2003年8月前半の日記
by tom tanabe マグパイへ戻る
2003年8月1日
一昨日だったか、テレビのニュースを見ていたら、真昼間から車でパブに行き、酒をシコタマ飲み、飲酒運転で帰宅する途中に大事故を起こし(運転を誤って交差点を曲がりきれず立ち木に衝突)右腕を失ってしまった中年の女性(30代後半か)が、酒を売ったパブを相手に訴訟を起こしたというニュースが。
僕はまた「大馬鹿者」がタワケタ事を始めていると非常に腹が立ってしまった。
と、同時に前にも似たような「訴訟」を起こした「馬鹿」について書いたのを思い出したのですが、いつだったか思い出せない。
で、例によって「GOOGLE
神」に「日記 裁判 電車の窓 落書き」の4つのキーワードを「捧げた」ら、見事に僕の日記「2001年10月前半」の日記を出してくれて、中を見たらその日記は2001年10月6日でした。
いや〜相変わらず「GOOGLE神」の凄い事。
興味のある方はそちらもご覧下さい。
さて、今回のこの「大馬鹿」は、今までも何度も飲酒運転で捕まった事があるうえ、前にも「全く同じ場所」で(やはり今回と同じように飲酒運転で曲がりきれずに)事故を起こしていたとの事。
そのような経歴があるのに今回の事故では「右腕」を失ってしまったからというので酒を売ったパブに責任があると、損害賠償の民事訴訟を起こしているのです。
信じられない方も多いと思うが、これ本当の話です。
パブが彼女に酒を売らなかったら事故が起きなかったし、彼女も右腕を失う事は無かったという事らしいが、もう何をかいわんや。
これも米国の「悪影響」がまともに出ている例でしょう。
ニューヨークでは歩道にちょっとした段差や、ハイヒールのかかとが引っ掛るような小さな穴でも開いていて、それに躓いて転んで怪我をしたりすると即座にハイエナのような弁護士がその怪我をした人を炊きつけて何百万円とかの(いや何千万円かな)損害賠償要求をする事が多いので、ニューヨーク市も道の整備など、随分と神経を尖らせていると「Time誌」で読んだ記憶があります。
昨晩のニュースではその右腕を失ってしまった女性が弁護士に付き添われて裁判所から出て来るシーンを放映していましたが、もう恥じらいもなく「堂々」とカメラの前を歩いている。
裁判が始まってみると(多分反対尋問で)、この女性いつも昼間から酒浸りのアル中であることも暴露されている。
もちろん訴訟を起こす事は自由だが、訴えられたパブはそのために自分達も高い金を払って弁護士を雇い、裁判のために随分と時間も取られてしまう。
これは弁護士達にとっては飯の種になるのだろうが、一種の暴力だと思う。 この事故を起こした女性もひょっとしたらハイエナかハゲタカのような弁護士にそそのかされて、訴訟を起こしている可能性も高い。
しかしいくら民事だからと言っても、裁判を起こすということは当然公共の施設や経費を使うわけで、このような行為を平気で行う者は「国賊者」だと僕は考えています。
あまりにも馬鹿馬鹿しい訴訟がしょっちゅう起きる国と言うのは、ある意味非常に病んでいるわけです。
そして日本と違う裁判(審理)システム(陪審員制度)の欠陥でもあります。 まだ幼い子供を抱えたこの事故を起こした女性が、陪審員の前で涙ながらに、肩から完全に右腕の無い格好で審理中に訴えたら、陪審員によっては「ほろり」として、「いくらかの賠償金を」なんて考えるのが出てくるのではないかというのも計算のうちなのかもしれません。
昨日の日記には「言語の壁」と言う事にちょっと触れたが、逆に米国や英国と同じ言語を使うオーストラリアでは海外の情報が国民にダイレクトに入ってくるわけで、海外の悪(情報)習慣もそのまま入ってくる。
何でも訴訟を起こせば「金」になるのではないかという情報が、直接米国から入って来ると言うか。
僕はこの女性のことを考えていて、もしこの女性が酒を飲んだ帰り道の事故で立ち木にぶつからずに反対車線に飛び出し、対向車と衝突し、その運転手を殺してしまっても、やはりそれもパブのせいにするのだろうか。
死んでしまったその対向車の遺族と一緒にパブを訴えましょうなんて考えるのだろうかと。
このような大馬鹿ヤローが訴訟を起こせるほど日本は狂っていないだろうと信じて(願って)います。
こういう訴訟で考えられないような結果か出る可能性も有るので、保険料なども割高になりそれが国民一人一人に跳ね返ってくるなど、多かれ少なかれ馬鹿なシステムのために自分とは関係ないと思っている人達へも影響しているわけです。
昨日の売春の話の逆になってしまうけれど、是非是非海外の馬鹿な風潮は取り入れて欲しくないと願っています。
2003年8月4日
週末はどうお過ごしでしたか。
気持ちの良い青空の続くシドニー、昨日の日曜日は前からやりたいと考えていたが、肩の問題でなかなか始められないでいた「アーチェリー(洋弓)」のレッスンを受けに行きました。
詳細については、今週中の日記に書きます。 (レッスン内容をデジカメに撮ろうと思っていてカメラ忘れてしまった)
さて、
前から書こうと思っていたのに、すっかり忘れてしまう事が最近結構多いです。
あるMLを読んでいて、触発されるというか書きたかった事を思い出させてくれる事が多々あります。
今日の日記もその一つ。
僕の周りには子供の教育のために母親と子供をオーストラリアに送り、オトーサンは日本に残って仕事をし、家族のために仕送りをしているという家族が何組かいらっしゃいます。
僕の女房は学校の先生なので、香港からの中国人の家族でも「似たようなパターン」を取るのが多いのも知っています。
ただし香港中国人の場合は、母親が付いて来ず、子供だけを寄宿舎に入れるパターンが結構多いようです。
