2003年1月後半の日記

                 マグパイへ戻る


2003年1月16日

今朝はいつもより早く目が覚めたので、そのまま散歩へ出掛けました。
本日木曜日の朝は週一回だけのゴミの収集の日で、ちょうど収集車が来る時間でした。
我が家から500メートルほど歩いたら、なにやらパジャマを着た初老の夫婦が必至で、そのゴミ箱をあさっています。

僕はそれを見たとたんに思わず吹き出してしまいました。
というのも、彼らは前の晩に出したゴミ箱の中に何か大事な物を間違って入れてそのままゴミとして出してしまい、収集車が来る直前になって気が付き、必至になって(その大事な物が何だか分かりませんが)総てひっくり返して捜しているのです。
その格好がまた二人ともパジャマのままで、これも結構笑えます。
かなりカジュアルなオーストラリアでは、短パンにゴム草履なんてのは日常茶飯事ですし、夏など上半身裸のままで歩いている人なんか珍しくないのですが、我が近所で夫婦揃ってパジャマのままで家の前の往来で必至でゴミ箱ひっくり返しているのは珍しい光景で、なかなか絵になります。

皆さんにもこんな経験はありませんか?
僕もこれには苦い経験が。 
数年前のクリスマスの日に親戚一同集まってそれぞれのクリスマスプレゼントを開けあっていました。
我が母は孫達にプレゼントを選ぶのが億劫なのか、はたまた何か選んでも気に入られる事が少ないと、日本のお正月の「お年玉」のように、ここ何年も前から現金の入った熨斗袋を小さな箱に入れ、リボンをかけてクリスマスツリーの下の置いているのです。

で、我が母からのプレゼントの箱はすぐに何だか分かってしまうので、あまり開ける楽しみが無く、孫は一応箱は義理で開けたが、その袋は床の上に置いたままにしていたようです。
で、日本の熨斗袋なんてオーストラリアの親戚たちは何だか分かりませんから、クリスマスプレゼントの包装紙の一部だと思ったらしく、他の空き箱などとともにゴミ箱に総て掘り込んでしまったのです。

で、翌日になって孫(娘)が「おばあちゃんから貰ったお金が無い」と言い出したのです。
で、どこかにしまってあるのではとか言ってすぐに取り合わなかった。
しかしずっと捜し続けているのに無いと言って泣きそうな顔をしている。
そのうちに僕は「はたと」気がついたのです。
ゴミ箱だ!!!

まことに運良くその次の日はゴミの収集日でなかったので、助かりました。 で、皆で捜していたらやっぱり包装紙の中に埋もれていたのを発見したのですが、何と何と、義理の姉が貰ったネックレスまで出てきたのです。 彼女は無くしたのも気がついていなかったのです。

思わず全員で大笑いしたものですが、あれがすでに収集車が持って行った後だったら、笑えないでしょうな。
熨斗袋に入っていた金額もかなりなものだったし。
毎年クリスマスの時には皆酒が入っているので要注意だと話した事を今朝の光景を見て思い出していました。

そう言えば我が母はしょっちゅうスプーン類をゴミと一緒に出してくれてるようです。(トホホ、、) 

以下の写真がゴミ箱達です。
左の濃緑色のバケツのようなのは昔使っていたタイプ。 大きさの比較のために横に置きました。
シドニーでは各区によってこのゴミ箱の大きさが違うようです。
gbbin_ed_01.jpg (38266 bytes)

緑色の蓋の一番大きいのは落ち葉などを入れる庭のゴミ用です。
赤い蓋のは生ゴミなどを入れて出します。
この生ゴミの箱は僕が元住んでいたボンダイジャンクション地区のより小型で、我が家のように三世代家族には、この大きさで一週間分を入れるのは苦労するので、もう一箱ちょうだいと言ったら、金取られた。
手前の薄いブルーのは新聞紙などの紙専用。
収集に来るオニーサンたちがものすごく荒っぽく、収集した後、車から箱を歩道めがけて投げるので、角が欠けてしまっていて、黒いテープで補強してあります。
完全に壊れたらまた区役所行って、買ってこなければならないはず。
その右の黒い箱はガラスや空き缶などのリサイクル品になっています。
左端の濃緑色の大きいバケツは昔使っていたタイプ。 

オーストラリアでゴミを分別して出すようになったのは日本よりもかなり遅く、ここ1年ほどではなかったかと。
それぞれに85Aとあるのは女房がペンキで書きました。
盗まれてしまう事があるのです。


2003年1月17日

日記にテニスの事ばかり書くのは控えようかと思っていたが、一昨日の夜の試合、オーストラリアのマーク・フィリプーシス対タイ国のパラドン・シュリシャパンの試合、もう書かずにはいられません。

先日の日記にもアジアの選手の活躍が話題になっていると書きましたが、何でもこのパラドン君、自国タイランドでは、昨年の「タイ・オブ・ザ・イヤー」、日本で言うところの国民栄誉彰(?)に輝いたそうです。
全豪で盛り上がっているメルボルンにいる女房からの電話でも、このパラドン君すごく人気があるそうで、彼の特集記事も出ているとか。

で、その晩の試合、方や「眠れる巨人(と勝手に僕が命名してる)」オーストラリアのフィリプーシスにも勝たせたいし、アジア人のパラドン君にも勝って欲しいし、非常に複雑な心境で観戦していました。
どちらかを応援しないと試合は面白くないので、とりあえずオーストラリアにはレイトン・ヒューイットがいるので、パラドン君を応援する事にして見始めました。

大体このカードがたった2回戦目にあるというのさえ驚きで、選手にとってはお互い負けたほうは不運。
フィリプーシスにしても「眠っていなければ」多分グランドスラムタイトルのうちの一つや二つはすでに獲得していてもおかしく無い程の大器です。
しかし期待されながらもなかなか花開かず、未完のまま終わってしまうのではないかとも心配しているのです。

彼をここまでの選手にしたのは彼の父のお陰ですが、未完の大器のままで終わってしまいそうなのも、実はその父が原因というのも非常に複雑なところです。
彼を一流の選手に育てようとギリシャからの移民だった父は、勤めていた銀行を辞め、タクシーの運転手などをしながら、人生の総てを息子マークに注いできたのです。
その父はテニスのコーチも兼ねていたので、試合について行ったり、9時5時のサラリーマンでは出来なかったからです。
で、コーチとしても息子をこのレベルまで育てのですから、下手なプロのコーチよりよっぽどすごいのは確かです。

しかし、同じプロの選手でも世界ランキング・トップ10に入る選手を育てるのは生易しいものではありません。
彼の実力の素晴らしさを見た世界中の有名コーチが手を貸そうとしたのですが、彼の父が口出し過ぎるのですな。(つまりこれは一種のジェラシーかもしれない)
で、今まで世界的なプロのコーチがついても、続かないのです。
で、時間ばかりが経過していく。 その上不運な怪我などもあって、今年はとうとうノーシード選手としての全豪です。

多分彼が100%実力を出したらほぼ無敵でしょう。 しかし安定性が無い。 つまり2週間にも及ぶトーナメントに安定して勝ち続けるのはなかなか大変な事なのです。

試合が始まってみると、第一セットからお互い思いっきり行っています。
まるでボクシングのスーパー・ヘヴィー・ウエートが思いっきり殴りあっている試合を見てるよう。
で、パラドン君の調子も素晴らしく、考えられないようなハイペースで次々とウイニングショットを繰り出し、第一セットをゲット。

このまま試合はパラドン君のものになるのではないかと大いに期待して見ていたのいですが、眠れる巨人が起きてしまったというか、5フルセットまでもつれ込んだあげく、結局試合が終わってみたらフィリプーシスが勝者になっていました。
パラドン君はテニスに勝って試合に負けたという形容がピッタリと思うほど、なぜ負けたのかがいまだに僕には分からないほど。

