ちょうど50年か、、、。

年が明けてこの日記のプロフィールを書き直そうと見たら、僕が日本を出てロンドンに住み始めたのが1974年でちょうど今年2024年が海外生活50年にあたるのを思い出した。

「50年、、、半世紀か」となんだか感慨深い気もするがあっという間だったように感じますね。
人生なんて短いあっという間に気がついたらもうそろそろなんて年齢になっているんですね。

僕が東京からロンドンに住みに行ったのが1974年4月、26歳の時で何度か観光で出掛けていたヨーロッパ、特にロンドンに魅せられて好きなだけ住みたいと思い始め、偶然確か1972年の終わり頃だったかに任された原宿の店舗を僕の好みのロンドンファッションの店に変え、その店の商品買い付けの名目で英国のビジネスビザを取得した。

以来一度も日本には「住みに帰る」ことも無く、居心地の良い海外暮らし。
ロンドン時代には住む目的だったファッション、コンサート、ライブ、ヨーロッパ旅行、などおおいに楽しんだがしかし最終的にはあの暗く寒い長く続くロンドンの冬の気候にやられてしまい、偶然そんな冬に真夏のオーストラリアに来て、真夏の太陽の下白い砂浜、抜けるような青空、エメラルド色の海を見てまさに「即決」してしまった。

ずっと自営業で生きてきた僕には会社を辞めるなどのハードルも無くまさに「即決」だった。
しかしオーストラリアに移り住むにはオーストラリアの居住ビザが必要でワイフがオーストラリア人でもレジデントビザが下りるまでは半年以上が必要だった。

その間に当時原宿でやっていた店の整理、ロンドンで購入したアパートの売却などなどが有ったので当然時間もかかり、アパートの売却金はシドニーに移ってからだった。

1980年の暮れにシドニーに移ったのでロンドンには6年半ほど住んでいたことになるが、しかし大変多くの思い出が詰まっていますね。
やはりいきなり日本から英国に住みに行き、カルチャーの違い、僕のようなビートルズ世代には本場ロンドンで生活することだけでも楽しくてしょうがなかった。

それほど楽しんでいても6年目を迎える頃には寒いのが大の苦手の僕にとっては「夜の長い寒いロンドンの冬」は好きになれず、その同じ年末の時期に真逆のシドニーに遊びに来てしまったのが人生の転機だった。

ファッションの店を辞めてシドニーに移っても何をやる計画も無く(典型的な僕の行動スタイル)無鉄砲でいきなりシドニーに住み始めてから「さて、オーストラリアで何をやろうか」という状態だった。

じつはロンドン時代の友人(ヴィヴィアン・ウエストウッド、コシノMichikoなど)や取引先のメーカーの関係でシドニーでもファッション関係の仕事(店か輸入)を考えていたが当時のオーストラリアはファッション(衣類)業界が完全にオーストラリア政府の保護政策に守られていてTシャツ一枚輸入するのにさえ輸入枠割当て制度で、輸入の権利を持たないと罰則的な輸入税か輸入枠割当ての権利を持つ事業者から買い取るというような全くとんでもないシステムの上、そもそも次のシーズンには何が流行るのを予測する才能も必要無い(つまり季節が北半球と真逆なのですでにヨーロッパやアメリカで流行したものを参考に仕入れれば良いという地域的な問題)というまさに僕の考えるファッションからは完全に「不毛」な国だった。

なのでせっかく持っていた英国のファッション業界のコネも全く使うことはなかった。(使えなかった)

以来1980年からもう44年、色んな事をやってきたが、振り返って見ると運が良かったというか一度も会社勤めもせず、還暦を迎える頃にはもうリタイヤ生活を見据え計画を立て、以来まともに働かずに今日まで至っております。

こうして振り返って見ると、半世紀もあっという間に経ってしまうわけだわと。
あと何年生きられるか知らないが、まあ身体が続く限り楽しんでいこうと思います。

admin について

海外生活51年の「浦島太郎」状態のおじさん(いやもうジジイですね)がやっています。 1974年に東京からロンドンへ。 現在はシドニー在住です。 2017年から年に半分はバルセロナに住み始めオーストラリアとスペインの間で渡り鳥人生。 海外に住んでみたい、老後は海外でリタイヤと考えている方にお役に立てれば 幸いです。(フロントページにある景色は我が家から見えるシドニーハーバーです。 シドニーの中心街や右手にハーバーブリッジやオペラハウスが小さく見えますでしょうか) 私に連絡を取りたい方は上のプロフィール内にあるようにFBのメッセンジャーをお使いください。
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