しかし今回売却するのはドイツ製が主で、フレンチ、特に僕が大事にしているBRU(ブリュ)は手放す気は無いんですけどね。
業者と話していたら「ロッキング・ホース」も出しませんかと言われた。
これも僕らがロンドンに住んでいる時に手に入れたもので、100年は経っていると思います。 (1880年頃) 「F.H.Ayres
London」というメーカーのものでこのメーカーはいまだ新品を生産しているんですね。
見積は2000から4000ドルだが、多分4000ドル近くの値が付くのではないかと。

↑これがアンティークのロッキングホース。
購入したのは1986年約20年前ロンドンで。
さて、話は変わって
オーストラリアのテレビ番組で ニュージーランド製のハイウエイパトロールのドキュメンタリー番組「Motorway
Patrol」というのがあります。
で、見ていてあまりにも処罰が「軽い」というか「甘い」ので「唖然」としてしまった。
真夜中にパトーロール中のハイウエイパトロールが挙動不審な車を発見、停車を求める。
停車させてみると、運転手をはじめ乗員5人全員が18歳以下と思われるガキばっかりでラリっているように見える。
運転席に顔を近づけた警察官はマリファナ(大麻)の臭いに、全員を車外に出させて車内捜索及び身体検査を始める。
ガキどものポケットなどから次々と大麻が出てくるだけでなく、シートには大麻吸引用のパイプ等が続々と見つかる。
僕は見ていて、当然このまま全員警察に拘束され、親が呼ばれてという展開になると思って見ていた。
ところが、ガキどもはカメラに向ってゲラゲラ笑ったり冗談を言い合ったりしてまるで動じていない様子。
随分図太いガキどもだと思っていて見ていたら、何と警察はガキどもの所持していた「大麻」の量が個人使用程度なのでとそのまま、解放してしまいガキどもはこの番組を撮影しているカメラに向って手を振り、走り去って行ってしまった。
「えっ???ニュージーは大麻解禁? それどころか未成年者が大麻を吸いながら真夜中にフラフラと走行をしていても、警察は何もしないのか」と僕は「口があんぐり」状態でした。
で、この番組では次に1000ccの大型バイクのスピード違反を捕まえる。 制限速度50キロのところを130キロで走っていたわけだが、停車を命じられたライダー何とバイクの免許持っていない。
このライダー普通自動車の免許は持っているが、バイクの免許は無いだけでなく、車の運転中にもスピード違反で何度も捕まっている常習者。
ところが、何とこのライダーもスピード違反の反則切符を切っただけで、そのままバイクで行かせてしまう。
またまた僕の頭の中は「?????」状態。
だって、最初からバイクの免許持っていない者を、またその場から走り去らせてしまうというのは、即その場から再び無免許運転をさせるという事。
あまりの「おおらかさ」に僕は笑い出してしまった。
いや〜、ニュージーってノンビリしてるんですね〜。
しかしこんなんじゃ、危なくて車運転できないのではと、マジ恐ろしく感じてしまった。
将来ニュージーも車で縦断したいと考えていたんですけど、考え直さなきゃいけませんな〜。
では皆様良い週末を。
2005年8月25日
相変わらずの快晴が続いています。 真冬なのに日中は本日も摂氏20度まで上昇しているようです。
こんな底抜けに良い天気がず〜っと続いていると、何だか「もったいない」気もするがしかし、水不足なのでたまには雨が降ってくれた方がありがたいという贅沢な悩みも。
さて、本日も早朝から娘の家のガラクタを我が家に運び込んでおりました。 何往復した事やら。 しかし昼飯時までにほぼ終了。
見積を取りに来たペンキ屋さんが室内の塗り替えをし、また専門業者に頼んで木の床(フローリングと言いましたっけ)を研きなおせば、後はテナントを探すのみです。
こうやって朝から肉体労働やっていると、心地良い空腹感が得られてやっぱりPCの前に長時間座っているよりはうんと健康的だなとつくづく感じますね。
肩を壊して以来アーチェリーをお休みしているという事は、運動不足→食欲不振→しかしたっぷり食べてしまう→もっと調子が悪くなる、という悪循環に陥りやすい体質のようです僕の場合は。
女房の場合は運動不足でもしっかり食べられる、それが即「体重増加」繋がるのですが、僕の場合は全く体重には変化が起きず、体が自然と体重増加を阻止しようとするように、胃の調子を悪くし(消化力も落ち)、食欲を落とし、食べたものも脂肪にならないような代謝になっているのではないかと。
さて、話は変わって
中国の二輪車メーカーでホンダの類似商標を多く申請している重慶力帆実業集団というのが「HONGDA」という商標と登録申請したが、中国工商総局が認めなかったというニュースをだいぶ前に読んだが、この中国メーカー今度は「HONGFUDA」というので申請し、とうとう認められたらしい。
中国の2輪車メーカーとしてはかなりの大手らしいが、なぜそこまで露骨にやるのか、ちょっと不思議。
それとも中国では、類似商品を作るのは恥ずかしい事ではなく「誇り」と考えているんだろうか。
将来(万が一ですが)そのメーカーがホンダ車を凌ぐ製品を出しても「堂々と」そんな類似商品名を使い続けるのだろうか。
もっとも日本も昔は「猿真似大得意国家」なんて言われている頃が有りました。 今から30年は前の事ですが。 日本の車がドイツ車やイギリス車のアイデアを随分と露骨に取り入れていたことがしばしばでした。
ただし商品名まで類似にしてってのは、記憶にありませんが。
逆に当時は日本で独自の商品名を一生懸命考えた結果、なんともマヌケな名前になる事は有りましたが。
昔の日記にも書いた「セドリック」なんてその口です。
そんな事を考えていたら、友人の日本人でオーストラリアに来たばかりの頃に「パナソニック(Panasonic
松下電器)のテレビだと思って購入したが良く見たら「パルソニック