その上、香港中国人の場合は子供の将来も考えているようで、カナダやオーストラリアに永住できる可能性を探る意味も含まれているようです。
ですから余計に熱心なのではないかと思います。
日本から子供(と奥さん)を送る理由には、「オーストラリアの生活環境が良いから」とか、「日本の過激な受験戦争に自分の子供をさらしたくない」、または完全な英語を身につけさせて「バイリンガル」にしたい、など等多くの理由があると思います。
しかしいくら物価の安いオーストラリアと言っても、海外の生徒を受け入れるようなプライベート(私立)の学校の学費は「かなりのもの」があり、やはりこのような事を出来るのは経済的に余裕の有る層に限られているようです。
まるでオトーサンが単身赴任で海外に出てしまった(のとは逆のパターンですが)ように、完全に家族バラバラなのですが、子供の教育のためにこれほどの犠牲さえも厭わないと言うのに、僕は頭が下がる思いでもあるし、はたまた僕だったら出来ないだろうなと考える事が多いです。
子供の教育の大事さは判っているつもりですが。
オーストラリア人の女房を持つ僕にとって、単身赴任で何年も海外に行き、年に「たった数回」しか会う事が出来ない状態というのは、たとえ僕は我慢できても女房は全く賛成しないでしょうな。
戦争に行くというのなら全く話は別でしょうが、仕事のために家族バラバラで犠牲を強いられるという考え方が理解できないというか。
もちろん「期間」にもよるし、子供の年齢も大きく関係してくるとは思うが。ただし女房の考え方にも僕は全く違和感を感じません。
僕自身が海外在住が永く日本人的考え方から離れてしまっているのかもしれません。
どうでしょう、僕くらいの年齢で子供達が独立しているような状態で、夫婦それぞれ仕事を持ってる場合は期間にもよるが案外バラバラになるオーストラリア人もいるかも知れない。
例えば、我が女房は先生をしているので、僕が日本に赴任して行くようなシチュエーションになった時に、先生を辞めて一緒に日本に行く、または彼女はオーストラリアに残って僕だけが行くというような選択に迫られた時に、娘はもう独立して社会人となっているので結構バラバラになるのに抵抗は無いかもしれない。
人それぞれ価値観も違うので、ここでは僕自身の場合を想定して書いているのですが、理由が「子供の教育のため」に女房と娘を日本に送り、僕はオーストラリアに留まって(つまり日本にいる方と全く逆のパターンですが)というのは多分出来ないでしょうな。
子供のために自分の生活を犠牲にするというのにも「限度」があると思う。
僕の場合はこの「限度」のレベルが低いのでしょうが、それにしても日本人や中国人のメンタリティーは似ているところが多いようです。
欧米人で似たような行動を取る、つまり仕事ではなく子供の教育のためにというのは少ないでしょうな。
もっと興味深いのは、例えば知り合いの日本人の奥さんで、娘と二人だけで(中学から高校卒業までいるらしい)オーストラリアに住んでいて、ごくたまに旦那さんがオーストラリアに訪ねて来るというと、「もう困っちゃうわよね〜、来なくとも良いのに〜、ああ面倒くさい」なんておっしゃる。
これはある種のテレがあってわざとそういう言い方をされるのかなと思っていたら半分以上本気のようである。
こうなると夫婦を続けている意味が良く分からなくなります。
海外勤務の日本人のオトーサンが、子供の受験を控えていて、連れて行けないから単身赴任で奥さんや子供を置いてというのならともかく、赴任先の国に興味が無い(東南アジアとか)からと(治安の事なども考えるのか)旦那さんだけを行かして、自分は日本に留まるというパターンも結構あるようです。
しかしそういう場合でも日本人の奥さんはタマ〜に旦那が海外から一時帰国するというと、似たような事をおっしゃる場合が結構あって、これは日本人特有の一種のテレ隠しなのかなとも思うのですが。
どうなんだろう。
夫婦って何なんだろうと。
僕の年代ではそろそろ定年の問題もあり、今までは会社の勤務時間が終わっても、接待だなんだと言って毎晩午前様のような生活をしていたオトーサンが、会社を辞めた途端、毎日家にいるために「粗大ゴミ」と言われてしまう関係って。
2003年8月5日
皆さんは自分の持っている車の整備はどうしていますか。
僕の場合メーカー保証中だったら「しぶしぶ」ですがメーカー指定の整備工場に定期点検に出しますが、それ以外は友人(日本人)のやっているシドニーのノースサイドに有る工場にお願いしています。
その方がよっぽど安く、信頼も出来るからです。
残念ながらメーカー保証中に(今は大体どのメーカーも新車から3年かな)メーカー指定の整備工場以外で定期点検をしていると、万が一の場合、保証が受けられないからです。
しかしメーカー指定の点検の方が「優れている」保証はどこにもありません。
今は車を売ってもあまりマージンが無いので、その後の定期点検整備で儲けようとどこのディーラーも必死です。
先週も僕の愛車スバルリバティー(レガシー)がとっくに定期点検の時期を過ぎていて、あまりに放っておくと保証が効かなくなってしまう可能性もあるので、予約の電話を入れました。
ここは僕がこの車を購入したディラーのサービス(整備)部門なのですが、じつはそこの整備マネージャーには「ゴーカート・レース」を通して僕が面倒を見てあげた事があります。
そんな訳で、僕が整備に持って行くと、かなりサービスをしてくれる事があるのです。
しかし僕が予約の電話を入れた時にはあいにく彼がおらず、彼の部下が出ました。
部下は僕の事など知らないから、いつもの調子で「フエールインジェクターのクリーニングも一緒にやるようお勧めしてますが」と言う。(これも儲ける常套手段)
僕の車はまだ16000キロほどしか走っていないし、今回は24ヶ月のメジャー点検整備だと言っても、そのようなものは必要と思っていないので断った。
