2003年6月後半の日記
2003年6月16日
昨日の日曜日は女房が「映画の招待券があるから」と言うので、オックスフォードストリートの映画館へ。
昼前からの上映で、客は全員招待のようでした。
映画のタイトルは「Man without a past
」日本でのタイトルが「過去のない男」と言うらしい。
日本ではすでに3月15日から上映されたようです。
このフィンランド製の映画は2002年のカンヌ映画祭で「グランプリ」を受賞とあり、その年の「PALM D’OR」賞はポランスキーの「The Pianist 」が獲得したのです。
僕にとっては「フィンランド製の映画」って聞いただけで全く馴染みもなく、多分招待券でなければ見に行ってなかったでしょう。
ところがこの映画「大いに気に入って」しまったのです。
ストーリーはあまり詳しく書くと、これから見てみようかなと思う人の楽しみをスポイルしてしまいますので簡単に説明すると。
夜汽車ではじめての街に降り立った主人公が公園で暴漢に襲われ重症を負って過去の記憶を一切失うところから始まります。
コンテナーで生活するような極貧の家族に救われた後、彼の新しい生活が始まり、自分の過去の記憶が全く無いまま自分を発見していくというようなストーリーです。
モータースポーツが大好きな僕が前から不思議に思っていた事があります。 それはフィンランド出身のドライバーが非常に感情の表現が少ないというよりも無いに等しいと言う事。
1998年1999年と2年連続でワールドチャンピオンを獲得した「ミカ・ハッキネン」や今彼の後継者として活躍している「キミ・ライコネン」にしても本当に表情が無い。
キミ・ライコネンにしてもデビュー以来今年初めて優勝を経験した時に、チーム監督のロン・デニスでさえ嬉し涙を流していたのに、当の本人は優勝インタビューでも笑顔もほとんど見せず嬉しさを全然表さなかったのです。(本人は精一杯嬉しさを表していたのかもしれないが)
しかしこの映画を見て僕は大いに納得しました。 何しろ最初から終わりまで総ての登場人物がただ一人として笑顔を見せる事が無いのです。
本当に皆表情に乏しい。
欧米人から見ると日本人は表情が乏しくて何を考えているか分からないなんて批判がありましたが、この辺は日本人よりも乏しいかもしれない。
で、映画の中でかかるBGMの旋律がなんとも日本の歌謡曲っぽいのです。 と、何と映画の後半のシーンで主人公が、汽車の食堂車で「寿司」を食べるシーンが出てくる。
「え〜???日本のちょうど裏側にあるようなフィンランドの列車の食堂車で寿司なんかが出てきちゃうの」なんて思って見ていたら、そのシーンで流れる音楽が何と日本語なんです。
僕には初めて聞く曲なのですが「歌謡ポップス」みたいな。
僕の頭の中は「?????」ってな感じで。
この映画の話を友人の武田君に話したら、この曲は「クレイジーケンバンド」の「ハワイの夜」というのだと教えていただきました。
また主人公が自分で借りたコンテナーを掃除する時にかかる曲も同じ日本の「Motto
Wasabi 」という曲だと知ってまたビックリ。
と言うのは「Motto Wasabi
」の方はインストルメントの曲で歌詞が無いから、すっかりフィンランドの音楽だと思って聞いていた。
それにしても日本の歌謡曲に似ているなあと思いながら。
もっとも日本人の演奏する曲はこの2曲だけなのですが。
偶然この映画に友人夫婦が見に来ていて、映画の後一緒にお茶をしながら映画の事を話していたら、彼らはオーストラリア人で英語しか話せないから、「日本語の歌」がかかっていたというのも全く分からなかったのです。
それはその「クレイジーケンバンド」の歌が、完全にこのフィンランド製の映画に溶け込んでいたから。
多分フィンランド語を理解できる人以外はフィンランド語の音楽がかかっていたと思って映画を見ていたはずです。
ところがその話をしていたら女房が奇妙な事を言い出した。
それは「日本語とフィンランド語は同じルーツだから」と言うのです。
女房曰く
「両方 Altaic アルタイ語を元にしているはずだから」と言うのですが、全くその方面の知識の無い僕には半信半疑。
ひょっとするとフィンランド人も日本人も表情が豊かではないのは、じつは同じルーツなのではないかとさえ考え始めてしまいました。
「オーストラリアに住む日本人」の僕が見ると非常に不思議な感じのする映画で、大いに気に入ってしまいました。
日本ではもう公開が終わってしまっているかも知れませんが、機会があったら見てみてください。
2003年6月17日
僕の日記にも何度か登場した事が有る、愛車「スバル・リバティー・ステーションワゴン」。(日本名レガシー)
「ローディング・ゾーン」に駐車できるという、シドニーの交通法規のお陰で街の中心地に行っても結構簡単に駐車できてしまうので、僕の生活の中で一番使用頻度が高くなっています。
車種の選択の幅が本当に狭いオーストラリアで手に入るミッドサイズのステーションワゴン車では相変わらず最良の車だと思っています。
BMWやベンツも一応ステーションワゴンは売っていますが、値段が馬鹿高いだけでなく、スバルの常時四駆にはかなわない面が沢山あるし。
1989年に日本からヨットを作りに来ていた友人が、オーストラリアを去る時に買ったばかりのリバティーを手放すと言うので、引き取ったのが僕にとってスバルとの付き合いの始まりで、それ以来すっかり気に入ってしまい、今の銀色ので4台目になります。
僕の車歴の中でもこれは本当に異色で、買い替え時に同じ車にした事さえ無かったのに、スバルに関してはもう4台も。
日本ではそのレガシーのモデルチェンジが行われたようで、今年中にはオーストラリアに来るでしょうから、早速試乗して気に入ったら来年あたりと考えています。
さて、先日新聞を読んでいたらスバルの事が書いてありました。
ご存知のように今スバルの富士重工はアメリカのGMの傘下に入っています。
バブルの後遺症で富士重工の業績が回復せず、一時は日産の傘下にという動きもあったのですが、日産もゴーンさんに救われるまでおかしくなってしまっていて、結局アメリカのゼネラル・モーターズに株を引き受けてもらったのだと記憶しています。
もしレガシーがもう少し早く世に出ていたら、身売りをする必要はなかったと思います。
1989年から乗り始めた時に、こんなに良い車を作る会社がどうしてと不思議でならなかったものです。
その後レガシー(リバティー)はジワジワと売れ始め、業績も回復していったと思うのですがほんとGMは良い買い物をしたと思っています。
特にオーストラリアのマーケットではリバティーだけでなくインプレッザも非常に人気があるために、スバル・ブランドはとても好調です。
我が家の近くのベンツのディーラー等1980年代の後半バブルの後遺症で高級車が売れなくなり、ベンツの販売だけでは青息吐息になった時に、スバルのディーラーシップも獲得して何とか倒産を免れた事さえあります。
ちなみにこのディーラーはオーストラリアの経済が持ち直しベンツがまた良く売れるようになると、店の中でベンツの客とスバル客への対応に差別をつけ始め、不愉快な気分になったのは僕だけではないようで、その後スバルの販売権を失ってしまいました。
さて、GMは傘下に富士重工だけでなくスエーデンの「サーブ」も持っているのですが、これが随分と売れなくなっているらしい。
もう自社開発の余力も無いようで親会社のGMが富士重工にサーブ用にインプレッザを貸してやれという事になったそうです。