Palsonic」だったという話を思い出しました。
彼の場合は高齢だしその上電化製品オンチ、まだ日本から来て間もない頃で「英語」を見慣れていなかったので、間違って買ってしまった。
そして彼は間違いに数ヶ月気が付かなかった。
3ヶ月ほど経った頃にたまたまリモコンの調子がおかしいので、手動でテレビの電源のスイッチを押して切ろうとしたら、何と押し込まれたままになってしまった。
つまりそのスイッチが埋没したまま元の位置に戻らなくなってしまったのです。
でさっそく彼は、購入した店に持って行ったらまだ保障期間中なのですぐ修理しましょうという事になった。
翌週出来上がったのを取りに行って、また数週間したら同じように埋没したままになってしまった。
で、「なんと作りの悪い製品を売っているのか」と彼はパナソニック(松下)に電話で文句を言おうとして、初めて綴りが違う事に気が付いたらしい。
彼は自分が詐欺に遭ったごとく頭に来たらしいが、しかしちゃんとスペルを見てパナソニックではないのが判らなかったのが悪いと言われそうで店に文句を言に行くことも出来ず、またまたこの重いテレビを持って修理屋まで持っていったらしい。
結局3度目に同じところが壊れた時に、とうとう頭に来てそれを友人にあげてしまい、日本製のテレビに買い換えたとか。
このホンダまがい商標を申請しているメーカーはパルソニックと同じ事を期待しているのだろうか。
まさかホンダだと思って購入したら「ホングフダ」だったなんて人が出てくるとは思えないが、中国本土だったら起こりうるかも知れませんな。
中国では海賊版や[まがい物]の宝庫のようで、「何でも有り」の国なのかも知れない。 そのうち「メルセデス・ベンチ」とか「BWM」なんて商標の車も登場するのかも知れない。
で、全く気がつかずメルセデス購入したつもりで大喜びで運転している中国人とか、いや〜想像しただけで楽しくなりますな。
さて、女房の車も売ることにしました。
2000年式のトヨタMR2(スパイダー)です。
価格は28000ドル。
ボディー赤色、内装は黒です。 走行距離は14,000キロ。
程度極上です。 何しろ走行距離を見ていただいても判るように、めったに乗りません。 常にガレージに保管しているので、ソフトトップなどの疲労も皆無です。
興味のある方はご連絡ください。
シドニー (02)9327-1399 携帯 0404-112-180 です。
2005年8月24日
最近ガソリンの値段が高騰しています。
日本でも同じなんだろうか。 日本からのネットニュースでガソリンの値上げってニュースはあまり見ませんが。
やはり今度の車は「プリウス」にしようかと考え時始めました。
さて、シドニーの水不足については度々僕の日記で書いています。
日本でも都会に住んでいる人には余り切実な問題ではないので、印象が薄いと思いますが、先日見た日本のニュースで高知県の「早明浦ダム」の貯水率がゼロになり「断水」になるとやっていましたが、底まで干上がった映像を見て「ぞっと」したものです。
ところが何と「台風」が来てほとんど問題が解消されようとしているんですよね。
考えてみると日本は冬は寒く夏はクソ暑く、地震はあるは台風は来るはで、ある意味本当に厳しい国なのだけど、しかし底が見えちゃうほどの深刻な水不足でも台風の一つや二つで軽く解消されてしまうというのも、ある意味羨ましいともいえますな。
シドニーには絶対に台風は来ないので、集中豪雨は無いことも無いが台風のと違って、水不足即解決に繋がるほどではない。
で、シドニーのあるニューサウスウエールズ州では建築法を改正して、新築の家は全て雨水を貯める設備を義務付けるようになったようです。
そういうことで今度購入した家も新築なのでこの設備がバッチリついている。
この設備も購入にあたって魅力の一つにもなったわけですが、これで好きな時に植物に水を撒いたり車を洗ったりできるようになる。
今の我が家では本当に限られた日にちと時間でしかホースを使えないので不便この上なかった。
今度の家は地中に大きなタンクが二つ設置されていて、雨樋を通った雨水は全て最初のタンクに入り、それが満タンになると2番目のタンクに入る。 そして2番目のタンクも一杯になると道に排水するシステムになっている。
そしてそのタンクにはポンプがついていて、家の回りの蛇口に繋がっている。
また芝生や庭の植物の周りには全てスプリンクラー(散水)設備があって、プログラミングで稼動する。
雨水を貯めるタンクが空になっても、タンクのポンプと上水道水とは切り替えるようになっているので、必要ならば水道水も使えるのです。
今住んでる我が家の周りでも、給水制限があまりにも厳しく、散水の時間をいちいち守るのは大変なので、何万ドルも払って庭にタンクを設置する人が増えています。
剥き出しのタンクシステムならそれほど高額にはならないようですが、やはり見栄えが悪いので、地中に埋めるようです。
そうそう引越しの事で早めに書いておかなければならない事が。
まず11月2〜9日の間に引越しを完了する予定ですが、かなり捨てる物が出る予定。
本当に捨てるには忍びない物が多く含まれているのですが、毎月高い金を払って倉庫に入れておく程の価値が無いと思う物は捨てる事にしました。
ガーデン関係(テーブル・チェアー)や本や雑誌(カーグラフィックと言う雑誌だけでもかなりの量で永年愛読してきた物なのですがこの際処分することにしました)等など、かなり出てくると思います。
興味のある方ははご連絡ください。
無料で差し上げます。 ただし原則としてご自分で取りに来られる方に限ります。 ボンダイジャンクションあたりの近くだったら運んでも良いですが。 冷蔵庫(400リッター)等キッチン関係も色々有ります。
今度詳細をリストアップいたします。
2005年8月23日