こんな激突が2回戦であるのですからさすがグランドスラムですな。

と、なにやらまたまたテニスの事ばかりです。


2003年1月18日

女房と娘がメルボルンへ行ってから早ちょうど一週間です。
なんかあっという間に経ってしまいます。

何の不自由もなく、特にいつも騒がしい娘がいないお陰で、非常にピースフルな生活を満喫しています。
僕のように、料理が趣味のオヂサンには、前から食べたかったメニューで、女房も娘も(いや正確には娘の好き嫌いが多すぎるのですが)あまり好みではない料理を堪能する良い機会とばかり、せっせと毎日クッキングに励んでおります。

で、これが思うように美味い物が出来てしまうんですな。
その理由の一つはたった一人のために作るので、量が少ない。 量が少ないということは、非常に料理しやすい。
簡単に言うと、量が少ないから材料に火が通り易い。 特に我が家のようにキッチンの調理台はガスではなく、電気の場合はこれが顕著です。

例えば、パリっとした、野菜炒めを作ろうと思っても、電気では火力が材料になかなか伝わらない。 それでも量が少ないと何とかごまかせるのですが、父が生きていた当時は5人分を作るなんてのは、まず無理な事が多かったものです。(野菜炒めが野菜煮になってしまう)
しょうがないので、我が家のベランダにはバーベキュー用の都市ガスが来ているので、どうしてもガスが必要な場合はそこでやっていたりしました。
いや、今回はこの野菜炒めを堪能しているのではなく、焼き魚です。
日本人の女房ではないというのを一番強く感じるのは、魚を焼く時に出る臭いを非常に気にするという点。
魚を煮てもあんまり良い顔をしない(無視してますが)のですが、煙がひどい焼き魚などはかなり文句が出ます。

で、今回はホッケの干物とか、思いっきり文句の出そうな物を次から次へと作っております。
それにしても、鮭の塩焼きなどよりもなぜこのホッケの干物は臭いのか。
いやほんと僕も感じます、この臭い。
ひょっとすると日本で干物にする時に、クサヤ程ではないがなんか似たような液に浸けてるのではないかと。
しかし抜群に美味いのです。 僕は日本にいるときには一度もホッケの干物というのを食べた事が無かった。 なぜだろうと母に聞いたら、父がホッケなんて不味いものは勝ってはイカンといつも言っていたそうで、母も買った事が無かったとか。

で、先日ボンダイジャンクションにある韓国人経営の食料品店に行った時、そこのオネーさんがものすごく勧めるので買ってみたら、確かにとても美味いのです。
鯖の干物も同時に買わされたが、そちらは思ったほどではないし、鯖の干物は日本にいる時に食べた事がある。

そんなわけで、毎日色々好きなものを作って堪能しております。

さて、例の「プラズマ」、やっと接続コードが手に入ったので、僕のPCと繋いで見ました。 やはりと言うか、RGB(D−Sub)接続とは比較にならないほど「はっきり、くっきり」、素晴らしいの一言です。
例のPC屋がクリスマス・ニューイヤーホリデーだったので、このデジタル接続コード「DVI-D→DVI-D」がすぐに手に入らず(手元にあるのは短い液晶モニター用で)、家にあった長めのRGB(アナログ)ケーブルでは繋いで見ていたのですが、ホント全然違います。

下に付けた写真は僕が普段愛用している15インチのLCD(液晶)モニターです。 その馬鹿でかさがお分かりになると思います。
勿論、こんなのでメールやインターネットをやるつもりは無く、他の利用法を考えているのです。
それは映像。 例えばPCにあるDVDドライブで映画をプラズマに映してみたらこれがやはり素晴らしい。 ということはデジタルカメラ(動画)で撮った映像を編集して写したり、はたまたデジタルテレビ放送でキャプチャーした番組を編集してHDDに保存し、再生はプラズマでと言う事が出来るのです。

いまだデジタルの夜明け前、せっかく地上波全局がデジタルを始めたのに、多くの部分がアナログのままで、アナログとデジタルが「不必要な」混在しているのです。
「混在」とは、デジタルでせっかく発信されて来ているのに、受像機に出す時にはほとんどがアナログに変換されてしまっているのです。
で、この富士通のプラズマにはDVI-Dというデジタル入力が有って、僕のPCにも二つ有る映像出力うちの一つがDVI−I なので、この場合は総てデジタルからデジタルと言う事になります。

これは良いという事で、普段のメールなどには15インチの液晶モニターを使用し、そして映像を出す場合はプラズマでと考えたのですが、残念ながら僕のPCにはDVI−D出力は一つ。
一々その度にPCのパワーを落として、ケーブルを付け替えるのは面倒くさいし、良くない。
そこで一つの出力(この場合はPCからです)から二つのモニターに同時に映せる分岐器のようなものを捜したのですがこれがなかなか見つからない。(多分二つのPCを一台のモニターでというのはかなり有る)
で、ネットで日本のメーカーを捜していたら、やっと一つ見つけたのです。
その会社は業務用に一つの出力から多くのモニター(5台、7台、10台)に同時に映す機器を製作していて、その中に2台用の小さなのも作っているのを発見、早速日本のその会社に電話をして見ました。

で、ここからが今の日本の景気の回復の遅さ、その原因を象徴しているような話になります。
今の日本円の対米ドルの価値というのは120円前後。
そのレートで計算して、非常に国際的競争力のある日本製の商品とそうでないものが有ります。
車などはその良い例で、価格的にも非常に競争力が有る。

その一方、全く非現実的な、全く国際的競争力の無い価格を平気でつけて、それが当たり前だと日本国内ではまかり通ってしまっているがゆえに、いつまでたっても目が覚めないという物があります。
(日本の米の値段のようなものは今回置いといて)
今回のこの分岐器がその良い例です。

「オーストラリアから電話しているものですが、日本から帰ってくる親に持って来てもらうつもりですが、おいくらいでしょうか」
その商品はオープンプライスとネット上では表示されているので、値段が分からないのです。
「その商品は今在庫は少々ですが、値段は94000円になります」

僕は手に持った受話器を危うく落としそうになりました。
「きゅ、きゅ、九万四千円ですか????」
実は僕は日本に電話をする前に、もし6000円前後までだったら買おうと決めていたのです。
「あのー営業用のでかい方(何台も同時に繋ぐ方)ではなく、一台から二台にする方のやつなんですけど」
もうこれにはあっけにとられました。

94000円有ったらもう新しく一台PC組んで、DVI−D出力が二つ有るグラフィックカード入れてってすべて出来てしまってその上おつりが来る。
もう完全に何を考えてその商品作っているのだか。
勿論特殊な用途で個人が買って使うものではないと言い張るかもしれないが、それは展示会などで多くのパネルに同時に映すような用途ならまだ分かる。 がこれはたった一つから二つに出すだけですよ。

もう何にも言わずに「ハイ分かりました」といって電話を切りました。
日本のメロンじゃないけれど、あまりにも世界の常識からかけ離れすぎた物(値段)が日本には多すぎます。
で、早速僕はPC屋に電話をして、DVI−Dが2つ出力のグラフィックカードいくらと聞いたら、一番安いのは1万円ちょっとでありました。
そのグラフィックカード、今僕が使っているのより数段性能が上なのでもう一挙両得。 僕のPCの性能は向上するは、2台は同時に映せちゃうし。
いや〜、日本に電話したのでさえ馬鹿馬鹿しい。

さてこれがその写真、今はまだ両方映せないので、プラズマの方だけ。
右に有る15インチモニターがものすごく小さく見えます。
ウインドウズ2000のいつものデスクトップの表示。 画面一杯に出すとワイドスクリーンなので、横幅がチョット。
そのうちアスペクトレシオを切り替えるグラフィックカードが出るでしょうな。

plaz_ed_03.jpg (34977 bytes)

 


2003年1月20日

本日朝女房と娘がメルボルンから戻って来たので、空港へ出迎えに。
9時35分到着のヴァージン航空便。 
家を出たのが9時20分近くでしたがそれでも充分間に合って、車の中で出てくるのを待つ余裕が。
平日(月曜日)のこの時間でもあまり混まないのは、長いバカンスで(学校も夏休み中)比較的交通状態が良いためでしょう。