今まで僕はインジェクターのクリーニングなんて頼んだ事は無いです。
さて、予約を取った当日の朝僕が車を持って行くと、その知り合いの整備マネージャーが運良く僕を見つけて「あれー来るのなら一言僕に直接電話を入れてくれれば良かったのに」と言う。
何が「良かった」のか知らないが、彼は「さっと」僕の整備用の書類をその日整備を受ける他の車の書類の中から抜き出し、「僕に任せてください」と言う。
僕はこのサービスマネージャーと「カートレース」の事など話したかったが、他の整備の車がどんどん持ち込まれる朝の忙しい時間だったので、2〜3分の立ち話の後、彼にカギを渡して帰って来た。
夕方彼の秘書から「整備が終わりましたからいつでも取りに来てください」と電話が入り、女房の車で送ってもらい受け取りに。
するとまたそのマネージャーが僕の来るのを待っていて、少し時間があったので最近のカートレースの事など話した後いざ整備代を払おうとしたら、「OK」と言う。
「えっ?OKって?」と聞くと「Tomには随分世話になったから僕からのお礼という事でタダで良いです」なんて言うではないですか。
僕はビックリしてしまい、「いくらなんでもタダってのは」と言うも「これは僕の気持ちだから」と絶対に受け取らないのです。
これには僕も「驚いた」と言うか、「感激」してしまった。
確かこのようなメジャー整備の時は300ドルは軽く掛かるはずだが、どうしても受け取らないと言うので好意を無にするのもと思い、礼を言って帰って来た。
で、それで話が終わればいいんですけど、ここはオーストラリア残念ながらそうは簡単に終らなかったのです。
車を運転してそのディーラーを後にした途端に「何か変」なのです。
アクセルを踏んで加速すると、何かいつもとは違う音がする。
そして加速もなんかトロイ。 しかしエンジンが止まるわけではないし家まで20分ほどの距離なので色々原因を考えながら帰って来た。
で、途中で「うん、この音の違いは吸気音だ」と気がついた。
で、家に帰るなりボンネットを上げ、エアークリーナーあたりを見るももう夕方なので暗く見難い。
しかし絶対に吸気音だと確信していたのでエアークリーナーカバーの下側に手を突っ込んでみたら「案の定」カバーがキッチリはまっていなかった。
これは上から見てもはまっているかはまっていないか見えないのです。
まあその部分の設計が悪いと言うか整備性が悪いと言うか、キッチリはまっていなくとも簡単にフックをかけやすく、このようなミスは起こりやすい設計。
で、すぐにはめ直した。
さて、次の日になって車で出かけたら最初えらくアイドリングが安定しない。 あれっと思って色々考えた。
じつは現代の車ってかなりの部分をコンピューターが管理しているのです。
昨日はディーラーからエアークリーナーカバーがキッチリはまっていない、状態で家まで運転して帰ってきてしまった。
ということは吸気の量というか流入する空気(酸素)の量が変わってしまい、エアーフローメーターがその数値を元に混合比を勝手に変えてしまった。
ところが僕がカバーを元に戻したので、また吸入する空気の量が大きく変わってしまい、エアーフローメーターに連動するコンピューターが混合比の補正を行うまでアイドリングが安定しなかったのですな。
だから20分ほど運転していたら元に戻って来た。
それにしてもエアークリーナーカバーがちゃんとはまっていないということは吸気菅の長さが変わってしまうということになる。
で低速トルクが無くなってしまうという(これはセオリーですが)のがこれほど顕著に出るとは僕もビックリ。
それにしても僕の車を整備した人間は、整備後に試運転したのだろうか?
もししていたのに、その音や低速トルクの変化に気がつかなかったら整備士失格と言うか、所詮そんなレベルが正規ディーラーの整備工の腕なのかと、えらくがっかり。 (いつもこんな事が起きるわけではないが)
多分僕の友人はマネージャーだから、彼自身が直接僕の車を整備したとは思えないし、それより「整備料無料」なので「注意」の電話もかけられない。
なんか無料だったので嬉しいやら、しかしこんな整備では困ったやらで。
ですから僕は他の車については絶対に正規ディラーの高い整備などは頼まないのですが。
(本当はこのエンジン・マネージメント・システム(中のROM)についても言及したかったのですが、ちょっとオタクッぽい話になるので、またの機会に。)
それにしても僕だからすぐ異変に気がついたが、我が女房等のメカ音痴がオーナーだったら、絶対に吸気音の変化や低速トルクの変化なんか感じるはずも無く、高い整備料を払って次にの整備まで何も知らずに乗っている事でしょう。
何か燃費が多少悪くなったな〜なんて思いながら。
おお怖〜。
2003年8月6日
日本の治安が悪くなっていると母親が言う。
どうやらNHKのニュースを見ていて、そう感じているようです。
しかし僕はどう考えてもオーストラリアの方が治安は悪いと思う。
どっちがどうだという比較は日本とオーストラリアというよりも、単純に東京とシドニーでの比較に限定した方が良いかもしれませんが。
僕がシドニーに引っ越して来るまで住んでいた、「ロンドン」との比較は、もう20年以上も前の事なので正確ではないし、また一時期アパートを持っていたニューヨーク(やはりロンドン在住の頃)の治安については、色々「ビックリ」した事も事実だが、それも大分前の話。
ではなぜ母がオーストラリアの治安状態を把握していないかと言うと、彼女は自分の経験だけで判断しているわけで、実はただただ運が良いだけではないかと思います。
つまり母は一人で繁華街へ出かけていく機会が多いのに、今まで一度も嫌な目に遭った事が無い。
オーストラリアに住み始めて16年間になるが、これは一種の奇跡かもしれない。
