例えば、若い人がFacebookやTwitterを常に使っている場合、自分の意見や考え方などが本人の気がつかない内に影響を受け「洗脳」されて行くという問題が指摘されるようになっているのは喜ばしいことだと感じている。
トランプ氏が当選した前回の大統領選挙で、AIがアルゴリズムを使いトランプに有利になる風潮作りにイギリスのネット広告会社が一役買ったという話を聞いた事があったので今この日記を書くためにググったら、「ケンブリッジ・アナリティカ」というイギリスの政策コンサルティング会社らしいです。
この会社は英国のEU離脱の風潮作りにも一役買っていたという。
つまりFacebookなどの影響力の強いソーシャル・メディアを使い、ユーザーが気が付かない内に「洗脳」されていく、「友人達は皆こういう考えなんだ」と錯覚させてしまう、恐ろしさがある。
特に単一民族思考の日本人は、「世間がどう思っているのか」や「他人の目」「世間体」などを非常に気にする国民なので「悪用」するととても効果的だと思う。
「XXX警察」なんていう言葉(マスク警察とか)があるように日本では「他人の行動」が気になって仕方がない。
僕が日本に住んでいた頃、もう50年以上も前では「お隣さんがカラーテレビを買ったから」とか「お隣さんはピアノを購入したから」「外車を購入した」とかが話題になるというか、気になって仕方がない風潮がすでに強かった・
それに影響されて、我が家にもピアノをなんて人が少なからずいた。
ピアノを弾く人もいない家が買ったり。
僕が生まれ育った「田園調布」という場所にもそういう風潮は確実にあったが。
海外に住み始めて46年も経つと余計に、日本人の他人の目を気にするという悲しい「サガ」を強く感じる。
そしてこれが今世界でも危険だと議論になっているソーシャル・メディアの落とし穴なんですよね。
僕は「ある理由」からFacebookやTwitterのアカウント・オープンはかなり古くからなのに、その危険性を考えてほとんど使用しない姿勢を続けて来たのは、このブログをやっているのもあるが、幸い仕事上ソーシャル・メディアを利用する必要も無かったからとも言える。
僕がへそ曲がりのヂヂイだというのも理由かもしれないが。
我が娘のようにソーシャル・メディアにドップリ浸かっているのを見ると、完全に生活の一部になっているようでそれの無い生活は考えられないのかも知れない。
確かに遠く離れた海外にいる友人達の近況を確認できるというメリットは僕も良くわかるんですけどね。
例えばソーシャル・メディアではなくYouTubeのような場合でも、右側に出て来る(iPadの場合)オススメはAIがアルゴリズムを使って、あなたが興味を持ちそうな動画、それを観たり聞いたりしたら「心地の良い」内容なはずだと選んでいる様に見えるがしかし、いつの間にか新しい商品に目を向けさせたり、政治的な考え方や意見を「意図した方向」に導く様な結果(隠された意図)可能性が大である事を留意して使うべきだと思います。
今回の米国大統領選挙ではTwitterもそうとう慎重になっているようですね。