さて、日本でも報道されたようですがオーストラリアの首都キャンベラで山火事から始まった火事が民家を襲い、あっという間に400件の家が焼けてしまいました。
死者(3人)や多くの怪我人も出て、大変な被害のようです。
火の速度が異常に速く、まるで津波か土石流が襲ったようです。
普通山火事から民家の方へ飛び火して来る場合は、充分逃げる時間は有るのですが、今回は逃げ遅れて亡くなった人もいるようです。

もっとも「山火事」はこのオーストラリアでは夏行事の如く、日本の台風のように多かれ少なかれ毎年のように被害が報告されているのです。
しかし今回のキャンベルの火事はその速度が半端ではなく、このような状況のシュミレーションが当局にも出来ていなくて、全く手が付けられない状態だったようですが、その防災の対応には批判も出ているようです。

それにしてもこの干ばつはどうした事でしょう。
シドニーも相変わらず雨が降らず、こちらも山火事がいつまた発生してもおかしくないほどに乾燥しています。
これも地球温暖化のためなのでしょうか?
我が家の芝もすっかり茶色くなっています。 給水制限のために朝8時前か夜8時以降しか放水できず、充分水をやることが出来ません。

さて、日本の友人からメールが来て、「車上荒らし」に遭って、車内の貴重品をすっかり盗られてしまっただけでなく、車のドアーも傷つけられてしまって、溶接、板金、塗装で6〜7万円かかるとの事。
車上荒らしなどの盗難は日本の比でないオーストラリアでもこの車上荒らしは頻発していますが、ほとんどが窓ガラスを割る場合が多いです。
どっちにしろ、盗まれる物の価値より車の修理のほうに高くつくことが多く本当に困ったものです。

娘が助手席に携帯電話を置いたまま店に買い物に入ったら、あっという間にレンガで窓ガラス割られて盗まれてしまった。
オーストラリアではこのように外から見えるようなところに置いておくというのはもう盗って下さいとお願いしているようなもの。

娘は運良く携帯電話の保険に入っていたので、新しいのを保証されたのですが、なんと今朝空港に迎えに行ったら、その携帯を今度はメルボルンで盗られてしまったとの事!
何度盗まれたら気がすむのでしょう。 今回は車上荒らしではなかったがやはり娘の不注意が原因なのです。

で、その友人からのメールには「田邉さんの彼女にはどういうセキュリティーをしていますか?」と質問がありました。

このように盗難犯罪の多いオーストラリアでは、「彼女」(最近の名前は930です)のような車に任意保険(全損)をかけるのは非常に高額になる場合が多いです。
で、保険料を安くするには盗難防止装置を付けるという方法があります。
保険会社が認定している装置を付ける事によって、割引を受けるというものですが、彼女に付けたのはかなり複雑なものです。
と言うより僕の車の場合、その特殊な装置を付けてなければ、保険を引き受けてもらえなかったのです。

運良く前の持ち主がその装置自体は装備したので、僕は毎月のモニター料を払うだけ。
しかしそのモニター料は安いものではありません。
車の一部に発信機が積んであり、その発信機が常に(車庫に入っている時でも24時間)衛星に向かって発信し続けているのです。
で、盗難が起きた時に連絡をすると、その会社のコントロール室が信号を発信し、エンジンを止めてしまうのです。
その上、その車の現在の位置をサテライトナビと同じに正確に把握し警察に報告が行くのです。
ですからもし盗られた事がすぐに気が付かなくても、盗まれた車の隠し場所もすぐに突き止められます。
また車を運転中にホールドアップに遭った場合には隠された場所にあるスイッチを入れるとすぐにコントロールルームが警察に連絡をし、エンジンを停止し、車の場所をつきとめて、警察が来ると言う事になっています。

このような装置なので、ものすごくバッテリーのパワーを喰ってしまいます。 普段しょっちゅう乗っているような車ではないので、すぐバッテリーが上がってしまうのです。
で、彼女は車庫に入っている時には常にトリクルチャージャーと言う充電器でチャージされているのです。
この装置は過充電が起きないように設計されている充電器です。

先日もこの盗難予防装置が装備されたポルシェが盗難に遭い、すぐに持ち主が通報したのですが、警察はこの泥棒を安全に捕まえたいために、すぐに衛星経由でエンジンを停止させず追跡し、交通量が少なくなって、万が一車を置いて逃げても隠れるところが無いような場所まで車が移動するのを待ったうえで、いきなりエンジンを止めたのです。

ドロボーはまさかそんな装置が付いているとは知らずに、いきなり車のエンジンが停止し、すぐにパトカーが現場に到着したので、車を棄てて逃げようとしたのですが、隠れる場所も無くあっけなく逮捕となったようです。

このような装置を装備し、はたまた毎月のモニター料を払ってもまだ、保険料の割引で助かる額の方が大きいのです。
そのうちに日本でもオーストラリアと同じ状況になるかもしれませんね。
その頃にはこのような装置うんと安く(携帯電話みたいなものだから)出来るでしょうな。
世界で一番盗難の少ない国が日本なので、日本車の盗難予防装置がドイツ車に比べて非常に遅れている事がありました。
それだけ日本は平和だったと言うか。


2003年1月21日

キャンベラを襲った猛火の話題がこちらのメデァイのトップニュースになっています。

今朝も散歩に出掛けようとしたらかなり煙っていて、芝の焼ける臭いも酷く、これはシドニー周辺でも山火事が発生しているという事で、心配になります。
本日もこれでもかと言うほどの快晴で、一向に雨が降る兆しがありません。

昨日の日記を書いている時に、全豪の男子の試合、オーストラリアのナンバーワン、レイトン・ヒューイット対モロッコの「ユニス・アラヌイ」の試合を見ていました。
結果はまさかのレイトンの敗退でした。 
それにしてもこの31歳のモロッコ人、なぜ突然こんなに強くなったのでしょうか?
もう10年以上もプロで戦っているのにずっと優勝の経験は無く、30過ぎという一般には下り坂の歳になって、トーナメントで優勝し始めたのです。
これを見ていて僕は数年前の全豪の事を思い出したのです。

何年の大会だったかチョット思い出せないのですが「ピーター・コルダ(チェコ人)」が猛暑の中の全豪で、次々と強敵を倒し、まさに番狂わせの如く優勝した事があります。
確かその時の彼の年齢も30前後だったと思いますが、皆が不思議に感じるほどでした。

ところが、その年のウインブルドン大会直前に「ピータ・コルダ」がドーピング違反をしているという発表があり、皆を唖然とさせたのです。
テニスの世界では、ドーピング問題というのはそれほど深刻ではなく、僕が初めて聞いたのは確か「トーマス・ムスター」の問題だったと思います。
しかし彼の場合は非常に同情の余地がありました。
トーマスムスターがアメリカで開かれている大会中に、交通事故に巻き込まれてしまったのです。
大会主催者が用意する車でホテルに戻る途中に、買い物か何かの用で、車から降りたムスターに他の車が突っ込み、足を骨折してしまいます。
それも膝の皿も割ってしまい、もうテニス選手生命は終わったと言われたものです。
しかし彼は不死鳥の如く蘇ったのです。 
常人では考えられないようなリハビリに続く、筋力トレーニングで結局彼は世界ナンバーワンになったのです。
しかし、彼はその後テニス協会から筋肉増強剤使用というレッテルを貼られます。
彼は、事故で入院中にリハビリなどの時に使用したのは認めていますが、その後は一切使用していないと言い張ったのですが、それから間もなく引退をしました。
で、「ピーター・コルダ」の場合は増強剤を使用していた正当な理由も無く、やはりウインブルドン出場を突然取り消しその後引退してしまいます。

この全豪の過酷なトーナメントでは体力が試合の結果を非常に左右しますから、このようなドーピングの力で優勝して、その名前を賜杯に刻まれその後取り消しもされてないところを見ると、彼に敗れた選手たちは非常に複雑だと思います。

昨晩レイトンに勝ったエルヌイがドーピングの疑いがあるかどうかは分かりませんが、あまりにもピーター・コルダのケースに似ているので思わずドーピングの事を思い出してしまったのです。
もっともレイトンが敗退してしまった理由はその体力負けというよりも、滑車が噛み合っていなかったと言う面もあります。

さて、先日の日記に書いた二つのモニターを映すグラフィックカードが届きました。
下の写真にあるように「DVI−I」出力が二つあります。
メーカーの名前はASUS。 僕はPCでゲームはやらないので、二つあるカードのうち安い方を選びました。(9280と9180がある)
それでも今まで使っているカードと比べたら雲泥の差のはずです。
そう「はず」というのは今この日記をアップしたら、組み込む予定です。
結果は明日の日記に。

手前の出力には二つのDVI−I出力の間にS-VIDEOもあります。

2DVIAS_ed.jpg (34112 bytes)




2003年1月22日

昨日の日記でお見せした新しいグラフィックカードの結果は、○とXでした。 
とりあえず15インチLCDのモニターとプラズマに同時に映すというのは成功したのですが、それまでが大変な手間でした。(泣)
何と、カードを取り付けてみたら、片方のDVI−I 出力(メス)が端に寄り過ぎていて、DVI−Dのケーブルを差し込もうとしたら、RGB(D-Sub) のコネクターより大きいので横のケースの一部に当たって取り付けられないのです。
信じられないですな。 こういうのを設計する人は、本当に実際パソコンに取り付けて使ったりして試しているのだろうか?