つまり中身はインプレッザだがサーブのバッジをつけて多少外観を変えてという方法です。
ところが富士重工の技術者達やスバルのディーラー達が猛反発をしてたらしい。
特にスバルの乗用車用常時四駆の技術等は世界で最初に生産化に成功したというプライドがある上、今は業績も悪くなくGMへの利益貢献もあるようなので、親方GMの要求でも簡単に「はい」とは言いたくなかったようです。
そう、富士重工はGMの「ポチ」ではないと。
しかし結局要求は飲まざるをえず、それならその車はうんと「スバルらしさ」を残すという事になったようです。
例えばサーブの特徴の一つである、イグニッションキーがコンソールのセンターにある(僕は知らなかったが)のをスバルと同じ位置でしか認めないとかの抵抗があったようです。
戦時中に有名な戦闘機「零戦」と並び賞される「隼」を製作していた「中島飛行機」の残党が富士重工へと発展していったわけですが、その時代からの優秀な「技術魂」がプライドとして今も生き続けているのではないかと思います。
2003年6月18日
2003年4月23日の日記に書いた、北朝鮮による麻薬(主に覚せい剤のようですが)密輸事件、オーストラリア政府は特殊部隊まで投入して、疑惑の貨物船を拿捕し乗組員全員を逮捕してしまったのです。
外貨獲得のために北朝鮮は海外に麻薬の輸出をしたり、偽札(USドルや日本円、最近はユーロドルまで)を製造したりしているようです。
で、特に距離的に近い日本には大量の覚せい剤が密輸されているのは、諸外国もとっくに把握しているのですが、なぜか日本政府は今回のオーストラリア政府のような徹底した対応をしたと聞いた事が無い。
日本人拉致事件以後、北朝鮮船籍の船が日本に来るのに対し(世論も含め)色々批判が盛り上がってというニュースは最近のNHKのニュースでも見ました。
NHKがニュースで「北朝鮮から麻薬が輸出されている」と明確に流しているのは本当にここ最近の事で、(周知の事実だったとは思いますが)ひょっとすると僕の4月23日の日記よりも後かもしれません。
どうして日本では北朝鮮にこのような生ぬるい対応をしているのでしょうか。 不審船や特殊工作船でなくとも、今回のオーストラリア政府のように違法行為にかかわった疑いの有る船は没収したり出来ないのでしょうか。(ちなみにオーストラリア政府が拿捕した船から直接覚せい剤が出てきたわけではないのにこの断固とした処置が取られたのです)
なぜ日本では対応が生ぬるいと言うか腫れ物に触るような感じなのでしょうか?
日本の朝鮮総連などの圧力と言うか、裏で色々あるんでしょうか?
この覚せい剤についても、オーストラリアの外務大臣が先月(北朝鮮船拿捕事件以後)日本を訪問して、その事実を明確にしてから、日本のテレビなどのメディアで取り上げられるようになったような気がします。
(とっくに昔から判っている事なのに)
もちろん日本で今まで全く報道されていなかったわけではないが、何か気兼ねをしたような姿勢で明確な報道ではなかった。
多分僕の友人達が言うように、日本政府与党、特に自民党のトップレベルの政治家の中に北朝鮮関連で大いに甘い汁を吸っているのがいるからというのも、こうなるとかなり信憑性が増してきます。
石原慎太郎東京都知事が北朝鮮への経済援助の停止を呼びかけているようですが、北朝鮮に米を贈ると貧しい北朝鮮国民にはちゃんと行き渡らず、武器を買うための資金としてその米がまた商社を通してどこかへ消えている、そしてその取引を牛耳っているのは自民党のある大物政治家らしいなんて話を聞くと、なんだ日本政府がオーストラリアのような毅然とした処置を取らないわけだと妙に納得してしまいます。
石原慎太郎といえば、東京にカジノを作るというアイデアを展開しているらしい。
僕はカジノを作るのには賛成はできないが、今の日本の経済情勢では簡単に東京都の財政を立て直すには他に名案が無いのかもしれないとも同情する。
しかしその石原都知事のアイデアに反対を唱えているのが与党の中にも結構いるというが、ひょっとするとこれは上述の「北」に送る米のように、カジノなんかをやられたら「パチンコ業界が影響を受ける可能性がある。パチンコの儲けの何割かは北へ」という図式で考えると、なぜ与党の政治家の中で反対するのがいるか、これもまた妙に納得できてしまう。
う〜ん、日本って国は浦島太郎のような僕にはよく分かりません。
話し変わって本日は久しぶりにキングスクロスに有る理容室「山崎君」のところへ。
彼は昔ワ−キングホリデーでオーストラリアに来た時に僕がお世話した人の一人です。
僕は子供の時から床屋さんが嫌いで、行く時は「これ以上はどうしようもない」というような長さになった時。
しかし昔に比べたら行く頻度は増えているかもしれません。
さて、そこで彼が「オプタスがケーブルテレビでNHKの放送を止めちゃって、うちも見れなくなってしまったのですが、デジタルにしたらSBSで日本のニュースを何度か見えるようになるって聞いたのですが」との質問。
僕は昨年の暮れ以来、デジタル地上波放送についてここの日記で何度か書いているように「しっかり詳しく」なってしまっているので、僕が来たら聞こうと待ち構えていたとの事。
彼は高いデジタルテレビを購入しなければならないのかと思っていたようですが、この辺が一番誤解しやすいところです。
コンポジット入力(またはSヴィデオ入力)が付いているテレビなら今使っているアナログテレビで充分見えると教えてあげた。
コンポジット入力というのはヴィデオデッキ等をテレビと接続する時に使う2本またはステレオなら3本の「白、赤、黄色」に色がついてケーブルです。(AV1とかAV2とか書いてある)
そして今やSTBと呼ばれる、いわゆるチューナーは199ドルから買えるようになって来たので、簡単にデジタル放送の特典を受けられるのです。
特典とは例えばSBSなら多チャンネル化していて、チャンネル3が今までアナログテレビで見ているプログラムで、他にSBSにはチャンネル33や34(もっとあるのだが省略)がありその中で中国語や日本語のニュース等を流しているのです。
もちろん地上波ですから料金も払う必要のない番組です。
もしシドニーに住んでいる方で、この辺について質問がある方はメールどうぞ。
2003年6月19日
あるウエッブサイトでこんなのを見つけて笑ってしまったのですが、
↓
http://www9.plala.or.jp/pandanotasogare/dvd.html
しかし考えてみると昔の日本企業も海外に製品を輸出する時に同じような間違いは随分やっていたのですよね。
そのことを考えていたら、僕が大学に入った頃にやっていた仕事を思い出してしまいました。
僕は大学生の時にアルバイターとして広告制作にかかわっていたのですが、当時(1966年頃)まだ駆け出しの頃に随分「日産車」の海外向け広告を作るお手伝いをしました。
海外向け広告とは主にアメリカやヨーロッパの新聞や雑誌媒体に宣伝するものです。
日本車が海外のマーケットに進出を始めていて、しかし現地の広告代理店に製作等依頼したら当時の日本円の価値(1米ドルが360円の時代)から言って、目の玉が飛び出すほど高額になってしまうので、日本で安く製作してそれを海外の出版社に送る方法を取っていたのです。
広告のシチュエーションはその広告がアメリカ向けなら、いかにも現地アメリカで製作したように見えなければならないので、当然登場人物も外国人を必要としました。
