2004年1月後半の日記
by tom tanabe マグパイへ戻る
2004年1月16日
本当に待望の雨が朝から降っております。
本格的に降っていると言えるほどではありませんが、明日も雨の予想なので枯れ始めていた庭の芝生にも緑が戻ってくることを祈っております。
雨が降っているのを見ていて笑顔がこぼれるなんて、いかに長いこと雨を待っていたかという感じです。
さて、
高齢化に伴い、日本でも老人の運転事故というのが増えているのではないかと思います。
昨日のニュースにも老人がチャイルド・ケアーセンター(託児所)に車で突っ込んで大きな事故を起こしてしまった事件の裁判が始まったと報じていました。
悪意で突っ込んだのではなく、単に運転を誤って道路沿いにあった託児所に飛び込んでしまったようですが、このような痛ましい事故は増える傾向にあります。
何しろモータリゼーションの歴史は日本よりうんと長い国、自分で運転する老人の数は日本の比ではないと思います。
我が家の近所にもとんでもなく運転の危ない老人がいます。
彼女は80歳を過ぎているのですが、いまだに運転をなさる。
頭の方もかなりボケているのは間違いないのだがかなり気位の高い方で、周り(息子やお手伝いさん達)が何を言おうと全く意に介さない。
彼女の運転している車は「レキサス」の高級車なのだが、あまりにも運転が下手なので駐車場で壁にこすったり、他の車にぶつけたりはしょっちゅうで、2ヶ月に一度は彼女の車は修理屋に入っているとか。
道路上では亀のようにゆっくりと走るので大きな事故は無いようですが、近所なのでたまに彼女の後ろを走って見ていると、車線をまたいでふらふらなんて日常茶飯事。
ですから僕は彼女の車は見かけると「クワバラクワバラ」と迂回してなるべくかかわらないようにしています。
シドニーでは確か高齢者は運転できる範囲が規制されている(自宅の半径何キロとかだったと思いますが)のですが、道路に出てくるのには違いは無いわけです。
ですから僕は前から若葉マーク(オーストラリアの場合はPマーク)と同じように「枯葉マーク」ではないが、高齢者が運転しているのを後続車が認識しやすいマークを着けるべきだと提案しています。
シドニーシティーの地下鉄の駅に通じる階段に、そこがてっきり地下駐車場だと思って(階段なのに!!!)下りて来てしまった事故も有ります。 また僕の知人で血糖値が不安定の老人がいて、インシュリンが効きすぎて、運転中に失神してしまい、気がついたらバス停のベンチの上に寝ていて、白衣の男が血圧を測っているので気がついたというのがいます。 何と彼は運良く失神した時に対向車線に飛び出さず、路肩にぶつけてそのまま運転席で失神してしまったのです。
それを見た通行人が救急車を読んだらしいのだが、彼は全く覚えていないという。
最初に気が付いた時、なぜ自分がバス停のベンチの上で寝ているのか、なぜ回りに人だかりができてるのかも判らず、驚いたと言っておりました。
そんな話を本人から聞いた後はつくづく、自分は全く悪くは無いのに対向車がいきなり突っ込んできて、正面衝突なんてほんとうに怖いなと思いながらこれを書いていたら、昨夜シドニーのノースで警察に追跡されている車がスピードを出し過ぎ反対車線に飛び出して対向車と正面衝突、多くの死傷者を出す事故がありました。
このような場合、いくら自分が運転に注意していても巻き込まれてしまう事故で本当にとんだ災難ですな。
2004年1月19日
久し振りにNHKの番組を見ていました。
ニュースはたまに見るのですが、それ以外の番組はほとんど見ないんですよね。
たまたまスイッチを入れたらこのドキュメンタリー番組をやっていて、タイトルも何だったか忘れてしまったのですが。
フランスから来たクリスチャン・ディオールのデザイナーが京都にある染色工場を訪ねるシーンから見始めたのです。
この染色工場は日本古来から続く(1500年以上も前からの)染色方法で素晴らしい色を作っているのを僕もとても興味を持って見ていました。
色の種類というものは無限に存在するわけで、特に化学薬品に頼らない物で出した色というのは、このデザイナーのような西欧人にはとても興味深い物です。
で、その中の赤系の色がとても素敵だと、そのフランス人のデザイナーは通訳(この人もフランス人)を通してその工場主に見本として少々頂きたいと頼む。
勿論その主人は快く応じるのだが、そのやり取りで主人は常に笑顔でそのフランス人達に応対している。
で、デザイナーの方が「この色は今まで見た事の無い青みかかった赤、是非これをわが社が次に開発する口紅の色に取り入れたい。 そしてその商品名は是非”京都”にしましょう」と言うのです。
それを同じフランス人の通訳が日本語に通訳し伝えると、主人はそれを聞いて嬉しそうに笑いながら「相槌」を打つ。
ところが、デザイナーは主人の反応を見て、自分の言った事を本当に理解したのだろうかと、「これは本気ですよ」とまた言い直す。
これも日本語に通訳される。
これを見ていて僕は思わず「日本人」と「西欧人」の表現(表情)の違いを思い出してしまった。
まず日本人は不必要に笑顔を作り過ぎます。
特に相手が日本人でない場合というか西欧人の場合、いかに自分が愛想よく対応しているのかを見せるために、常に「ニコニコ」笑顔で応対しようとする。
しかしこれが非常に誤解を招きやすい。
つまり必要でない笑顔は失礼でさえある場合があるのです。
つまり変な誤解がさえ生まれる。
勿論日本と西欧の「文化」「習慣」の違いであって、この場合はフランス人が日本に来ているのだから「郷に入れば郷に従い」ではないけれど、ある程度はそのフランス人の通訳もわかってはいるはずではある。