で、「マゾ」な僕はそんな事にはへこたれずに「絶対に接続させてやる」という意気込みの元、ガレージから金ノコを持ってきて、ケースの当たっている部分を切り開き、その上ケーブルのソケット部分も出来る限りヤスリで削ってなんとか差し込むことに成功。
(切り開いて、まだ処理していない写真が下にあります)
もう一つのDVI の出力の方は全く問題無いのでプラズマの方に繋ぎ、とりあえず両方へ映し出すことに成功。

でまずは新しいグラフィックボード(カード)の性能を見ようと、PCにDVDの映画を入れてみました。
と、なんか期待したほどの画質ではありません。 ひょっとすると今までグラフィック・カードより悪いかもしれない。
PCのモニターとしてウエッブサーフィンなどしてる分にはその差はわからないのですが、動画を写すとどうもいまいち。
「????」これは変だと調べているうちに、どうやらこの新しいグラフィックボードにちゃんと電源が供給されていないようなのです。
AGP Bus の方にはちゃんと3.3ボルトが供給されているのですが、AGP−VDDQの方には同じように3.3ボルト必要なはずなのに、1.5ボルト前後しか来ていないのです。
で、どうやら僕のマザーボードがこの新しいボードに対応していないようなのです。

P−4マザーにはBIOSの設定の中にVDDQボルテージの設定画面があるようです。 しかし僕のはP−3マザーだから無い。
ですから、画質が良くないのか。 だいたい、AGPX8というのは僕のマザーでは使えないのは分かっていたのですが。
この電圧が低いまま使っていても問題が無いのか有るのか、ASUSのサイトに行っても全然出ていません。
場合によってはマザーのCPUを破壊すると言うような事になったらたまらないので、とりあえずまた元のグラフィックカードに戻しました。
 
次のシステムは当然対応しているマザーを使うはずですので、それまでお蔵に入れようかなと。
その上、PCショップに転がっていた「TVキャプチャーカード」を借りて来て、取り付けたら「青画面」の登場で、しっかりしらけておりました。

両方に出力をするという目的は達成されたのですが、TV番組やデジタルムービーで撮影した動画をPCでキャプチャーしてHDDに記録させ、その後プラズマで見るという僕の目的には、少々物足りません。
この辺はPC系がマジョリティーになるより家電の方でどんどん製品が出てくる気がしますが。

さてこの写真、上でも書いたようにすでに元の古いグラフィックカードに戻してあります。
だからどのくらい右に寄り過ぎているのか分かりにくいかも。
赤い字で1はDVI−Dケーブル(黒)で、ヤスリで削ってあるのが見えますでしょうか?
赤い字の2と3、切り開いた部分は処理してなく見苦しい状態ですが、今度他のカード類を総て取り除いた状態で切り取る予定。 金属クズがどこかに入ってショートでもしたらたまらないので。 金ノコで切る時にはかなりな振動だし。
それにしてもこんな事をしないとソケットが入らないなんて。
ASUSさん!お願いしますよ。 ったく。

DVI_Cuted.jpg (24013 bytes)

 


2003年1月23日

僕のように自宅と仕事場を兼用している人間には、四六時中かかってくる電話セールスには本当にウンザリさせられるものです。
迷惑電話には大きく分けて3種類あり、一番多いのが電話での「募金、寄付系」。
その次に多いのがマーケット・リサーチ(及びそれを装うもの)電話。
そして最後の3番目が間違い電話。
まず「募金、寄付系」は僕の住む地域がターゲットになりやすいのか、もうメチャクチャ多いです。

で、ほとんど話を聞かずにお断りするのですが、迷惑電子ダイレクトメールと違って、一々自分のやっている事を中断させられて、少しでも話を聞くと言う行為が非常にわずらわしい。
特に女房が何を間違ったのか一度寄付をしてしまった「カンティーン」という、カンサー・リサーチ(癌研)系の団体からは、完全にターゲットにされていて何度も何度も定期的に電話がかかってきます。
もう寄付したのだから、まだ寄付をしていない他の家に攻撃(?)をかければ良いのに、一端寄付などしてしまったら、もっとしつこく電話が掛かってくるようになるというのは全く納得がいかないし、もう二度と電話での募金や寄付はしないと気にさせられます。
彼らにとっては全くの逆効果だと思うのですが。

今思いつくだけでも、医療系ではこの癌研から始まって、「目」、「血友病」、「身体麻痺系」、等など。
それ以外にはお決まりのチャリテー協会系から始まって、ライフセーバー系(救難援助や救難ヘリコプター募金とか)や「盲導犬」なんてのまで有って、もう本当にうっとうしい。
一昨日も我が家にある3本の電話の一つが鳴って、出てみるとまたまた「癌研」、で立て板に水の如く喋り続けるのが終わるのを待って断ろうと構えている途中に、もう一本の電話が鳴ったので、チョット待ってもらって出たら、なんと同じ癌研からなんです!
で、頭に来て両方すぐに切ってしまったら今度は3本目の電話にまたまた癌研から電話。

どうも思うに彼らはコンピューターで電話番号を調べるソフトウエアーの指示に従っているようで、電話をかけてくる人間はそれぞれ違うオペレーターなのですが、彼らの目の前にあるPCのモニター上に出される「次はここへ電話を」の指令が集中砲火の如く、例えば「XXX地区のTで始まる家」と決めると総てに電話をしてくるようです。

この日記を書いていたら、子供の頃の「押し売り」を思い出してしまいました。
特に戦後すぐの頃は、皆が生きるのに必死だったせいか、僕の生まれ育った住宅街には多くの「押し売り」が来たものです。
今の若い方は知らないと思いますが、ものすごい怖そうな風体のオジサンが「ゴムひも」などを売りに来て、「刑務所から出所したばかりで仕事が無いから、ゴムひもを売っている」などと言って、強引に何本か我が母に売りつけたりというのは、記憶に残っています。
母も人が良いのか、毅然とした態度で断るのが怖かったのか、何度か買ってしまっていました。

それにしても今考えるに、なんで当時は「ゴムひも」だったんだろう。
当時はゴムひもは消耗品だったんだろうか? 確かに当時は僕らの下着(トランクス風パンツ)は手作りもあったし、今のような形ではなかったから、ゴムひもは必要だったとは思いますが。

もう一つ子供の頃ものすごく強引で怖かったと言うより不愉快だったのが、正月の獅子舞です。
正月にいきなり来て、全く見たことの無い強面のオニーさんが二人、もう頼みもしないのにいきなり獅子舞を始めてしまうのです。
で、ゴムひもと違って「まにあってます」なんて言い難いし、これはおめでたいものだし、角の立つような断り方は出来ないし、はたまた子供の駄賃のような小額の祝儀はチョットというのもあって、結構な額を母はシブシブ渡したら、なんと二日後にまた別の獅子舞が来て勝手に舞い始めて閉口した事があります。
毎年のようにこの獅子舞は来てましたな。
ひょっとしたら上で書いた「癌研」のように、あそこの家は祝儀をはずむ、なんて情報をお互いやり取りしていて「カモ」の家には集中攻撃が来るのかもしれません。

