久し振りに見た夢

昔よく見ていた「夢」が久し振りにまた登場した。

今の家に引っ越して来る前に住んでいた家は、我が両親がオーストラリアに引っ越して来て一緒に生活するので購入した大きな家だった。

その家では両親と我が娘の3世代が一緒に暮らしていた。
昔の日記にも書いたが、3世代が同じ屋根の下に暮らすのはオーストラリアでは珍しいと言われた。

考えてみるとオーストラリアで住んだ家は現在までで計4カ所。
1980年にロンドンからシドニーに移り住んで最初に住んだのは亡き義理の母が遺したマンリービーチに近いアパートだった。

ボンダイジャンクションに家を購入するまでの仮り住まいだったそのアパートには一年間も住んでいないので、あまり記憶が無い。

そのアパートに住みながら時間をかけて購入物件を見て周り、オーストラリアで最初に購入したのがセントジェームズロードに売り出されていた新築の家だった。

そこに住んだのは1981年からで、両親がオーストラリアに移って来たのが1987年だったので6年間ということになる。

両親がオーストラリアに来るというので、一緒に住むための家を探し、けっきょくベルビューヒルという地区に大きな家を購入した。

3世代で暮らしたその家にはけっきょく2005年までの18年間住んだ。

2002年に父が他界し、同じ年の後半に娘が独立してパディントンのテラスハウスに住み始めた。

2005年の前半には母が突然生まれ故郷の山口県に住みたいと言い出し、日本に帰国した。
もともとオーストラリアへの移住は父の希望で、母はシブシブ付いて来たという意識が有ったので、父が逝ってからずっと日本に帰りたいと考えていたらしい。

娘が独立した後に母も日本に帰り、3世代で暮らしていた家にはワイフと僕だけになったので、母が日本に戻りたいと言い出してから、広過ぎるその家を手放し、2人で暮らすにちょうど良いサイズの家を探した。
考えてみるともう13年も前になるんですね。

けっきょく今の家に引っ越すまで18年間住んだその家は、3世代が一緒に暮らすために見つけた家なので広く、寝室は4つだが、広いダイニングルーム、書斎と客間兼用の部屋や使用人(お手伝いさん)のための部屋、ジム、テレビルーム、リビングルームは一階と二階にそれぞれ有り、二階のリビングにはバーも有った。

プールやテニスコートも有り、プールの向こうにはサウナとジャグジー専用の建物が有り、その中には庭でバーベキューパーティーなどをするためのキッチンなども有った。
浴室、トイレは7つも有った。

その家に暮らしている時に何度も繰り返し見ていた夢が有った。
それは実際には「存在しない部屋」があたかもその家の中にあるのです。
その部屋で寝ている夢だったり、その部屋に付属する浴室やトイレを使っている夢だったり。

あまりにも頻繁に夢の中にその部屋が出て来るので、実際に有るように錯覚してしまうほどだった。

その夢は今の家に移ってからは見なくなっていたのだが、昨晩の夢にその部屋が出て来た。
その部屋の夢を見た時には、目が覚めてからも全て覚えている。

夢を見ていたのは確かだが起きてから思い出せないなんて事はしばしば起きるが、この部屋の夢はいつもしっかり覚えていて、目が覚めても半分寝ぼけてその部屋のトイレに行こうとしたり、ちょっと混乱さえする。

不思議ですよね〜、夢の中にしか存在しない部屋があたかも有るように、目を覚ましてからも感じてしまう。
しかしその部屋に行くにはどこから入って行くのかが常にハッキリしない。
二階建ての家だったがそれは実際には存在しない屋根裏部屋なのか、はたまた二階の一部から入って行けるのかが記憶の中に混沌としている。

このような夢って何なんですかね〜?
実際にその家を建てる前に壊された古い家か何かが有って、「その部屋」が存在し、壊された家の持ち主の怨念か何かが僕らが住んでいた家にも残っていたのか。

そういう夢の中に出て来る内容は「夢分析」が出来る専門家に聞くと分かるのかもしれませんね。

何故に昨晩その部屋が再び登場したのかが知りたいですね。

admin について

海外生活51年の「浦島太郎」状態のおじさん(いやもうジジイですね)がやっています。 1974年に東京からロンドンへ。 現在はシドニー在住です。 2017年から年に半分はバルセロナに住み始めオーストラリアとスペインの間で渡り鳥人生。 海外に住んでみたい、老後は海外でリタイヤと考えている方にお役に立てれば 幸いです。(フロントページにある景色は我が家から見えるシドニーハーバーです。 シドニーの中心街や右手にハーバーブリッジやオペラハウスが小さく見えますでしょうか) 私に連絡を取りたい方は上のプロフィール内にあるようにFBのメッセンジャーをお使いください。
カテゴリー: 未分類 パーマリンク