いや「ヒッタクリ」など、こちらでは老人達をあまり狙わないのかな。
しかし車の盗難や車上荒らし等はもう日本の比ではないほど多いと思います。 もちろん日本でも増えているのは知っていますが。
その差を顕著に表すのが車に装備されている防犯装置のレベルです。
海外で日本車の評判が良い理由の一つに「装備の豊富さ」があるのですが、しかし防犯装置についてはビックリするほど低いです。
これは日本の国内事情を完全に反映している証拠です。
つまり諸外国よりも犯罪発生率が低いために、盗難装置の開発が遅く、装備も(コストを下げようとするあまり)貧弱なのです。
ちなみにオーストラリアで売られている乗用車の中で最も防犯装置が完備している車は、BMWの「7シリーズ」と「M3」でNRMA(日本のJAFのような団体)の評価でも最高点の106点を獲得しています。
次にアウディ(の中でもTTが一番高得点)やメルセデスなどドイツ車が続き、オーストラリア製の車でも、平均70点の評価点を獲得しています。
ところが日本車は軒並み低くて、最低点はトヨタのハイラックス(乗用車ではないが)で0点、つまり全く防犯装置や防犯設計がされていないとの事。
防犯設計とは例えばドアの内側のロックのデザインが窓ガラスの隙間から突っ込んだ針金で簡単に引っ張って開けられるとかのデザインも含みます。
車窃盗団に最も狙われていると言われる(数から言ったらオーストラリア製のコモドアーなどがダントツに多いですが、盗難率での話)スバルのインプレッサWRX(ターボのやつです)などオーストラリアでは結構な値段で売っているのに、「エンジン・イモビライザー」を装備したのは結構最近の事です。
娘の乗っている古いホンダのシビックがとっくに「イモビライザー」を装備していたのに、スバルは一向にこの装置を導入せず、そのためこの車の任意保険料が馬鹿高いものになっていたのです。
日本の自動車メーカーもやっと最近になって重い腰を上げ、種々の防犯装置を装備始めましたが、相変わらずドイツ車と比較すると評価が低く、せいぜいオーストラリア製の車並。
まあこれは車の窃盗事件についてですが、この事からもいかに日本は「平和」かと判ると思います。
まあ犯罪は色々な種類があるわけで、昨日もインドネシアでまたまたテロによると思われる爆弾事件がありました。
特に多くのオーストラリア人の犠牲者を出したバリの爆破事件(今その裁判中です)以来、この国では報道も継続しているわけで、今回の事件も大きく取り扱われています。
今のところ日本ではこの手の爆破事件というのは無いようですが、しかし日本では「キレて」犯行に及ぶ(つまり通り魔的な)のが多いですな。
このような事件に巻き込まれるというのとテロ事件に巻き込まれるのは似ている面があります。
やはり日本は精神的なストレスが多い国なのか。
こないだは若い男が手当たり次第ナイフで通行人などを刺したようで、格闘家までやられちゃったってインターネットのニュースで見ましたが、こうなると「キチガイに刃物」ではないけれど、犯行に及んでいる本人が何をしてるのか全く判ってない状態(これをキレルというのでしょうが)ってのは、けっこう危ないものがありますな。
と、ここまで書いて1996年にタスマニアはポートアーサーで起こった銃乱射事件を思い出しました。
犯人の「マーティン・ブライアント」はセミオートマティックライフルで観光客たちを次々と射殺し「史上最悪」と言われる、35人の死者と負傷者15人という事件です。
犯人は「自閉症」だったらしいが、ある日突然キレての行動だったようですが、裁判では彼には「責任能力」が有るとの事で終身刑を受け服役しています。
以来オーストラリアでは銃の取締りが非常に厳しくなって、規制の甘さではアメリカ並だったのが随分と変わったものです。
「キレ」て犯罪に及ぶのは日本だけではないという見本のような事件でした。 (Google
で「銃」、「タスマニア」、「乱射」、「殺人」などのキーワードを打ち込むとこの事件についての詳しいHPが簡単に見つかります。)
2003年8月7日
娘が我が家を出て行って、早いものでもう半年が経ちます。
僕の予想通り、自立してみると自分の事が良く判るようになるなるらしく、我が家にたまに遊びに来ても親への「尊敬の念」が、多少ですが増えたようです。
さて、先日の日記に書いたように「美味しい和牛」が手に入ったので娘を夕食に呼んでやった。
オーストラリアで和牛を見つけた顛末や、霜降り肉の事など深く話していなかったので、その晩娘はステーキを一口食べた途端に「ビックリ」しておりました。
「これはオオトロの牛肉版か?」なんて。
実はその晩のステーキは僕と女房にとっては、あまりにも霜降り度(サシ)が凄くて、ちょっと「オイリー」ではと感じていたのですが、娘は「美味しい、美味しい」を連発し、あっという間に平らげてしまった。
それだけでなく皿についた肉汁と脂までも指ですくって舐め出す始末。 コレステロールが多いはずだから脂を舐めるのは止めろと言うのも聞かずに。
日本風の牛肉を食べた事の無い娘にとってはまさに「目からウロコ」状態だったようです。
さてその夕食後、娘と話していたら娘の家の真向かいの家に大木があってあまりにも枯葉が落ちるは風の強い日などは枝も折れてどんどん落ちてくるので危険さえ感じるという。
娘の家と向かいの家とはお互いの庭同士で隣接している。
そこで早速女房が最寄の区役所に行って、少々枝を整理したいと申請を出した。
その木を切り倒すのではなく、娘の家の方に大きくはみ出してきている枝などを少々刈り込む程度なのですが、それでも最寄の区役所の許可が要る。
その木の持ち主も(家は人に貸しているので)その家に住む借家人も、木が伸びすぎて枝も増え、あまりにも落ち葉掃除に大変なので、少々整理してくれるなら大喜びと「OK」をくれた。