ここまで書いてひょっとしたら日本の皆さんは、僕が何を言いたいのか判り難いかもしれないと思い始めました。
もう少し具体的に書きます。
つまり「口紅にこの素晴らしい赤色を使いたい」とそのデザイナーが言った時に、西欧人なら絶対にへらへら笑わずに「それは良いアイデアですね」もしくは「なるほど、この赤色が口紅の色にするというのは、なかなか素晴らしい、、」と真剣にそのアイデアに対して評価しようとする。
ところが通訳を介して彼のアイデアを聞いた日本人が「ハハハ、、、」と相槌は打つつもりで、ただヘラヘラ笑っているだけ(にデザイナーには見える)だから、その「口紅」の話は「冗談」を言っていると受け取られてしまったのではないかとフランス人は考える。
で、わざわざまた通訳を介してかなり真剣な顔で「これは本気ですよ」と確認する。
このような和やかな場面なら、別にそれ以上の問題には発展しないのだが、これが商取引などで損得が係わってくると、誤解が生まれたりしてかなり揉める元になったりします。
この染色工場の主人は勿論なぜデザイナーが「これは本気ですよ」と言いなおしたのかの意味さえ判っていないわけです。
昨年他界した我が父などは英語が不得意なのにもかかわらず、英語で話し掛けられると「判りません」と言わずに只ヘラヘラ笑っているか、もしくは「何でもイエスYES」と言ってしまう。
昔お隣さんの奥さんに垣根越しに何か頼まれて、全く何を言ったのか判らないのに、どうせ日常の挨拶程度のことを言っているのだろうと勝手に想像して「イエス、イエス」と答えてしまい、それは実は垣根に生えているアイビー(蔦)が伸びすぎているから切ってくれと言っていたのだが、そんな事は全く判らずにそのままになってしまっていた。
その後なんかの事でちょっと諍いが起きた時に「お宅の父上は切ってくれるのを了承しているのに全くその後無視して、いつもそのような態度で」という話になり、こちらは最初何を言っているのかも判らずに困惑してしまった事があります。
西欧人との応対には必要以上の笑顔は禁物というのが僕の持論です。相手の言っている意味がよく判らない場合は「不用意にYES」なんて言うのは厳禁なのは当たり前、ニコニコうなずくような表情でさえ非常に危険なのです。
2004年1月20日
先週のある日の事です。
昼過ぎに呼び鈴が鳴ったので出てみると、女房の弟(異母兄弟)が突然訪ねてきました。
女房の弟と書くと、結構な年齢のオヂサン思われるかもしれませんが、まだ28歳です。
10年程前に他界した義父が再婚してつくった息子で、我が女房とは親子ほど歳が離れています。
お決まりのごとく女房や女房の姉達とその後妻は(ほとんど似たような年齢だったために特に)それほど仲の良い関係だったとは言えず、ましてやその後妻にできた子供ですから我が女房などは例え異母でも「兄弟」といわれるのもあまり嬉しくないわけです。
その上この「弟」というのが非常に「できが悪く」、女房はあまりかかわりたくないと思っているのですが、彼のほうは全く無頓着に突然遊びに来たりします。
で、昨日来たのも別に用事が有った訳ではなく、只我が家の前を通りかかったからという理由。
女房はちょうどテレビで贔屓の選手が素晴らしい試合と言うより死闘を繰り広げているのを観戦中に突然に来たので大いに「しらけて」おりましたが追い返すわけにも行かず。
とりあえず上げて、話していたら「離婚」をしたと。
20歳過ぎた途端に結婚すると言い出して周りを驚かし、すぐに子供を作って養育費などをどうするのか周りを心配させ、そんな事はお構いなし二人目もすぐに作り、だいたい子供を二人も育てるほどの「甲斐性」など全く無く、本当に不安定な生活をしているこの「弟」は28歳。
そう我が娘とほとんど同年代なのです。
口ばかり立つくせに、実力が伴わないというか、何をやっても長続きせずとうとう女房が愛想をつかして逃げてしまったというよりも「出て行け」と言われて離婚になったとか。
出て行けと言われて「離婚」というのも悲しいものがあります。
IT関係で働くといいながら、結局使い物にならずピザの配達などをして暮らしているようですが、本当に今後どうなる事やら。
一時期インターネットプロバイダーのサポートセンターで、電話サポートをしていた事があって、僕は驚いたものです。
と言うのも彼の知識のレベルは非常に低く、その上彼の話す言葉が非常に聴き取り難い。 口の中でもごもご言っているだけで、内容もちっともロジカルではない。
当然のようにすぐに職を失ってしまった。
こういう「馬鹿ヤロー」のためにオーストラリアという国は寛容過ぎるというか、失業手当や子供のための福祉手当を手厚く施すから、この出来の悪い「弟」の「馬鹿さ加減」がちっとも改善されないんですよね。
考えてみると、義父は60歳を過ぎてから自分の娘のような年齢の後妻を娶り、出来た子供がはじめての男の子で、異常なまでに溺愛したものです。
それ以上に始末が悪かったのは後妻の母親までがフランスから移り住み、彼女(祖母)にとっても初孫であったために両親だけでなく祖母までがまさに「目に入れても痛くない」という状態で甘やかしていたのを見ていた我々は、いったいどんな人間に育つのだろうと「恐ろしさ」さえ感じていたものです。
「だらしがない、努力もしない、ガッツも無い」このような人間に育ってしまったのは全く驚くべき事ではなく容易に想像がついたのですが、せめて犯罪者にだけにはならないで欲しいと女房は言っております。
三つ子の魂百までと言うが、育て方でその人間の一生というものが決定されてしまうのなら、ある意味非常に悲しいですな。
2004年1月21日