日本でまだ外国人のモデル等はいない時代で、米軍基地の兵士やその家族などがモデルとして働いていました。
そんな時代ですから当然スタイリストなんておらず、その上予算も限られていたので、そのシロウトモデルに自前の服を持って来てもらい、その中から場面設定に合った服を選んで、撮影していました。
僕が大学で勉強していたのとはかけ離れた事をアルバイトとしてやっていたわけです。
その当時僕はファッションの世界に首を突っ込み始めた頃だったのですが、撮影の時にモデル(駐留軍)が持ってくる服があまりにもセンスの無いのが多く、このようなコスチュームで撮影して、アメリカやヨーロッパの雑誌等に掲載したら、恥ずかしいと感じていたのです。
しかし、「日産」の宣伝部もまたその仕事を引き受けた広告代理店のデザイナーも、はたまた一部のファッションカメラマンを除くほとんどの製作に携わる人間が、ファッションなんて無頓着な時代だったのです。
で、僕は自分のコネを生かしてファッションデザイナー達に頼み、ショーで使った服や、製品の中からその広告内容にあった服を無料で借りてきてモデルに着せ始めたのです。
つまりスタイリストのはしりですな。(当時スタイリストという言葉さえなかった。 一部の服飾関係のオバサンがスチリストという名前でファッションショーのコーディネイトはすでにやっていた))
その仕事がその後の僕の人生進路に大きく関係してくるのですが、それを書き出したら今日の日記では終わらなくなってしまうのでまた別の機会に書くことにします。
さて
その撮影で出来上がった写真に今度はコピーライターが英語で宣伝文句を付け加えるわけですが、何しろ英語の出来ない連中ばかりで、「しゃれたコピー」なんて出来るわけもなく、何処から連れて来たのか判らないような外国人が一人いて彼と一緒に一生懸命英語のコピーを考えていたのです。
まあそれでも上記のDVDの日本語ほど酷い(いや面白いと言うべきか)間違いは無かったとは思いますが、そうやって日本で作られた広告に引かれて現地アメリカの人が「日本車を買ってみようか」なんて思うほどのレベルが出来ていたとは到底思えません。
さて、上記の中国製(と思われる)DVDの日本語ですが、じつは日本製の電化製品の取り扱い説明書にはかなりこれに近いような事はいまだに起きています。
つまり日本製の電化製品を購入してオーストラリア向けの英語の「取り説」を読んでも、文がおかしくて我がオーストラリア人の女房が理解不能なんて事が起きるわけです。
しかしその辺もだいぶ改善されてきているのは事実ですが。
そうそうこれに似たような事ももう一つ。
我が母が日本人の奥さん連中とイタリア人街「ライカード」の日本食レストランで昼飯を食ったら死ぬほど不味くて、注文した料理がまだ全部運ばれて来ていないのに、皆席を立って出てきてしまったという話を聞いて、どんな店だろうと興味を持っていました。
先日ちょうどそこを通りかかったので、外から覗いて見たら中国人らしきオニーチャンが二人働いていて、店の壁に大きな字で日本語が書いてあるのです。
「私は日本食がだいすきすで。」とありました。
こんな簡単な日本語でさえ堂々と間違って掲げているようなところで、美味い本格的な日本食が出てくると思う方が間違っていると母に言ったものです。
2003年6月20日
昨日の日記に書いた「思わず笑ってしまうDVDプレーヤー」、そのネーミングや使われている日本語を大いに気に入ってしまった僕ですが、日本の製品の中でも似たような事は起きていると書きました。
その中で書き忘れたことを少々。
僕らが日本で聞き慣れた「車の車種名」の中にも、少々英語を理解できるようになると「そうか、そんなふうに受け取られてるのか」と評価が変わっていくものがあります。
その代表例が日本を代表する車「日産セドリック」と「トヨタ・クラウン」です。 両社がこの名前のまま英語圏で販売をしたというのも、いかにも古〜い歴史のある車種の証拠かもしれません。
もしここ10年以内に発表された車種なら絶対にそのままの名前で海外に出さなかったでしょう。
車のネーミングとして「トヨタ・クラウン」が英語圏では非常に「ダサイ」というのはこの際置いといて、「日産セドリック」になると、英語圏ではまさか「車の名前に使う」なんて想像も出来ないようなネーミングですから、当時は大受けしたと思いますよ、昨日書いた中国製のDVDのように。
「セドリック」はオーストラリアではもう販売されていませんが、最後に輸入されたのがいつだったか忘れたが、さすがに日産はその名前を外したと思います(最後の方は)。
しかし、あまりに「オモシロイ」ネーミングなので、オーストラリアの女性二人組みのボーカルグループはその名前を頂いて「ニッサンセドリックス」という名前でテレビのバラエティーショウなどに出ておりました。
ひょっとするといまだにその名前で活躍しているかもしれません。
(当時出演していたのは、昔のやっていた「ヘイヘイ・イツ・サタディー」という番組だったと思います)
日本を代表する車種がこれですから、他にも一杯有ったと思いますが、日本製品が世界中に受け入られるようになり、日本円も強くなるに従い海外で販売する製品のネーミングは「現地受け」するものに変わっていきました。
ところが「おかしな」名前が現地でつけた名前に勝ってしまったものがあります。
それが空前のヒットとなったソニーの「ウォークマン」です。
僕がロンドンに住み始めて間もなく日本で発売され、感動した友人が日本から送ってくれました。
僕は「これはすごい。世界中で流行る」と感じたのですが案の定、すぐにイギリスにも入ってきました。
で、最初にイギリスで販売された時には「ウォークマン」の名前は「いくらなんだって」と現地のスタッフに拒否されてしまったのです。
さすが英語の「ご本家」というか。 その点アメリカは人種のルツボ、英語を母国語とする人種以外にも一杯いる国というのはもっと「フレキシブル」のようで、確か最初から「Walkman」で売り出したと思います。
で、イギリスでの販売名は「STOWAWAY(ストアウエィ)」になったのですが、これが新しいものにはすぐ飛びつかない英国民気質とあいまって、アメリカほど売れ始めなかったのですな。
で、ソニーの盛田社長が「名前を変えるな」って指示を出して、途中から英国では「ウォークマン」に戻ったのですが、ちょうどアメリカでの大流行のニュースを見た英国人も関心を寄せ始めていた時期もあって販売に火がついたのです。
まあその名前のままでも売れ始める時期ではあったと思いますが、しかし考えてみると「英語名」としては非常に「奇異」に聞こえる「Walkman」の方が「え?何それっ」て逆に関心を呼んで知名度を上げやすかったのでしょう。
こうなると「英語としてはおかしい」名前でも世界を制覇出来ちゃうわけです。
ただしどうしてもそのままの名前では「誤解」や「不評」を買う場合も有ります。
僕の乗っているスバル・リバティーも、日本名「レガシー」ではオーストラリアでは無理だと判断されたのでしょう。
オーストラリアで「レガシー」という響きは、第二次世界大戦中に日本軍に殺された遺族からは「日本車にそんな名前をつけやがって」という反応が出る可能性が有ったようですから。 (レガシー募金などこの件に関しては昔の日記に書きました。 今自分でいつの日記だったか探したが見つからない。 僕のHPの中に検索をつけるかな。 検索って簡単に付けられるのでしょうか?)
