朝は、早めにモンサンミッシェルを出発、ノルマンディ地方を一路Bayeuxへ。
ワイフにとって今回の旅の目玉の一つである、バイユー・タペストリーを見学するため。
早く出発したおかげで、タペストリー美術館に9時過ぎに到着。
すでに開館していたのでオーディオ・ガイド(日本語も有った)を借りてタペストリー(実際にはタペストリーではなく刺繍の絵物語)を見学。
ワイフのように英語を母国語とする人達にとって、バイユー・タペストリーに描かれている内容は子供の頃から聞き慣れたノルマン・コンクエストの物語で、実際にこの約千年も前に制作されたタペストリーを実際に観るのは感激モノのようです。
内容について詳しく無い僕ですが、幸いにも日本語のオーディオ・ガイドも用意されていたので、大変興味深く観ることができました。
これを見るとフランスとイギリスの関係が分かります。
さて、タペストリーの後は、ノルマンディー戦争博物館へ。
アメリカ、イギリス、カナダの連合軍と当時フランスを占領していたドイツの戦闘の歴史に語り継がれる「ノルマンディ上陸作戦」がここで行われたのです。
ちょうどタイミング良く、中で30分ほどの(英語の)当時の記録映画が上映されていたので見る。
ただしこの記録映画には、ノルマンディの海岸での熾烈な戦いの部分が少ないです。
戦争博物館の後は、コードネーム 「オマハ作戦」の行われた海岸へ。
ここは先週、エリザベス女王をはじめ、オバマ大統領など世界の要人が一堂に介して70年記念ということで、式典が行われたばかりで、その時のための看板やら展示が多少残っていました。
海岸にはモニュメントが建てられていて、アメリカからの県学者が多く来ていました。 モニュメント周辺で飛び交う言葉はアメリカ訛りの英語が多く、さすがアメリカ軍が多くの戦闘犠牲者を出した場所だと確認できます。
ちょうど昼前にそのビーチを出発、3時前にジヴェルニーに到着しました。
早めに到着したので、さっそく歩いてモネの家に。
日曜日の午後3時過ぎで、閉館は午後6時なので空いているかと期待して出掛けたのですが、思いっきり凄い人数が入場券売り場に並んでいる。
ここはパリから電車で1時間ほどで来ることができるからか、はたまた日曜日だからか、狭い敷地とモネが晩年亡くなるまで住んでいた家に身動き出来ない程の見学者が。
モネの有名な睡蓮の有る庭も人が多過ぎてなかなか写真撮れない。
今日出掛けたのは失敗でしたね。
モネの家の中の見学もあまりに沢山の見学者が入ろうとするので入場数制限で、入り口の階段で待たされた。
ミュージアムのような建物ではなく個人の家なので仕方が無いのかもしれませんが。
この日記を見てパリに行った時にはジヴェルニーのモネの家に行ってみようと思う方は、出来れば週末は避けた方が良いと思います。
この日記は昨晩書き終える事が出来なかったので、パリ時間月曜日の朝のアップです。 本日の走行距離約300キロ。