昨晩お芝居を見に行って帰ってきた女房が「我が家の外で人が倒れている」と言う。
時計を見ると深夜11時半を回っていて、「こんな夜中に何だろう」と僕は出てみると、上下黒っぽい服の男が我が家の前の歩道に横たわっているのです。
ちょうど街路樹の下なので街灯の光が届かず、非常に見難いのだが歳は60歳は過ぎているように見える。
近づいて見てみると心臓麻痺とか、車にはねられて怪我をして横たわっているのではなく、ただ寝ているように見える。
というのもこの老人、「腕枕」で横たわっているから。
着ている服などから判断するに、どうやらホームレスの人らしい。
それにしても女房は芝居の後、深夜一人で車を運転して帰ってきて、家にたどり着いて歩道を横切って我が家に乗り入れようとした瞬間に、真っ暗な路上に人が横たわっているのですから、かなりビビッたようです。
考えてみると我が家の周辺では、このような浮浪者を見るのはめったに無く、それもよりによって我が家の真ん前の歩道(正確に言うと歩道の舗装されている部分ではなく、芝生の生えているところ)で浮浪者が寝ているという事自体非常に不思議。
しかし全くこの手の人がいないわけではなく、我が家から1キロほど離れたバス停に住み着いてしまっている有名な浮浪者はいるのですが、彼の場合警察が何度も排除しても、またすぐにこのバス停に戻ってきてしまう。
と言うのもこのバス停は、屋根もついて三方が囲まれていて風もしのげるしで非常に居心地が良いのでしょう。
もうまるで我が家のようにしてしまって、多少の身の回り品まできちんと整理して置いてある。
しかしそこは浮浪者、整理しているくせに中で「用を足して」しまうようで、非常に臭いとか。
近所の人も気持ち悪がって、バス停の中には入れず、バスを待つ場合もその横に立っていたりするのです。
閉口したバス会社はとうとうこのバス停の三方の囲いを取ってしまって、屋根とベンチだけにしたのですが相変わらずこの浮浪者はそこに居着いてしまっているようです。
さて、我が家の前で寝ているこのジイサン、どうしたものかと考えたのですが、どうせ警察に連絡してもすぐに引き取りに来るわけでもなさそうだし、せっかく心地良さそうに眠っているので、そのままにしておきました。
なにしろ僕と女房がそのオジサンのすぐ横で、どうしたものかと話していても、起きる様子も無くスヤスヤと寝ている。
全く目を覚ます様子も無いのでもっと近づいて彼の顔を良く見ると、見たことのある顔である。
考えてみるとそのジイサン、我が家から3キロほど離れた公園で毎年夏になると現れるホームレスのオジサンのようです。
我が家に愛犬がいた頃、毎日散歩に出かけていた公園にいた浮浪者のオジサンに間違い有りません。
このオジサンの場合はなぜか身の回り品は一切持たず、ソフトドリンクのビンが必ず置いてあって、それがいつも「ストロベリー・ミルクシェーキ」だったので、僕らは彼の事を「ストロベリー・ミルクシェーキ」と呼んでいました。
日本でもホームレスが増えているようですが、オーストラリアには景気に関係なくこのようなタイプの人間が結構いるようです。
自由気ままに放浪するっていうのは、温暖な気候のシドニーではぴったりなのかもしれません。
これがニューヨークあたりだったら、冬には確実に凍え死んでいるはずですから。
2004年1月22日
暑い日が続いています。 湿気もかなり上がって、日本の夏を思わせるような日も有ります。
今週の月曜日から始まったテニスのオーストラリア・オープン(全豪)も本日で4日目、暑さの中での熱戦が繰り広げられています。
テニスコートの表面温度が摂氏50度近くになる時もあり、体力の差が結果に出る場合が多いです。
女子の試合ではまだ第一週ということもあり、シード上位の選手と対戦相手の実力の差が大きく、簡単に決まってしまう試合が多いのですが、その点男子の試合はそうはいきません。
何しろ世界ランキング200〜300位クラスの選手と、トップ11〜32位シード選手の実力の差など本当に紙の厚さ程で、試合がもつれるとどちらが勝ってもおかしくない状況、5セットマッチにもつれこむ事もしばしばです。
僕の最近の日記に何度か登場している友人の息子、「トッド・リード」も本日第二回戦を闘いました。
午前中からテレビで実況が放送されているのはわかっていたのですがどうしても出かけなければならず、遅い昼飯時に帰宅して試合結果をインターネットで見ようとしたら、なんとまだ5セット目を闘っていたのです。
すぐにテレビをつけて見ると、最初の2セットを先取したのにその後3,4セットを落とし、地獄のような第5セットになっていました。
対戦相手の「サーギス・サガシアン」も左足付け根のあたりに問題が出て、コートサイドでトレーナーの治療を受けているし、トッドも連続的に「痙攣が」でているようです。
このような暑さの中で、4時間も試合を闘うと必ず出てくるのがこの痙攣の問題。
数年前までのテニスのルールでは、コート上で選手が痛さのために「もがき苦しんで」いても、誰も一切手を貸してはいけないという事になっていて、日本の「松岡修三選手の有名な痙攣シーン」以来、あまりにも惨いという意見が増え、今は一応サイドチェンジ(ゲームチェンジ)の時にトレーナーの治療を受けられるようになりました。
さて、その5セットの3ゲームオールから試合を見始めたら両選手はもう疲労困憊の体で、まるでスローモーションの映像を見ているよう。
そう、両選手ともまともに走れないのです。
勿論僕は「トッド・リード」に勝って欲しいのですが、ボールを打ちに行く時に足を引きずっている状態。
方や相手のサガシアン選手も軸足の右足に力を入れられないのか、サーブのスピードなど女子の選手よりも遅い程。
