昔々、車で訪れた「ル・ピュイ(Le Puy)の事が突然脳裏に浮かんだ。
フラッシュバックというのか、全く唐突に昔の思い出が蘇ることがある。
1975年の夏だったと記憶しているが、当時住んでいたロンドンは夏の季節になっても、肌寒い日が続きどこか暖かい保養地に「夏のバカンス」に行きたいと思い始め、当時乗っていたオンボロのBMWでスペインまで走って行こうと決めた。
イギリスから車をフェリーに乗せてドーバー海峡を渡りフランスに入ってからまずは友人のいるパリを目指し、数泊後にスペインに向かって南下を続けた。
当時はロンドンで購入した地図だけが頼りだったが、途中で車の不調に見舞われBMWの修理工場があるという情報を頼りにある町に向かっているうちに完全に迷子になってしまった。
ハイウェイを降りてその町を探して走るうちに道は細くなり、日は暮れ全く街灯もない道を進んでいた。
遠くに町の灯りが見えたのでそちらの方向にハンドルを切り向かった。
そこは大きな町ではなくまさに村といった感じで、とりあえず街頭のある場所に車を停めて、この村がいったい何処なのか、そしてその晩の宿を見つけなくちゃと灯りの付いている店を探して歩いている途中に、薄暗い建物の裏口のような場所でタバコを吸っている人が目に入った。
僕は土地のフランス人だから言葉が通じないと思い、そこを通り過ぎてから「あれ? 今の人顔はよく見えなかったけど、“ウンコ座り”ではタバコを吸っていた!?!」と気が付いた。
で、あんな座り方でタバコを吸う欧米人など見たことが無い。
「ひょっとすると」と思い、Uターンしてそのタバコを吸っている人に「すみません、日本人の方ですか?」と日本語で声をかけた。
人っ子一人通らないような田舎の村の暗がりでいきなり僕が日本語で声を掛けたので、彼は指に挟んだタバコを落としかけるほど驚いた表情で「あああ、あそう日本人です」と幽霊に遭ったような表情で応えた。
僕がパリからスペインを目指して走って来るうちに道に迷い、暗く細い道を走っているうちに灯りが見えたのでこの村に入って来たと話し、この辺りに泊まるところを探すためにホテルが有るか尋ねた。
すると彼は後ろの建物を指差し、ここは僕が働いているホテルのキッチンの裏口で、もし泊まる所が必要なら今マネージャーに話しますと言って一緒にその建物の反対側に連れて行ってくれた。
そこは何と彼が働いているこじんまりとしたホテルだったのです。
彼は流暢なフランス語で部屋を取ってくれ、「夕食は食べましたか」というので、道に迷ってずっと走り続けて来たのでまだ食べていないというと、それでは今から僕が作りましょうと言って、部屋に荷物を入れたら食堂に降りてきて下さいと言った。
ワイフと僕は部屋に荷物を入れながら、「いや〜ビックリ、こんなフランスのど田舎な感じの村で最初に車を停めたそのすぐ近くで最初に出会った村人が日本人だなんて」と話していた。
そして何か夕食を作ってくれるとか言っていたけど、フランスを旅している学生さんか何かでこのホテルで皿洗いのアルバイトでもしているのだろうか? 何か彼が作ってくれると言っていたが、もうだいぶ遅い時間だしインスタント・ラーメンか何かを使って作ってくれるのかなと話しながら下の食堂に降りて行った。
するとすぐにフレンチの前菜料理が出てきて、それが終わると素晴らしい味の肉料理(高級なステーキ風)のメインが現れ、デザートも何種類も出てきて僕らは驚きというか呆気に取られるような状態で美味しい食事を堪能させてもらった。
夕食を取りながら彼と話していて、じつは彼はフランスのリオンにフレンチの修行できて、その後レストランで働いている時にこのホテルにスカウトされメイン・シェフとして働いていること。6年間近くも働いているが、日本語を聞いたのは初めてで、それもその日の仕事を終え、後片付けや掃除は彼のアシスタント達がやっている時間にホテルの裏口から出て、タバコ休憩をしていたら、知らない人間(僕)が日本語で話しかけて来たので、本当に驚いたと言う。
あまりにも長い間日本語を使っていなかったので日本語がスムーズに出て来ないし、同時に僕のワイフが日本語で彼に話しかけると、ワイフがオーストラリア人なので彼に取ってはフランス人が話しかけている感じで「反射的」にフランス語が出てしまっていた。
フランス人相手に日本語で会話を続けるなんて行動は慣れていないので、西欧人の顔をした僕のワイフを見ながらだとフランス語が出てしまうんですよね。
しかしワイフはフランス語に派は不慣れなので彼の言うことが???状態で彼が慣れるまで会話が噛み合わなかった。
僕もこんな田舎の村で最初に出会ったのが日本人なんて俄かには信じられなかった。
一旦通り過ぎてからまた戻って来たのは「東洋人特有のウンコ座り」をしているのをみてひょっとしたらと考えたからと話し、僕は日本人だが現在はロンドンに住んでいて、横にいる僕のワイフはオーストラリア人などの話をした。
食後も彼は土地の名産という緑色のリキュールをふるまってくれ、夜遅くまで色んな話をした。
その後僕はお礼にロンドンから日本の本や雑誌を送った。
彼の名前は「高橋」さんで当時フランス人の女性をル・ピュイで見つけ、結婚してずっとこの村にいるだろうと話してくれた。
ちなみに彼の働いていたホテルは、有名なオリンピック・スキー選手「キーリー」が経営するスキーリゾートホテルだというのを知った。
僕らがお世話になった時は7月か8月だったのでオフ・シーズンの時期だったのだと思う。
さてこの日記の最初に書いたようにこのル・ピュイの事が脳裏に浮かんだので、グーグルマップでル・ピュイの村はどの辺りに有ったのだろうと調べたら、パリからスペインに向かう途中の街道からはかなり外れた場所だというのを改めて知った。
今ならカーナビがあるので、迷ってこの村に行くなんて事は絶対に起こらなかったでしょうね。
で、今から5年ほど前にドイツからチェコ、オーストリー、フランスと6000kmほどの旅をした時にその村にも行けば良かったと今更ながら考えた。
今地図上で見てみると、カルッカソンからボルドー方面に上がる時にもル・ピュイは立ち寄れる距離だった。
今度はバルセロナから行ってみようかなと思い始めた。