もう一つ名前で思い出しました。
昔中国のオートバイメーカーがオーストラリアに輸出しようとした事があります。 結局売れずになくなってしまいましたが、確かそのメーカーの名前が「ドン・ハイ」だったと思います。
英語のスラングで「ドン」は男のイチモツの意味を含みます。 でそれが「ハイ」つまり高く上がる(勃起)とも取れない事が無い「名前」で、その広告を見たオーストラリア人はえらくニヤニヤしていたものです。
ウォークマンほどの価格の品物なら、名前が「ドン・ハイ」でも売れたでしょうが、何千ドルもするオートバイを購入して友人にいつも「クスクス」笑われたらと考えると、やはり二の足を踏んでしまうのかもしれません。
今日の日記の内容はもう少し良く調べてから書けばもっと面白い名前の製品がどんどん思いつくと思うので、またの機会にこの特集をしてみますかな。
結構、日本にいる人から見たら「当たり前に聞いている名前」が、英語圏では面白かったりするものですから。
2003年6月21日
本日および明日日曜日の日記は例によってお休みいたします。
皆様良い週末を。
2003年6月23日
日本から学生で来ている人で、PCを通して知り合った女性がいます。 彼女は確か日本ではコンピューター・ソフトウエアー製作のお仕事をしていたはずです。
彼女はオーストラリアを気に入ってしまい、できればオーストラリアにずっと住みたいと言う。
まあオーストラリアを気に入ってくれているのは嬉しいのですが、ずっと住むには、なかなかヴィザが取り難いんですよね。
その彼女に久し振りにメールしたら、オーストラリア人のボーイフレンドができたという。 そりゃ〜良かったと思っていたら、彼女曰く、自分の英語力ではそのボーイフレンドが良く分からない部分があるから、彼に会ってほしいという。
確かに昔僕がお世話していた若い日本人達の中には、現地でボーイフレンド(またはガールフレンド)を見つけて付き合い始めたが、言葉の問題で相手のことがよくわからないから会ってみてくれというリクエストは何度かありました。
会って僕が英語で色々話してみると、もうどうしようもないほどひどい「スラング」や「F」ワード交じりの言葉遣いで、オーストラリア生まれで英語が母国語のくせに「If
I were、、、」 というのが正しいのに 「If I was、、、」 何て平気で使っちゃうオニーさんだったりすると、大体そのオニーサンのレベルってのは判ってしまうものです。
相手の日本人と比較して「コリャ〜、将来、、、」なんて考えることも有りました。 しかしその男を連れて来た日本人の女性の方が「ヤマンバ」みたい(もうあれ系は日本ではいないかも。 まあ一つの表現として)で、彼女もまともな「日本語」喋れないといういうようなタイプなら、ぴったりで「申し分ない」無いわけですが。
しかし日本だったら絶対にこんなタイプと付き合っていないはずだと思うような「男
または女」なのに、外国人だからよく見えていないという事は往々にしてあるものです。
で、今回僕に頼んできた彼女に返信を書いているうちに、昔のことを色々思い出し始めました。
まだ僕がロンドンにいた頃の話ですがちょっと書いてみます。
ある日知り合いの日本人の女性というか(娘)が「トムさん、新しくボーイフレンドが出来たのだが、よく分からないところがあるので一度連れて行くから話してみてよ。」と頼んできました。
この日本人の子は僕が当時扱っていたヴィヴィアン・ウエストウッド系の服が大好きで、僕を頼ってロンドンに来た若い人達の一人です。
(その人達の中には昔の日記に書いた「今井アレクサンドル君」もいます)
で、彼女が連れてきたそのイギリス人のボーイフレンドに会ってみると、これが結構いい男だし、品もあるし、喋り方はオックスフォード訛りの非常に教育の高い(スノッブな)英語を使うんです。
なんだこれなら逆に彼女にはもったいないほどだなと感じたのです。
彼は結構シャイで、その上、僕の家に連れて来られた「目的」も知っていたみたいで、ものすごく緊張しいていたのを覚えています。
まるで婚約者の父親に初めて挨拶しに来た男みたいに。
僕は当時30歳になるかならないかの頃で、その日本人の女の子とはたった7〜8歳ほどしか違わないのに、僕は父親代わりにされているのかとちょっとショックでした。
で、その気に入ってしまった男性の名前は「ジュリアン・テンプル」といい、その時に「グレート・ロックンロール・スインドル」という映画を監督している途中でいた。(だから彼女もその映画の中に出てきます)
もう少し詳しく書くと、セックス・ピストルズのマネージャーをしていた「マルカム・マクラーレン」が「グレート・ロックンロール・スインドル」という映画を企画して、その中で使う東洋人(出来れば日本人)の若い娘を探しているが誰か紹介してくれと言ってきた。
10代の中学生くらいが良いと言っていましたが、そんなのロンドンで見つけるの無理だって言ったのを覚えています。
で、僕はその彼女は20歳を過ぎているが一応紹介しておいた。
で、その映画の監督を任されたのが「ジュリアン・テンプル」だったのです。
撮影開始当初は僕は誰が監督かも知らないし、ジュリアンも無名だった。
その後ジュリアンは「ビギナーズ」や「ローリングストーンズ」の映画等を作り、日本でも名が知られるようになったのです。
ちなみにこの日記を書きながら「ジュリアン・テンプル」で検索すると(GOOGLE)彼の名は結構日本のサイトにでも出てくるようです。
その後、彼らは一緒に住み始めたのですが、数年後に別れてしまいます。 今両人それぞれどうしているんでしょうかね?
彼はイギリス人だから、ロンドンにいると思いますが、彼女の方はまだロンドンにいるのか。
彼女のニックネームは「Shinny」、知っている方がいたらお教えください。
随分前に彼女の名前がタイトルになっている「レコード」が突然送られてきたり、また確か3年程前にはロンドンにまだいるって手紙はもらったのですが、その後音信不通です。
彼女は電子メールとかやっていなかったし。
こんな事を書き始めてまたまた昔を思い出しています。
早速彼女の名前で「ググッ」てみましょう。
2003年6月24日
まず最初に、我がプロバイダーである「OPTUS」があまりにも理不尽なので、契約を打ち切ろうかと考えているので、ひょっとすると本日の日記を最後に数日間更新が出来なくなる可能性があります。
またメールの送受信も出来なくなると思いますが、もしこのHPの中にある僕宛のメールアドレスでお送りいただいた場合(grandeegranite.com)は、アドレスは変わりませんから、再接続後にすべて読めますのでご心配なく。
ちなみにこの grandeegranite.com
は僕自身が所有しているドメインネームですのでインターネットのプロバイダーを換えようとも、変わる事はありません。
事の顛末は再接続後に詳細を日記で書きますので宜しく。
さて、
女房の幼馴染であり我が家の顧問弁護士をやってもらっているR夫妻と先週の金曜日の夜に食事に出かけました。
昨年父が他界し、また我が娘が家を購入したためにとてもお世話になり、食事に招待したいと思っていたのですが、お互いのスケジュールがなかなか合わず、とうとう父の一周忌以後になってしまったのです。
さて何処に招待しようかと考えていたら、女房がノース・シドニーにあるインド料理屋、僕のHPの中の「食」のページにも紹介した「ニルギリス」に行きたいと言うので、きっと彼らも喜ぶだろうと女房がブッキング等総て手配したのです。
彼らの住むダーリングハーバーに迎えに行き、僕の車でノースに向かったのですが、車の中で彼の奥さんが「インド料理って結構スパイシーよね」と不安げに言うのです。
「えっ?レスリー(奥さんの名前)は辛いの苦手だったっけ?」と聞くと旦那が「いや大丈夫ですよ。」なんて即座に打ち消したのです。