どちらか試合を投げた方が負けるのは明らかで、しかし二人とも全力を尽くしています。
いや〜、胃が痛くなってしまいました。 特に知り合いの息子さんの試合をこんな状況で見るなんて、じりじりします。
もしこれが自分の息子だったらもう見ていられないでしょうな。
それにしてもオーストラリアが一番暑い1月に行われる全豪はグランドスラムの中でも最も過酷なのですが、つくづくゴルフなど他のスポーツと比べ、またその賞金金額から言ってもあんまり割に合わないスポーツだと感じます。
選手生命もせいぜい30代前半までと短いし。
さて、トッドの試合は結局第5セットを6-4で取りました。
いや〜嬉しかったです。
彼の世界ランキングは先月までは250位ほどでしたが、この調子ならトップ100に入る日も間近ではないかと期待しています。
それにしてもグランドスラムで優勝すると言うのは、こんな調子で7試合も勝ち抜いていかなければならないわけですが、トップ100位以内に入っていないと、その前の予選を4試合も闘わなければならず、とても尋常では無いと感じます。
ちなみに日本の選手は女子は何人かが世界トップ100位に入っているので、本戦に4人出ていましたが、日本の男子は不振が続いていて、予選には二人出ていたのですが第一回戦と2回戦で敗退してしまいました。
と、ここまで書いて日記をアップしようとしたら、期待の杉山愛選手も2回戦で敗退してしまいましたね、う〜ん残念。
2004年1月23日
今朝いつものように女房と散歩に出かけ、帰ってきたら我が家のお向かいの家の前にテレビカメラや見覚えのあるニュースレポーター達がたむろしている。
最初、近所で事故でも有ったのかと思ったのですが、警察とか救急車とかの姿は無い。
何だろうと思いながら家に入ろうとしたのですが、好奇心が沸いて来て、女房に何のためにたむろしているのか聞いてと頼んだ。
女房はあまり気乗りしない様子だったが、たまたまカメラマンの一人が女性だったので、冗談半分に「Baddie? or
Goodie?」って聞いたのです。
日本語にすると「悪人?または善人?」でしょうか。
つまり犯罪に係わるニュースの取材か明るいニュースのために来ているのか僕らには皆目わからないのです。
そのカメラマンは内容を言いにくいのか、どう答えようか迷っている風。
で、女房が「Goodie でなければ Baddie
ね」と確認するとうなずいていましたが、あまり興味が湧かないのでそのまま家に入ってしまいました。
我が家の家の前と言っても、実は彼らが立っている場所は3軒ほどの家が集まっているところで、実際にどの家だかわからない。
彼らは「お目当て」の人物がいつ出てくるかも判らず、ずっと張り込んでいるようでしたが、午後に我々が出かけたときにはもう誰もいませんでした。
何かちょっと気にはなりますが。
さて、
昨日の日記に書いたオーストラリアの若きテニスプレーヤー「トッド・リード」の試合、夜のニュースで見ていたら、試合中彼は苦しさのあまりコート上で「嘔吐」してました。
足に痙攣が来て、まともに走れない状態の上に、胃もおかしくなっていたようです。
試合の途中で、選手が「ゲロ」を吐いているのは初めて見ました。
かなりの苦しさだったと思いますが、だからこそ試合に勝った意味も深いと。
で、本日の新聞を見ていたら、その試合の相手選手「サガシアン」も試合中に右足の付け根に痙攣を起こしていたのですが、トッドとの試合が終わったすぐ後に今度はダブルスの試合が待っていたのです。
このような過酷のオーストラリアオープンですが、かなりの数の選手がシングルスとダブルスの両方にエントリーしています。
その理由の一つは、グランドスラムの大会というのはある意味ランクの低い選手の金銭的な救済の意味合いも含まれているからです。
グランドスラム以外の小さなトーナメントに優勝するよりも、グランドスラムで2回戦もものにして3回戦で負けた場合の方が、受け取る賞金が多い場合さえあります。
一回戦(緒戦)で敗退しても、確か今年のオーストラリアオープンでは18000ドルほどが支払われるはず。
ですから、シングルスとダブルスの両方にエントリーしておけば、結果が残せなくとも、少なくともオーストラリアに来る旅費や宿泊代等の経費はなんとかまかなえるのです。
で、そのサガシアン午後のダブルスに出て勝ってしまったんですよね。
我が娘のジュニアテニス時代の友人達でプロに転向して頑張っているプレーヤーが何人かいますが、ランクの低い彼女達の生活は結構悲惨な物があります。
まず、稼いだ賞金では生活は出来ない。 いまだ親から援助を受けているのがほとんど。
娘と同年代と言う事は今年26歳になるわけで、その年齢までやって目が出なければ、まず99%可能性は無いのです。
どのプロ・スポーツもそうでしょうが、本当にトップの一握りの選手は(オンドレ・アガシなどが良い例ですが)自家用ジェットで世界中を回り、コーチやトレーナー、ボディーガードなど何人ものお供を引き連れて大会に現れる。
ランクの低い選手との差は異常なまでに大きいです。
何かこんな事を書いていたら、メルボルンへ行きたくなりました。
毎年この時期、暑い暑いショウ・コート(センターコートではない)で繰り広げられる熱戦を楽しんだのを懐かしく感じます。
さて明日の土曜日はリバプールにあるアーチェリークラブに「ある弓」を見せてもらいに行って来ます。
「メカ好き」の僕に、ある友人がこの「バリアブル・ボウ」の話をしてくれて、ネットで検索していたら、オーストラリア人ですでに入手して使用している事を発見。
電子メールで連絡を取ったら是非会いましょうということになった。