娘の家を貸し出すことにしたので、女房と朝から娘の荷物を我が家に運んでいたら、フィジオセラピストのアポイントメントをすっかり忘れてしまい、予約時間を15分ほど過ぎてから電話が入って思い出すという始末。
フィジオには申し訳ない事をしてしまった。
最近、ボケも進んでいうるのか。
先週の火曜日のオークションで次に住む家を購入した事は書きました。
11月に今住んでいるこの家を引き渡し、そこへ移ることになったので、万が一のために空けておいた娘の家が必要なくなったわけ。
娘がロンドンに行って以来、6月からずっと空いていたのです。
しかし次のところが決まったからには即貸し出そうと、友人の不動産屋に連絡を入れて、賃貸の担当者が家の程度や貸し出し値段などについて話に来ると言うので、本日娘の家で待ち合わせ。
行ってみたら、思っていた以上に沢山の荷物が残っていたのです。
不動産屋が客を見せに連れて来るのにこのままではイカンと、大きな物は業者に頼むにしても、自分たちで運べる物だけでもと、我が家と娘の家をピストン輸送。
それにしてもほとんど片付けてからロンドンに行ったのだから大して荷物は残っていないと思っていたのだが、実際に運び始めたら次から次へと出てきて、我が家に置いておくにも目一杯の状態。
この分では娘の家財道具だけでも貸し倉庫が一杯になってしまうのではないか、その上この家の荷物を考えると相当大きな倉庫が必要になると思います。
娘の家は3ベッドルームで、不動産屋の話では週1200ドルで出してみるとの事。 この不景気でも家賃って結構高いんですね〜。
さて、先週末は女房は趣味の盆栽の先生に頼まれて、通訳をやっておりました。
日本から高名な先生をお招きし、オーストラリア全国から集まった盆栽フリーク達相手に公演が行われたのです。
最近女房は先生業を引退してリタイヤ生活、脳味噌を動かさない環境なので、果たしてちゃんと通訳ができるかしらと心配していたらしいが、そこは自分の趣味の分野なので、かなり評判良かったようです。
僕は参加しなかったのですが、話を聞いているとオーストラリアにも随分と盆栽愛好家がいるようで、会場はホームブッシュのショウグラウンドを借りてやったというくらいなので、かなりの人が集まったようです。
そもそも女房が盆栽にハマったきっかけは、娘がまず興味を持ち一緒に教室に通おうと声を掛けたから。
20代半ばの娘が盆栽をってのも珍しいと思うが、その娘はロンドンに行ってしまい、今では女房が娘の分までも面倒を見させられているわけです。
それにしても、盆栽って狭い国土の日本でこそ意味が有りそうで、オーストラリアのような広大な国なら何も盆栽でなくとも自分の庭で、好きな大きさの樹木を育てられそうなものですが。
でもオーストラリアで結構人気有るんですよね。
いやオーストラリアだけでなく西欧でも人気が有るのでこの先生海外によく出かけるらしいです。
↓の写真はその日本からいらっしゃった木村正彦先生。
僕は全くの素人なので、よく判らないがこの先生は創作盆栽ではかなり有名な方のようです。
またこの先生、盆栽の普及のため、今回のように海外で指導される機会も大変多いようです。
「木村正彦」でググッたら、この先生「文化功労賞」や「厚生労働大臣賞」(卓越技能章 現代の名工)など数々の名誉ある賞を受賞されているらしいです。
↑、我が女房は先生の横に立って通訳をしていたので写真を撮るチャンスがほとんど無かったとの事。
これでは会場の雰囲気がよく判りませんね。
さて話はまたまた変わって、一昨日に行われたF-1のトルコ・グランプリ。
トルコでF-1が初めて開かれたわけですが、かなり良いコースですね。
現代のF-1は抜きつ抜かれつって白熱のシーンが無くなってしまったってよく言われるが、こういうコースのデザインなら可能性が有るんですね〜。
そして最も印象に残ったのは、車載カメラと連動のテレメトリーを中継で何度か見せてくれたのですが、アロンソとジェンソン・バトンのシーン。
ノーズとテール状態で各コーナーを抜けていくわけですが、何とブレーキの使い方が全然違うんですよね。
これは当然マシーンの違い、またエンジンのパワーの差など、違う要素は沢山有ると思うが、ブレーキを多用するジェンソンの走りが特に印象的でした。
この辺がティームメイトの佐藤琢磨より一クラス抜けて速い理由だと思います。
佐藤琢磨とバトンのノーズとテールでこのテレメトリーを見ながらの車載映像を見てみたかったですが。
ブレーキを使った方がタイム的には良くなるって典型ではないかと。
来年、佐藤選手のシートが危ういという話が最近良く出ていますが、一番の問題は彼を指導する(アドバイスする)良き先輩ドライバー人がいないのではないかと。
その点、多くの優秀な先輩F-1ドライバーのいるイギリスのバトンとはかなりのハンディだと思います。
また佐藤選手はカートの経験が少ないと言うか、かなり歳をとってから始めたというのもかなり致命的だと感じています。
バトンやアロンソ、ライコネン達は幼少の頃からカートで競っていたわけで、この差は大きいです。
この1年バトンは順調に育っているが、佐藤琢磨は本当に「空回り」していると言う気がします。
本当に残念ですね〜。
2005年8月22日
本日朝、メルセデスのセールスマンがレキサス(LS400)を引き取りに来ました。
SLKの下取りに出したのです。
しかし我が家を去っていくレキサスを見ていたら、本当に名残惜しいと言うか、永年全く故障もせずに僕らのために「働いて」くれたのに手放してしまうのは罪悪感すら感じてしまった。
まさに尽くしてくれた「愛馬」が手元から去っていく気分でした。
レキサスが我が家にやって来る前に乗っていたメルセデスの420SELと言うのがもう全くの「タコ」だったので、手放した時にはむしろ「せいせい」したのをおぼえています。
