この日記には本日まで書かなかった(書く気が起きなかった)「親友が逝ってしまった」話を書きます。
最近はけっこう僕もボケて,昔の日記にこの大親友「Yさん」の事を書いたか詳しく記憶に無い。
Yさんはロンドン時代からの友人で、今年の初め確か1月に膵臓癌が見つかり、僕は即日本にお見舞いに行こうとした。
しかし彼女は癌治療で疲労しているのか、「日本に来るのは癌治療が一段落してもう少し元気になってからにして欲しい」と言われてしまい、航空券まで購入した後だったがキャンセルした。
そして、「膵臓癌」という内容から今行かなければ逢えないままになってしまうだろうと危惧しつつも彼女からの連絡を待っていた。
約1ヶ月ほど前確か7月に入って、スヴァールバル諸島クルーズに出かける前に共通の友人からラインで彼女が逝ってしまったニュースが届いた。
やっぱり、、、亡くなる前に一度は会いたいという希望は消えてしまったのだと,予想はしていたもののかなり落ち込んでしまった。
まずYさんについて少し書いてみます。
僕がロンドンに住み始めた1974年に、彼女と旦那さん(東北大震災の年に亡くなった)のカップルとして知り合った。
彼らは僕と似たような仕事をしていたので、ロンドンのアンティークマーケットなどでも何度も顔を合わせ共通の友人もいて個人的な付き合いが始まった。
僕は1980年の終わりにロンドンからオーストラリアへ移ったが、確か彼らはその前年に日本に戻った。
彼らが日本に戻った後、僕がシドニーから日本へ行く度に一緒に食事をしたり日本国内の旅行を一緒にしたりの付き合いだったが、2011年3月東北大震災直後の3月にダンナさんは腎臓癌で亡くなってしまった。
その後未亡人になった彼女は残された南青山青山の一軒家に1人住まいとなり、僕らが日本に行く時には宿泊するようにとサジェストいただいた。
以来今まで僕らは何度お世話になったことか。
またある年は彼女をシドニーに招待して、一緒にニュージーランドのキャンピングカーツアーに出かけたり。
彼女はクッキングの本を出しているくらいの料理の腕なので、そのキャンピングカー旅行中にも狭いキャンピングカーのキッチンで美味しい料理をご馳走してくれたり,また僕らが南青山の彼女の家に海外から到着する度に手料理で歓待を受けた。
まるで「お母さん」が手作りの家庭料理を作って僕の帰国を迎えてくれていたように。
先日ワイフと料理の話をしていて、「僕らの同年代の友人達の中で、やはり彼女の料理が一番美味しかったよね」と。
僕が子供の頃に母が作ってくれた料理も忘れられないが、もう彼女の料理も記憶の中だけになってしまった。
77歳にもなると同年代の共有する昔話ができる親友達が一人二人と欠けていく。
僕はオーストラリアに住んでいるので、近所に住んでいたら会って思い出話をしたいと思っていたような親友達と会うチャンスが無いまま彼らの訃報を受け取るということがよく起きる。
シドニーハーバートンネルを建造した立役者、もと熊谷組の三谷直男さんにもお会い出来ないままだった。
僕が日本で働いていた頃からの友人だったヘアースタイリストの「伊藤五郎」さんにもお会いしたいと思っていたのだが逝ってしまった。
こんな事を書いているとせっかく克服した鬱病が(じつは昨年まで鬱病の治療薬を服用していたが完治したと感じ服用を止めた。)戻ってきてしまうのではとちょっと心配になるので、止めます。
で、本日のお題「人間ドックてやる意味あるのか?」に戻ります。
じつはYさんの癌が見つかった時にはすでにステージ4で、転移も認められた状態だった。
彼女には虎ノ門の方に彼女が信頼を寄せていた主治医がいて、毎年その医者のところで人間ドックの検査を受けていた。
しかし彼女の膵臓癌を見つけたのはその医者ではなかった。
長年のヘビースモーカーだった彼女には僕が日本で彼女の家に宿泊する度に禁煙を勧めていた。
ロンドン時代は僕も彼女と変わらないほどのヘビースモーカーだったので「タバコ止めたら何でも美味しくなるし元気を実感出来るよ」としつこいほど言っていたが、「いいのよタバコは私の趣味だし、スモーカーでも長生きする人もいる。 もし喫煙で早く死んでもそれは好きな事をやった結果だから」とガンとして聞き入れてもらえなかった。
彼女は普段風邪を引いているわけでもないのに、「肺に痰が絡んだような咳」をしていて僕は医者に肺を調べてもらったらと言うと、「確かに主治医はタバコを止めたほうが良いとはいっているけれど、タバコは好きだから止めたくはない。 人間ドックで定期的に検査しているから大丈夫よ」というのが彼女の答えだった。
その彼女が昨年の10月頃に体調不調で診断を受けた。
彼女は最初胃の不調を訴えたが主治医は「南青山の家を処分した時の不動産売買手続などの気疲れで胃潰瘍になったのでしょう。薬を出しておきます」で終わってしまっていたらしい。
しかしその胃潰瘍治療薬の効果が一向に出ないので(セカンドオピニオンということで)福岡の大きな病院で診療検査を受けたら膵臓癌の疑いと言われて精密検査の結果、ステージ4でそのうえ腎臓への転移が分かった。
もちろん膵臓癌というのはなかなか発見しにくいものらしいが、しかし体調を崩し胃潰瘍の薬の効果が全くない時点でその主治医は精密検査を行わなかったのだろうか?
長年の主治医なら体調の変化はある程度見抜けたのではないか?
ステージ4なら、昨年体調を崩した時点でももう手遅れの状態だったのかもしれない?
しかし少なくとも僕が禁煙した頃に彼女もタバコを辞めていればもう少し長く生きることが出来たのではないかとか色々考えてしまう。
好きなタバコで死ぬなら仕方がないなんて強がりを言っていたが、じつは南青山の家を処分し兄弟の住む福岡に移って(すでに福岡のマンションは購入済みだった)福岡でも南青山でやっていた画廊を再開すべく店舗の契約もしていたくらいだから、本人がいちばん悔やんでいるかもしれない。
僕より2歳も若い年齢だったのだから逝ってしまうのは早過ぎる。