来週の日記に詳細は書く予定です。
相変わらず熱心に練習はしております。もう日に焼けて「真っ黒」。
では皆様良い週末を。
2004年1月26日
本日月曜日は祝日「オーストラリア・デー」でお休みです。
このオーストラリア・デーとはまあ簡単に言うと建国記念日のようなものですが、なぜ1月26日なのかを書こうと思って女房に確認したら、大英帝国からキャプテン「アーサー・フィリップ(Captain
Arthur
Phillip)」率いる1船団がシドニーコーブ(今のサーキュラーキー)に錨を下ろした日である言う。
正確を記す為にネットで検索したら、この1月26日になった説は色々有るようです。
上で「建国記念日のようなもの」と書いたのは、オーストラリア政府の広報部の日本語のページにも決して「建国記念日」とは明記されていないのです。
女房はだいたいその日がオーストラリアがイギリスの植民地になった日に等しいから、アボリジニー達は1月26日は言わないはずだしと言っております。
さて、話は変わって我が娘の友人のことを少々書きます。
メルボルン出身のその娘さんは我が娘より2歳ほど年下で、最近になって日本にワーキングホリデーに行っているそうです。
で、彼女から娘のところへ日本での経験を綴った電子メールが送られてくるらしい。
我が娘は半分日本人のためか、日本で経験している驚くべきことを色々書いて送ってくるそうです。
その内容はあまり僕には言わないが、僕の女房には話しているらしく、その一部を聞いて僕は思わず「吹き出して」しまったのです。
彼女の名前を一応「ジェシー」とします。
ジェシーは日本で有名な英語学校で先生をしているそうです。(名前が農婆に似ているたころです)
いえ、別に学校に文句が有るわけではありません。 ただしこの学校では(多分どこもだと思いますが)生徒との私的交流は厳禁になっているとかで、なかなか日本人の友人を作れないとちょっと悩んでいるらしい。
女房の話ではかなり容姿も魅力的な娘さんだと言う事なのですが。
さて、日本の生活で感じるのは「金(マネー)とセックス」の氾濫だそうです。
つまり金というのは「拝金主義」の事を指しているらしいのですが、「セックス」も非常に若い子(娘)の拝金主義等と関連する「援助交際」なども含めて、驚きの連続のようです。
ジェシーは最近また新しい「驚き」を見つけたそうです。
繁華街を歩いていたら、自動販売機ばかりがずらっと並んでいるところが有り、物珍しさにどんなものが販売されているのかチェックしていたら、何と!!!「女子高生の下着」を売っていたというのです。
そう、自動販売機で若い娘の下着を売るという感覚に彼女は信じられなかったようで早速我が娘へ電子メールを送ってきたのです。
「なんと自動販売機で女子高生の下着それも使用した物を!。 日本って何なだろう。」と。
で、我が娘も驚いたらしいが僕が日本人だからか、はたまた父親だからかその話は女房だけに言ったらしい。
浦島太郎の僕ですがインターネット等で日本の事はある程度知っています。
若い娘のセーラー服とか下着とかを販売する店が有る事もどこかで読んだ事はありましたが、さすがに「下着の自動販売機」までは知りませんでした。
勿論よほど特殊な地域でないとそういうものはお目にかかれないとは思いますが、しかし実際に日本に住んでいない人間に、「日本には若い娘の使用済み下着を販売する自動販売機が街角に置いてある」なんて電子メールを読むと、「日本人は一億総エロい国民」にもとられかねない。
我が娘はそんな「妙な国民」の一人である僕のいるところでそんな話題(日本からのメールの事)を出して恥ずかしくさせたくない配慮なのかもしれません。 ですからその話は上記のごとく女房を通して聞いたわけですが、「う〜ん」と僕は考え込んでしまった。
確かにオーストラリアにも下着泥棒というのは存在する。 しかし売買の対象になっている、ましてやそれを昼間堂々自動販売機で売っているというのはまあ欧米諸国では「理解し難い」でしょうな。
いや同じ日本人の僕にも(あまりにも長年日本を離れいるから?)考えられない。
何かモラル以前の問題だと思う。 世の中には色んな性癖の持ち主が存在するわけだから、何を好むかは個人の自由だが、そのような自動販売機が街中に置いてあっても「おかしい」と思わない感覚というのが、、、。
不思議な国「日本」。
2004年1月27日
本日は一日中出かけていて、夕食後はじめてPCを立ち上げメールチェックをしたら、異常なまでの数のジャンクメールが入ってきて、本当に困惑しております。
あまりにもジャンクメールが多いと、他の大事なメールと見分ける事も難しく、いちいちチェックするのは非常に面倒。
で、何がこんなに酷くしているかというと、この僕のホームページ内にメールアドレスが表示されているから。
ジャンクメール屋のサーチロボットがインターネット上のメールアドレスを片っ端から拾い上げ、ジャンクメールを送ってくるからだと考えます。
そろそろ真剣に対策を考えないと、完全に操作に支障が出てくる可能性が大。
と言う事で、近日中に僕のホームページ内のメールアドレスを変更する予定です。
さて、相変わらず洋弓(アーチェリー)にすっかりはまっているのですが、あまりにも射ち過ぎて少々腱鞘炎になってしまったようです。
気をつけないと、結構な年齢なので治癒するのに非常に時間がかかってしまうのではないかと。
先週の土曜日にはシドニーの西、リバプールというところにあるアーチェリークラブに非常に「面白いデザイン」の弓を見に行ってきました。
この弓の名前は 「the very variable bow 」といいます。