レキサスは11年もの間我が家にいて、一度たりとも文句を言わず、我が家に仕えてくれたわけだが、機械的にこれほど信頼の有る車を作ったトヨタが今や世界の車産業の中でも最も安定している会社に成長したと言うのも当たり前とも感じます。
さて注文したSLKの色は黒にしようかシルバーにしようか最後まで迷ったのですが、やはりシドニーでは黒はきついかなと感じたので「シルバー」で決定、納車は4〜6週間ほど先らしいです。
さて話題は変わって週末のオーストラリアの新聞の記事から。
日本でも人気のあったオーストラリア出身のロックバンド「INXS」。
そのリードボーカル、マイケル・ハッチェンスが亡くなってすでに8年が経過しているのですが(って、もうそんなに経つんですね〜。)、やっと彼の遺産整理について報告が出たらしい。
で、結論から先に書くと遺族に渡される、彼の残した財産は1セントも無かったというんですね。
僕はある程度この結果を予想はしていたが、しかしこれほど酷いとは思っていなかった。
何を予想していたかというと、この著名なロック・スターを取り巻く連中の「あくどさ」が判っていたので、彼の両親などには小額の遺産しか渡されないだろうと想像していたのです。
マイケルはしょせんロックスター、金の管理に疎かったから全て他人に任せてしまっていたからというより、じつは生前節税にかなり熱心だった。 で彼は税金対策として非常に複雑な金の流れや、ダミー会社をいわゆる「税金逃れ」を目的にする人達にとっては常套手段の「バハマ」に設立したり、はたまた香港の経理士に任せたりしていた。
そういう抜け道などを専門に扱う連中に任せると言うのはかなりのリスクがあるということ。
昔の僕の日記にも書いたが、我が義理の父は節税のためにスイスに口座を開設したりしていたのだが、詳細を家族に残さなかったために義父が亡くなった後、結局全てスイスの銀行に取られてしまった。
つまり義父の死後、遺産整理のために調査を依頼したが「預金はほとんど残っていません」の返事しか来なかった。
我が女房にしてもスイス銀行の言い分が本当かどうかなんて証明する手立ては無く、国が違うのだからオーストラリアの司法当局に調査依頼をするわけにもいかなかった。
今回記事になったマイケルの遺産についても、彼がダブルベイのホテルで自殺した時には、少なくとも10〜20ミリオンドルの財産はあるはずだと噂されていた。
ゴールドコーストに3つの不動産、南フランスにも不動産を持ち、銀行口座に預金されているはずの財産を合わせるとそれくらいは妥当だといわれていた。
ところが彼の財産を運用管理していた連中や、はたまた彼のお抱え弁護士というのがとても胡散臭い連中ばかりで、彼の死とともにこの禿げ鷹のような連中が全て吸い取ってしまったんですね。
だいたい報告書が出るまで、死後8年もかかってしまったというのが、いかに複雑に財産を管理していたかを物語っているわけで、こういう事をやると(まあ本人が死んでしまっているのだからどうでも良いとも言えるが)遺族達が痛い目に会うという典型ですな。
世界的ヒット曲を連発していたロックバンドの看板が、遺産がゼロなんてまったく誰が信用するかと思うのだが、あくどい連中というのはやる事も「えぐい」ですな。
彼の残した子供が一番の犠牲者かも知れません。
2005年8月19日
今日は早朝、ポルシェを整備に出すためにマンリービーチよりまだ北部「ディー・ワイDee
Why」というところへ。
我が家からかなりの距離があって、特に早朝はラッシュアワーなので、かなりしんどいものがあります。
「ティム・アンダーソン」というポルシェスペシャリストがいるので、出かけていく価値は有るのですが、来月からはハーバーブリッジ通行料だけでなく新しくできる迂回トンネル料金も掛かるので、随分不経済だな〜と。
何しろ我が家からだと公共交通手段が無いので、朝女房と一緒に2台で行って車を預けて我が家に戻り、また女房の車で引き取りに行って帰ってくるということになる。
で、朝8時前に出たのに帰宅したらもう10時近くで、遅い朝食を取っていたらベンツのセールスマンがやって来た。
次の家が決まったので、車を減らすべく算段していたのですが、とりあえず2台か3台を引き取ってもらって、先日の日記に書いたSLK55AMGってのを買う事にしたのです。
このセールスマン氏、英国出身のオージーで奥さんが日本人との事。
昔アンセットのパーサーをしている時にお客で乗った彼女と知り合い結婚したとの事。
お客がエアー・ホステス(スチュワーデス)と機上で見初めて結ばれるってのは多いと思うが、彼らの場合は逆のケースで、けっこう珍しいのではないかと。
というのもカンタスやアンセットの乗組員の方はけっこう「ゲイ」が多いので有名なんですよね。
さてこのように車についても処分を始めたのですが、最近自分たちのやっている事を振り返ったら、まるで落ちぶれた旧家が代々受け継いできた家財道具や骨董品を切り売りして、「食いつないでいる」というか「しのいで」いる状態にある意味似ているな〜と感じてます。
僕らの場合はこれを機会に全く新しい生活を始めたい、過去を引きずらない環境を作りたい、心機一転いや壮大なる「気分転換」に取り組むために処分しているわけだが、しかし昔高い金を出して購入したものを「二束三文」で叩き売ってしまうのは忍びないという、いわば貧乏人根性が抜けないために、それぞれの処分品をできる限り高額で処分しようとしている。
幸い、今はネットオークションというのがあるために、想像以上の金額で処分できているものも有るが、家具などの大きいものはネットオークションに出しても落札者に郵便局から小荷物で送ると言うわけにはいかず、結局シドニーのオークション専門業者に依頼することになる。
で、物によっては今の流行に合わないために想像以上に安く見積がついてしまう物がある。
一番良い例が僕らが17年前に購入した、ヴィクトリア時代のアンティーク、英国製のマホガニーのディナーテーブルと、これも同じ時代のアンティークの椅子10脚。
