先日、旅行から帰って久しぶりに弓の練習に出かけた時の事。
アーチャー仲間は皆元気で、僕も練習に合流。
旅の思い出話などをしていたら、アーチャーの一人が「トムが帰ってきたら是非これを読ませたいと思っていた」と数週間前?の新聞の記事を僕のために鞄に忍ばせていた。
彼はその記事の写真の部分を僕に見せながら「ここに写っている男に見覚えが有る?」という。
それは僕の弓の先生だったトニー(故人)の友人「ピーター」だった。
昔の日記に書いたと思うが、トニーはポリオ(小児麻痺)で右足が不自由だった。
トニーはその障害者同士の関係で、やはりポリオで足の不自由なピーターと知り合ったのかもしれない。
僕が自分のブログを2001年に始めた時からトニーに「そんな高いホスティング料金のところは止めて、友人のやっているホスティングの会社を使え」と何度か言われて、ピーターに会ったのが最初だった。
当時は僕もブログを始めたばかりで、料金が高いのか安いのか良く分から無い頃だった。
会って話を聞くと、ピーターのやっているホスティングは確かに安かったのだが、とても小さな個人経営というので安定度などの面で心配が有り、けっきょく彼に頼む事は無かった。
だが、それ以来お互いコンピュータが趣味というのもあって、一緒にお茶をしたり、彼の家に遊びに行ったりする仲になった。
特にLinuxを勉強してホスティング会社に頼らず、自宅にホームページのサーバーを置きたいという頃だった。
昔僕が持っていた世界初のスマホ(iPhoneなどが出るずっと前のO2というメーカーの物だった)を譲り渡したのも彼。(その件は昔の日記に書いています)
またトニーが心臓麻痺で急死した時、(僕はちょうどテニスの全豪オープンをメルボルンで観戦していた)僕の携帯にトニーの訃報を知らせて来たのもピーターだった。
その彼がなぜ新聞の記事になっているのか不思議に思いながら僕は練習の合間に読んだ。
先にその記事について説明しておくと、シドニーモーニングヘラルド紙の毎週土曜日に付録として発行される「Good Weekend」という小冊子の中に、シリーズとして掲載されている「Two of us」という、友人同士や夫婦、兄弟などの二人だけのストーリーという形式の連載なのです。
(今もSMHのウエブサイトから読めるかもしれません)
僕は全く知らなかったのだが、そのピーターの異父兄妹クリスティナが作家で彼女の作品の中に登場したのがピーターだったらしい。
で、その内容を読んで僕は僕は絶句してしまった。
僕はピーターの過去を詳しく聞いたことが無かったし、トニーが逝ってしまってからはピーターと会う機会も減りここ10年近く疎遠になっていた。
この記事の内容を簡単に書くと、ピーターがまだ赤ん坊の頃に両親が離婚したらしい。
トニーは母の下で育てられていた(ケアンズという場所)のだが父親がトニーを強奪してシドニーに逃げてしまったらしい。
1950年、彼が2歳の時の事だった。
彼は父親と暮らし始めるのだがその頃ポリオにかかったらしい。
彼はうっすらと覚えている母親に会いたい気持ちが募り(父親は絶対に母に会わせなかったらしい)家出をして一人で母を探し始めたのは6才の時だったとか。
父の下に帰りたくない彼は、家出をして橋の下などで暮らし始めたらしい。
そうホームレスの生活を始めたのですね。
まだ6才という年齢なのでどうやったら母の居場所を探せるのか分からず、セントラル駅(日本の上野駅といった感じですね)で見ず知らずの人に尋ねたり、ホームレスの少年は野宿をしながら母を探し続けていたらしい。
ちなみにシドニーとケアンズでは数千キロも離れている場所です。
この記事には詳細は書かれていないがまだ10歳にもならない少年がホームレスで生きていく上では相当危ないめに遭っていたようで、8歳の時と11歳の時に食べ物をくれるという人について行って「レイプ」をされてしまったりなどはこの記事に書かれています。(刑事事件として記録に残っているようです)
その後彼は成長するにつれてまともに学校も行っていなかったので、アンダーワールドでのアルバイトにも関わったりと色々有るようですが、この記事ではちょっぴり有名な「娼婦の館 A touch of Class」での仕事について簡単に触れられているだけです。
じつは僕がピーターと初めて会った時に彼に「暗い影」を感じた。
理由は良く分からないが楽しく話していても目は本当に笑っていないような暗い過去を背負っている雰囲気がとても強かった。
それは僕の弓の先生トニーも同様に持っていたので、ポリオなどのような幼少の頃から身体障碍を持った人間の醸し出すものではないかと考えていた。
幼少のころから足が不自由でまともに歩けない、多分子供同士でからかわれたりという嫌な経験もしてきたからなのではとも思った。
ところがこの記事を読んで、彼にそんな過去が有ったなんてと絶句してしまった次第。
6才からホームレスって!!!。
そんな生い立ちの彼がいつコンピュータのプログラミングを学んだり、ホスティング会社を始めるようになったきっかけとか、全く考えられないですね~。
僕の弓の先生のトニーが教えたという話も有りますが。
この記事を読んで僕は「そうだ、彼と一緒にトニーの墓参りに行き、一緒に飯でも食べながら彼の過去を聞いてみよう」という気になった。
ちなみに彼がやっと母親を見つけて再会できたのは父親に連れ去られてから35年後の1985年の事だそうです。
再会した妹が今回の記事の相手のクリスティナで、彼の事は2013年に発行された彼女の著書「Boy Lost」に触れられているとか。
追記
上で書いた「娼婦の館」についてはピーターとは全く別の件で面白い話が有るのでまたの機会に書いてみます。