Bertil Olsson というスエーデン人が制作したものです。
リバプール・アーチェリークラブの「ピーター・ヘイマン」という選手に試供のためにスエーデンから送られて来たもののようです。
なぜこの弓をわざわざ見に行ったのかを書きます。
アーチェリーをこの歳になって始めて、実は僕の腕が一般の人よりも湾曲している事を知ったのです。
腕を真っ直ぐ横に伸ばすと普通の人よりもひじの関節のところが曲がっているというか真っ直ぐ伸びないのです。
ですからその事を知らないでアーチェリーの先生に散々「もっと腕を真っ直ぐ伸ばして構えろ」と注意されていたのです。
中には僕の腕の力が足りないから真っ直ぐ伸ばせないのではとも言われてしまった。
しかし僕自身も他の人よりひじの関節の部分で真っ直ぐ伸ばせないなんてアーチェリーを始めるまで全く気がつかなかった。
僕の腕はひじを曲げた状態が90度とすれば、そこ方まっすぐ伸ばす、つまり真っ直ぐフラットに(180度に)ならないのです。
逆に猿腕といって180度を通り越して少々反対側に反る人はたまに見かけます。
で、僕の場合できる限り真っ直ぐ伸ばそうとするとかなりストレスがかかる。
というか、真っ直ぐ伸ばすために普通の人は只腕を突き出せばよいのだが、僕の場合は真っ直ぐ伸ばそうと無理な力をかける。
その上、弓のグリップというのは少々斜めにグリップしなければならない。
まあ僕の体(腕)が平均的ではないのが問題なのですが、しかしどうして人それぞれの体型の違いに合わせられるようなデザインになっていないのだろうと、アーチェリーを始めたばかりの時から疑問に思っていた。
です。
自分でそのグリップのところを僕の腕に合わせて改造できないかとさえ考えていた。
先週我がクラブの練習に行った時にこのスエーデン製の弓が出ている雑誌を見せられてすぐに僕はスエーデンにメールを送ったのです。
というのも元々「メカ大好き人間」の僕はこの弓に非常に興味を持っただけでなく、グリップが自分の体に合わせて好きなように(角度や長さなど)セッティングで変えることが出来るからです。
洋弓に興味がある方は下につけた写真を見るとすぐに判ると思うのですが、全く普通のアーチェリーのデザインとは大きくかけ離れている事に気がつかれるでしょう。
大いに気に入ってしまった僕はオーダーしたいとスエーデンにメールを送ったら、まだ試作中なので売らないと言われてしまった。
もし僕がオーストラリアでもランキングトップの選手なら送ってもらえるようではあります。
そう僕は始めたばかりの無名だから「相手にしてもらえない」ということです。
う〜ん、残念。 悔しいから自分で作ってしまいたいと考えた。
というのもこのOlssonというスエーデン人、弓が商売ではないらしい。
趣味が嵩じて自分でアルミ塊からNC旋盤などで削りだしているらしい。
そして成功するようなら世界的に売り出そうとしているとか。
もし僕が日本に住んでいるなら、グランプリバイクの部品制作を本職にしている友人などがいるので、かなり実現可能だと思う。
(ねえ小嶋君?)
↑この写真をクリックすると大きくなります。 茶色い部分がピストルのグリップのように弓本体から少々離れています。
洋弓はハンドル(ライザーとも言う)の部分とリムと言ってばねのように反る部分に分かれています。 上はすべてが一緒になっている状態です。
普通の弓の写真も比較のためにつけようと思ったが手元に無いので明日にします。
2004年1月28日
「バード・フルー」鳥インフルエンザの問題は深刻さを増しているようで、オーストラリア政府は水際で食い止めるべく、海外から到着する乗客の検疫を、今までになく「厳しく」おこなっているようです。
元々検疫は非常に厳しい国で罰金額も確か最高5万ドルだったと思います。
で、本日のニュースでもシドニー空港の入国検査(検疫)で食べ物類はかなり詳細に検査しているシーンを流していました。
もし近日中にオーストラリアに入る可能性のある方は、充分荷物には気をつけてください。
食べ物の中でもちょっとでも不審な物は片っ端から没収しているようです。
さて、
昨日の日記に載せた洋弓の写真の続きです。
僕のホームページを訪れる方にはあまり興味の無い話題かもしれませんが。
僕の洋弓はSAMICK社のMASTERSといいます。
前の日記にも書いたと思いますが、僕のイメージの中には洋弓と言えばヤマハの名前が強かったので、近い将来日本へ行ってYAMAHA製品を購入しようと考えていました。
すでにその時点でヤマハはとっくに洋弓から撤退してしまっていたなんて考えてもいませんでした。
ではどこの製品にしようかと考え、インターネットを駆使して色々調べていたら今はアメリカのHOYTと言うメーカーと韓国のメーカー数社が市場のほとんどをおさえている事を知りました。
最終的にHOYTとSAMICKに絞込み、結局SAMICK社製のマスターズというのに落ち着きました。
最近のトーナメントの結果などを見ると、この「マスターズ」がかなりの成績を上げています。
昨年のニューヨークで行われた世界大会で、世界記録を出した韓国の選手もこの製品を使用しています。
日本のヤマハも楽器メーカーですが、この韓国サミック社(SAMICK)も楽器メーカなのだそうです。
近所にある韓国食料品店のお姉さんと僕がアーチェリーを始めた話をしていてサミックの名前を出したらそのお姉さん楽器を作る会社は知っていたが洋弓の事など全く知らなかった。
ちなみに日本のヤマハの洋弓の生産設備はすべて韓国のメーカーに売り払われたらしい。
さて本日の日記に載せた写真は僕の洋弓。
