朝ネットのニュースを読んでいたワイフが「日本でアニメの会社が火事になって死者が出ているらしい」と言った時に僕はなぜ日本の火事のニュースが海外にまで報道されているのだろうとは思いながらも、朝食を作っていたのでそのまま忘れてしまっていた。
その日の午後に日本のネットニュースを見たら、京都アニメという会社が放火され死者が何十人もと出ていてビックリ。
放火というのも驚きだが、その死者の数が「尋常」では無い。
慌ててネット上の情報を集めてみたらどうやら殺人目的でガソリンを撒き火をつけたために爆発的に燃え広がりその上屋上へ逃げるためのドアが開かずという最悪の状況で考えられないほどの数の犠牲者が出てる模様。
海外でも大きく取り上げられるような事件になってしまったわけだがいまだにその原因の詳細が不明。
こういう異常者はアメリカなら銃乱射という行動になるのかもしれないが、ガソリンは凶器では無い。
しかしガソリンは爆発物なのだが車社会ではとても身近な存在なので、本当に危険だという認識がなかなか難しい。
そして日本では今までもガソリンを撒いた犯罪がいくつかあって死者も出ている。
僕が学生の頃は学園闘争で、瓶にガソリンを入れて投げる「火炎瓶」も珍しく無かった。
オーストラリアから早稲田大学へ留学していた僕のワイフは、授業中に黒板に向かって火炎瓶を投げられて教室から避難した経験がある。
そんな危険物なのだがガソリンスタンドへ行けば誰でも購入出来てしまうわけで、規制の方法もない。
そこでふと考えたのは、もしEV化でガソリン車が存在しない時代になったら(相当先の未来だとは思うが)ガソリンスタンド自体も無くなり、一般人がガソリンを購入するチャンスが無くなるのかもしれないと。
誤解の無いように書いておくと、EV化でガソリンを使ったような犯罪が減るというようなつもりで書いているのでは無い。
ガソリンが無くとも揮発性のシンナーなどは販売されているだろうし。
EV化と共に消えゆくガソリンスタンドの事を考え始めたのです。
僕の青春時代の思い出は「アメリカングラフィティー」の映画のように、長い長い夏休みに毎晩のようにガソリンスタンド(東京は尾山台にあったEsso )に集まり、一晩中喋ったり何台かの車で走りに出かけたり、ガソリンスタンド内のリフトを使って車を改造したり、楽しい思い出がいっぱい詰まっている場所だった。
そのガソリンスタンドの存在そのものがEV化で無くなってしまう時代が来るのだと思うと「感慨深い」んですよね。
なんか思い出が消えてしまうようで。
すでにスタンドの数は減りつつあると思うが、あの尾山台のガソリンスタンドはまだ存在しているのだろうか?
火事のニュースを見ていたのに、なぜか僕の青春時代を思い出してしまった。