当時けっこうな額を出したのに、これが思いっきり安いんですよね。 1980年代の終りにはこの手のテーブルと椅子が大人気で値段的にもピークだったらしいが、今はモダンなテーブルが人気なのか、当時僕らが払った値段の3分の一から4分の一になってしまっているとの事。
いくらアンティークを買っても、流行ってのは価値を大きく左右するようで、今オーストラリアはアンティークの冬の時代なのかも知れない。
もう少し倉庫にでも置いておいて、また流行が変わる時にでも手放せば良いのだろうが、そんな場所は無い。
一応倉庫は借りるつもりだが、10人もが座れるディナーテーブルや10脚もの椅子は場所を物凄く取ってしまうので、毎月何万円も払って倉庫を半永久的に借りるくらいだったら今安くとも処分してしまうほうが良いと判断して、オークションハウスに引き取ってもらったのです。
いったいいくらで落札されるやら。
そうそうもう次のところが見つかったので、娘の家も貸し出すことにして、昨日不動産屋と打ち合わせ。
娘の家はパディントンのテラス(西洋長屋のようなもの)なのですが、じつはこの不動産屋(若社長)は娘のお隣(テラスハウスなので壁で繋がっていて全く中は一緒)に住んでいるのです。
ですから大変都合がよろしい。 つまりもし彼が見つけた借家人が騒音を出したり態度悪かったら最初に被害を受けるのはその社長なので、借家人選びは神剣にならざるを得ないと思うのです。
また何かあっても壁一つ隔てて隣に住んでいるので、もし我々が長期旅行中とかでも全てお任せで、彼から直接連絡が入る仕掛け。
一応彼いわく「週1200ドル」で出してみましょう、だいたいそれくらいが相場だからとの事。 良いテナントが見つかればと願っています。
娘のためにこの家を買ってやった時には、中年夫婦が借家人として住んでいて、ビックリするほど綺麗に使っていました。
確か大学教授だったかでもう子供達も大きくなったのでご夫婦だけで、便利なパディントンに住みたいと借りていたようで、毎週末は自分たちのカントリーハウスに出かけていたようです。
そういう生活も良いですよね。
平日は便利なパディントンでマイカーなど必要無いほど交通の便が良いところに住み、週末はカントリーハウスでノンビリ過ごすってのも。
そんなテナントがまた見つかってくれれば良いと思っています。
そうそう女房は昨日から今週末にかけてオーストラリア盆栽ソサエティの全国集会とかで、日本から招待した「盆栽の大名人」の実演などの通訳をおおせつかって、出かけております。
デジ写真でも撮って来たら来週にでもお見せいたします。
では皆様良い週末を。
2005年8月18日
本日は胃の定期検診でまたまた胃カメラ検査を受けて来ました。
もう慣れっこになってしまい、医者も麻酔医もいつものメンバーなのでかなりリラックスできてました。
しかしながら、担当医が同じなのは当たり前なのだが、麻酔医の場合は日によって変わるので、僕のように麻酔薬によっては副作用が出てしまう人間には大変気を使う必要があります。
というのもオーストラリアでは胃カメラ検査は「全身麻酔」なので量が多過ぎたり、体に合わない麻酔薬を使用されるとショックを起こす可能性が十分あるからです。
麻酔のショックはかなり恐ろしいもんです。
さて、今回の検査はここ一ヶ月以上に渡って胃の調子が良くなかったので、いつにも増して良く見て下さいと頼んだのですが、どうやら問題は無かったようです。
ただし検査のために取った胃壁の一部の細胞検査の結果が出るのが来週なので、そこではっきりすると思います。
ちなみに細胞検査の結果は検査は来週その担当医にアポを取るようにと言われ、来週の金曜日だという。
で、時間はと聞いたら、今のところ朝の7時15分しか空いていないなんて言われて、あらためてオーストラリア人の早起きを思い出してしまいました。
朝7時から患者さんを見るってことは、オーストラリアの医者って毎日6時前から起きてるんでしょうか。
凄いですね〜。
さて、胃カメラ検査は1時間も掛からずに終わるのですが、麻酔から覚めて開放されるのが1時間、結局8時半から始まって病院を出たのは11時を回っていました。
いくら慣れても、全身麻酔というやつはどうにも「酩酊状態」になるもので、女房が車で迎えに来てくれたのですが、とても自分では運転する気にはなりませんでした。
家に帰ってボ〜ッとしていたら、この家を購入した人が、家の引渡しに付いての打ち合わせのため訪ねてきて寝ているわけにもいかず、彼が帰った後に、そのまま本日の日記でも書こうかとモニターの前に座ったのですが、何だか書く気になれません。
で、昨日の「家購入の顛末日記」を読み返していたら、誤字は有るは大切な事を書いていなかったのにも気が付きました。
それは「ヴェンダー・タックス(Vendor Tax)」の事。
じつは今回我々が予想以上に安く購入できた理由の一つにこのTAXがあるのです。
まずこのTAXについて説明します。
オーストラリアは国政府も州政府にしても、新しい法律や税制をよく審議検討もせず発令してしまうのですが、ダメだと判ると1年もしないうちにまたまた変えてしまう。
まさに朝令暮改の典型で、この「ヴェンダー・タックス」もこの一つです。
つまり家を建てて販売した場合にかかる、住宅販売税のようなバカなこの法律を導入したのが確か9ヶ月ほど前の事。
不動産市場の冷え込みが予想された時点でなぜこのような税法が導入されたのかは僕にはよく判らなかった。
多分草案時にはシドニーの不動産市場が過熱気味だったので少し「冷やす」目的だったのか、はたまた単純に州政府の税収を増やしたかったのか。
とにかく結果として不動産市場は冷え込み始め、大変評判の悪い税金だったのです。
しかしこの税は自分が住んでいる家を販売する場合はかからず、建売屋などのディベロッパーがビジネスとして不動産を販売する時に適用される税法でした。