昨日の日記に載せた「Variable Bow」の写真と比較してもらえばわかると思いますが、僕の方が非常にシンプルです。
何千年も前から使われている弓の原型から大きく逸れてはいません。
しかし僕のように生まれつき腕が多少曲がっていたり関節が柔軟でない人間には、それに合ったように調節できるべきではないかと考えています。
人間が弓に合わせるのではなく、弓が人間に合わせるべきではないかと。
そういう意味では矢の方はかなりの進歩があったようです。
僕の使用する「EASTON」社製のA・C・Eという矢はアルミニウムとカーボンのコンポジットで出来ています。
僕が所属するクラブの長老に言わせるとこのカーボンの矢がアーチェリーの世界をガラッと変えたとの事。
そういう意味では弓の部分もより多くの新素材が使われる可能性が有るのではないかと思うのですが、あまりにもマーケットが小さいのでどこも大きな投資までして開発する気が無いのかもしれません。
一番左の写真は、ウインチェスター社製のガン(銃)・ケースを自分で改造して洋弓ケースにしたもの。 蓋の方に格納されているのは矢です。
見やすいようにケースから出してみました。
一番奥に置いてあるのはハンドルの部分その手前の右側に二つあるちょっと「そって」いるのが「リム」です。 ハンドルの上下に差し込んで組み立てます。
Vの字の黒い棒と長い黒い棒はスタビライザーと言って先にオモリがついていて弓のバランスをとります。
真中の銀色の物は「サイト(照準器)」で標的を狙うのに使用する物です。
右に写真はそれらをすべて組み立てたところ。
「スタビライザー」と「サイト」が無ければ古来からの弓と基本的に変わらない事が判ると思います。
昨日の日記に載せた写真と比較するといかにシンプルかがわかります。
何でアーチェリーにこんなにハマっているのかと友人に聞かれたのですが、ライフルやピストル射撃等にも共通する「発射」する快感があるのではないかと。 (何か意味が微妙ですが)
2004年1月29日
昨日の日記に「鳥インフルエンザ」のことを書きました。
オーストラリアの検疫は厳戒態勢に近い警戒振りで、空港での検査も非常に厳しくなっているようです。
で、我が母が今週の日曜日(2月1日)に帰ってくるのを思い出し、余計な物を持って帰ってこないように電話を入れました。
で、ちょっぴり驚かしてやろうと「ねえバアサン、今回山口県へ行ったよね。 山口県の養鶏場で鳥のインフルエンザが発生したのでしょ。 実はオーストラリアは鳥のインフルエンザが入ってくるのを防ぐために、躍起になっていて、鳥のインフルエンザが発生している地域に行った人間はオーストラリア入国を拒否されることになった」と。
高齢の母はこれを本気にしてしまったのですな。
「えっ!!! じゃあオーストラリアに帰って来れないの? どうしよう」なんて電話の向こうで慌てています。
で、「入国する時に検疫カードに書き込む時、そういう地域に行ったかという質問があるから」と言うとよけいに信じてしまったようです。
すぐに「冗談だよ」と言ったのですがしかし考えてみると、確かに入国時に検疫カードには「農園などに行ったか」という質問はあります。
母の訪れた郷里とその養鶏場はかなりの距離は有るのですが、実際にその検疫カードに農場に行ったなんて書いたらどうなるんでしょうね。
持ち物をすっかり調べられて、靴等履物の底に泥や植物が付着していないかを検査するんでしょうかね。
もともとオーストラリアの検疫は非常に厳しく、父がまだ健在だった頃に日本から持ち帰った「梅干」をすべて没収された事が有ります。
我が父は馬鹿正直に、持ち帰りたい食品すべてに辞書を調べながら英語で訳を書いた紙を添付しておいたので、梅干もすぐに「プラム」だと係官は気がつきました。
父は英語に自信が無いので、係官に質問された時に困らないようにいつもそうしていたのです。
で、実はそうやって「梅干」はそれまで何年も無事通関していたのです。
ところがいつからか、梅干には種があるという事で持ち込めなくなってしまったらしい。
梅干が大好物の父は紀州のあるメーカーからかなりの量を取り寄せていつも持ち帰っていたのです。
で、係官がこれは種が有るからダメですと取り上げてしまったのに対して父は英語で抗議をする事も出来ず、だいたい何でダメなのかの英語の説明もわからず、おおいに「むくれて」出てきたことをおぼえています。
僕自身の経験でも困った事は何度かあります。
オーストラリアにいる友人にどうしても日本の「うなぎパイ」を買って来てと頼まれて、これがシドニー空港で引っ掛ってしまったのです。
箱を取り出した係官が何が入っているかと聞いてきた。
その時は鳥のインフルエンザの問題などは無かったので、食肉類以外ならほとんど通ってしまうと考えていたので、最初に僕は「お菓子です」と答えた。
で、箱をしげしげと見ていた係官が「パイ」と書いてあるじゃないかと言い出した。
確かに良く見ると包装紙になぜかPIEの文字が英語で書いてある。
慌てた僕は「いやうなぎのパイと言っても、クッキーのような物だ」と言い張って言るのに、係官はバリバリと開け始めたのです。
多分このオージーの係官は「パイ」というとオーストラリアの有名な「ミートパイ」のイメージしかなかったようなのです。
ミートパイとはオーストラリア特有の食べ物で、直径10センチほどの丸いパイの中に肉(ビーフ)が入っています。
せっかく友人にプレゼントとして日本から持って帰ってきたのに、バリバリと包装紙をはがし、中のパックに入っているパイを取り出してしまった。
そこまでやったら確かにこれはお菓子だとわかってもらえたようですが、いやはや参りました。