そんなんでもいちいち申請を出す必要があり、区役所の樹木専門の係員がその申請内容を判断するために調査に来る。
それも直ぐに来てくれる訳ではないし、またそれを申請するだけにも料金まで掛かる。
いかにオーストラリアは木を大事にしているかの見本みたいなものなのですが、これも度を過ぎると少々厄介な事になるのです。
全く運が悪い事に、偶然娘のところに来た係官は「石頭」で有名な小役人男で、例えどんなに小さな枝だろうが何だろうが、一切手を入れてはダメと言い残してさっさと帰って行ったそうです。
これには我が女房もあきれ果てて、ではこの枯れて折れかかっている枝でも落ちてきたら危ないのでその部分だけでもと祈願しているのに「ダメ」の一点張りで帰って行ったそうです。
それも「危ないと思うなら木の下に行かなければ良い」という捨て台詞を残して。
ここまで来るともう「異常」だと思うのですが、これには我々も頭を抱えてしまっています。
木を完全に切り倒すのではなく単に伸び過ぎた枝などを整理したいという事で、その木の持ち主も周り近所も望んでいるのに、その係員は一切木を切るのを防止する事しか考えていないような石頭なのです。
許可が下りなければ木を切る職人はライセンスを失いたくないから仕事を受けないし、これはひょっとすると「何でも便利屋」の僕の出番が近づいてるのかもしれません(笑)。
何しろこの木は道からは一切見えないのです。
それにしても日本では考えられないでしょ。
しかしもっと頭に来るのはデベロッパーや超金持ちは力ずくで「木を切れる」という事実です。
我が家のそばに大きな保護に指定されている種類の立派な大木があったのですが、なぜかある日突然区役所の許可が下りて持ち主は切り倒してしまったのです。
で、周りは大いに驚いて文句を区役所に言ったら何と区役所はその木は「切り倒しても良い種類の木(カンフルの木など本当に少ない種類の木で、害木と認定しているのがある)だった」と言う返事。
保護されている木だからちゃんと見に再調査に来るべきと周辺の住民は抗議するも、誰の目にも保護されている木なのは確かなのに、違うと言い張る。
つまり実際には保護されている種類の木だったのですが、「目を瞑った」訳です。(実際にこの木を切り倒した職人と最近話す機会があったのですが、彼も保護された木であったことを認めています)
どうしてこういう事が起きるのか。
実はもし切るのに許可を出さないと、デベロッパーなどは裁判に持ち込むのだそうです。
で、最終的に裁判所の判断で切る許可が下りてしまう場合があるらしい。
許可が下りない場合もあるし、それは裁判を闘ってみるまでわからない。その判決が出るまで区役所側も弁護士を雇って法廷で闘わなければならない。
で、負けたら膨大な裁判費用まで区役所が払わなければならなくなる。 区役所が払う弁護士代はつまり区民の税金からということで、批判も出る。
つまり、木を切る切らないで「最高裁」まで闘う気が有るなら、区役所は「折れる」のだそうです。
超金持ちなど例え区役所相手に戦って負けたとしても、その裁判費用など屁でもないということらしい。
実際に我が近所の人で区役所相手に最高裁まで戦って、結局負けて裁判費用だけで1000万円ほど払わされていたのがいますが、ぜんぜん気にしていないんですよね。
僕はそこまでする気も金も無いから区役所の言い付け通り木を切らせてもらえないという、非常に馬鹿な事が起きてるわけです。
片っ端から開発のために木を切ってしまった日本、方や皆が困っているほど伸びすぎてしまった木の枝を少々刈り込む事さえ出来ない国。
凄い両極端でしょ。
2003年8月8日
日本人のブランド志向。 先日の女子小学生事件の時にも日記に書いたのですが、日本では体を売ってでもブランド物を身に着けたいと考える人が多いのは確か。
それほど極端な例でなくとも日本では「ブランド」にこだわるからこそ、高い買い物をしている人は大勢いるわけで、その点アメリカやオーストラリアではもう少し実質的な人が多いと思います。
ここで言う「高い買い物」とは、「金をどぶに捨てている」と同じ意味で書いています。
前に韓国製の車の事を書きましたが、これも顕著な例。
例えばアメリカやオーストラリアでは韓国製の車のシェアーが増加しています。
確かに日本国内では日本製の車が安く買えるので、韓国製が売れないというのも承知の上でこの日記を書いているのですが、それにしても確実に「韓国」という国に対して差別的な考えが有るからよけい売れないというのは確か。
つまり韓国への差別意識と、日本人のこの「ブランド」志向とが相まって、韓国製の車はオーストラリアや米国のようには売れないわけです。
先日もあるサイトの(日本の)掲示板でPCの「液晶モニター」の話で出ていて、やっぱりと思うことがありまた。
どこの製品が良いとか、値段の比較などで盛り上がっていて、ちょうど18インチだったかの大型液晶モニターで「SAMSUNG」製のが良くて安いとその時に掲示板に参加しているほとんどの人が賛成していました。
僕ももう一台欲しいと思っているのがこのSAMSUNG(サムスン)のだったので興味深く読んでいたのです。
ところが、「モニターはテレビなどと同じように居間などにも置く可能性があるが、韓国製の名前がついているモニターだと恥ずかしいから僕は買わない」なんていう書き込みがあって僕は唖然としてしまった。
これを書いた人は彼の文章からまだ20歳前後だと思うのですが、僕には信じられなかった。
「居間等に置く→人目に触れる→ブランド物ではない。 その上韓国製である→恥ずかしい」っていう構図なのでしょうか。
はっきり言って今やPC関連の製品はほとんどが台湾、韓国、中国製品で占められている時代です。