オーストラリアでも押し売りはありますが、多分一軒一軒回る手間代と利益が釣り合わないのか、かなり少ないです。
その上、そういう押し売りの応対に出るのはほとんどが「強面のオジサン」である僕なので、あっという間にお引き取りしてくれます。

いまだ日本では「押し売り」ってあるのでしょうか。
正月の獅子舞も来るのでしょうか?
「ゴムひも」のオジサンのような強引なのはもう昔話なのでしょうが、先日日本にいた時には、一度新聞の勧誘員が来ました。
僕が出て、インターコムで話しただけでしたがすぐに帰って行きました。
やはり家庭訪問販売系は日本の方がよっぽど多いでしょうな。

そう言えば、迷惑電話の3番目、「間違い電話」が最近かなり減ったのに気が付きました。
昔の日記にも書いたことがある我が家と一番違い(局番が違いの同番号)の医者宛に掛かる電話が完全に止まりました。
その番号の持ち主は医者だったのですが、噂ではかなりな高齢で健康を害していると言うので廃業したのかもしれません。
ほんとヤレヤレです。

何しろ、医者が高齢という事は主治医として面倒見ている患者もかなりな高齢が多く、高齢がゆえに電話の掛け違いはしょっちゅうで、一日に最低一本は医者宛の間違い電話があったものです。
ある時など女房のオヤジ(故人)が間違ってかけてきた時には、その医者の名前を連呼している声がえらく聞き覚えのある「だみ声」なので、「マーク(親父の名前)じゃないのか?」って僕が言ったら、親父の方が狐につままれたように驚いていましたっけ。
その親父も亡くなってからもう10年になります。


2003年1月24日

いよいよテニスの全豪も佳境に入って来ました。
先日の日記に書いた、オーストラリアのシードナンバーワン選手レイトンヒューイットを破ったモロッコの31歳「ユニス・アラヌイ」は、準々決勝でアメリカの新鋭若干20歳の「アンディー・ロディック」と対戦しました。
この試合は僕が今まで見たテニスの試合で最も過酷なものだったと思います。
グランドスラム(4大大会)では、ベスト・オブ・ファイブといって5セットのうち先に3セットを取った方が勝ちなのですが、2セットずつで最後の5セット目にもつれ込んだ場合、対ブレークは行ないません。
つまり6ゲームオールとなった場合、先に2ゲームを先取した方が勝ち。

で、お互い素晴らしい戦いで一歩も譲らず、とうとう5セット目にもつれこみました。
5セット目に入っても、死闘は続き何と!結局21−19と言うゲームスコアー、「アンディー・ロディック」の勝利で決着が尽いたのです。
スコアーは6−4、6−7、6−4、4−6、19−21です。
ちなみに勝ったアンディー・ロディックのサーブ(のボール)の最高速度は220Km/h で、その上ファーストサーブの平均速度が192Km/h というとんでもない結果が出ています。(彼自身のサーブの最高速度は232/h だそうです)
試合時間は299分、つまり5時間を1分だけ欠けると言うまさに、空前絶後このバトルでした。 多分、近代テニス(現在のルール)で最も長いバトルの新記録だと思います。

先日の日記に31歳にもなってこれほどのスタミナがと書いたばかりなのですが、夕方の7時半から始まったこの試合、終わったのは夜中の12時半でした。 これで勝ってもまだ2試合やらなければ優勝は出来ないのですから、イヤハヤ全く過酷な競技です。

先日の新聞で「どのスポーツの種目の選手が最も肉体的にタフか」と言うような記事があって、体力の中でも筋力、持久力、瞬発力、等など色々なテストの結果が出ていました。(勿論それぞれの種目の選手は総てトップ選手としてです)
で、トップ3はどんな種目の選手だと思いますか?
僕はすぐにボクシングか自転車を考えたのですが、ボクシングは第2位でした。
で、第3位がテニスでしたが、何と何と!第1位はボートの選手だと書いてありました。
僕はボート競技というのはあまり身近な存在で無いのでピンと来ないのですが、テニスがボクシングの次の3位と言うのはやはり納得します。
最近特に男子テニスの世界は、考えられないようなタフネスさを要求されるレベルになってきています。

それに比べて野球の選手というのはかなり楽チンな世界だと思います。
巨人の清原選手がかなり腹が出た格好でタバコを吸いながら歩いている写真を見たときには、本当にこれがプロスポーツの一流選手かとビックリしたものです。 テニスの選手でタバコ吸うなんてのはもう論外で、コーラを飲んでも駄目だと言われるほどの厳しい世界。
まあ野球なんてその程度のレベルのものなのかもしれませんが。
それでもゴルフに比べたらまだマシなのかもしれないし。

そういう意味でもプロ選手になって沢山稼ぎたかったらテニスというスポーツは選ばない方が利巧かも知れませんな。

スポーツの話題をもう少し書きます。

とうとう貴乃花が引退しました。 引退の記者会見を見ていたら、普段の彼らしくなく結構良く喋っているので、よっぽど引退してホッとしたのだろうと感じました。
その貴乃花が日の出の勢いで上がってきた時に破った千代の富士は引退を決意し、今回もまた同じようにモンゴルの朝青龍が同じ場所で横綱を獲得しそうです。
それにしても日本の国技である大相撲で、横綱がアメリカ人とモンゴル人で日本人はゼロと言うのも時代を感じさせてくれます。
僕は日本人の横綱がいない事を嘆いているわけではなく、むしろどんどん国際化を進めたら良いとは思っています。

話は全く変わって、とうとうオーストラリアが馬鹿ブッシュ+ハワード首相の決断で派兵に踏み切りました。
困ったものです。 この件についてはいずれじっくり書こうと思っています。 
それにしも中東に向かって出港するオーストラリア軍人が、港で家族と抱き合って泣いているのを見ると、この国は徴兵制があるわけでもなく、自分で志願して職業軍人やっていながら、いざ出陣となったら、えらい勢いで泣いたりするくらいなら、最初からそんな職業選ばなければ良いのにと思ってしまいます。


2003年1月25日+26日(日曜日)

昨日に以下の日記を更新しようとしたら、我がサーバーにアクセスできず、日本のニュースを見ていたら日本や韓国でもアクセス不可になっているトラブルが出ているとの事。
ですから日本から僕のHPへのアクセスも出来なかったのではないかと思います。
結局回復を待てずに寝てしまい、今このアップは日曜日の朝9時半に書いております。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1月25日

昨日の日記に書いた全豪テニスの男子の準々決勝、5時間にも及ぶ死闘の末に勝ち抜いた若干20歳の「アンディー・ロディック」は準決勝でドイツの「レイナー・シュトラー」に負けてしまいました。
やはりと言うか、5時間にも及ぶ試合というのは過酷なもので、準決勝では足が思うように動かず、特に後半は完全に疲労しているのが顕著で見ていても痛々しいほどでした。
それでも相変わらずの「強烈に早いサーブ」で第二セットは取ったのですが、もはやそれまででした。
それにしても、中一日しか間を置かずに次に試合に臨むというのを見ていると、野球でピッチャーが延長15回くらいまで投げた次の日にまた登板というようなもの。
いくら20歳でも、限界はあるものです。