その時一瞬不安が僕の頭の中をよぎったのですが、まあニルギリスは普通のカレー屋と違って料理によってはまるでフランス料理ではないか思わせるような味も、料理の盛り付けかたも素晴らしいディッシュがあるので、何とかスパイスの一番弱いのでも注文してあげようと考えながら店に入ったのです。
ところが独特のあのスパイシーな香りが漂っているインド料理店に入った途端に、「うわ〜すごい香りね」と言いつつ咳き込む始末。
こりゃ〜彼女にとって「とんでもない所」に招待してしまったのではないかと、不安が現実のものに。
で、その上その日は「ゴア(地方)料理のスペシャル週間」とかで、いつもの「ニルギリス」らしい料理は全く無く、もう総てがいつもに増して辛い(ホット)なのばかりなのです。
もちろん僕らは大好物で全く問題は無いのですが、結局彼女はオントレから始まって最後の料理までの中で食べた(食べる事が出来た)のは、チャパティ(薄焼きパンのようなもの)と付け合せについてきた味の無いヨーグルト、それに白いご飯だけだったのです。
あ、デザートのアイスクリームはもちろんオーケーでしたが、いやもう本当に悪い事をしてしまったなと。
「金曜日に一緒に」と女房が電話を一週間も前に入れた時に「美味しいインド料理店があるから」と行き先を言ってるにもかかわらず、一言も「女房は辛いのダメ」って言ってくれないも困っちゃいますけどね。
まあ女房も一言「スパイシー系は大丈夫?」って聞いておけば良かったのですが、何しろ幼馴染の彼とその奥さんだからって安心してしまっていたのですな。
ところがオーストラリアではこういう事って実はシバシバ起きるわけで、確認するのが本当は必要なのです。
皆さんもご存知だと思いますが、単一民族の日本人には考えられないくらい、オーストラリアでは「食」について幅があるんですよね。
つまり好き嫌いだけでなく、宗教的な理由等で、日本人にとっては「えっ!」て思ってしまうような物でも食べなかったり。
ですから航空会社の機内食にしてもお客のために(事前にリクエストが入っているようだが)ベジタリアン用だとかコウシャ(ユダヤ系)用の料理等をちゃんと用意してるわけです。
そういえば数年前にもオーストラリア人達7名でインド料理店に行ってえらい目に遭ったことがあります。
その時は僕らがインド料理を選んだわけではなかったのですが、注文を始めたとたんに一人は絶対に魚肉は食えないベジタリアンで、二人はユダヤ人で豚を食わないだけならともかく魚介類もアウト、その上「辛いのは苦手」なんて言い出して、何でインド料理店に来ちゃったのかって問い詰めたくなるほどしらけた事があります。
ウエイターが注文を取りに来ても「スパイスの入ってない料理は無いの?」なんて聞くありさまで、そのウエイターがいささか「むっ」として、「すみませんね〜お客様。 ここはインド料理店でございまして、当店自慢のデザートのアイスクリームにもホット・スパイス(辛い)を入れているくらいですから」って言ったのです。
もちろんアイスクリームにホット・スパイスが入っているわけは無く、これは冗談なのですが、その二人は半分本気にしておりました。
こういう事が起きるので、海外では初めての人を誘う場合は念には念を入れて確認する事をお勧めします。
何しろ寿司食いたいと言うオーストラリア人がいたので招待したら、あれも食えないこれも食えないと、ほとんど食えなかった事も有ったし。
ほんとホホでした。
2003年6月25日
昨日の日記に書きましたように、我がプロバイダー「Optus オプタス」と一悶着あり、結局昨日で一端契約を打ち切り、本日また同じ「オプタス」と新たに契約しました。
と、書くと「え?何で」と思われる方もいるでしょうが、詳しくは明日の日記に書きます。
本日サービス員が来て新たに接続して帰っていきました。
一応僕のPCだけの直接接続では問題無かったのですが、家庭内LAN(有線無線両方)の設定で、考えていたほど簡単ではなく、かなり煮詰まってきていますので、今日はもう日記を書く余力が残っておりません。
サービス員はLANの設定等は一切タッチしません。
無線LANを導入した時に僕自身がすべて設定をやったので簡単だと思っていたのですが、なぜか本日来た新しい「ケーブルモデム」と僕のワイアレスルーターの相性がどうも良くないのか、非常に不安定なのでいまだに色々やっております。
LAN内の他のPC達がインターネットにアクセスできたり突然出来なくなってしまったりの状態です。
とにかく、「オプタス」に言いたい(書きたい)事は山ほど有るので明日の日記に詳細を書きます。
これは非常に大事なのですが
僕の電子メールアドレスでこのホームページからメールを送って下さっていてる方は僕のアドレスは変わりません。 tom@grandeedranite.com
というアドレスの分です。
しかし他のメールアドレスをお使いの方はメールアドレス変更の予定ですので、追ってお知らせする予定です。
ご不便をおかけしますが宜しくお願いいたします。
2003年6月26日
昨日の日記に触れたようにプロバイダーとのゴタゴタについて書いてみます。
そもそもの発端は、インターネットに突然接続できなくなって、色々調べていたらケーブルモデムの電源ランプだけが「点滅しているだけ」で様子がおかしい。
普段は常時点灯しているはずなので、電源を元から切って再起動(リブート)かけてみたのですが、全く事態は好転しないので久し振りにテックサポートに電話を入れたのです。
電話に出たオニーさんは、もしモデムが故障なら交換になりモデム代およびサービス員の出張代がお客様の負担になりますという。
我が家には同じプロバイダー(オプタス)を使ってケーブルテレビを見ているのですが、ケーブルテレビのモデムというかチューナーが故障の場合は、過去数回無料で交換してもらっていたのでビックリしたら「テレビとは別でモデムはお客様の物ですから」という。
まあしょうがないので「で、いったいモデム代はいくら?」と聞いたら「200ドルそれにサービス料が99ドル、合計299ドルになります」との事。
今時モデムなんて街の量販店で買ったら100ドルちょっとであるはずで、自分で接続もできるし何と馬鹿馬鹿しいと思ったのです。
同じブロードバンドでもADSLのモデムならどこにでも売っていて簡単に手に入るのにですが、しかし残念ながらこのケーブルモデムは一般に売っておらず、しぶしぶ了承して翌日サービス員に来てもらうことにしました。
ところが何とその晩遅く、そろそろ寝ようと思った頃にもう一度そのモデムに電源を入れたらなんと復活してしまったのです。
で、すぐにサポートに電話を入れてキャンセルしたのですが、結局そのサービス員は翌日来てしまいます。(その件は後述)
で、復活したのでネットに繋いでこの「オプタス」のホームページを見ていたら何と何と!!!「今月中にオプタスネットに加入したら119ドル」と書いてあるではないですか!。
もう少し詳しく調べていると、普段でもテレビも契約している客は229ドルだが今月中は特別価格で119ドル(銀行引き落としの場合)だという。
で、ここが驚くのですが、この119ドルには(新規契約者用ですから当然)道から家まで線を引き込むためのケーブル代から家に付けるジャンクションボックス、家の中の壁に穴をあけたりして引き込んだ線を部屋まで通したりと大変な時間と人件費、そしてもちろん僕が買おうとした最新式のモデムも入っているのですよ!!!。
で、これしめて119ドルなのです。 で僕のように全てセットアップしてある家にただ新しいモデムを持って来て付けるのは299ドルだとおっしゃるのです。
僕は全く理解できない、納得いかないのですが、じつは現代の若い携帯電話世代にはこういう事が「おかしく」感じないようです。
なぜならこのやり方は携帯電話のセールス戦略と全く同じだからです。 しかしこのモデムだろうが携帯だろうがこれはもう絶対におかしいはずです。
で、オプタスに電話をしこの件を問いただすと「新規のお客は12ヶ月の契約に縛られるから119ドルなのです」と、もっとロジカルでないことをおっしゃる。 (このような詭弁に納得してしまう人が多いのか?)