日本で有名なブランド(例えばS○NY)でもそれらの地域で生産している製品は多いはず。
中には完全にOEM製品でデザインも性能も全く同じで値段だけ違うという事も有る。
それなのに「悲しいブランド志向」のために下手すれば50%近くも高い金を払って同じ物を使っているなんて可能性はいくらでも有るのです。
もしアメリカ人にもこのような「ブランド志向」が強かったら、アメリカでレキサスがあれほど売れていないでしょう。
やはり「メルセデスやBMW」の方が「ブランド」としては名が通っているはず。
しかしブランド(名前)ではなくどちらが良い車か、優秀か、どちらが「ヴァリューフォーマネー」で勝っているかと実質的(合理的)に考えれば、レキサスの方が売れるのが当たり前。
全く同じ理由でアメリカでは韓国車も売れている。
つまり大衆車価格帯で米国製やヨーロッパ製また日本製の車と比較した場合、韓国製の方が「ヴァリューフォーマネー」で勝っている場合が多いはず。 だからシェアーを伸ばすのは当たり前の事。
しかし不思議の国「日本」では世界の「当たり前」が全く通じない国なのかもしれません。
上記の「韓国製モニターを買わない理由」なんて僕には驚きだったが、その意見に対し誰も反発しないその掲示板を見ていても、日本では多くの人がそういう意見に近いのかもしれません。
ちなみに僕は今のレキサスにする前にSクラスのメルセデスに乗り、その前はBMWだったが、馬鹿高い値段(オーストラリアでの値段は日本でドイツ車購入するよりうんと高い)なのに、あまりの故障の多さにとうとうヘキヘキして、レキサスに変えたら目からウロコでした。
特に1990年代初頭のドイツ車と発表当時のレキサス(セルシオ)との比較は顕著でした。
発表されたばかりのレキサスを早速輸入してバラバラにして細部までテストしたメルセデスの技術員や重役達は驚愕して「青ざめた」という逸話を何度か聞いた事があります。
確かにその後のメルセデスのシートのデザインなど確実にレキサスの影響を受けたものに変わりました。
メルセデスのシートというのは硬いので有名で、誰が何と言おうとこの硬さこそが長時間座っていても疲れないのだと、絶対の自信を持ち、頑として変えなかったのです。 日本の外車コンプレックス丸出しの自動車評論家などは、そのメルセデスの言う事を鵜呑みにして、板の間に座っているような硬さを褒め称えていたものです。
僕はSクラスを買って直ぐにその硬さだけでなくシートの形状の悪さ、特にSクラスというのはショーファーが運転する事も多い、つまり「後部座席」が大事な車種なのに、もう常に前に滑り落ちそうなサポートの悪い形状を信じられなかった。
ですからそのSクラスからレキサスに乗り換えてその差に「唖然とした」ものです。 (シートの形状よりもむしろ全ての性能において)
もちろんセルシオの方が勝っているという意味で。
そしてもう二度と(少なくともオーストラリアでは)ドイツ車は買うまいと決めたのです。
と、ここまで書いて「例の彼女」もドイツ車だと気がついた。 彼女だけは「別格」扱いにします。←ちょっと苦しいかな(笑)。
2003年8月11日
昨日の日曜日は洋弓の第二回目のレッスンへ。
朝早く起きていつもどおり近所一周の散歩に出かけ、朝食を摂り終わったらレッスンへ出かけるまでの時間に余裕があり、天気も良いので自転車で行く事に。
練習場は「Lathan Park」という、我が家から10キロほどの距離で、はたしてどのくらいで到着するか不明だが、多少遅れてもかまわないので、車庫から自転車を引っ張り出して出かけました。
実は今日の日記のために練習風景を撮影しようとデジカメを持って行くつもりだったのですが、自転車となるとポケットに入れても振動が結構酷いので、女房にレッスンの終わる30分ほど前に車で迎えに来てもらい、その時にカメラも持ってきてもらうことに。
帰りは自転車を車に積んで帰って来れば良いと。(ワゴンって便利)
ところがシドニーという街は非常に起伏に富んでいて、自転車には結構きついんですよね。 平坦なら10キロ程度何とも無いのですが、時間に遅れまいとペダルをこぎ続けて、10時半開始に遅れる事15分、それでも所要時間は30分弱だったので平均速度20キロ以上で行った計算。
しかし到着した途端に汗びっしょりで足の筋肉がパンパンにはっておりました。
到着した途端にアーチェリーを直ぐに始め終わったのが12時半、今度は上半身の筋肉が張ってきて、いやさすがに疲れました。
女房が到着したのは約束した時間より遅く、ほとんどの人が練習を終えて帰ってしまったので、練習風景の写真は寂しい限り、本日の添付写真はまた来週にベターのが撮れたら挿げ替える予定。
このアーチェリーのレッスンは毎週日曜日の午前10時半から2時間。
レッスン料はさすがオーストラリアというか4回分で32ドル、一回たった8ドル。 弓などの使用料も全て含まれていて、生徒の少ない時には先生が後ろで付きっきりで教えてくれるのです。
じつはここまで書いて本日(月曜日)から始まった絵画の教室へ行くために日記を書くのを中断して残りは帰ってからと思って出かけたのですが、学校に到着して車から降りる時に車のドアーで右手の薬指を挟んでしまい、かなりの出血。
(ちょうど路肩がかなり傾いていてドアーを開けて荷物を下ろそうとしたら、その傾きでドアーが勝手に閉まったところで指が挟まれてしまった。)
学校の医務室にあった大型のバンドエイドのようなものを頂いてとりあえず出血を止め、痛みをこらえながら初めての授業を終え帰って来たのですが、いまだ出血止まらず、ひょっとすると骨にひびが入っているかも知れないほど痛みます。
本日の授業は最初なのでよかったが、ひょっとするとアーチェリーはお休みしなければならないかも。