で、何と2週間ほど前に州の首相が突然引退し、後任が人気取りのために突然まだ出来たばかりのこの「ヴェンダー・タックス」を廃止してしまったのです。
一番喜んだのが今回僕らが購入した家のデベロッパーのような建売屋で、販売額に対し2.5%にも及ぶ税金を払う覚悟でいたのに、タイミング良く廃止されてしまったので、これからの景気動向も考えて、予定より多少安くとも今売るのが得策と判断したようです。
僕らにとってもまことに運が良かったのはその点です。
つまり今回購入した物件が違った立場の売主、つまりそこに住んでいる個人が自分の家を売り出しているような場合なら、ヴェンダー・タックスは最初から関係ないし「感情」も絡んでくるでしょうから、そこまで安くしては売らなかった可能性があります。
しかし、デベロッパーの場合は借入金(資金繰り)の事や、次のプロジェクトなどの問題もあるので、さっと多少の損を出してでも売り払わないと首が回らなくなるという状況があるわけですから、安く手放したようです。
ちなみに本日この家を設計した、女房の古い友人(昨日の日記参照ください)にお礼の電話を入れたら、彼は売買価格を知らなかったらしく、女房が話したところ、「信じられない」とその額に大変驚いていたとか。
さて、ここまで書いていたら突然庭の方から「日本国歌(君が代)」が鳴り始めた!!!?????。
だいぶ麻酔で朦朧としているので、一瞬幻覚かと思ったが庭に出てみると遠くから確かにあの聞きなれたメロディーが。
我が家の近くにある「スコッツ」という学校で何か行われているようです。この学校のラグビーグラウンドの方から聞こえてきているのでひょっとすると日本から高校生が遠征試合に来ているのかも知れません。
それにしても我が家の庭で「君が代」を聞くとは思わなかった。
麻酔が効きすぎているせいではなくホッとしました。
しかしまだボ〜ッと。 このまま続けると元々の駄文がもっと酷くなりそうなので今日はこれまで。
2005年8月17日
昨日の日記をお休みした理由は、不動産購入のため競売に参加して色々有ったからで、今日はその顛末を報告します。
少々長くなりますし、興味の無い方には面白くないかも知れません。
まず結論を先に言ってしまうと、昨夕に行われたオークションで家を購入しました。
オークションに臨むに当たってはいかに「冷静に」というか、「客観的」になれるかが勝敗の分かれ目で、これは他の競争相手に対して「競り勝つ」だけでなく、売主に対して勝つ(プレッシャーをかける)秘訣でも有りますが、今回はそれがピッタリ当てはまる結果でした。
じつは昨晩購入した家は、最後の最後までオークションで買う(競り落とす)気が無かったのです。
いえ、べつに気に食わない家を買ったという意味では有りません。
正確には一番気に入っていて、特に女房などはもうこれしかないと言うほど入れ込んでいた物件でした。
もちろん欠点もいくつか有ったのですが、色々見て周っていた物件の中では一応1番にランクしていました。
ところが何たる偶然、オークションの行われた昨日の朝になって、今僕らが住んでいる家を売ってくれた不動産屋から、どうしても見せたい物件が有るとTELが有ったのです。
不動産屋に「じつは気に入っている物件のオークションが今夕有るのでいまさら見ても、、、」と話したのですが、「とにかく見に来てくれ」と言う。
で、見に行ったらこれまたなかなか良いのです。 想像以上に良くて、迷い始めてしまったのです。
ところが値段を聞いたらオークションで買おうと思っていた物件より約1ミリオンドル前後高いのです。
もちろん場所が違うし、土地もこちらの方が少々広いので、それなりに高い理由はあって、差額の1ミリオンは妥当ではないかと考えられました。
じつはその物件はまだ市場に出す前で、たまたまこの家の売主が売却について相談したのが、我が家を売却した不動産屋だったので、すぐに僕らに声を掛けてくれたのです。
つまり我が家を販売した不動産屋だから、我々が本気で物件を探している事や、うちの事情、好みなどを把握しているので最初に「お声が掛かった」わけです。
ここまで書いて、やはり具体的な金額を書かないとこれから書く話の面白さが伝わらないと思うので、思い切って書きます。
じつは僕らが探していた物件と言うのは価格的にはあまり制約は有りませんでした。
「2ミリオンでも7ミリオンでも良いよ」って不動産屋に言うと、「この人、ふざけているのかな」という顔をされる事も有りました。
と言うのも本気で探している人は普通、基本的に自分の出せる金額というのが有って、それを元に家を探すわけですから、例えば3ミリオンが出せる限度額一杯なら「2ミリオンから3ミリオンくらいで」と言うのならまだしも、いきなり2〜7ミリオンなんて言うものだから、あまり本気にされない場面も有りました。
しかし僕は本気で言っているわけで、ではなぜそれほど価格に幅が有るかと言うと、僕らのニーズにピッタリで金額に見合った価値のある家ならどれでも良いというだけでした。
もちろん高いより安い方がいいのは当たり前ですが、例えばポイント・パイパーという超高級地で日当たりの良い(と言う事はオーストラリアでは北向きの)一軒家で寝室は最低4つ、シャッター付きのガレージは絶対に2台分は欲しくて、なんて言ったら最低でも6ミリオンは超えると思います。
その上モダンな家である事も我々にとっては必要な条件で、つまり購入しても補修やリノベーションなどの経費を真っ先に考えなければならないような家では困るという事でした。
ポイント・パイパーに気に入った家があったのですが、不動産市場が冷え込んでいる中、あっという間に10ミリオン以上の値が付いて売れてしまったことも経験しました。