つまり「たった119ドル」で工事したり新しいモデムをあげるということはその12ヶ月の間に毎月の使用料から元を取からということなのでしょう。 それは僕も充分理解できるがしかし、ここが一番問題なのです。
というのは僕はすでに25ヶ月はオプタスを使っていて、最初の契約期間12ヶ月はとっくに過ぎているのです。
ところがその後現在までの13ヶ月も全く契約時と同じ料金を毎月払いつづけているのです。
いくら長年顧客を続けていても、しかしサービスが良くなったり、料金が何パーセントか引かれたりの特典は全く無いのです。
この辺は携帯電話と全く同じ。 ただ違うのは携帯電話の場合は1年もしたら携帯電話機も型が古くなるし、また新しい携帯に換えてとやる人が多いのでしょう。
で、僕はその電話で「もう25ヶ月も顧客を続けていてとっくに元は取っているはずだし、無料で新しいモデムをくれと言っているわけでもない、新規の客となぜ同じ値段で売れない。 なぜ逆に新規の人より倍以上も払わなければならないのか」と突っ込むが、まるでお役人相手に話しているみたいに全く通じないのです。
「それなら、今すぐ契約を解消する、そして次の日に新規契約を申し込む。 それなら119ドルで済む筈だ」と言ったらそのオプタスの係員「どうぞ、そのかわり今お使いのメールアドレスなどのアカウントネームは同じのをもらえる保証はありませんよ、全て変わってしまいますよ」なんてまるで一種の「嫌がらせ」を言うのです。
全くふざけてるでしょ。 今のプロバイダーを止めて他のプロバイダーに移ってしまうというのではないのに、同じメールアドレスがもらえないなんて。
今や携帯電話でさえ、例えばA社というプロバイダーで使っていた自分の携帯電話番号をB社に移っても同じ番号をトランスファーしてくれるようになったのに。
で、頭に来た僕はこれは「コンシューマー・アフェアー(日本語では消費者協会か)」に言わなければなんて思い始めたのです。
さて翌朝キャンセルしたはずのサービス員がのこのこやって来ました。 「昨晩もまた今朝も、もう必要なくなったとオプタスに電話したのに」と言って門のところでお引取り願おうとしてそのサービス員見たら、何か人の良さそうな顔をしているのです。
そこで、「少々質問をしていい?」と言って以下のことを聞き出しました。
僕の持っている古いモデムと最新式のではどう違うのかなどです。
彼曰く、最新式の方が当然安定してるし僕の持っているモデムは電源まわりが非常に不安定だとの事。
その前の晩に僕が経験した問題は、結構良く起こるとの事。
彼曰く「それなら一旦解消して新たに契約した方が特だよ。 メールアドレスなんて変わってもいんじゃないの?」なんて言うのです。
で頭に来ている僕がオプタスに電話を入れるとまた険悪になる可能性もあったので、女房にセールスに電話を入れてどういう対応になるか見てもらうことにしました。
応対に出たのが何と「入りたてのやる気満々のゲイのオニーさん」だったのです。
ゲイの人がいつもすごく親切というわけではありませんが、彼の場合は入社したてなのか、すごく親身になってくれたのです。
まず「モデムを購入したいのですが」と最初に女房が言ったら「ここは新規加入を受け付けるセクションで、部品の販売のセクションは違うのですが、今僕が調べましょう」と言って数分ほどなにやら調べてきて「お客様モデムを購入の場合は299、、、あら〜すごく高いんですね〜何これ、、、あれ〜???」と言うではないですか。
「そうまさにそこなんだよ、オプタスで働く君だっておかしいと思うでしょ」と女房。
「ちょっと待ってくださいよ、今上司と話してみます」と言って3〜4分ほど彼はどこかへ。
また電話口に戻って来た彼曰く「じゃあこうしましょう。 まず契約を今晩切って明日一番で新規契約で接続と言うことにして、明日サービス員にモデムを持って行かせます。
そしてアカウント名が変わってしまう問題は僕が何とか頼んで見ます」というのです。 ね、良い人でしょこの「ゲイのオニーさん」。
それならということで契約を解消して翌日の朝新規契約ということにしたのです。(それが昨日の事です)
モデムを持ってやって来たサービス員のオニーさんもかなり正直者で、「僕はオプタスで5年も働いているが、オプタスがシンガポールのシンテルに買収されて以来もう最悪、近視眼的なセールスしかやらないし、サービスで家庭を回ると最近は苦情がすっごく増えて」とこぼしているのです。
最近のこのような企業の姿勢が当たり前になっていく怖さを僕はつくづく感じています。
これは企業だけの責任では無く、株価優先主義の近視眼的利益追求主義が諸悪の根源にあると思います。
つまり新規契約者の獲得数ばかりが最重要課題になって、一旦契約させたらいくら長年顧客になっていてもちゃんと面倒を見ない。
セールスの電話はすぐ繋がるが、サポートはぜんぜん繋がらないなんて、よく聞く話でしょ。
結局今回はその感じの良いゲイのオニーさんのお陰で、119ドルで新しいモデムをもらえ、同じユーザーアカウントネームもキープできた、、、かに見えたのですが、残念ながらオプタス自身の商標が昨年変わってしまった為にほんの少々ですが僕らのメールアドレスも変わらざるを得ない事になってしまった。
あ、そうそう今までのモデムの位置がテレビに近すぎて、壁から出ているコード等を延ばさなければと前から考えていたのですが、今回は「新規契約」という事なので、胸を張ってそのたった119ドルでその工事までやってもらえてしまったのです。
考えてみると最初からオプタスがモデムを売ってくれていれば、そのような工事は別料金で取れるし、またモデムが新しくなればインターネットに繋がらないというトラブルも減少するだろうし、テックサポートにかかってくる電話も減るだろうし、彼らにとっても決して損ではないんですが、とにかく近視眼的というか。
メルアド変更に関しては、先行き六ヶ月は古いメールアドレスでも僕の元に届くようにしてくれたので、もしオプタス経由でメールを僕に送っていた方も即座に変更は必要ありませんので追ってご連絡いたします。
また昨日の日記にも書きましたように、このHP内にある僕宛のメールアドレスは不変ですので、ご心配なく。(このHPはオプタスを使っていませんので)
さてオニーさんが接続していった新しいモトローラ製のモデムだけでなく僕のIDの認識方法なども25ヶ月前とは随分変わってしまっていました。
やはりこのようなIT関係グッズは25ヶ月でも大きな進化があるようです。
オニーサンが帰った後に自分で始めた、家庭内LAN(有線および無線LAN)の為のルーターなどの再設定が思っていたほどすんなりと行かず昨日は随分時間を取られてしまいました。
普通サービス員は家庭内LANなどは一切タッチしないので、僕のPCに直接モデムを繋げて開通したのを確認したらさっさと帰ってしまうのです。
その後自分でセッティングを始めたのですが、昨年このルーター(ワイアレスも含むアクセスポイント)の設定をした時にはワイアレス以外はかなり簡単だったので、今回こんなに手間取るとは思ってもおりませんでした。
詳細を書き出したらテックの話で切りが無いので今日は省略します。
それにしても今回は色々勉強になりました。
このような商法が当たり前になっていく世の中では、消費者が「長いものには巻かれろ式」でやっていたら「どんどん損をして行く」ようです。
2003年6月27日
テニスの全仏が終わったと思ったらもうウインブルドンが始まり、すでに第一週が終わろうとしています。
そしてオーストラリア期待のワールドNo1(今大会もシード1位)の「レイトン・ヒューイット」が第一回戦で敗退してしまいました。
普通ならシードNo1が初戦敗退という場合は「まさかの敗退」とか書くべきなのでしょうが(事実こちらの新聞にはセンセーショナルに報道されていた)、僕はこの可能性大いに有ると見ていたので、そのような表現は使いません。
