僕は日記でしばしば「鬱状態に陥る」事を書いている。
これは自分の高齢化に伴う、精神的、肉体的な衰えに対する「恐れ」や「劣等感」に起因する。
何をしても昔ほど「感激しない」、「興奮しない」、「興味が湧いてこない」などの、精神的な問題が特に強く、このまま生きて屍を晒していても意味が無いなんてしばしば思う。
そういう気持ちから逃れるために、まだ行ったことのない国や地域を訪れる事を続けているのだが、昔ほど心に残らない。
若い時に経験しておけばもっと感激していたのにと思う事が多い。
そういう状態から唯一僕を救ってくれているのが、今起きている「大産業革命」、つまり情報技術の発達による大変革なのです。
つまりAIなどが短い期間で今の何百倍も発達して、政治や文化活動などのごく一部を除く、ほとんどの職業や仕事がAIを備えた機械(ロボットだけでない)に置き換わってしまっている時代を、生きていて実際に目の当たりにしたいという願望(欲望)が、「生きて何も面白いことは無い、死んでしまっても何の悔いもない」という気持ちから救ってくれている。
僕は、テクノロジーへの興味は、子供の頃から非常に強く、いまだ全く尽きない。
情報テクノロジーによる大革命は、自分が生きているうちにどこまで世の中(環境)を変えるのだろうと、相変わらず興味津々。
上で「加齢と共に何事にも興味が湧かない」と書いたが、これが唯一の例外である。
なのでYouTube の好みも、テクノロジーの未来を議論するような(筑波大学の落合陽一氏の登場するのが結構多い)コンテンツ。
僕が生きているうちに、感激してしまうほどの変化がどんどん起きて欲しい。
カーツワイルの「シンギュラリティ」、さすが2045年には僕はほぼ確実にあの世だと思うけど。
そういう時代を僕なりに想像するのは本当に楽しい。(自分の目で見れるかどうかは別として)
僕の趣味の車で言うと、その時代には「マイカー」なんて考え方さえ無くなっていると思う。
人間が街中で車を「運転(操縦)するのは道路交通法違反」なんていうルールになっているはず。
人間が一番間違いを起こしやすいのだから。
道路には無人自動車が走り回り、自分のスマホ(または端末)にウーバーを呼ぶように自分の目的地を入れると、数分以内に迎えに来るのは無人自動車。
その乗り物は、一般車タイプだったりバスのような乗合いタイプだったり、または他の人とシェアしないリムジンタイプだったり、料金も違っている。
自分で運転する楽しみを味わいたい場合は、大人の遊園地内(つまり既存のサーキットのような)でレンタル自動車(その時代はEVのレーシングカー)を使って操る楽しみを味わうとか。
いやいや、その前に急加速やコーナーでの「G」を身体で感じられる施設で、VRの進化型を使って、いくら事故っても怪我をしないのが出来ているでしょうね。