しかし僕らの希望の条件の中にはメンテが大変なプールや広い庭などは要らないというのが有って、うまく探せば場所によっては2ミリオンでもあるはずだし、しかし逆を言うとオーストラリアでは2ミリオン以上出してプールの付いていない家を探す方が難しいというのも事実でした。
さて、そんな中ほぼ全ての条件を満たす物件が出てきました。
場所はドーバー・ハイツと言うところで、ドーバー・ハイツでも外海側ではなくローズベイに近い湾内に面しています。
日本人の観光客に人気のある、観光コースにもなっている、シドニー湾を一望のダドリー・ペイジという広場が有ります。
そのダドリー・ページからローズベイ側にほんのちょっと下がったところです。
ですからほぼ同じような景色が一望なのです。
下の写真を参照ください。
僕のイメージではこのダドリー・ペイジはボンダイビーチからはけっこう遠いと思っていたのですが、オールド・サウス・ヘッド・ロードという道から行くとボンダイジャンクションから約3〜4キロです。 夜交通が空いている時なら車で5分程度です。(実際に何度も走って計測しました)
で、この家を気に入ってしまった最大の理由は日当たりとシドニー・ハーバーブリッジを含めシドニー湾を一望の見晴らしでした。
新築で売りに出されたのでモダンなデザインで、寝室は5つ(カタログには寝室4つ書斎1つとなっていますが)風呂場4つ(トイレの数は5つ)リビングダイニングなどで総床面積(バルコニーなどを除く室内面積)は300平米。
もちろん最新式の空調やセキュリティー、通信(インターネット含む)の配線もバッチリで、いっぺんで気に入ってしまったのです。
たった女房と二人だけで住むのに何で寝室4つもと思われるかも知れませんが、その理由はまず僕と女房はもう別々に寝るようになって何年もたちます。
昔の日記にも書いたように我々歳を取るにつれ、お互いの「いびき」などに敏感になり、別々に寝る方がよっぽど快適だと。
ということは我々だけでまず2寝室は必要。
また、日本に帰った母がまた「オーストラリアにやっぱり戻りたい」と言い出す可能性も残っているし、確実に住みに帰って来ないまでもまた遊びに来たいと思っているようですし、その時は親戚の者も連れてくると考えられる。
またロンドンに住み行った娘の家は貸しに出すので、娘がクリスマスや正月に帰って来た時は当然我が家に泊まる事になる。
そんなわけで寝室4つでも多すぎる事は無いと考えているわけ。
そういう意味でこの家は寝室4つで、5番目の部屋も書斎となっていますが隣にトイレシャワーがついているので充分緊急用寝室になる。
もちろんこの家についてはネガティブな面も有って、左右の家との距離がかなり近い(まあ日本では普通の距離かも知れませんが)と言うのが一番の欠点だと思います。
さて、この家を気に入って本気で検討を始めたら、この家を設計したのがたまたま知り合いだという事が判った。
そこで連絡をして、設計図面を取り寄せて建築家とも話をしたら、今この家くらいのサイズや質のを建てる場合はコストだけで1.5ミリオンは確実にかかるとの事でした。
で、この見晴らしの良い土地だけでも最低でも1.5〜1.7ミリオンは相場でするとの事なので、土地プラス建築費でこの家を建てた会社は売値3.5ミリオンを基本に考えているはずだという情報ももらった。
つまり最低コストだけでも3〜3.2ミリオンはかかっているはずなのでデベロッパーの儲けも入れると3.5ミリオンくらいの売値になるだとの事でした。
もちろんこれは金利を考えない価格で地上げをしてから完成までかなりの額が寝る事になるので、マーケットが好調な2年前に3.8ミリオンを狙っていたと言う話もその建築家から聞きました。
ちなみに全く偶然なのですが、この建築家は女房が日本に留学する前、つまり今から35年以上も前に合気道を一緒に練習していた、本当に古くからの友人なのです。
ですから彼からの情報はまず嘘や誇張がないと思って聞いていました。
そんなわけで我々としては今はだいぶ景気が落ち込んできているから、だいたい「落しどころ」として3.2〜3.3ミリオン、競争相手によっては3.4ミリオンまでは最低行くだろうと覚悟を決めていました。
ところが上記のように、我々は昨日の朝になって他の物件を見てしまい、そちらは4.1ミリオンだと言うのです。
もちろん4.1ミリオンなりの理由もあるのですが、また欠点もいくつか有ります。
しかしその4.1ミリオンの方も気に入ってしまったのです。
その売主や不動産屋は、僕らがその日の夕方にはオークションに行って、ドーバー・ハイツの家を買ってしまう可能性があることを話しました。
つまり時間をかけて考慮する余裕が無いと。
で、僕は朝見ただけの家なのですが「3.8ミリオン」で売るなら今夕オークションに行くのを取り止めると言いました。
ところが売主はまさか一回だけ、それもたった30分だけ見た人間がオファーを出すとは思っていなかったようで、一種の「ブラフ(駆け引き)」ではないかとも感じたようです。
そこで僕らが具体的にドーバー・ハイツの物件に興味が有る事や、その日のオークション時間まで話すと、「では真剣に女房と相談するから、オークションが始まるまで考えさせてくれ」と言い出したのです。
絶対に(手取り)4ミリオンは崩したくないと考えていたらしく、値下げを呑むかどうかご夫婦で相談をするからと言うのです。
で、僕はオークションは6時半から始まるから、それまでに結論が出ないのならオークションに参加するとプレッシャーをかけました。
夫婦で真剣に話し合っているのかギリギリになっても結論が出ていないようでした。 電話は何度も有り、まだ話し合っているからもうちょっと待ってくれとの事でした。
そんな両天秤を掛けた状態のまま僕らはオークション会場に到着したので、ドーバー・ハイツを扱う不動産屋にこう言いました。
「すごく気に入っているんだけど、じつは本日他の物件に対してオファーを出したんです。 ですからこのオークションに参加しないかもしれません」と。
