先日の日記にイランからオーストラリアで開かれている女子サッカーのアジア杯に出場していた選手の何人かがイランへ帰国せずオーストラリア政府に「政治的亡命」をしたと書きました。
一昨日に予選敗退のイランチームはイラン政府が用意した飛行機で帰国の予定がチーム内の何人かが(選手だけでなくチーム同行者)オーストラリア政府から亡命を認められて残った。
チーム内にはイラン政府関係者もいたようで、亡命を迷っている選手は腕を掴まれて飛行機に向かう映像もニュースで流れていた。
空港に到着した選手を乗せたバスの前にオーストラリア在住のイラン人達がバスの前に座り込みイランに無理やり連れ戻されそうな選手を救うために阻止行動に出ている映像も。
イラン国内ではオーストラリアでの試合前に国歌斉唱をしなかった選手達を帰国したら追求するというイラン政府のスポークスマンの映像もあった。
もし亡命してオーストラリアに留まったらイランにいる家族などが弾圧を受けるという恐れもあり選手もギリギリまで迷っていたようだ。
最初に亡命を表明した選手の1人はギリギリになって亡命を諦め帰国した。
このような状況下ではオーストラリア政府というのは非常に柔軟に動く。
移民担当の大臣は連日テレビのニュースに登場して、政治的亡命受け入れを歓迎して即決で認可していた。
その移民担当大臣は僕に市民権認可を出した人でもある「トニー・バーク」という政治家で、テレビを見ていたらワイフにあの政治家があなたを認可したのよと言われて初めて知った。
さて、上でオーストラリアは政治的亡命などにはとてもオープンで、この日記をご覧の方で1989年に中国で起きた「天安門事件」を覚えているか分からないが、当時の中国では民衆から沸き起こった民主化の流れを抑えるために時の中国主席「胡錦濤」は軍隊を使って弾圧し排除した。
その当時に海外に留学していた中国人の学生達は民主化の流れを弾圧で潰されたのをみて、オーストラリア政府に政治的亡命を願い出て、とても多くの中国人が天安門事件の後に亡命が認められてその後市民権を獲得した。
じつは僕の仲の良いボンダイジャンクションのPC屋の中国人夫婦もその天安門事件での亡命組で、昨日我が家にドアを修理に来た中国人の大工さんも天安門亡命だった。
この大工さん素晴らしい仕事をしてくれるので貴重な存在です。
彼らと話すと、政治的亡命でオーストラリア人になった当時はあまりにも簡単に市民権を与えれれたのが分かる。
今は60歳以下の人は筆記試験を受けなければならないが、それを受けずあっという間に市民権を与えられたらしい。
オーストラリアが経済的に強いのは長年にわたる移民政策で本当に多くの移民がオーストラリアに来る恩恵なのは確かだが、ご多分に漏れずオーストラリアでも右翼的政党がオーストラリア第一を掲げて最近はかなり支持を受けているようで、僕は危惧している。
オーストラリアは原住民を除けば国民全員が移民なわけで、差別的な感情を持つのは正しく無い。
ただしあまりにも毎年多くの移民を受け入れているのでインフラが追いつかず歪みが出ているのも確かなんですけどね。