確かに「うなぎパイ」ってのも外国人には理解に苦しむでしょうな。
なんで「うなぎ」が菓子になっているのか。
しかし、実は今回の鳥インフルエンザの検査状況ならこのお菓子系のパイでもアウトになるのではないかと考えます。
食肉類は昔から禁止ですが、今回「卵製品」にも非常に厳しくなっているはずです。
「卵」を使用した食品というのは実に広範囲にわたるわけで、当然このパイもクッキーもビスケットも卵は使われているはずです。
「うなぎパイ」に入っている卵の成分から、鳥インフルエンザに感染するとはとても思えないのですが、何しろ非常に厳しいオーストラリアの事ですから。
なんたって梅干の中の種がダメなのは梅干食べた後に捨てたらその種から「木に育ってしまう」って発想らしいから。
梅干の種から梅の木が育つのなら、日本中梅の木だらけになるような気もしますが。
さて、母には冗談が過ぎたようで「それなら何も持って帰らない。 また山口県に行ったのも隠す」なんて真剣に言っております。
まあお緑茶くらいは持って来て欲しいですが。
2004年1月30日
テニスの全豪オープン、いよいよ大詰めを迎えています。
連日、手に汗を握る熱戦をエンジョウイしております。
特に昨晩の試合「アガシ対サフィン」は素晴らしかったです。
この分では今晩のもう一つの男子シングルス準決勝、「フェデラー対フェレーロ」の試合も期待できそうです。
アガシが敗れてしまったのはまことに残念ですが、サフィンも好きな僕には両方に勝たせたかったですな。
サフィンが24歳でアガシが34歳、10歳の歳の差なんて全く感じさせない試合で、アガシの「怪物」ぶりがわかります。
テニスに興味はない方でも女王ステフィ・グラフと結婚したオンドレ・アガシの名前は聞いた事が有ると思います。
準々決勝でフランスの選手グロージャンに勝利した後、ジョン・マッケンローのインタビューで「いったい何歳まで現役としてトップクラスを維持できるのか」なんて話になっていました。
ジョン・マッケンローはオーストラリアのテレビ解説のために来豪中なのです。
そのインタビューの時の面白い話を少々。
オーストラリアのスター選手レイトン・ヒューイットがベルギーのやはりスター選手キム・クライシュター(クライシュテル)と婚約しました。
ちなみに彼女は明日の決勝に出ます。
挙式の日取りはまだ決まっていませんが、話題はこのアガシとグラフのカップルとヒューイット・クライシュターのカップルのことです。
マッケンロー曰く「もし君の子供がテニス選手になってヒューイットの子供と対戦して負けちゃったりしたらどうする?」なんてアガシに聞いたら、「もし僕の子供が負けたら、僕が決勝で待ち構えていて、やっつけて仇を取ります」と。
つまりアガシはそんな将来までずっとプレーをしていると言う冗談なのですが、34歳になってもトップクラスのアガシならではの冗談です。
ちなみに今回準決勝に残った4名のプレーヤーはアガシ以外全員24歳以下ですから、いかにすごいかが判ります。
昨晩のその素晴らしい試合の結果を今朝の朝刊で確認しようとスポーツ欄を見ていたら、「大リーグの選手にポルノスターが」なんて見出しが有って読み始めたらびっくり。
野球がそれほど盛んでは無いオーストラリアでは大リーグの記事はかなり限定されているのですが、割と大きい記事でその選手と言うのが何と日本人なんです。
選手の名前は(当然英語新聞だから)「Kazuhito Tadano」とあり、日本でゲイ(ホモ)のポルノ映画(AV)に出演していたと。
で、この記事では、アメリカのメディアが騒いでいるのはアメリカンベースボールというのは非常に保守的な体質で、今まで自分がホモであるとかミングアウトした現役選手は一人もいないそうです。
勿論、大リーグではホモの選手がいないと言う事ではなく、この保守的な体質のために誰も言い出せないようです。
で、多くのメディアがこの選手の過去のスキャンダルに興味を持つものだから、球団はそれなら記者会見をして本人に直接聞いてくださいと言う事になった。
僕はこの選手の事など全く知らないから、早速GOOGLEで検索をかけたらどうやら六大学(立教大学)で活躍(20勝)した選手らしい。
名前は多田野数人。
ところが日本のメディアのほとんどは、彼には肘痛と肩痛があるからどこの球団もドラフトをしなかったと書いてある。
ホモだからどこも指名しなかったとは書いていないのですが、しかし僕の読んだ本日の記事には、日本のプロ野球コミッショナーがどこの球団も指名を見合わせるように通達を出したと書いてあります。
本当だとしたら、これはかなり問題だと思います。
で、結局日本でプロの道を断たれた彼はアメリカに行ったようです。
マイナーリーグで彼は現在まで結構良い成績を残してるんですよね。
本当に肘痛や肩痛が有ったら例えマイナーリーグでさえ雇われないし、ましてや好成績を残すのは難しいと考えるのは僕だけでしょうか。
この記者会見で多田野選手は「僕はホモではない。 大学時代金欲しさに馬鹿なことをしてしまって非常に後悔している。 たった一度の間違いを引きずらず、これからの野球選手としての自分を見て欲しい」と答えていたようです。
アメリカではポルノに出演したのが問題ではなく、彼がホモ映画に出演したので、彼が本当にホモであった場合更衣室などでは皆裸になるので問題にする他の選手とかがいると言う事でしょうか。
記者会見では「特にニューヨークヤンキースでは非常に野次がきついので有名だが、試合中に野次られたらどうするのか?」と言う質問に「僕は英語がまだよく判らないから、いくら野次られても気になりません」と。
是非頑張って日本の野球界を見返してもらいたいものです。