いや〜、不動産屋の表情が「さっ」と変わるのが手に取るように判りました。
しかし彼はまさかと言う顔をしたのですが、頭の片隅に僕の言った事が「ブラフ」ではないかと疑う気も起きたと思います。
ところが、何と!オークション会場に3.8ミリオンの方を扱っている不動産屋が駆けつけてきて僕らの横に座り、携帯電話で3.8ミリオンの方の売主にプレッシャーを掛け始めたのです。
「本当に今オークションが開始され、彼ら(つまり僕らの事)手を上げちゃう(つまり買ってしまう)可能性が起きている」と。
ご夫婦は「今真剣に話し合っているからもうちょっとでいいから待ってくれ」という時に、競りが始まってしまったのです。
僕の横に他の不動産屋が座り携帯電話片手に僕とひそひそ話しているのを見て、完全にドーバー・ハイツの物件を扱う不動産屋及び売主にプレッシャーがかかっちゃったんですな。
僕としてはオークション会場で一つ、そして同時に携帯電話でもう一つの方、二つの物件を同時に競りにかけているようなもんです。
普通「オークション」と言うのは一つの物件に対して何人かの購買希望者が競りあうのが、僕という一人の購買者が売主二人を競らしているようなものです。
そんなわけで、不動産屋としても予定が大いに狂ってしまったのです。
つまり僕が抜けたために競い合う購買者の数が一人減ってしまった。
(結局後で考えると、僕を入れて4人が手を上げたがその中の一人か二人はサクラかも知れない)
そんなわけで、2800000ドルから競りが始まると2960000ドルで停まってしまった。
そう、そこまで僕は一度も手を上げてないのです。 つまり全く参加していないのです。
僕の頭の中には「買えなくとも良い、もし売主の希望価格に到達しないのなら幸いだ」と思いながら見ていたのですが、僕が参加しないためかそれまで競っていた他の3人もほとんどそこでこう着状態になってしまったのです。
で、僕は知らん顔をしていたのですが不動産屋が寄って来て、「どうでしょうか売主の希望価格よりも低いがもう一声で落とせます」と言うのです。
僕は「僕が競りに参加して一番高い値をつけても希望価格到達(オンザマーケットという)していないのなら、無駄だから参加しません、”オンザ・マーケット宣言”するならまだしも」と言って無視しました。
しかし、僕は女房に「3ミリオン以下ならほぼコスト割れだから、1万5000ドル程乗せて2975000ドルと入れててもどうせ流れるだろうから、後で交渉するという事にしてみようか」と言いました。
それなら3.8ミリオンの方と時間をかけて両方を天秤に掛けられるから勿怪の幸いという態度で、ついに手を上げました。
ところがもしここで売主が「オンザーマーケット」にしてハンマーが振り落とされたら確実に売れる(つまり僕は逃げられない)。
しかし希望価格にまだ達していなかったのにもかかわらず、「パスド・イン(保留)」にして、オークション後交渉という形になったら絶対に我々を逃してしまうと考えた売主は、何とその金額でオンザ・マーケットにして受けてしまったのです。
それには横に座っていた3.8ミリオンの方を売ろうとしている不動産屋もビックリ思わず「安い!!!」と漏らしてしまったほど。
僕としてはまさか買えてしまうとは思わなかったので、何だか拍子抜けしてしまった。
女房は横で「大喜び」、こんなに安く買えたんなら絶対にお買い得だと満面の笑みでした。
というのもじつはこの家のお隣は、ほぼ同じような物件なのですが、2年半前に4.2ミリオンで売れているのです。(ある晩、「夜景」がどんなものかを見るため出かけたら、ちょうどそのお隣のご主人が帰って来て、偶然話をするチャンスが有ったので、いろいろ情報を得る事が出来た)
このように「どうしても欲しい」「絶対に自分が落札したい」と思って競りに臨む場合と、買えない方が後の交渉ができるからかえって都合が良いなんて思いながら競るのでは、かなり結果が違ってくるという事です。
つまり不動産屋と言うのは海千山千ですから、僕らがどんな気持ちで競りに手を上げているのかなんて「お見通し」の場合が多い。
どのタイミングで手を上げるとか、また手を上げる間隔とか、もう一挙一動にその人の感情が表れるんですよね。
今日の日記は日本に住んでいる人にはあまり馴染みの無い話でつまらなかったかも知れませんが、オーストラリアで不動産の購入を考えている人たちにはかなり参考になる話だと思います。
本当に不動産の購入って、高い買い物をして自分で住むのだから「情が」絡んでくる。
つまり購入決断には、気に入ったという一種の愛情が必要だがしかし、オーストラリアの不動産売買では、不動産屋は売主からしか手数料を取らないシステムになっているので、物件に惚れている客にはあらゆる手段を行使して目一杯高く売ろうとします。
もちろん売主のために動いているから正当な行為なのだが、オークションでサクラを使って値を吊り上げたり日常茶飯事。
お客が下見の時に自分の予算をけっこうはっきり言ってしまったり、オークション前に「これくらいの額のオファーを出せばオークション前に売ってくれないかしら」とかは言えば言うほど手玉に取られる可能性が増えるという事です。
もしオーストラリアで不動産物件購入を考えていて、その辺の事情をもう少し知りたいと思う方はメール下さい。
多少のアドバイスはできると思います。
↑がこの家からの見晴らしです。
今年大晦日の花火大会が楽しみです。
そんなわけで、何とか「一件落着」いや、「一軒落着」しました。
このところ家の下見に少々飽きてきていたので、ホッとしています。
2005年8月16日
本日の日記はお休みいたします。
今、オークションから帰って来てちょっと疲れています。
結果はアスのお楽しみと言うことに。
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