本日は女子の決勝の日、またしてもウイリアムス姉妹同士の戦いでした。
女子はこの姉妹がもう完全に他を引き離していて、これで4大会連続の姉妹同士の決勝戦です。
彼女達のことは、まだ姉が11歳妹が9歳の頃から何度か見たことが有ります。
ちょうど我が娘もジュニアの選手をしていた関係から同年代の選手の動向と言うのは耳に入ってくるものなので。
特にこの姉妹はすでにかなり有名で、それはただ強い(当時は姉の方のヴィーナス・ウイリアムスが負け知らずだった)だけでなく、彼女達の育った環境がゲットー(スラム)のような貧民街で、そういう中からテニスというある程度金が無ければ続けられない種類のスポーツにおいて、スターとなる可能性のある選手が出てきていると言う事に注目を集めていたのです。
何しろ姉妹が練習をしていると「パンッ・パーン」と近くで音がして、車のバックファイヤーか拳銃の音かなんてしょっちゅうだったようです。
そして当時コーチでもある父親は将来グランドスラムの決勝で我が娘同士が対戦するだろうと言っておりました。
今から10年以上も前の事ですが、僕はその番組をはっきり覚えています。
で、そのまま娘達は16歳になったらプロに転向かと思ったら、その父親は学校に行く方が大切だと言って、確か14歳くらいから17歳くらいまで一切トーナメントに出さなかったのです。
その間に「マルティナ・ヒンギス」が世界ナンバーワンになっていったのですが、今現在を考えると、この父親の考え方も確かに一理有ると思わざるを得ません。
15歳からプロとなって戦っていったヒンギスは今年の全豪は怪我で欠場と言う事になっていますが、どうにも僕には「ヒンギス」が若くして燃え尽きてしまったように感じてなりません。

で、本日の女子の決勝は気温が44度(摂氏ですよ!)。
これほどの気温になった時にはセンターコートは屋根が閉められ、エアコンを使用します。
それでもかなりな暑さではあります。
結局、試合は妹のセレーナ・ウイリアムスがまたまた優勝しました。
第三セットまでもつれこんだのですが、姉のヴィーナスは精神的な弱さというか、プレッシャーに潰されてしまったようです。

その女子の試合を挟んで、僕は一日中「恒例」の鯉の池+庭の掃除をやっておりました。 
「鯉の池の掃除」と言うのは、大体4〜5ヶ月に一度やる大掛かりなもので、バイオフィルターを高水圧のポンプで洗ったりと、かなり手間もかかるし肉体的にもハードなもので、朝9時に始めて終わったのは夜の6時過ぎ、今この日記を書いているのは夜の10時半ですがもうくたくたで目蓋が半分落ちております。
いはやは本当に疲れて、肉体の衰えを感じさせてくれます。
という事で、今日はこれまで。
明日は男子決勝です。


2003年1月27日

本日27日月曜日はオーストラリア・デー(1月26日)の代休で休日です。
日本で言うところの建国記念日か。 確かシドニーにイギリスから囚人移民団の船が到着した日だったと思います。
オーストラリアは囚人で建国された国っていうようにも聞こえますな。

毎年色々な行事が行なわれるのですが、今年の花火大会は中止になりました。
いまだ山火事が続いていて苦しんでいる人が多数に上っているのに、花火(火をつけて)で祝うと言うのはなんとも不謹慎ではないかという事で、取り止めになったのです。
それにしてもいったいいつ雨が降るのでしょう。 5ヶ月近くまともに雨降ってません。
農家などは本当に苦しんでいると思います。
八百屋で果物を買っても、リンゴなど完全に水不足の中で育ったと言う味がします。 実が多少茶っぽく、ガシガシしているのです。

朝の散歩も休日のため通りを行き交う車も無く、とても静かな気持ちの良い散歩でした。
散歩の途中で我が家から数軒のところに「アボカドの木」が実を沢山つけているのを発見、デジカメを取りに帰って早速数枚スナップしてみました。(下に写真をつけました)
住宅街の庭の一部でもこんなに沢山実をつける「アボカドの木」は育成できるようで、僕も一本欲しくなりました。
近寄って観察してみると、面白い事にアボカドの実というのはリンゴや柿などと違って実がついている部分がオフセット、つまり真中からチョットずれたところに有るのですな。
どうして真中ではないのか非常に興味深いです。(なんか理由はあるはず)

さてテニスの全豪(オーストラリア・オープン)は男子シングルスの決勝でアメリカのアンドレ・アガシの優勝で幕を閉じました。
この過酷な大会で31歳のアガシが勝者に輝いた事は賞賛に値します。
まあ運も味方したというか、決勝の相手は例の死闘を繰り広げて勝ち抜いて来た、ドイツのシュトラーで、かなりの疲労は溜まっていたはず。
その上彼にとっては4大大会(グランドスラム)初めての決勝で完全に「あがって」しまっていました。

このような大きな大会の決勝戦というのは非常に大きなプレッシャーがかかるもので、第一セットの戦い振りを見たとたんに、勝者が誰になるかははっきり見えてしまいました。
ここ数日の素晴らしい熱戦を見てきていただけに、非常に残念です。
そういう意味でも全米(USオープン)に優勝したオーストラリアのレイトン・ヒューイットのように、初めての決勝でのプレッシャーを全くものともせず相手は何度もグランドスラムに勝っているサンプラスなのに、逆にサンプラスの方がプレッシャ−を受けてしまうような試合をできるというのはやはり驚異です。

そうそう、アガシの試合よりも僕はマルティナ・ナブラティローワが混合ダブルスに優勝して、また「グランドスラムタイトル獲得数」を伸ばした事を是非書きたいです。
彼女は46歳と3ヶ月でとうとうグランドスラムタイトル獲得プレーヤーの高年齢記録も今回破りました。
今までの記録はオーストラリア人の(男子ダブルス)持っていたものですが、何と1924年に作られた記録で、約80年ぶりに記録更新なのです。
まさにこれこそ驚異的です。
だいたい1924年当時のテニスなんて今ほどプロスポーツとして確立されていなかったわけで、今の厳しいレベルとは比べられないのですが。

プレーをしている彼女を見ていると、腕の筋肉などもう46歳のオバサンとは思えないほどの素晴らしさ。
相手のダブルスのテームの二人の年齢を合わせてもナブラティローワのほうが上という年齢差が有りながら。
今回の優勝で総合獲得数を57に伸ばしたのですが、まだまだダブルスには出場するといっておりますので、楽しみです。
どこまで記録を伸ばせるのでしょう。

また彼女はオーストラリア、特にシドニーが大いに気に入っています。
ご承知のように彼女は有名な「ゲイ(レスビアン)」で、ゲイの都、シドニーでは友人も多いようです。
彼女がコート入場してくると、下手すると男子シングルスに優勝したアガシよりも拍手声援が多いほど。
とにかく彼女の決勝戦は僕も手に汗をして見ていました。

ちょうどNHKでは大相撲の朝青龍の優勝をやっていて、これで彼の横綱が確実となったようで、これも良かったと女房共々喜んでおりました。
幕内優勝以外の十両などの格段優勝者見ていたら、なんと優勝したのは一人を除いてすべて外国出身者。
グルジア人、韓国人、モンゴル人と日本人一体どこへ行ってしまったのかと思わせるほど。
日本では3Kといって若い人が興味を持たない時代になってしまったのでしょうか。
日本は豊かになって若い人がハングリーではなく3Kのような仕事でもスポーツでも興味を持つ人が減っているというような事を聞いた事がありますが、僕はチョット違うと思います。

特に横綱に登りつめるような選手というのは、物質的なハングリーさに裏打ちされたものではなく、闘争心というか精神的な強さだと思います。
そう言えば日本人の若者は最近皆おとなしくなって「野性的」な魅力を持つ者がすごく少なくなっているように感じるのですが。

avo_ed_02.jpg (39751 bytes)  avo_ed_04.jpg (40350 bytes)

近所のお宅の塀の一部から見える木々の中になんか実のつけている木があるので(左の写真)近寄ってみると、こんなに沢山のアボカドが。
右の写真をクリックしてもらうと分かりますが、実がぶら下がっているところは真中ではなくちょっと横なんですよね。


2003年1月28日

昨日は女房と久し振りに映画へ。 プラズマが来て以来ほとんど家でDVD鑑賞になっていたのですが、「指輪物語」第二作である「二つの塔」は劇場で見るべき作品。

オーストラリアでは大分前に封切られていて、夏休み(現在)中には非常に混むのではと、すぐに見に行かなかったのです。
この「トールキン」原作の壮大なストーリーの映画化で、オーストラリアでは第一作目からかなり好調だったようですが、僕はいまいち入り込めないというか。

我が女房のように子供の時から本で読んでいたという人間にはかなりの思い入れがあるのでしょうが、僕にとってはまた新しい「CG」を駆使した映画が上映されているといった感じなのです。
メカやテクニカルな事には非常に興味を覚える僕ですが、SF物とかCGを駆使した作品というのはなぜか身も心も引き込まれるということがありません。

