僕が髭を蓄え始めたのはいつの事だったかもう記憶にないほど昔のこと。
ワイフは「知り合った1971年にはもう髭を生やしていた」という。
先日昔の写真を見ていて僕が髭を生やし始めた理由を思い出した。
確か大学に入った年か翌年、大学の先輩にアルバイトを紹介された。
それはある広告会社が広告媒体を制作する時に、デザイナーやモデルをロケ地に車で運ぶドライバーの仕事だった。
一泊か2泊に及ぶロケで多くが軽井沢だった。
伊豆や箱根方面もあったとは記憶しているが、軽井沢の思い出が強い。
日産自動車の海外向け広告制作時にあるカメラマンと一緒になり、1日の仕事が終わってホテルに戻りスタッフ全員で食事をしながらお喋りをしたりがとても楽しく特にカメラマンと2人のアシスタントとは気が合うという感じで、その後そのカメラマンの事務所に遊びに行くようになった。
写真家の名前は「柏原誠」氏といい、2人いる彼のアシスタントは1人は弟さんで、もう1人は後に数々の賞を受賞する写真家になった「半沢克夫」さんだった。
その3人と僕はとても馬があったというか、その事務所に行くのが楽しくてしょうがなかった。
僕が20歳になるかならないかの頃だったと思う。
しょっちゅう遊びに行っていたのでまるで僕は3人目のアシスタントになった感じで、ロケ前にはハッセル・ブラッドのカメラのマガジンにフィルムを詰めるなんてお手伝いをやったり。
黒い袋状の中に腕を入れて箱からフィルムを取り出してマガジンに詰める作業、もうそんな時代ではないんでしょうね。
この3人全員がなんらかの髭を生やしていた。
大好きな彼らの影響で僕はいつのまにか髭を生やし始めていた。
20歳になった頃だと思う。
以来一度も髭を落とした事がない。
髭付きの顔でもう50年以上ということになるが、その間に世の中では髭は流行ったり時代遅れだったり移り変わりがある。
そんなことを考えながら、そうだ「柏原誠」さんはお元気なのだろうかとググってみたら、、、。
どうやら2015年頃に亡くなられているのを知った。
彼はもうだいぶ前に、たぶん2000年になる前あたりに写真家を辞めて絵を描き始めたらしい。
ググったが彼についての詳しい記事は出て来ないのだが、彼の弟子にあたる「半沢克夫」さんと僕は存じ上げないが「杏橋幹彦」さんという写真家のブログに「柏原誠」の情報が出ている。
半沢克夫さんに関しては、柏原スタジオで兄弟のように付き合っていたので、機会があったら詳細を聞いてみようと思う。
確か2013年頃だったか僕が日本に行った時に半沢氏とは再会した。(40年ぶりくらいの再会だった)
その時に「トム、せっかくだから柏原さんに連絡して会ったら」と言われたが、残念ながら時間が無く連絡もしないままオーストラリアに帰国してしまったのが悔やまれる。
僕は写真家を目指して柏原スタジオに出入りしていたわけではないが、僕のその後の人生に大きな影響を与えてくれた人の1人には間違い無い。
そしてこれも残念なのだが思い出を共有する柏原さんの弟さん「ヒサシ(文字不明)」さんもかなり若い時に亡くなられている(半沢さんに会った時に教えられた)ので、柏原誠さんの事を聞く方はもういない。
柏原さんの事をググっていたら、上記の杏橋幹彦さんのブログに写真家を辞めて絵を描かれた頃の写真が出ていた。
だいぶ歳は取られたが昔の面影がハッキリ残っている。
そして杏橋さんのブログで初めて知った事がある。
それは柏原さんが高名な写真家「ユージン・スミス」氏のアシスタントをしていたという事と同時に本日の日記のタイトルである僕が影響を受けた柏原さんの髭はじつはユージン・スミス氏の影響だと初めて知ったのです。
確かにお二人の髭の形はソックリですね。
特に晩年の顔はユージン・スミス氏と重なる部分を感じます。
もし興味のある方はここにリンクを付けることは出来ないので「杏橋幹彦」「柏原誠」「ユージン・スミス」とGoogleに打ち込むと最初に出て来るはずです。