そんなわけで超スローペースでこの日記を書いているのですが、キーの押し間違いばかりでその上痛みが引かないので、今日はこれで切り上げます。
ホントに寂しい練習風景でしょ。 特にこの日はシティーからボンダイビーチまでのシドニートゥサーフマラソンの日、6万人近くが走ったそうなので、アーチェリーの生徒の何人かも出たのかもしれません。
2003年8月12日
「食」についてずっと書こうと思っていてすっかり忘れてしまっていた事を思い出しました。
母が通っている手芸の教室があります。 日本人の先生が教えているのですが、今年になって教室の場所がシドニーノースのチャツウッドからLeichhardt
近くに移ったので、僕が連れて行くようになったのですが、そこはイタリア人街で有名なライカード(「レイカード」か)といいます。
朝母を教室で下ろして、その近辺を色々探索しているうちに見つけたのが「ハバフィールド(Haberfield)」というところです。
オーストラリアに23年も住んでいながら、何をいまさらと言われるかもしれないほど有名な、イタリア系グルメの宝庫のようです。
僕は母を下ろした後に「ハバーフィールド・ベイカリー」を探しに行ったのがきっかけです。
イタリア系のパンはもう随分前から気に入って食べていたのですが(昔の日記のどこかにフォッカチアなどの事を書いたような)、わざわざパンだけを買いにそこまで出かけると言うのもなんだかと思っていたので、あえて行く事が無かったのです。
また、イタリア人街というとイタメシを食べに出かける時で、ほとんどが「ノートン・ストリート」や「マリオンストリート」どまりだったので、全くハバフィールドは知りませんでした。
この有名なイタリアパン屋さんの造るパン、じつは我が家の近所のダブルベイやエッジクリフのデリカテッセンでも買えるので、わざわざ本店がどこに有るかなんて気にもとめなかった。
ところがまず驚いた事に、この本店で買うと値段がうんと安いだけでなく美味しい、つまり焼き立てだからなんです。
その後知ったのですが、我が近所の店はそのパン屋から卸してもらっているだけで、そこの支店ではないので店によっては倍くらいの値段で売られている。
ですから初めてその店に行ってどっさり買い込んだ時に、間違いではないかと思うほど安かったです。
でそのパン屋さんの周辺を色々探索したら、手作りのパスタ専門店や、チーズ専門店、美味しい生ハムなどを揃えた肉屋さん、はたまたケーキショップと、「いや〜!なぜ今まで来なかったのか」と思うほど。
まずそのパン屋さんの「チバータ」は最高に美味しいです。
特にお勧め。 ペイストリー系は近くに数店専門店(両方ともカフェーにもなっている)のやはり美味しいお店が。
その一つ「Papa Patissera」にはRiccota Cake
も良いが、僕の好きな「アップル・ストゥルードル」がお勧め。
しかし通に言わせると、その店より坂の途中にある小さなケーキ屋(カフェー名前失念)のほうがベターとの事。
イタリア料理といえばパスタも僕は大好き。
「Pasta Pe Ppe」(レストランではありません)には僕の好きな「ラビオリ」や「イカ墨」のパスタが。当然ソースも自家製。
他にも(まだ僕は行っていないのですが)有名なピザ屋や八百屋さんなど有るらしい。
毎週火曜日の朝は母を送ってその手芸教室に行っていたので、そのたびにどっさり買い込んでいました。
ハバーフィールドはノートンストリートなどと比べてそれほどコマーシャライズされておらず雰囲気はイタリアそのまま。
僕が「食」のページにも書いているように、移民の国オーストラリアは、パスポートを持たずに手軽に「外国旅行」に行ける国。
もし機会があったら是非行ってみてください、お勧めです。
2003年8月13日
WORM_MSBLAST.A というコンピュータウイルスが凄い勢いで拡大しているようです。
女房の学校でも先生全員に新しいウイルスに付いての警告が出されているそうです。
僕が良く見に行く「WinFAQ」のサイトでも、まさかウイルスにやられたとは知らないユーザーから「PCがおかしくなった」という書き込みが急増、話題になっていますが、それより驚くのは相変わらずアンティ・ウイスル・ソフトを導入していない人が非常に多いという事実。
オーストラリアではシマンテックのノートンなど大体100ドルほどで販売されていますが(OEM版を買えば30〜40ドルほど)その金も払いたくないという方は、インターネット上で検索すれば無料でダウンロードできるアンティウイルスソフトもあることだし、自分のコンピュータを自分の手で守らないという感覚が僕には良く判りません。
まあいくらウイルスにやられてもOSを再インスト−ルすれば良いと思っているのでしょうが、失ってしまう大事なファイル(データ)も必ず有るはずですから、全く被害が無いわけではありません。
僕の場合は、自分でやっている会社の税務関連から得意先との資料など無くなってしまったら困るものは結構有るし、その上オンラインバンキングなどもやっているので、下手すれば自分の口座番号や暗証番号さえ盗まれてしまう可能性も有る。
と、ここまで書いて昨日の朝刊にマレーシア人が逮捕された記事が出ていたのを思い出しました。
この男は観光ヴィザでオーストラリアに度々来て、街に設置してあるATM(日本語では「自動支払機」か?)に超小型の隠しカメラ(無線で映像を400メートル先まで飛ばすとの事)と磁気読み取り機を仕掛け、シドニー市内のATM約36箇所から総計62万ドル(4000万円以上)を盗んでいたとの事。
64回も観光ヴィザでオーストラリアを訪れ、2001年5月から昨年までの間の犯行との事。
このような手口で逮捕されたのはオーストラリアでは初めてとの事ですが、日本でも同じような犯行は行われているのではないかと僕は思います。
