朝WEBの新聞を読んでいたワイフが僕に「ねえRoki って言うベースボールプレーヤーって聞いたことがある?」と言う。
もちろん僕は日本のニュースは常に読んでいるので偉業を達成した日に知っていたが、たぶんワイフに言っても「何それ?」って興味も示さないはずだし会話も続かないと思い話題にしていなかった。
野球のルールを全く知らないワイフにいくら「完全試合」という話題を振ってもたぶん上の空で聞いているだけだろうと思ったから。
逆にワイフが僕にクリケットの選手の偉業を説明してもピンとこないのと同様に。
佐々木選手の偉業をクリケットに例えて説明すれば良いのかも知れないが僕はクリケットのルールを知らない。
どうやらワイフが毎朝読むオーストラリアの新聞(シドニー・モーニング・ヘラルド紙)にも扱われていたんですね。
野球が盛んでは無いオーストラリアでさえニュースになったんですよね。
どうも彼がまだ20歳という若さ、そして父を東北大震災で亡くされているというバックグラウンドなどオーストラリアでも興味を引いたんでしょうね。
僕は日本からロンドンに住みに1974年に移り、その後オーストラリアに移り「英国、オーストラリア」と、全く野球には縁の無い国に住み続けてきたのでほとんどテレビなどで野球中継を観る機会がなかった。
日本人プレーヤーの「大谷翔平」選手が大変な話題になり彼の試合を一度くらい観てみたいものだと思ったが、我が家のケーブルテレビはいちおうMLBをいくつかの試合を選んで中継しているにもかかわらず、彼のチームの試合は放映されない。
つまり彼がオーストラリアの選手だったら当然何度も中継はされているだろうが、オーストラリア人にとっては自国民プレーヤーじゃ無いですからね。
僕は生まれて育った場所が読売巨人軍の多摩川グラウンドに歩いて行ける距離だったので小学生の頃はしょっちゅう近所の子供達と一緒にジャイアンツの練習を観に行っていたので当然のように巨人ファンでテレビの野球中継も熱心に観ていた。
まだ入団したばかりの長嶋茂雄や王貞治が新人で、確か王選手は近所にあった巨人軍の寮に住んでいたらしく、練習が終わるとユニホームのままで多摩川堤を歩いて帰るのを僕ら子供達はぞろぞろ金魚の糞のようにくっ付いて歩いていたシーンを今思い出している(確か追う選手が入団した年)。
そういえばその当時は誰もサインをねだらなかった。
当時はそういう風潮が無かったにかも。
多摩川グラウンドでの練習では監督が水原監督、まだ川上哲治選手が現役(もう引退間際だったと思う)そして、ほとんど二軍暮らしの「ジャイアント・馬場選手」が投げていた。
もちろん彼がジャイアントを辞めてプロレスラーになる前で「馬場正平」という名前の背の異常に高い選手だった。
余興で、キャッチャーを2人置いてボールを同時に二つ握り投げたりしていた。
こんな事を書いてもあまりにも昔のことなのでわかる人も少ないでしょうね。
そのうち「ジャイアント・馬場って誰?」なんていう人が多い時代になってしまうはず。
こんな事を書いていると自分の歳を思い知って落ち込みますね。