オーストラリアでも日本でも若いドライバーがスピード超過で死亡事故を起こすニュースをよく目にする。
日本では時速60km/hの道路を194kmで走行中に死亡事故を起こした19歳の男の裁判で、危険運転か過失運転かを争っているとか。
危険運転致死罪の懲役刑が最大が20年で、過失運転致死罪が7年と大きく違うために、当初検察が過失運転致死罪で起訴していたのに対して遺族がそのスピードでは危険運転致死罪に当たると訴えて、起訴内容が危険運転罪に変更になったと出ている。
それに対し被告人は194km/hでも車のコントロールは出来たのだから危険運転には当たらないと争っているとか。
その速度で交差点に入り右折して来た車と衝突し死亡事故になったが、被告人は194kmでも車線をはみ出さず直線を走行出来ていたのだから危険運転では無いという主張らしい。
で、けっきょく過去の判例でも(100km超過のスピードでに事故)危険で起訴しても裁判では過失運転の判例だったらしい。
このニュースを読んで(オーストラリアでも頻繁に目にするスピードの出し過ぎでの死亡事故)僕がまず考えるのはこの判断を誰が出すのか?ということ。
検察も裁判官もまた被告人弁護側も時速194kmで運転した経験がある人がいるとはとても思えない。
194kmって速度を聞いた時に一般人(レースなどの経験者を除く)はそんな信じられない速度は危険だと被告も分かっているはずだと感じるだろう。
自動車のレースでは194kmは大した速度では無いが、一般の道路で右折して来た車を避けるためにいきなりハンドルを切ったらどうなるかはだいたい分かる。
確実に車が横転するかその右折車を避け切れない。
対向車に気がついた時点にもよるが確実にブレーキも間に合わない。
特に一般道路ではサーキットと違い回避するスペースが少なく、避けるのは左の歩道側よりもむしろ逆に対向車線方向へハンドルを右に切るのが唯一の衝突を避ける方法でもあるが、しかし他の対向車線を直進して来る車と正面衝突になり194kmなら確実に両車のドライバーは亡くなる。
この判決に関わる人間が誰もその速度での運転経験が無いのに、判断するという事情を考えるに裁判官よりもむしろAIが判断する方がベターだと考える。
これだけAIが発達してきたら、今回のようなケースではAIに道路の幅、被告人の運転していた車などなど全てのデータを入力して判決を出す。
まあ日本の危険運転罪と過失運転罪自体が時代に合わなくなっているのかも知れない。
AIと言えば、近未来的には自動運転が発達して馬鹿な「人間」がハンドルを握る機会も減るだろう。
自動車運転をするAIは「若気の至り」でのこういう事故を起こすことは無いのですから。
車を運転するだけで無く、今回のような事故の場合の裁判では確実にAIの方がベター、そもそも裁判官なんてほとんどがAIに任せられると僕は考えていて、将来AIで必要無くなる職業の中に含まれると考える。