ATMの利用客は自分のカードの内容が読み取られ、そのカメラで暗証番号を押しているところを盗撮され、簡単に犯人に引き下ろされてしまうなんて夢にも思わず、その上犯人は一回の引き落とし額を小額に抑えるために、引き落とされた後も気がつかない人がいるわけで、犯人は来豪するたびにデータを増やしていっていたはずです。
つまり観光で来て多くの口座からチョコチョコと下ろし、異変に気がついた客は口座を変えるか暗証番号などを変えているので、犯人も直ぐにそれが判りその口座はリストから落とすだけという。
今回の事件だけでなく、クレジットカードの違法読み取りによる被害は年間50ミリオン(35億円以上)を超えているとの事。
ガソリンスタンドで支払いをカードで行う場合、そこの店員にスキミングマシーン(盗読機)にかけられてしまうケースが最も多いのだそうです。
もしあなたがカードを使用する時に目の前の店員(従業員)がカードを別々の機械で二回読み取らせたら、かなりの確率でスキミングされたと思って間違いないです。
シドニーはチャイナタウンに飲茶の美味しい中華レストランがあります。 いつも大変な混雑で外で待たされなかった事は無いほど。
このレストランがある時から突然にクレジットカードでの支払いが出来なくなってしまった。
カードが日本より一般化しているオーストラリアの一流レストランでカードを使えないなんて「異常な事態」なので、中国人の友人に事情を聞いたら中華レストランで店員がお客のカードをスキミングする事はしょっちゅうだが、このレストランは店ぐるみの犯行だという疑いが強くなって、全てのカード会社が取引を停止してしまったためとか。
こうなるとカードを使うのも考えてしまいますよね。
くれぐれもインターネットの怪しいサイトでクレジットカードでの決済は控えるべきでしょう。
僕の友人などアダルトサイトに行って自分のクレジットカード番号を打ち込んだら、一回だけの料金だと思っていたら(契約もしていないのに)毎月引き落としが始まって、クレームのメールなんて全くの焼け石に水で、とうとうそのカードを解約してしまったほど。
この手のサイトに行く、そしてクレジットカードの番号を入力してしまうなんていい歳をして困ったものですが。
IT化に伴い色々新手の犯罪は増え続けていくようで、時代はどんどん便利にはなるが危険度も増えていくようです。
2003年8月14日
一昨日の日記に「ハバフィールド」のイタリアン・グルメの話を書きました。
「食」の話のを書いていて、「PON-TIPポンティップおばさん」のことを思い出しました。 いえ、彼女はイタリア人ではなくタイ人です。
僕がタイ料理に凝って「タイ料理教室」にまで通ってしまった事はすでに書きましたが、タイ料理の食材でシドニーで「最も品物が揃っている」店が「ポンティップ」という店だったので、一時は頻繁に通っていました。
その店の名前が経営者の「ポンティップおばさん」の名前だと知ったのは、何回目かその店に言った時に、彼女が僕が日本人だと知ってからです。
実はそのおばさんの娘さんが日本に短期留学していて非常に親日家であり、そのおばさんと仲良くなったのです。
おばさんが日本に留学している娘を訪ねて行くという時には、彼女のために「最低限必要な日本語(サバイバル用日本語)」を僕の女房が書いて英語の意味も付け、おばさんにプレゼントしたりとかなり親しくなったのです。
しかしせいぜい店に行った時に談笑する程度で、人気のある店のためいつも混み合っていてゆっくり話をする機会はそれほど無かったのです。
先月だったかのシドニー・モーニング・ヘラルド紙のグルメのページに彼女の事が詳しく出ていたので読んでいてビックリしたました。
まず彼女の見かけからは想像できないほど「インテリ」である事(これってかなり失礼な表現のような。 しかし実際に彼女に会えばこの意味がわかります。)
僕が初めて彼女の店に行った時に「迷彩色模様」の軍隊払い下げのようなジャンパーを着て、とても怖い顔でレジに座っているおばさんが、まさかそこの経営者とは思わなかったし、店自体(今のところに引っ越す前の)ものすごく汚かった。
その上彼女も僕が日本人とは思わなかったようで、サラダに使う青いパパイヤの選び方を聞いたら、ものすごく無愛想で最初の印象は随分違いました。
その新聞記事を読んでみると彼女はその昔、タイからオランダへ留学し、英語をもっと身に付けたいとオーストラリアに来てからいろいろな事をやっていたそうですが、オーストラリア人にもタイ料理を知ってもらおうと(今のブームになる前から)オーストラリアの農家をまわって、当時オーストラリアでは生産されていなかったガランガルなどの野菜の生産に努力していたらしい。
つまり今やシドニーの普通の八百屋でも手に入るほどになった野菜の種類の中には彼女のお陰というのが結構あるとか。
彼女とは仲良くなった僕ですが、あまりプライバシーの事まで聞くのは興味なかったのですが、彼女の結婚の事とかオーストラリアでの生活(最初はコフスハーバーの方にいたらしい)などなど、まるで彼女の自伝みたいなその新聞記事を読んでビックリした次第。
最近はすっかりご無沙汰してしまっていて、キャンベル・ストリート(サリーヒルズ)に店を移したのは知っているがまだその店には行っていないので近々挨拶に行かなければと。
一昨日の「ハバフィールド」ではないけれど、シドニーにお住まいの方は機会があったら覗いてみてください。
彼女の店にある「こぶみかんの葉(カフィア・ライム)」やタイバジルなどはどこの店よりも新鮮で安いです。
僕自身はタイ料理に凝り過ぎて、自宅に「こぶみかん」の木まで植えてしまっているので会に行くチャンスが少なくなってしまっているのです。
たまには顔出さなければ。