マニアックなF-1観戦

昨日のFー1、ドイツGPはついに優勝回数で不可能だと言われていたマイケル・シューマッハーの91回に並ぶハミルトンの優勝でしたが、僕はそれ以上に注目し、興奮しながら観ていたのはオーストラリア人ドライバー、ダニエル・リカルドが「とうとう、本当にとうとう」3位に入ったこと。

リカルドがレッドブルを辞めてルノーに移った時には多くの人が驚いた。
レッドブル・チームが引き留めているのに競争力の劣るルノーに移籍したのは、高額な報酬の為ではなくレッドブル・チームの彼への処遇だった。
チームの本拠地がオーストリア(オーストラリアと紛らわしいですがオーストリアです)のため同じヨーロッパ人のフェルスタッペンへの優遇は明白で自分の将来はここには無いと悟り、チームを去ることを決めた。
しかしレッドブルよりも競争力のあるチームのシートに空きが無かったので、それならと高額の報酬を提示したルノーに移った。

当時のルノー・チームは不審に喘いでいて、優勝どころかお立ち台(3位入賞)さえ遠い状態だった。

加入時に何事にもポジティブなダニエルは「必ずや2年以内にお立ち台に立つ、それを実現させたらチーム監督は僕(ダニエル)の選ぶデザインのタトゥーを入れる」という約束を取り付けた。

当時は(まあ現在もだが)メルセデスが圧倒的に強く、それをフェラーリやレッドブルが追いかけている時代で、他のチームはお立ち台に立てるような結果(3位でも)は夢のような事だった。
特にエンジンパワーで劣勢だと言われていたルノーはマトモにはまず不可能に近かった。
なのでダニエルがチーム監督にタトゥーを入れさせるという「賭け」はすぐには実現しなかった。

しかしルノーチームはダニエル加入後に徐々に競争力を増やし、中団争いの中でも割と良い位置に着けるようになってきていたのはダニエル加入も関係がある。
レッドブルでの経験をルノーの開発に役立てた。

確実に言えることはダニエルのドライバーとしての才能が成績を上げて行っていたのは確実で、同じルノーチーム・メートよりも常に彼の方がタイムは良かった。

さて、今回のドイツGPでもダニエルは予選で6位を獲得してのスタートだったが、スタートから果敢に攻めて、4位に上がりボッタスのリタイヤ後は3位に上がり、終盤(セーフィティーカーの後)4位のペレスに迫られるもキッチリ安定した走りで3位を守り切り、とうとうお立ち台に立った。

終盤の約10ラップは、せっかく築いていた4位との10秒以上の差がセーフティー・カーで一気にゼロになり、後ろから迫る強力なエンジンを積んだレーシング・ポイントチームの「セルジオ・ペレス」に直線のスピードの差で抜かれてしまう可能性が大だったので、僕はまさに手に汗握る状態だった。
ハラハラ、ドキドキ、今年限りでマクラーレンに移籍するダニエルにどうしても3位を取らせたいそして、ルノーチーム監督「シリル・アビテブール」の腕にタトゥーをって見てみたいと。

ルノーにとっても2年ぶりでレース後彼は「Fー1レースを始めた当時の初入賞の感激が蘇ってきた」と話していた。
レース後のインタビューでどんなタトゥーを考えていますかと問われ、まだ決めていないが「3位を獲得したこのサーキット、ニュルブルクリンクの地ドイツにも関係するデザインが良いと思う」とのこと。

久しぶりに優勝争いでないのにハラハラ、ドキドキ、手に汗で観戦しておりました。

admin について

海外生活51年の「浦島太郎」状態のおじさん(いやもうジジイですね)がやっています。 1974年に東京からロンドンへ。 現在はシドニー在住です。 2017年から年に半分はバルセロナに住み始めオーストラリアとスペインの間で渡り鳥人生。 海外に住んでみたい、老後は海外でリタイヤと考えている方にお役に立てれば 幸いです。(フロントページにある景色は我が家から見えるシドニーハーバーです。 シドニーの中心街や右手にハーバーブリッジやオペラハウスが小さく見えますでしょうか) 私に連絡を取りたい方は上のプロフィール内にあるようにFBのメッセンジャーをお使いください。
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