1977年だったかにニューヨークの映画館で封切りされたばかりのスターウォーズ第一作目を見た時にも、途中で寝てしまい最後のほうの惑星が爆発崩壊するシーンの大音響で目が覚めたのですが、女房はそれを知って大いにしらけておりました。
その当時は僕もまだ30歳前くらいで、オヤジだからそれ系の映画が苦手と言うわけでは無いと思うのですが。

僕が気に入る映画はほとんどが(変なカテゴリーの別け方ですが)アナログっぽいのが好き。(フェリーニあたりから始まって)
デジタル系の映画(この意味チョットわかりにくいかも)、特に特撮を売り物にしているようなタイプはどうも心に残らないというか。

で、昨日の映画も女房の「お付き合い」、その上女房の「そんなにモニターの前にばかりいたら体に悪いわよ」という言葉もあって、出掛けたのですが、一つだけ非常に気に入ったのがありました。

それは登場人物(?というのかな、何しろ化け物だから)の「ゴラム(gollum)」。
僕は何の予備知識も持たずに見に行ったので、この化け物が登場してきた時には、人間がすごいメークをしてやっていると思ってみていました。
ところが見ているうちにこんなに痩せた俳優がいるわけないと思い始め横にいる女房に小さな声で「ねえ、あれ本物の人間?」って聞いたら、何と「CG」だって言うではないですか。
女房曰く「子供の頃に読んだ本(原作)に出てくるゴラムをこれほどうまくCG化してるのはすごい」との事。
「もし次のアカデミー賞で主演男優(助演かな)賞貰ったら、現存しない者が受賞となって面白いのにね」とも言っております。

僕はこやつ(ゴラム)の顔、表情、動きもうすべて、思いっきり気に入ってしまいました。 ここまでCGで表情を出せるのか、つまりここまで素晴らしい「演技」ができてしまうのかという驚き。
これほど現在のCGの技術がすごくなっているのなら、そのうち本当の役者要らなくなってしまうのではないかと思うほど。
なぜか日本ではまだこの第二作目「二つの塔 The Two Towers」は封切られていないようですが(2月下旬封切り?)、是非このゴラム君見てください。

この映画の中で最初に彼が登場してきた時には、僕がまだロンドンにいた頃にたまに行ったソーホーの裏路地にある汚い中華レストラン(名前は失念)の厨房で働いているオヤヂにあまりにもそっくりなので、思わず吹き出してしまったほど。 ハゲ方もそっくり。
その中華レストランのオヤヂもすごい「キャラ」有りましたが、このゴラム君もなかなかのものです。
なぜか日本語の「指輪物語」のオフィシャル・ウエッブサイトにはこのゴラム君のことも写真もどこにも見当たりません。
英語のサイトから以下に「ゴラム君」の写真をコピペしてみました。
どうです?キモイでしょ?

 


2003年1月29日

日本の同窓生「T君」からのメールに最近どうも胃腸が調子悪いと書かれていて気になっているのですが、実は僕もここ3週間ほど胃に痛みが有って、何となく心配では有ります。
痛みといっても「キリキリと痛む」のではなく、鈍痛というか押すと痛い。
場所は「みぞおち」の横、左(心臓側)へ3センチほど、そこからちょっと下にやはり4〜5センチ降りたアバラ骨のエッジというかちょうど角のあたり、自分では食道と胃が繋がるあたりではないかと想像しているのですが。

考えてみるとちょうど3週間ほど前、近所の「タイ・レストラン」で食事した後、下痢が二日ほどあって(一緒に食べた女房は全く問題ない)、しかしそれは吐き気も無く軽いものだったので、何が原因か特定できなかったのです。
一般的に胃が痛いという場合、考えられる原因はあまりにも多いので素人が変に勘ぐらない方が良いとは分かっているのですが、やはり「痛み」が伴うと、どうしても気にしないわけには行かないもので。
「食当たり」、はたまたただの「暴飲暴食」が原因だったり、ピロリ菌やまた他のウイルス(インフルエンザとか)が悪さをしていたり、精神的ストレスなどの問題で潰瘍が出来たり、最悪の場合は「癌」だったり。
しかし不思議な事に胃癌で他界した我が父は最期まで胃の痛みは訴えなかった。

で、久し振りの僕の胃の問題ですが。
前の日記に書いた「ピロリ菌」を退治して、永年の間苦しんでいた胃の問題が「あっという間に」治って以来、まったくといって良いほど快調だったのです。
しかし考えてみるとその「ピロリ菌」退治はかれこれもう10年近くになるわけで、そろそろまた胃カメラを呑む時期かなと考えています。
オーストラリアでは胃カメラ(カメラというよりファイバースコープですが)検査の時には、全身麻酔を受けるので苦しさは有りません。
いくら医療機器の改良でスコープが細くなってきているといっても、やはり「うどん」よりも太いはずで、日本のように喉のあたりにチョちょっと局部麻酔をしてそのまま長い管を飲み込んで検査を受けるというのは、結構苦しいのではないかと思います。

しかしオーストラリアのように全身麻酔を受けるというのはかなりな危険も伴うもので、その上医療費もかなりかさばる事になるのです。
消化器系の医者が検査をする時に麻酔専門医が立ち会わなければならないわけで、その分が余計かかるのですが、金額的なことよりも出来れば全身麻酔は危険が伴うので避けたいという気持ちもあります。

我が母が2度目の胃カメラの検査を受けた時に、この麻酔に反応を起こし、2週間も寝たきりだったことがありました。
胃の検査は半日で終わって麻酔から覚めた母を引き取りに病院に行ったら母の様子がおかしい。
もう時間ですから帰って良いですと看護婦に言われてベッドから立ち上がった途端に酷い嘔吐を始めたのです。
看護婦も驚いてすぐには母またベッドに戻され、吐き気止め(?)の注射などを受けて夕方まで寝かされていました。
僕が夜母を家に連れて帰って来た途端にまた「嘔吐」が始まり、その日以来2週間ほどほぼ寝たきりでした。
トイレにたって嘔吐が始まり気を失って便器の角に顔をぶつけて、入れ歯は壊れるは、唇は切るは顔はアザだらけにと、散々でした。

あまりにも大変だったので、その後僕は2度目の検査の時に使われた麻酔薬について調べてみると、やはりというか一回目の検査の時に使われたのとは違うものでした。
で、反応を起こしたのは「フェンティニル」というもので、すでにこのことは前の日記に書いた通り、モスクワの劇場乗っ取り犯を制圧するために使われた麻酔ガスと全く同じ物です。
この事件の時には、このガスを吸い込んだ人質に多数の死者が出た事は有名ですが、我が母も下手をすると命を落とすところだったと思います。
医者にこの事を言ったら(モスクワの事件の起きる随分前)、いやこれはかなり一般に使用されている安全な麻酔薬なので、お母様の体質と合わなかっただけでしょうと言われたものですが、僕はしっかりこの麻酔薬の学名を母のファイルに書きとめ、医者にも要注意事項として母のカルテに書いておくように指示しました。

同じ医者にまた検査を受ける限りそういう間違いは起きないでしょうが、万が一交通事故などで出先の救急病院で全身麻酔を受けなければならないはめになった時には、けっこう危険な可能性があるんですよね。
体の一部に血液型と拒否反応を起こす薬名を刺青のように彫っておくというのは良いアイデアではないかと思います。

ところで皆さんは臓器移植をどう思いますか?(上で交通事故と書いて、臓器移植のことを思い出した)
宗教的(?)に日本人ほど死後の世界や輪廻転生などを信じないオーストラリア人は臓器移植に同意している人はけっこう多く、僕も同意しているので自分の運転免許証には移植提供者と書かれています。
免許証に書かれているというのは、交通事故で即死した場合に、現場に駆けつけた救急隊員と警察官が運転手の免許証を確認し、臓器提供者の場合、すぐにその手配をするためです。