全仏が始まったばかりの時の僕の日記にも書いたように、今回もレイトンが優勝する見込みは無いと思っていました。
第一回戦敗退とまでは読んでいなかったが、しかし第一週を生き残らないとは予想していました。
このレイトンの不振には多くの理由が考えられるのですが、前の日記にも書いたように彼の「精神面」の不調が最大の理由でしょう。
彼の最大の武器は「集中力と、プレッシャー跳ね除ける精神力」ですが、今の状態はそれが全く落ち込んでしまっているのです。
例えば「足の速いのが武器」という選手が、足を怪我して動きが悪くなっているのと全く同じです。
この件は改めて僕のHP内にある「趣味」の中の「テニス」のページで書くつもりですが、ウインブルドンチャンプに3回も輝いた「ボリス・ベッカー」が面白い事を言っています。
「世界のあらゆるプロスポーツで、22歳にもなる男の選手が1年365日べったり両親と行動を共にしてるなんて聞いた事が無い。 レイトンを見ていると親離れをして、もう少し精神面でのチェンジをするべきでは。
僕(ボリス)にしても、6回もウインブルドンのチャンピオンを取った「ピート・サンプラス」にしても、親がコートに来るなんてめったに無かった。」というものです。
確かに「ボリス・ベッカー」の場合は、決勝まで進んだ時にだけドイツから両親が駆けつけていたし、「ピート・サンプラス」なんか彼のテニス人生で親がコートに応援に来たのはただの一回だったのですから。
実はこのレイトンの親の事や、親とうまくいかなかったために首にしてしまったコーチ「ダレン・ケイヒル」についても書きたい事は山ほどあるので、そのうち「テニス」のページの方に書き込みいたします。
さて、オーストラリアの税金年度は7月1日から始まって6月30日終わります。 つまり本日からこの週末がいよいよ税金年度末という事です。
で、税金年度末になると決算のために叩き売りを始める小売業がいます。 (デパートも)
「オフィス・ワークス」というオフィス用品及び文具関係のチェーン店があります。 販売している物はかなり広範囲で、コンピュータ用品から、オフィス家具、はてはオフィスで飲むためというのかコーヒーからお菓子まで売っているです。
で、このチェーン店は毎年この時期「セール」をして、6月末までにどうせ利益を沢山出しても税金で持って行かれるならオフィス用品をリニューアルなんて思っている企業相手に安売りを始めるのです。
僕も一昨日に行って、新しい会計ソフトを購入してきました。
今までは「Quicken」というソフトを使っていたのですが、かなりバグがあって、プリンターの機種によっては経理報告を印刷できなかったりして前から手を焼いていたので、今回思い切ってライバルの「MYOB」というメーカーのものに変えました。
「MYOB」の方が最近はすっかり大きくなってしまい、まるでアンチウイルスソフトベンダーである「ノートン」と「マカフィー」の関係のようになってしまっているのです。
ところが早速この「MYOB」インストール始めたらいきなり会社のプロフィール入力で躓いてしまった。 僕の会社の住所を入力しようとしたら、会社の所在地の郵便番号が入力できないのです。
で、入力しないと先に進めない。
「2023」なのですが郵便番号は「一覧」から選ぶ方式で、なんと1000番台しか一覧に無いのです。
仕方が無いから2023の代わりにいい加減な1003を入れて先に進んだ。
このソフト、オーストラリアで何年も前から売っているのに郵便番号から躓いてしまってしっかりしらけております。
いやいや今日はこの経理ソフトの事を書くつもりではなかった。
その税金年度末セールで「Strathfield ストラスフィールド」という電気屋チェーンが激安セールをやっているのです。
ここはもともとは「カー・オーディオ」から出発して、商品の幅を広げテレビやオーディオ製品、また携帯電話など色々扱っているやはり大きなチェーン店です。
僕は今までなぜか一度も行ったことが無かったのですがたまたま昨日新聞に中折広告が入っていて、見ていたらやけに安い。
じつは娘のCDプレーヤーが最近壊れて僕の持っている古いほうのを貸せという。
我が娘は非常にそそっかしいというか、機械の扱いが非常にラフで結構物を壊す。
そんなわけで、僕のを貸したらいつ壊すかと心配。
で、娘のために「安物の」セットを見てたら、この「Strathfield
」なんだか異常に安いんですよね。
で、娘のために女房と見に行ったらCDもDVDも両方使える(これは今当たり前)プレーヤーと(アンプ内臓)5.1チャンネルサウンドのスピーカー(5スピーカープラス1サブウーファーの計6個)セットで199ドルとある。
ところが行って現物を見てみると、とにかくスピーカーが安っぽい。 PC用の卓上スピーカーみたいなんです。
で、もう少し高額で、デザインもかなりカッコ良い(娘の家のインテリアにピッタリ)スピーカーのセットを見つけたのですが、スピーカーだけなら特別に149ドルにすると言う。
で、そのDVDプレーヤーと組み合わせてセット価格にしたら、280ドルになると言う。
で、そのDVDプレーヤーは箱に入っていてディスプレーされてないので、働いてるオニーさんに、テレビとの接続はコンポジットだけでなくSヴィデオも有る?って聞いたらこのような安い価格のものには接続はRCA(コンポジット)接続だけですと言う。
で、Sヴィデオ接続にデジタル音声出力が欲しいのならもう少し上の価格帯のものになると言って他のを進める。
で、どんどん予算が膨らんでいく。 もういつものパターンでしょ。
超安物の広告で客を呼び寄せておいて、その目玉商品はすでに売り切れだったり、実物が期待したほど良くなかったり。
でもその手に引っかかるのも癪だと、そのオニーさんにDVDはその安物のでかまわないから良い方のスピーカーを付けてもっと安くならないのと聞いてみた。
実は激安セールとうたっているから280ドルからいくらも引けないだろうと、大して期待せずせいぜい280ドルが260ドルくらいになればと思ったが最初から「260ドルにならない?」と言ったら、どうせ270ドルくらいで手を打たされると予測したので、いきなり「220ドルにしなよ」と言ったのです。
その若い販売員は最初は無理だと思います、この価格自体がもう儲け無しですからなんて言う。
じゃあ上の人に相談しなさいと言ったら、ちょうどその上司が通りかかった。
で、僕がいきなり安くしろと言ったら(220ドルと言っているのに)200ドルで良いですと言う。
(゚Д゚)ハァ??って、一瞬こっちがビックリ。 だってお客が220ドルにまけろと言ってるのに、200ドルっていきなり言う。
僕はせいぜい260でも良いと思っていたのですから。
でそれなら「本日の目玉商品」(安物のスピーカーがついてるやつ)が199ドルだから、たった1ドル高いだけなんです。
何か逆にビビってしまいました。 いや正確には最初聞き間違えたのかと思った程。
で、そんなにいきなり安くなるのならこりゃ〜随分粗悪品なのではと逆に迷い始めた。 で、そのDVDの箱が積んである前で仕様等を見ていたら、30歳代の男が「ちょっとすみません」と言ってその積んである箱を取って、このDVDプレーヤーすごく良いよ、実は今朝一台買ったのだが思った以上に良かったのでもう一台買いに来たというのです。
まあそのオッサンが一日に2台も買うほどだからダメでも安いしと思って買って帰って来て、すぐにちゃんと作動するかチェックするために箱から出したら、何と!
接続はコンポジットからSヴィデオ、それに何と何とRGB(この場合はコンポーネント)出力まで付いていて、またオーディオ出力も本格的な「コーオキシャル接続」と「S/P
DIF」も付いてるではないですか!!!
最初僕は箱を間違えてもらってきたのではないかと思ったほど。
実はその販売員が全然何を売っているか判ってないんですよね。
多分この会社自体が判ってるのかも怪しい。
どおりで、あのオッサン一日に2個も買ったんだって了承。
で、僕も即もう一台買いに行ってしまいました。(何のために???って自分でもよく判らない。 PC屋のジョンに売ってあげようかなと)
今度はスピーカー要らないから単体でもっと安くしろと言ったら、99ドルで良いと言う。
いやはやビックリです。
99ドル(日本円で7000円切るかも)でハイデフィニション映像出力にデジタル音声コーデイックまで付いて、そしてあらゆるフォーマットに対応(DVD DVD−R CD CD-R MP−3)それにカラオケまで出来ると書いてあるこのプレーヤー及びアンプ一体型のが99ドルなんて。
メーカーも日本のS社(ソニーではありませんが僕には大いに馴染みのあるブランド名です)
実はあまりの値引きに他の商品まで買ってしまったのですが、何もかももう叩き売っている感じ。
ひょっとするとこの会社どこかに身売りするために、今年の決算を良く見せるため、つまり総売額だけを上げるためか何かの理由で気持ち悪いほどの値引きをして叩き売ってるのではないかと思い始めたのですが、少々この辺は調べてみます。
オーストラリアにお住まいで興味がある方はこの週末覗いてみる価値はあるかもしれません。
ちなみにそのDVDプレーヤー。激安価格として一応129ドルの値がついていたのですがそれでも飛ぶように売れていて、僕が買ったのが最後の2箱の一つでした。
他の「Strathfield」は総てとっくに売り切れているらしいです。
この値段についてはまた別のサブジェクトとして近々日記に書きます。
では皆様良い週末を。
2003年6月28日
本日と明日(日曜日)の日記はお休みいたします。
良い週末をお過ごしください。
2003年6月30日
一昨日の土曜日の夜に「SBS」というマルチカルチャー・テレビ局でやっていた番組「The Death of The Iceman 」、非常に興味深い内容で思わず引き込まれてしまいました。
この番組は
1991年にアルプス山中(イタリアとオーストリアの国境)で発見された最古(推定5300年前)のミイラです。
何千年もの間、アルプスの山の中で冷凍状態であったために「ミイラ」と言っても皮膚などは乾燥しておらず、ほとんど骨と皮の状態であると言っても、解凍すると腕などちゃんと動き、弾力があるように見えます。
またその保存状態の良さから胃や腸の中の食べ物まで採集可能でした。 つまり当時の人間がどんな物を食べていたかが判る「現物」が出てきたわけです。(パン系の穀物と、干し肉のようなものが出てきたようです)
1991年に発見されて以来、このアイスマンの死因は凍死や滑落事故による怪我などが考えられていました。
何しろエジプトの「ピラミッド」やイギリスにある「ストーン・ヘンジ」よりも古い時代の人類が(ミイラ状態と言っても)発見されたのですから、当時そのミイラは世界中の考古学者等にとっては垂涎の的、一目見るだけでもと大変な注目を集めたのは僕も記憶しています。
あまりの注目度に彼(ミイラ)には「オーツィ(OETZI)」というニックネームまで付けられました。
世界中の権威ある学者が集まってこの「オーツィ」について研究が行われたのですが、死因については正確な判断が出来ないでいました。
その後「オーツィ」は発見された場所がイタリア領だというイタリア政府のクレームで、オーストリアからイタリアへ移されました。
そしてそこで、発見から10年も経った2001年にイタリアはBolzanoにある病院のレントゲン医師
Pual Gostner
が体の中に弓矢の矢尻がある事を発見したのです。
つまり弓矢で襲われ傷ついた「オーツィ」は山へ逃げる途中に力尽きて死んだとう事になったのです。
その新しい発見についてドキュメンタリー番組が制作され、それを土曜日のSBSで放送していたわけです。
1991年当時のニュースやその当時のドキュメンタリー番組と現代に作られたこの番組とでは「月とスッポン」、面白さが全然違うんですよね。
と言うのは今やコンピュータ・テクノロジー大進歩をしたために、このミイラ状態の「オーツィ」から生前の顔まで再現して見せています。
顔つきはやはり「イタリア人」的にも、またなぜか僕には東洋人的にも見えるんですよね。
また当時よりも医療テクノロジーも大進歩を遂げているのでCATスキャン等の装置とコンピュータグラフィックス等を駆使して大変興味深い番組に仕立ててありました。
と、この番組を見終わった翌日、偶然「タイガー・ウッズ」についての記事で面白いのを読みました。
まず最初に断っておかなければいけないのは、僕はゴルフには全く縁が無く、「タイガー・ウッズ」についての知識も、僕が知らないだけで、皆さんはとっくにご存知の事を書いてしまうかもしれません。
僕はもちろん「タイガー・ウッズ」の名前は何度も聞くのですが、随分妙な名前だと思っていました。
多分「ニックネーム」であろうと考えていたのですが、それにしても彼には「ピッタリ」の名前にも思える。
それは彼が超有名になって、その名前を聞きなれてしまっているからかもしれません。
そこで先ほど初めて「タイガー・ウッズ」と「本名」という「キーワード」でググッて(GOOGLE)みたら、本名は「Eldrick
Woods 」とあり、彼が21歳の時に「Tiger
」をミドルネームに加えて「Eldrick Tiger Woods
」を正式名として登録したと書いてあります。
日本人のレーシングドライバーで一時期F−1も乗っていた「高木虎之助」というのがいます。 今アメリカのレースに参戦中ですが、アメリカでは彼は「トラ・タカギ」と呼ばれていて、まさに「タイガー」なんですけど彼の名前は本名ですな。
そういえば僕の子供の頃に知り合いのバアサンで「トラ」というのがいたのを思い出した。
そうか日本では「タカギ トラ」なら女性なんですな。
話が飛んでしまいましたが、その「タイガー・ウッズ」僕はてっきり「黒人(アフリカ系アメリカ人)の父親とタイ人の母親」のミックスだと思っていたのです。
ところがその記事を読むとそんな単純ではなく、これまた非常に興味深いんです。
5300年前のアイスマンの顔をコンピュータ・グラフィックスで見た後だったので特に感じたのかもしれませんが、タイガーウッズの顔は今から5300年後の人類の顔をしている可能性があるのではと思ったのです。
国境が無くなりもっと人種同士の融合が進むと、きっと彼のような顔が地球上に存在する人類のマジョリティーの「顔」になるのではと思います。
その理由は、この記事にタイガーウッズの祖先の事が出ているからです。
タイガーの父は1/2がアフリカ系黒人、 1/4がアメリカン・インディアン、そして残りの
1/4が中国人との事。
そして彼の母親は 1/2がタイ人 1/4が中国人 1/4
が白人(オランダ系)なのだそうです。
と言うことはタイガー・ウッズは1/4 が黒人1/4 がタイ人、1/4が中国人で
1/8 がアメリカインディアン 1/8 コケイジャン(Caucasian つまり白人)になるのだそうです。
だから彼は「あなたは何人ですか?」なんて(馬鹿な質問)聞かれると、「Cablinasian(カブリネシアン)」と自分の「造語」を答えるそうです。
そう、この造語は上の総てを組み合わせているのです。
Ca=白人 bl=黒人 in=インディアン asian=アジア人
素敵な表現でしょ。
僕の娘もミックスしてますが彼と比べたらミックス度は彼の足元にも及ばない。
ちなみに我が女房がアングロサクソン(イギリス系)と東欧系ユダヤ人のミックスなので、我が娘は1/2
が日本人 1/4 がアングロサクソンで残りの 1/4 がユダヤ人となるわけです。
で娘の「顔」はなんか「タヒーシャン」みたいに見えるんです。
不思議ですな。