で、免許証の更新の時だったかに臓器移植に同意しますかというような質問があって、同意する場合には何と何を提供するかという詳細の質問があります。
で、「あの世」とか「生まれ変わり」とか信じないはずのオーストラリア人ですが、なぜか「目」の提供は断っている人は結構多いらしい。
やっぱり何となく、目だけはとって置きたいと思うようです。
万が一三途の川を渡らなければならない場合に、見えないと苦労すると考えているわけではないと思うのですが。 ちょっと不思議だけど分かる気もしますね。

もし法律で最低一つの臓器の提供を義務付けられたとしたら、あなたは何を選びますか?
「盲腸」ってのは無しですよ。 やっぱり目はリストの最後に行くでしょうな。


2003年1月30日

今朝トイレにたったらまたまたメニエル病(?)のような「メマイ」に襲われてしまいました。
これで二度目の経験で、先回よりも軽いので慌てず騒がず、すぐにまたベッドに戻ってじっとしておりました。
2時間ほどしたら大分マシになってきたので、起きて体を動かした方が回復も早いのではないかと、庭に出て植物に水を撒いたりしてました。
真っ直ぐに歩こうとしてもどうしても左の方へ多少旋回してしまうというか曲がってしまうのですが、気にしないようにしてそのまま作業を続けていました。

これなら毎朝の散歩にも行けると出掛けて帰ってきたら、すでに女房も娘も仕事に行ってしまい、何と締め出されてしまっていました。
女房は今日から新学期なので僕一人で散歩に出掛けたのです。
いつも散歩は早朝に行くので、散歩から帰ってきても必ず娘はいるのでほとんど鍵を持たずに出掛けるのが習慣になっていたのです。

さて、どうしようと家の前で考えました。 何しろ今日シドニーは39度にもなる暑さで、偶然今日は木曜日、本日来る掃除のオバさん「ファティマ」の到着を待つにも2時間近くある。
朝食は取っていないし、喉は渇いているし、どうしたものかと考えたのです。
女房の学校まで自転車で行って、鍵を貰うという方法も考えたのですが、何しろ散歩に出掛けたままの短パン姿、そんな格好で女房が教えている学校の職員室か教室に入っていくわけにもいかない。

その上、今朝のメニエル病のアタックで、女房の学校まで自転車に乗って行くのもどうかと躊躇してしまいました。
とにかくどこか窓でも開いていたらそこから入れるかもしれないと家の周りをぐるっと見て回ったら、何と!庭のドアーが開けっ放し!
多分今日は女房が先に出て、その後娘が鍵をかけて出たのでしょうが、さすが「我が娘」というか、全く戸締りも確認しないで出掛けてしまっておりました。
しかしそのお陰で僕は家の中に入れたので、ラッキーといえばラッキーなのですが、なんか複雑な心境。

さて昨日やっとモーターウエーの自動料金支払いシステムである発信機が送られてきました。 日本ではなんて言うのだろう。 ちゃんとした名前はあるんでしょうが、何しろ「浦島太郎」なもので。
シドニーの有料道路はかなり電子化が進み、シドニーハーバーブリッジもすでに「E−Way」と言って、車のフロントウインドウに設置した発信機(?)からの信号を読み取って自動的に料金を口座から引き落とすシステムが導入されています。

僕も随分前(去年です勿論)にその発信機を申し込んだのですが、さすがオーストラリアというか、いつまでたっても届かず、催促の電話をしようかと思っていたら2週間ほど前に手紙が来て、発信機の配給が遅れているとの説明が有りました。
こんな手紙が来るくらいなら、当分発信機は来ないと諦めていたのですが昨日の到着したわけです。

下の写真を見ていただくと分かりますが結構この装置は大きくて、ちょうど石鹸箱くらい有ります。
これで、ハーバーブリッジだけでなく、M−4もM−5も使えるので、ものすごく重宝するでしょう。
特に最近のシドニーハーバーブリッジやM-5の混み方は酷いので、全く止まらずに通過できるこのシステムは大いに助かる。
止まらないという事は、いちいち料金所が近くなると小銭を捜したりという事も無くなるわけですから。
このような電子化は大歓迎です。

さて、最近は例の「デジタルテレビ放送+プラズマ」以来、飽く事無くハマっております。
これはデジタル化によってテレビとPCとがものすごく接近してきているからですが、やはりというかだからというか「PCに接近」ということは、ものすごく使用上「不安定」なのがまたまたハマっている理由です。

最近僕はオーストラリアのデジタル地上波放送に関するインターネット・フォーラムに参加し、色々な意見の交換をしているのですが、初期がゆえの多くの問題が(不具合)有って、それらに関するメンバーの意見など非常に興味深いです。
シドニーでは地上波局全局がすでにこのデジタル放送を開始していて、試験放送から数えるとすでに2年近くやっているのですが、まだまだ手探りの部分が多く、放送局自体からして安定していないので不具合が起きた時に非常に原因の切り分けが難しいというか。

例えば、何かの問題が起きた時に、デジタル画像はモザイク状に画面が壊れるのですが、その理由はあまりにも多く簡単に特定できないのです。
以下に簡単に画面が壊れる(一瞬で直る場合がほとんどだが、ひどい時には、一分毎くらいに頻発して、とても番組を楽しんで見るという次元ではなくなってしまう)原因を書いて見ます。
1.放送局自体の問題。
2.放送局から家までの電波の問題。
3.電波を受けるデジタルチューナ(テレビに接続する)の問題。
4.他の外的要因。(以下に書くように電子レンジや冷蔵庫のモーターなどなど)

各放送局はまだバラバラの状態で、規格が統一されるまで独自に放送をしているのです。 簡単な例で説明すると、各局の出す映像のフォーマットと共に、音声にも色々なフォーマットが有ります。 
MPEG−1、MPEG−2、AC/3等があり、音量がかなり違うのです。
受信機の方で音声フォーマット識別を自動にしていても、なぜか全く役に立たず、チャンネルを切り替える時に一々音量を調節しなければならないのです。(もともとコマーシャルになった途端に音量が大きくなる事は皆さんご存知でしょうが、これもアナログの時には各放送局間の取り決めで、ヴォリュームの上限のようなものがありました)

デジタルになって、音を出すフォーマット自体が各局バラバラなので、各局が取り決めを行なうまで、これは解決しないと思います。
しかし、一方でドルビーデジタルサウンドやサランドサウンドがテレビの放送で出てくるのですからその素晴らしさは驚きです。

同じ事は映像にも当てはまり同じMPEG−2を使っていても、各放送局間で出す信号の強さ(ビットレート)が微妙に違い、各家庭にあるデジタルチューナーのクォリティーによっては、強すぎると逆に画像が壊れる(モザイク状に)事が頻発するのです。
あまりテクニカルな事を書いてもしょうがないので、最後に一つだけ。
もしデジタルチューナーが電子レンジのそばにあったり、はたまた近くに無くとも冷蔵庫の冷却モーターのスイッチが入るたびに、画像が壊れるなんて事も有りうるのです。

ですから日本でも地上波でデジタル放送が始まっても、僕のような物好きは別として、すぐに飛びつかないほうがよろしいと思います。

さてこれが僕の車(スバル)に取り付けた発信機です。
粘着テープ付きのホルダーにはめてあります。
発信機と書いているが余り自信が有りません。 なぜならこの石鹸箱、どこにも電源(バッテリー?)を取り替える部分が無いからです。
どこを見てもネジ一つ無く、しっかり密封されています。
ウ〜ン、どうなっているのか興味有りますな。

ewayed_01.jpg (18650 bytes)  ewayed_02.jpg (14851 bytes)

左の写真の手前はバックミラー、右は外からフロントウインドウを見たところ。 結構大きいでしょ。 視界を遮るほどではないが、もう少し小さくてマシな形に出来なかったのかと。

それにしてもなんでも電子化、自動引き落としになるとよっぽど注意していないと、なんかの間違いで知らないうちに勝手に引き落とされてしまっているという事が有るかもしれません。


2003年1月31日

本日と明日の日記は都合により、お休み致します。
日曜日は定休なので、来週の月曜日に「アップ」を再開いたします。
それでは皆様良い週末をお過ごしください。


マグパイへ戻る    最新日記へ   過去の日記インデックスへ